29話 行きたくありませんわ
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“天空の城”にあるジャグジー付きのお風呂で私とミズホが寛いでいると、無粋なクロエが黒い衣服のまま入ってきました。
ああ、彼女が黒い衣服を着ているのは黒竜騎士団に入って、正式に私の警備を担当しているからです。
クロエはミズホと違って天才ではありませんから、あらゆるところから貪欲に戦闘技能を盗み、奪い、吸収しています。
「ねえ、ティファ。さっきの子から面白い話を聞いたわ」
「さっきの子?」
「狼人の子よ」
「ああ、わんわんですか」
「だから、わんわんじゃないって何度言ったら分かるのよ……」
「狼は可愛がってあげると、そのうち立派なわんわんになるのですわ」
「なにその暴論……まあいいわ、そんな事より聞いてよ」
大理石の浴槽の端に片膝を付いて私に語り掛けるクロエは、非常に真剣な面持ちでした。
ですが身体を洗い清めて浴槽に飛び込んだミズホは、何のことやらさっぱり理解していません。
「なに、なに?」
栗色の瞳をキラキラさせて、お湯の中で私に抱きついてくるミズホ。
可愛いは正義なので、私は彼女の頬にチュッと唇を付けました。
しかし跳ねたお湯で服が濡れてしまったクロエは、怒っているようです。
「ちょっとミズホ。あなたも少しは立場を弁えて……」
本来はゆるふわ系の兎さんが、目を吊り上げています。
ちょっと困ったので、ミズホを助ける為にも彼女の話を聞いてあげることにしましょう。
「面白い話があると、クロエが言うのです。ミズホも気になりますか?」
「なる!」
大きく首を縦に振ったミズホは、クロエの赤い瞳を真剣に見つめます。
「その前に、クロエもお風呂に入りなさいな」
「だめよ、ティファ。私が武器を手放したら、何かあった時どうするの」
「何を言っているのですか、クロエ。わたくしの魔法に、一体誰が勝てるというのです?」
「それは……そうだけど……」
そういうとクロエは一旦下がり、白い薄布一枚になって浴場に現れました。
ああ、白い肌、白い髪、豊満な胸――は許せません。揉んでやりましょう。
タタタっと走って、入り口の手前でクロエを捕まえました。
さあ、いきますよ。
「あっ、ちょっとティファ! 何をするのよっ!」
十四歳の頃でも色気を醸し出していた許せんボディーが、更なる火力を引っさげ佇んでいます。
ミズホなんて殆ど成長していないのに、不公平じゃないですか。
「クロエ! あなたは世界の理をなんと心得ているのです! おお、神よ! なにゆえあなたは兎さんに立派なおっぱいを与え給うのか! くらべてミズホときたら……!」
私は側にやってきたミズホの双丘に掌を添え、軽くフニフニとしてみました。
少しだけ成長が見られますが、それでもクロエの活火山と比べれば、砂場の小山といった感じでしょうか。
「おっぱい、おっぱい!」
ミズホは嬉しそうに万歳をしています。
どうやらアホの子なので、大小の差など気にしていないようですね。
ひとしきり揉んだ結果、おっぱいに飽きました。
なんと言いましょうか……自分は何をやっているのだろう……と思ってしまうと、もうダメですね。
とはいえ、お湯とおっぱいで身体が火照っています。少し冷ましましょう。
浴場には休憩できるスペースがありますから、私とミズホはそちらへと向かいました。
クロエは身体を洗い、少し暖まってから来る、とのことです。
さて、突然ですが浴場は城の北側にあり、そこと繋がる休憩スペースは露台になっています。
下は断崖絶壁で覗かれる心配はありませんし、仮に敵が強引に侵入しようとしても、熱湯を浴びせて撃退できる――という親切設計です。
そんな露台から眺める景色は絶景で、古今東西に比類ありません(当社比)。
私はすっぽんぽんで露台に立ち、南側以外の三方を眺めてゆきます。
西には無数の騎士団領があり、その先には魔物の跋扈するクラウゼウ大森林。
