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39話 聖女だなんて、やっぱり納得できませんわ

 ◆


 さて、次はミリアの脳天に何をしてやりましょうか。

 氷で串刺しにするのも良いですが、この娘、それなりに可愛いです。

 なので簡単に殺すには、少し惜しいですね。

 悔い改めて私の下僕しもべになるというのなら、生かしておくのも良いでしょう。

 

「ミリア・ランドルフ。問います、わたくしに仕えませんか?」

「あ、アンタに仕える? ……バカじゃないの……こ、殺しなさいよっ!」

「殺せですって? あはっ」

「何よ……いたぶって楽しもうっていうの? 殺すならさっさと殺しなさいよ、このイカレ女っ!」


 あらあら、ミリアときたら、くっ殺さんの特性まで持っているのですか。

 くっ殺さんなら、オークの森に放り込んだ方が楽しそうですね。

 服を散々に破られて、胸を押さえながら「くっ、殺せ!」なんて言ってくれそうです。

 それとも、こんな革の鎧なんかじゃなく、ビキニアーマーでも着せて触手の中に放り込みましょうか。

 どちらにしても、楽しみは尽ませんね。


「あは、あははは……ねえ、ミリア。あなたは何を孕みたいですか? あはは……」

「何って……アンタ、何を考えてるの……?」


 早速、身動きを封じましょう。

 私は指をパチンと鳴らし、ミリアの手足を氷漬けにしました。


「ちょっ……早く殺せっ!」

「殺せと言う方を殺しても、ちっとも面白くありませんわ」

「お、おまえ、何をする気だ?」

「とーっても気もち良いことですわ。あはっ」

「……悪魔か? おまえ悪魔だろっ!」

「あら、心外。わたくし、悪魔なんかじゃありませんわよ? ちょっと契約をしているだけで……よろしいですか、そもそも悪という字は亜空間の亜に心と書きます。すなわち――」


 人差し指を立てて、丁寧な説明をミリアにしようとしていた時です。

 “ビュン”という音と共に飛来した矢が、私の肩に当たりました。

 でも、不思議と痛みはありません。肌を摘まれたような、それでいて拳で殴られたような……。

 ですが白いドレスの肩口に、真っ赤な華が咲く頃になると、流石に理解できました。

 ああ、私、射られたのですね。

 認識すると同時に、焼けるような痛みが襲ってきました。


「くっ!」


 私の右肩に突き立つ白羽の矢は、肉を穿ち骨を砕いたのだと思います。

 矢が飛来した方向に目を向けると、炎竜フレイムドラゴンよりは線の細い爬虫類――多分ワイバーンですわ――が飛び、首の根に一人の少年が跨がっていました。

 少年は銀色の長髪で、髪を風に靡かせています。はっきり言って、ハッとする程のイケメンでした。


「ミリア、ドラゴンを戻すんだっ!」


 銀髪のイケメンが、弓矢を構えたまま叫んでいます。

 はためくローブの下に、矢筒が見えました。まだまだ沢山の矢が入っています。

 困りましたね……物理の矢は苦手です。


「アイツ、あたしに命令しやがって……」

 

 ミリアは歯ぎしりをしながらも、私を睨み、そして言いました。


「戻れっ!」


 その瞬間、辺りが目映い光に包まれ、ついさっきまで足場にしていた炎竜フレイム・ドラゴンが消えました。

 狐に摘まれたような気持ちでしたが、そのまま自由落下に任せると、私は地面に激突してペシャンコです。


飛翔フルーク

風盾ウィンドシールド


 空を飛び、別の魔法も同時に展開しました。

 ですが、いつものように両肩に口を作る訳にはいきません。何しろ右肩が潰れていますからね。

 仕方なく、お腹に口を作ります。ドレスの腹部を破くのは、少し抵抗がありました。あとは左の手の平です。

 ワイバーンに乗った少年が私をまだ狙っているとすれば、落下の止まった今がチャンスでしょう。


 やはり、三本の矢が上空から飛来しました。

 風の盾を周囲に張り巡らせておいて良かったです。

 矢は私の頭上を二本、左側へ一本――と、逸れていきました。


「なに外してんのよ、役立たずっ! はやくアイツを殺しなさいっ!」


 ミリアの罵声が、上空から聞こえました。

 銀髪の少年の後ろに乗って、彼の頭をポカポカと叩いています。

 助けてもらっておきながら、なんて我が侭な女なのでしょう。

 

回復ヒール


 同時に、私は肩の傷を回復させます。

 傷は深く、盛り上がってくる肉の感触が気持ち悪い。

 けれど最終的に矢を肉が身体から弾き出し、治療が完了しました。


「ミリア……あの女、まさかのリア充ですか……」

 

