37話 花火ですわ
◆
フォン・ルドルフは覆い被さるようにして、竜のブレスから私を隠しました。
その瞬間、窓が割れ、室内に強烈な熱波が吹き荒れます。
赤い炎が室内を満たし、ルドルフは苦悶の表情を浮かべています。
こんなことなら、あの傘を持ってくれば良かったですね。
「ぐぬううぅぅ……!」
ルドルフの黒い鎧が熱で溶け、赤くドロリとした液体に変わりました。
これでは到底、身体も無事ではないでしょう。
残念です。無能な兵士を一人、殉職させてしまいましたか……。
「さようなら、フォン・ルドルフ。あなたの忠義は、三日くらい覚えていますわ」
「……姫、良い匂いでござる」
「あら、まだ生きていますの? 存外しぶといですのね」
「ひ、人型は保てませぬが……死ぬ程ではありませんぞ」
あら、あらあら? 溶けた兜を右手で外し、フォン・ルドルフの顔が露になります。
それはもう、人の顔ではありませんでした。例えるなら、亀? 蛇? トカゲ?
しかも彼の背に、黒く巨大な翼が生えました。
その翼で炎を遮り、どうやら未だに私を守っているようです。
「ルドルフ、お前、翼の生える亀だったのですね……」
「いや、我が輩、竜人でござる。姫の目は節穴でござるか?」
「失礼ですわ。水晶のように美しい、わたくしの目を節穴だなどと!」
ルドルフの腹を蹴り、制裁を与えます。
「ぐふっ」
くぐもった声と共に、ルドルフの口からは赤い炎がチロチロと覗いていました。
「お前、わたくしに火を吐こうとしていませんか?」
長く伸びた口元を左右に揺らし、ルドルフが微笑んでいます。
というか鋭い牙を覗かせたのは、微笑んだのですよね?
「はは……何を馬鹿な。ちょっとお腹が……さて、暫しお待ち下され、姫。賊を退治して参りますゆえ」
炎を防ぎきったルドルフは、くるりと背を向け外に飛び出しました。深紅の竜へ向かって、一直線ですね。
その身体は、もはや完全に漆黒の竜。人であった残滓は、足に残った脛当てくらいのものでしょう。
「これは、怪獣対決ですわ」
足を組み替え紅茶を飲みながら、私は対決を見守ることにしました。
赤い竜と黒い竜が空中で絡み合い、炎を吐き合っています。
しかし黒い竜の方が小さいので、苦戦しているようですね。
「何が退治してくる、ですか。押されていますわ……」
そうこうしているうちに、赤い竜が次々とやってきました。
数は二、三……合計で四頭になりましたね。
中には一際大きな竜もいて、その首元に人が乗っていました。
ふうむ、竜の群れを人が操っているとなれば、これは計画的な犯行。
つまりは、私の命を狙っているということですね。
だとすると、犯人はやはりあの女でしょうか。
ちょっとまだ、視認出来る距離にはいませんが……。
「やれやれ……ソワール!」
私は大声でソワールを呼びつけ、立ち上がりました。
「は、はひぃぃっ! ティファニーさま! 大変ですぞぉぉおおおっ! 竜が! 竜がぁぁぁあ!」
転がるように入ってくると、ソワールは部屋の惨状に目を丸くしています。
「こ、これは! 大惨事だぁぁ! 私の宝がぁぁあ! 清水! 清水! 清水っ!」
燃え盛る炎を水で鎮めて回るソワールは、なかなかの働き者です。
流石に彼も男爵。それなりの魔法を使うようで、手の平から水を出して回り始めました。
「あ、あああ! この壷は五億! この絵画は二千万! うわあああ、シエラ国より取り寄せた絨毯が消炭にィィィ! 消えてくれ! 火よ、消えてくれぇぇっ!」
が……そんことより私の用事が優先でしょう。
「ソワール、お茶が冷めてしまいました。お代わりを下さいな」
「は、はいー! って、ティファニーさま! そんなもの、飲んでいる場合ですかっ! あれ! あれっ! 竜ですぞっ! 逃げませんとっ!」
ソワールが外の竜共を指差し、地団駄を踏んでいます。