北に目を向ければ魔界との壁と云われるシュヴェンツァー山脈が聳え、その山頂付近は白く雪化粧が施されています。麓には迷宮都市キーマがあるはずですが、流石に見えませんね。
東を見れば公都ローズカッファへ通じる道があり、さらに先は軍事国家ヴァルキリア――と。
私と一緒にミズホもぐるりと三方を眺め、うんうんと頷いています。
そこへ侍女がやって来て、私のお気に入りドリンクを手渡してくれました。
そう、牛乳です。
私は侍女に差し出された牛乳を飲み、「ぷはーっ」と声に出して言いました。
もちろん左手は腰に当てています。
「ぷはーっ」
真似をして、ミズホも同じ事をしています。
腰に左手を宛て牛乳を飲む様は、アホの子ミズホさえも、おっさん化させるようですね。
まあ、私は元々おっさんなので良いのですけど、ミズホは……ちょっと将来が心配です。
それよりも、残念なのは手に持った牛乳が瓶ではないこと。
銀杯に注がれた牛乳では、些か風情が低下しますね。これは研究開発が必要です。
「二人とも裸で何してるのよ」
おっと、クロエに言われてしまいました。
そういうクロエも裸で牛乳を持っていますけれど。
「ぷはーっ」
あ……やっぱりクロエもおっさんです。
私達三人は、露台にある椅子に腰を下ろしました。
立ったままではアレですし、火照った身体を山から吹く風に晒し、少し涼みたくなったのです。
すると、なんともいえない心地よさが全身を包み、開放感で心が満たされました。
「で、面白い話というのは?」
私が話を振ると、クロエが頭上で束ねた髪を気にしながら、「ええと……」と口を開きます。
まあ、耳が長いと髪を束ねるのも大変なんでしょうね。
「迷宮都市の首無し騎士が、妙に統率がとれてるっていうのよ」
「統率?」
「そう。あれも魔物の一種でしょう? だから普通だったら小隊なんか組まないはずなんだけどね、あの子、五人一組の首無し騎士にやられたって。それを率いているのが名有りらしいんだけど、そんな小隊が迷宮内には何組もあったらしいのよね」
この話に感心を示したのは、ミズホでした。
椅子と同じく木製のテーブルに肘を付き、身を乗り出して話を聞いています。
「クロエちゃん、それってさ、その小隊を束ねる名有りがいるってことかな?」
こういうことになると、ミズホの頭は冴え出すようですね。
顎に指を当て、「あの鎧、一つ欲しいな!」と言っています。
確かにデュラハンの鎧といえば軽量で個人のサイズに自動調整し、魔法に対する防御能力も高い。ミズホが欲しがるのも当然と云えるでしょう。
ですが分からないのは、クロエがどうしてこの話に興味を持ったのか――ですね。
「でしょ、ミズホ! それに首無し騎士の鎧って買えば結構な値段がするし、この際、集めてもいいかなって思うんだけど……どう、ティファ?」
「そんなもの、沢山あっても困るだけでしょう?」
「そんなことないよ。これから先、いつまでもティファの護衛を黒竜騎士団に頼み続ける訳にもいかないしさ、その為にも鎧が必要なのよ!」
「言っている意味が、よく分かりませんが……」
「要するにね、ミズホや私の鎧が欲しいのと、これからティファを守りたいって人が出てきたとき、揃いの鎧があった方がいいよねってこと!」
「なにも首無し騎士の鎧でなくとも……」
「だーかーらー! 常に魔法で結界を張ってるティファには分からないだろうけど、戦士にとって魔法に対する防御はとっても重要なの!」
「でも、クロエは魔法使いで……」
「いいのっ! 行こう! 迷宮都市へ!」
クロエが机を両手でバンと叩き、言いました。
ミズホは最初から賛成らしく、「おー!」と拳を上げています。
「くしゅん……」
ちょっと、外に長居し過ぎたようですね。
私はしぶしぶ頷き、もう一度お風呂に入る事にしました。
「わたくし、別に首無し騎士の鎧なんか欲しくないのですけれど……」
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