39話 聖女だなんて、やっぱり納得できませんわ
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さて、次はミリアの脳天に何をしてやりましょうか。
氷で串刺しにするのも良いですが、この娘、それなりに可愛いです。
なので簡単に殺すには、少し惜しいですね。
悔い改めて私の下僕になるというのなら、生かしておくのも良いでしょう。
「ミリア・ランドルフ。問います、わたくしに仕えませんか?」
「あ、アンタに仕える? ……バカじゃないの……こ、殺しなさいよっ!」
「殺せですって? あはっ」
「何よ……いたぶって楽しもうっていうの? 殺すならさっさと殺しなさいよ、このイカレ女っ!」
あらあら、ミリアときたら、くっ殺さんの特性まで持っているのですか。
くっ殺さんなら、オークの森に放り込んだ方が楽しそうですね。
服を散々に破られて、胸を押さえながら「くっ、殺せ!」なんて言ってくれそうです。
それとも、こんな革の鎧なんかじゃなく、ビキニアーマーでも着せて触手の中に放り込みましょうか。
どちらにしても、楽しみは尽ませんね。
「あは、あははは……ねえ、ミリア。あなたは何を孕みたいですか? あはは……」
「何って……アンタ、何を考えてるの……?」
早速、身動きを封じましょう。
私は指をパチンと鳴らし、ミリアの手足を氷漬けにしました。
「ちょっ……早く殺せっ!」
「殺せと言う方を殺しても、ちっとも面白くありませんわ」
「お、おまえ、何をする気だ?」
「とーっても気もち良いことですわ。あはっ」
「……悪魔か? おまえ悪魔だろっ!」
「あら、心外。わたくし、悪魔なんかじゃありませんわよ? ちょっと契約をしているだけで……よろしいですか、そもそも悪という字は亜空間の亜に心と書きます。すなわち――」
人差し指を立てて、丁寧な説明をミリアにしようとしていた時です。
“ビュン”という音と共に飛来した矢が、私の肩に当たりました。
でも、不思議と痛みはありません。肌を摘まれたような、それでいて拳で殴られたような……。
ですが白いドレスの肩口に、真っ赤な華が咲く頃になると、流石に理解できました。
ああ、私、射られたのですね。
認識すると同時に、焼けるような痛みが襲ってきました。
「くっ!」
私の右肩に突き立つ白羽の矢は、肉を穿ち骨を砕いたのだと思います。
矢が飛来した方向に目を向けると、炎竜よりは線の細い爬虫類――多分ワイバーンですわ――が飛び、首の根に一人の少年が跨がっていました。
少年は銀色の長髪で、髪を風に靡かせています。はっきり言って、ハッとする程のイケメンでした。
「ミリア、竜を戻すんだっ!」
銀髪のイケメンが、弓矢を構えたまま叫んでいます。
はためくローブの下に、矢筒が見えました。まだまだ沢山の矢が入っています。
困りましたね……物理の矢は苦手です。
「アイツ、あたしに命令しやがって……」
ミリアは歯ぎしりをしながらも、私を睨み、そして言いました。
「戻れっ!」
その瞬間、辺りが目映い光に包まれ、ついさっきまで足場にしていた炎竜が消えました。
狐に摘まれたような気持ちでしたが、そのまま自由落下に任せると、私は地面に激突してペシャンコです。
「飛翔」
「風盾」
空を飛び、別の魔法も同時に展開しました。
ですが、いつものように両肩に口を作る訳にはいきません。何しろ右肩が潰れていますからね。
仕方なく、お腹に口を作ります。ドレスの腹部を破くのは、少し抵抗がありました。あとは左の手の平です。
ワイバーンに乗った少年が私をまだ狙っているとすれば、落下の止まった今がチャンスでしょう。
やはり、三本の矢が上空から飛来しました。
風の盾を周囲に張り巡らせておいて良かったです。
矢は私の頭上を二本、左側へ一本――と、逸れていきました。
「なに外してんのよ、役立たずっ! はやくアイツを殺しなさいっ!」
ミリアの罵声が、上空から聞こえました。
銀髪の少年の後ろに乗って、彼の頭をポカポカと叩いています。
助けてもらっておきながら、なんて我が侭な女なのでしょう。
「回復」
同時に、私は肩の傷を回復させます。
傷は深く、盛り上がってくる肉の感触が気持ち悪い。
けれど最終的に矢を肉が身体から弾き出し、治療が完了しました。
「ミリア……あの女、まさかのリア充ですか……」
そう思うと、なんだかやるせない気持ちになります。
前世、私に彼女などというアイテムは、ありませんでした。
まあ、仮にあったとしても、ミリアのように我が侭な三白眼女は嫌ですが。
そういえば私が生きていた当時の日本でも、とかく我が侭なリア充女は目立っていましたね。
なんですか、インスタ映えって。なんですか、パリピって。
私なんか毎日ツイッターに、呪詛のような言葉を書き連ねていただけですからね。
それに飽きたらエロゲです。