「今、ルドルフが対応していますわ。ほら、あの黒い竜です」
「ルドルフ? あの男が!? 竜人だったので!? (良かった……逆らわなくて、本当に良かった)」
「なんですか、ソワール?」
「で、ですが流石に四対一では……援護しませんと!」
「援護? 何か案があるのですか?」
「い、いえ、その……今、お茶をお持ちしますっ!」
額の汗を拭いながら、お茶を用意する為に一旦下がろうとしたソワールを、ふと引き止めました。気になる点があったからです。
「ああ、ソワール。そういえば、お前の自慢の軍備とやらで、アレをどうにか出来るのですか?」
ブンブンと首を振り、ソワールは否定しました。
「とんでもない! 竜と戦うなど、余程の冒険者パーティーか、大国の軍隊にしか不可能です! ……ですから今は、竜人を従える姫がおられた事、本当に感謝しております!」
「ふうん……竜って、本当に強いのですわね」
新しいお茶を貰った私は、呪文を唱えて空を飛ぶことにしました。
それほど強いという竜を相手に、ルドルフ一人では辛いでしょう。
しかし私の前進を阻むように、ルドルフが下降してきました。
「姫、ここは我が輩にお任せあれ」
黒竜となったルドルフが、牙をむき出して話しかけてきます。
人型であるより竜型の方が紳士的なのは良いのですが、所々、鱗が捲れて身体から血を流していました。
これでは、苦戦しているのが明白です。
「数の上で不利でしょう。それにあの小娘、まだ懲りていないようですので……」
私が斜め上に視線を向けると、裂けるほど口を左右に開いて、馬鹿笑いをする少女がいました。
これで確定――敵はミリア・ランドルフです。
「あーはははははっ! ティファニー・クライン! わざわざ殺しに来てやったのよ! 有り難く思いなさいっ!」
最も大きな竜に乗り三白眼で叫ぶ少女に、私は冷笑を浴びせてやりました。
「それはそれは、ご苦労さま。けれど人を殺そうと思うなら、きちんと殺される覚悟もしてきましたか?」
「ひっ……!」
「これがお前の仕組んだことならば、お前を殺せば竜達は四散するのですわね?」
「そ、そそ、そうだけど……そんなこと、出来るもんかっ! 行け、炎竜達っ!」
ミリアが右手を大きく払うと、三頭の竜が私を取り囲みました。今にも、口に溜め込んだ炎を吐こうとしています。
ルドルフは正面の一頭に噛み付いたものの、尻尾で翼を縛られ、共に落下していきました。
「あら、ルドルフ、死にますか?」
ああ、大丈夫でした。
ルドルフは何とか体勢を立て直し、鉤詰めで相手の腹を引き裂いています。
が……残った二頭の吐き出した炎が、今まさに私を押し包もうとしていました。
「まあ、絶対絶命ですわ……なーんて。瞬間移動」
魔法は、即座に発動しました。
詠唱を簡略化しても、短距離なら問題ありません。
目標は前方、馬鹿笑いをする少女の真後ろですからね。
「あーははははははは! 死んだ! 死んだ! ティファニー・クラインは死んだわっ! あーはははははっ!」
前方では二頭の炎竜が放った炎が渦となり、遥か上空まで赤い竜巻を作っていました。
そして下方には、馬鹿笑いを続けるミリアの頭頂部があります。
あら、あら、あら、つむじを見つけました。えいっ!
「ひゃうっ!?」
つむじに拳をめり込ませると、ミリアはビクリと竜の上で一度、大きくはずみました。
それから私は手に持っていた紅茶を傾け、彼女の頭にタパタパと掛けます。
「熱っ、熱っつ!」
「あーはははははははっ! 素敵な花火ですわね、ミリア・ランドルフ! たーまやーっ!」
ゆっくりとこちらを振り向くミリアの顔は、恐怖に引き攣ったものでした。
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