28話 ルイード・アーキテクト・シルバーウルフ
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俺はルイード・アーキテクト・シルバーウルフ。
妹と共に故郷ヴァルキリアを離れ、ミール市に流れ着いた。
ヴァルキリアは今、内乱の最中にある。
その原因となった理由は国王の病が篤く、跡継ぎとなる男児がいない為だ。
国王には三人の娘がいて、それぞれ有力な将軍に嫁いでいる。
将軍達は影に日向にと争い、ついに国王が昏睡状態になると、それぞれの領地に戻って戦いを始めてしまった。
狼人の将軍、ガランド・アーキテクト・ブルーウルフ。
人間の将軍、ヨーゼフ・ランドルフ。
虎人の将軍、グルド・アーキテクト・ゴールドタイガー。
中でも虎人の将軍、グルド・アーキテクト・ゴールドタイガーは強い。
魔法を一切使えないにも関わらず、十人の魔導士による魔法攻撃を弾き返し、瞬殺する程だ。
疾さに定評のある俺たち狼人さえ、彼の前では鈍重と言われてしまう。
もっとも、父上はそんな諍いに無関心だった。
もともとヴァルキリアでは、ブルーウルフ氏族が幅を利かせている。
「政治のことは、ブルーウルフに任せておけばいい。我々シルバーウルフは里を守って、平和に暮らしていければ問題ないさ」
父上はいつも、そう言っていた。
それなのにブルーウルフはあることないことを喚き散らし、俺達が国に叛いたと言い出したのだ。
理由は色々あるだろうけど、何度かブルーウルフが父上と話している姿を見たことがある。
力を貸して欲しい――という類のことを言われたようだが、父上は頑として首を縦に振らなかった。
ブルーウルフも焦っていたのだろう。グルド率いるゴールドタイガーと戦うには、狼人と云えども一つの氏族だけでは厳しいはずだ。
父上も、それは理解していた。しかしそれでも、不戦の誓いを破る事はなかった。
そうしているうちに、今度はゴールドタイガーが里に来た。
父上としては、ブルーウルフの味方にもゴールドタイガーの味方にもなりたく無かったはずだ。
それにヴァルキリアはもともと人間達の国――ヨーゼフ・ランドルフが跡を継げば良いと父上は考えていたのだと思う。
だからゴールドタイガーの誘いも断った。
この頃からだ、父上が変わっていったのは。
そして父上は軍備を整え、ついにこう言った。
「いいか、ルイード。俺は奴等に乗せられて戦うんじゃない。やるからにはヴァルキリアを獲るぞ!」と。
父上は、俺でも驚くほど強かった。
実際にヴァルキリアの三分の一を奪い、本当に国を獲れるかという所までいったのだ。
だけど、結果は負けた。
ブルーウルフとゴールドタイガーが手を組んだからだ。
父上は負け戦のあと、俺と妹のメルに手紙を残して自害したらしい。
母上に宛てた手紙は無かった。
多分、父上は母上がこの後どうするか、分かっていたんだと思う。
「遠くへ行け、生き延びろ」
手紙には、これだけが書かれていた。
母上は俺とメルを里から逃がした後、生き残りの皆を指揮して戦った。
伝え聞いた話では、その後、里は壊滅したという。もちろん母上も、死んだ。
幸い、母上は俺にたくさんのお金を残してくれていた。
だからいくつかの村や街を点々とし、逃げ延びることに苦労はしていない。
けれど何処かで働かなければ、やがては困るだろう。
徐々に資金が減ってゆく中で、俺は頭を抱えていた。
「獣人はすぐに暴れるからな……ちょっとウチじゃ雇えないよ」
こんな台詞を何度聞いたか、思い出すことも出来やしない。
そんな時だ――ミール村の噂を聞いたのは。
なんでも、貴族領なのに平民が自治を行っている村があるらしい。
そしてその村では、大規模な工事が始まっている。
だから働ける者なら身分の差別はなく、受け入れる――という話だ。
藁にも縋る思いで、俺はミール村にやって来た。
そして俺はまず、“天空の城”の工事に人足として参加を申し込んだ。
日当は一日百ディール。妹と二人で安宿に泊まり、食事をするには十分な金額だった。
「本当に、こんなに貰えるのか?」
俺は工事の責任者――グレイ・バーグマンに確認をすると、彼は大きく頷いた。
「まあ、領主がぱーっと使え! っつってるからな。いいんじゃねぇか!? 宜しく頼むぜ!」
翌日から俺は、一生懸命働いた。
グレイ・バーグマンが、あの「竜殺しのグレイ」だと知った時は眠れないほど驚いたが、とにかく一生懸命働いた。
どうして領主さまは彼程の人を、武将として迎えないのだろう?