その結果が、コレ――エロゲの世界に悪役ヒロインとして転生ですよ。なんかもう……ミリアが羨ましいのか、銀髪のイケメンが羨ましいのか分からなくなってきました。
「もういいですわ……リア充爆発しろ……猛き炎の精霊よ、その武威をもって――」
どこへ向けたらよいのか分からない怒りが、私の中でマグマのように渦巻いています。
それは魔法として発露し、確かな方向性を持って形を作り出していました。
私の声と共に大気中にある炎の精霊が集まって、徐々に大きな火の球を形成していきます。
「なにやってんのよ! 今がチャンスじゃない!」
「無理だ、ミリア。あの人の傷は、もう塞がっている。魔法の詠唱だって始めているよ」
「だったら炎竜で囲めばいいじゃないっ!」
「そんなことをして、もしも炎竜を失ったらどうするつもりだい?」
「大丈夫よ! あの詠唱なら炎球だもの! 竜達なら耐えられるっ!」
「でも、僕達は耐えられないよ」
「クソッ、この臆病ニック! ……分かったわ、撤退よ」
私は遠ざかるワイバーンに狙いを定め、魔法を放とうとしました。
けれど身体がグラリと揺れて、高度を保てません。
肩の傷が結構な重傷だったことと、近場と云えども瞬間移動を使ったことで、魔力が枯渇したのでしょう。
どうやら、魔法はもう撃てなかったようですね。炎の球も霧散して、消えてしまいます。
私はいつの間にか現れたルドルフの背に乗り、倒れ込みました。
風に乗って、ミリアの怒声が聞こえました。
「ティファニー・クラインッ! いつか、あたしが、アンタを殺してやるんだからね!」
「黙りなさい、このリア充が……お前なんか、その男の子を孕めばいいのです……いえ、それはある意味で、幸せになってしまいますね……なら、誰かに寝取られてしまいなさいな、あは、あはは」
精一杯の悪口を言ってみるものの、身体に力が入りません。
どうやら今回は、私の方が命拾いをしたのかも知れませんね。
だってこのまま戦っていたら、流石に危なかったでしょうから。
せめてミズホがこの場にいてくれたら、何とかなるとは思いますが……。
こうして、一連のキーマ騒動は終わりを告げたのです。
その後、数日の間キーマの街は厳戒態勢が続きました。
何しろ首無し騎士を退けたと思ったら、炎竜が出て来たのです。
柔弱なソワールが大騒ぎしても、それは仕方の無いことだったのでしょう。
だからそのせいで、私達の帰国が大幅に遅れました。
「ティファニーさまが帰られたら、私では到底、竜から街を守ることなど出来ません!」
考えても見て下さい、禿げてデブで金の指輪を沢山したおっさんが、足下に縋り付いて泣くのです。
これを蹴飛ばして帰ったら、呪われそうじゃないですか。
仕方なく私は二週間ほど滞在し、竜も首無し騎士も現れないことを確認して、帰ることにしたのです。
もちろん、その間は贅の限りを尽くしましたとも。そりゃあもう美女を侍らせたり、豚の丸焼きを食べたりとかですね。
――――
……とまあ、思い返してみれば、私が何かをやったとすれば、この程度のこと。聖女だなんだと言われるのは、やはり意味が分かりません。
私は机の上にラファエルから借りた君主論を置くと、椅子に座ってクロエに問いました。
「ねえ、クロエ、知っていますか? わたくし、平民どもに聖女などと言われているようですの。崇められるのは当然ですが、聖女というのはどうにも不愉快、これって、お前の罠ではないのかしら?」
クロエは暫くポカンと口を開けたあと、頭を左右に振って「だって、聖女じゃない……」と言いました。
「いい、ティファ。あなたはミール村をクライン公国第二の都市にして、しかも平民に自治を任せている。それから迷宮都市キールの暴政を正し、首無し騎士と炎竜の侵攻を阻止した――これが聖女の仕業でなくて、いったい誰の仕業だと言うのかしら?」
「それが良いことだと、そう言うのですか?」
「良いも何も、国ではイリスラ公子を排して、あなたを跡継ぎにって運動も起こっているわ」
「それは、わたくしが公爵になってしまうということですか?」
「それを皆が望んでいるわ。聖女ティファニーこそ、公国の希望だ――って」
私の背筋を伝うのは、冷や汗でした。
悪魔と契約を交わしたこの身が聖女などと、どうしてアイロスに言えましょう。
しかも国を手に入れてしまったら、ゲームが否応なく始まってしまうじゃありませんか。
「こんなはずじゃ、ありませんでしたのに……」
頭を抱える私に、ミズホが追い打ちを掛けます。
「いっぱい反対派を弾圧したよ!」
「反対派……それは、誰の指図で弾圧したのですか? ミズホ」
「セフィロニアのお兄ちゃん!」
ミズホの無邪気さが、とても恨めしい入学初日の午後でした。
ティファニー「性女なら納得出来なくはない気も……」
クロエ「それは一番ダメなヤツね」