 そう思うと、なんだかやるせない気持ちになります。

 前世、私に彼女などというアイテムは、ありませんでした。

 まあ、仮にあったとしても、ミリアのように我が侭な三白眼女は嫌ですが。


 そういえば私が生きていた当時の日本でも、とかく我が侭なリア充女は目立っていましたね。

 なんですか、インスタ映えって。なんですか、パリピって。

 私なんか毎日ツイッターに、呪詛のような言葉を書き連ねていただけですからね。

 それに飽きたらエロゲです。

 その結果が、コレ――エロゲの世界に悪役ヒロインとして転生ですよ。なんかもう……ミリアが羨ましいのか、銀髪のイケメンが羨ましいのか分からなくなってきました。


「もういいですわ……リア充爆発しろ……猛き炎の精霊よ、その武威をもって――」


 どこへ向けたらよいのか分からない怒りが、私の中でマグマのように渦巻いています。

 それは魔法として発露し、確かな方向性を持って形を作り出していました。

 私の声と共に大気中にある炎の精霊が集まって、徐々に大きな火の球を形成していきます。


「なにやってんのよ! 今がチャンスじゃない!」

「無理だ、ミリア。あの人の傷は、もう塞がっている。魔法の詠唱だって始めているよ」

「だったら炎竜フレイムドラゴンで囲めばいいじゃないっ!」

「そんなことをして、もしも炎竜フレイムドラゴンを失ったらどうするつもりだい?」

「大丈夫よ! あの詠唱なら炎球フレイムボールだもの! 竜達なら耐えられるっ!」

「でも、僕達は耐えられないよ」

「クソッ、この臆病ニック! ……分かったわ、撤退よ」


 私は遠ざかるワイバーンに狙いを定め、魔法を放とうとしました。

 けれど身体がグラリと揺れて、高度を保てません。

 肩の傷が結構な重傷だったことと、近場と云えども瞬間移動を使ったことで、魔力が枯渇したのでしょう。

 どうやら、魔法はもう撃てなかったようですね。炎の球も霧散して、消えてしまいます。

 

 私はいつの間にか現れたルドルフの背に乗り、倒れ込みました。


 風に乗って、ミリアの怒声が聞こえました。


「ティファニー・クラインッ! いつか、あたしが、アンタを殺してやるんだからね!」

「黙りなさい、このリア充が……お前なんか、その男の子を孕めばいいのです……いえ、それはある意味で、幸せになってしまいますね……なら、誰かに寝取られてしまいなさいな、あは、あはは」


 精一杯の悪口を言ってみるものの、身体に力が入りません。

 どうやら今回は、私の方が命拾いをしたのかも知れませんね。

 だってこのまま戦っていたら、流石に危なかったでしょうから。

 せめてミズホがこの場にいてくれたら、何とかなるとは思いますが……。


 こうして、一連のキーマ騒動は終わりを告げたのです。

 



 その後、数日の間キーマの街は厳戒態勢が続きました。

 何しろ首無し騎士(デュラハン)を退けたと思ったら、炎竜フレイムドラゴンが出て来たのです。

 柔弱なソワールが大騒ぎしても、それは仕方の無いことだったのでしょう。

 だからそのせいで、私達の帰国が大幅に遅れました。


「ティファニーさまが帰られたら、私では到底、ドラゴンから街を守ることなど出来ません!」


 考えても見て下さい、禿げてデブで金の指輪を沢山したおっさんが、足下に縋り付いて泣くのです。

 これを蹴飛ばして帰ったら、呪われそうじゃないですか。

 仕方なく私は二週間ほど滞在し、ドラゴン首無し騎士(デュラハン)も現れないことを確認して、帰ることにしたのです。

 もちろん、その間は贅の限りを尽くしましたとも。そりゃあもう美女を侍らせたり、豚の丸焼きを食べたりとかですね。


 ――――

 

 ……とまあ、思い返してみれば、私が何かをやったとすれば、この程度のこと。聖女だなんだと言われるのは、やはり意味が分かりません。

  

 私は机の上にラファエルから借りた君主論を置くと、椅子に座ってクロエに問いました。


「ねえ、クロエ、知っていますか? わたくし、平民どもに聖女などと言われているようですの。崇められるのは当然ですが、聖女というのはどうにも不愉快、これって、お前の罠ではないのかしら?」


 クロエは暫くポカンと口を開けたあと、頭を左右に振って「だって、聖女じゃない……」と言いました。


「いい、ティファ。あなたはミール村をクライン公国第二の都市にして、しかも平民に自治を任せている。それから迷宮都市キールの暴政を正し、首無し騎士(デュラハン)炎竜フレイムドラゴンの侵攻を阻止した――これが聖女の仕業でなくて、いったい誰の仕業だと言うのかしら?」

「それが良いことだと、そう言うのですか?」

「良いも何も、国ではイリスラ公子を排して、あなたを跡継ぎにって運動も起こっているわ」

「それは、わたくしが公爵になってしまうということですか?」

「それを皆が望んでいるわ。聖女ティファニーこそ、公国の希望だ――って」


 私の背筋を伝うのは、冷や汗でした。

 悪魔と契約を交わしたこの身が聖女などと、どうしてアイロスに言えましょう。

 しかも国を手に入れてしまったら、ゲームが否応なく始まってしまうじゃありませんか。


「こんなはずじゃ、ありませんでしたのに……」


 頭を抱える私に、ミズホが追い打ちを掛けます。


「いっぱい反対派を弾圧したよ!」

「反対派……それは、誰の指図で弾圧したのですか? ミズホ」

「セフィロニアのお兄ちゃん!」


 ミズホの無邪気さが、とても恨めしい入学初日の午後でした。

ティファニー「性女なら納得出来なくはない気も……」

クロエ「それは一番ダメなヤツね」

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