グレイさんは、もう竜退治に行く気は無いのかな?
ある日、グレイさんに聞く機会があったので、聞いてみた。すると答えはこんなモノだった。
「あ? 俺がここにいる方が、公爵さまにゃ脅しになんだろうがよ……」
「え、領主さまは公爵閣下じゃないんですか?」
「ちげぇよ! 娘のティファニー・クラインさまだ。ま、ちょっと変だけどな。自分の親父の命を狙ってんだからよ。
あ、でも美人だぜ? いや、違うな……美人の卵ってとこか。歳はお前と同じくらいだな」
飄々としているが、彼が領主さまの為にミールに留まっていることは明白だった。
そして領主さまは、あの悪名高い公爵閣下とはまるで別なのだと知るきっかけにもなったのだ。
そんな領主さまを初めて見たのは、“天空の城”が完成した日のことだ。
金色の豪奢な髪は誰よりも神々しく、馬車から降りたお姿は、天上の神が降臨したかの如くだった。
この頃には労働者達の数も増え、彼等は皆、村に永住することを希望していた。
もちろん俺も、そんな中の一人だった。
だから領主さまの前で、皆で土下座して頼みこんだのだ。
「「領主さま、お願いがございます! 我々に、この村に住む権利をお与え下さい!」」
一瞬、キョトンとされた後、領主さまは言われた。
「パーット! あなたは相変わらず愚鈍な家畜ですわねっ! 彼等が工事を担ったのでしょう? にも拘らず、住民票すら与えていないのですかっ!?」
「住民票……ですか?」
「ああ、もう! そんなことも分かりませんの!? なければ人口の増減も分からず、税の徴収が出来ないではありませんかっ! あっ! あなた今まで、彼等から税を取っていませんでしたのね! ムキー!」
「で、では、彼等を迎え入れると?」
「あ・た・り・ま・え・ではありませんか! あなたのバカはいったい何時になったら治りますのっ!?」
こうしてミールの民になった俺達は、以降、あの方の馬車を目にすると、必ず土下座で迎えるようになったのである。
それから暫くして、俺達が初めて税を納める時期が近づいた頃――領主さまから信じられないお達しがあった。
「税を一律で四割にしますわ!」
こんな朗報があって良いのだろうか。
どの国でも、平民の税は五割が基本だ。
ヴァルキリアなど、農民が六割、平民が五割、騎士階級が三割、貴族階級が二割だったはず。それを一律で四割にすると言うのだから、俺達にとっては神のようなお方だ。
俺達はティファニー・クラインを聖女と崇め、ひっそりと像を作り始めた。
やがて工事は落ち着いたが、大量に流入した人が減ることは無かった。
それはそうだ、平民であれば四割の税は魅力――大商人達が流入してくるのも、さして時間は掛からなかった。
こうして様々な仕事が生まれ、村――いや、街はいよいよ活気に満ちてゆく。鍛冶屋もあれば飲み屋も増え、乗り合い馬車までが走るようになったのだ。
けれど、そんな中でも獣人である俺には、出来る仕事が少なかった。
何しろ狼人は虎人と同じく、戦うことしか能の無い種族。
だから工事であれば力も活かせるが、そうでなければ……狩りくらいしか。
しかしここは人も多く、狩りは許可制だ。勝手に森に入り、捕まれば街を追い出されてしまう。それだけは避けたかった。
そんな時だ、迷宮都市の噂を聞いたのは。
市場で武具を並べていた行商人に、何気なく話しかけたことがきっかけだった。
「へえ、この鎧はいいね。軽いし、魔法を弾くのかい?」
「ああ、迷宮都市の首無し騎士を狩れば、手に入るんだ。名ありなら貴重で結構な値が付くが……コイツは無名だからね、安くしとくよ、兄ちゃん」
「へえ……」
この頃は郊外で農作業の手伝いをしていたが、身体が鈍っていると感じてもいた。狼の血が、戦いたいと疼いている。
だが首無し騎士といえば、名無しでも弱い相手ではない。
けれどこの時の俺は、名ありを倒して名を挙げ、妹に豊かな暮らしをさせてやろうと夢を見てしまった。
その結果、名無しの首無し騎士すら倒せず資金も尽きて、家に戻れば妹は病に倒れていたのだ。
慌てて病院に連れて行ったが、金の無い者は診ることが出来ないと追い返された。
金も無く妹も助けられない。そんな自分を、俺は呪いたかった。
そんな時、俺の目の前に黒塗りの馬車が来たんだ。
これが縋らずにいられるか――そう思った。
だって懐には、聖女と崇める彼女の木像があるのだから。
「ティファニーさま……どうか、どうか妹を助けて下さい!」
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