27話 わんわんを見つけましたわ
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私が聖女などと呼ばれる原因が、一体どこにあるのか。
自室へ戻りミズホに入れてもらった紅茶を飲みながら、考えることにしました。
まず最初に思い当たるのは、ミール村のことでしょう。
あの地は基本的にグレイを相談役として、評議員達に自治を任せています。
けれどだからといって、完全に放任という訳でもありません。数ヶ月に一度は必ず村へ行き、不正が行われていないことを確認しています。
何しろ税という財源は、私の貴重なお小遣いですからね。
――――
あれは私がクライン家に入って、二年が過ぎた頃でしょうか。
いつもの通り一週間を掛けてミール村へ赴き、税金の徴収に目を光らせようと考えていた日のことです。
「領主さまだ!」
「道を開けろ!」
馬車の窓から外を覗くと、領民達が道の端に避け、顔を伏せて土下座をしています。
私は窓から顔を離し、中々に行き届いた教育に満足して頷きました。そして、隣に座るミズホに声を掛けます。
「ミズホ、ごらんなさい。人がゴミの様ですわ」
「バルス」
「目が、目がぁ〜」
「お姉ちゃん、ラ○ュタごっこ、もう飽きたよ?」
「し、仕方ないですわね」
馬車は暫く道なりに進み、村の目抜き通りに入りました。
いいえ、もう村とは呼べませんね。
整備も行き届き、一年で城市と呼べるほどに発展を遂げているのですから。
かつての領主の居城だって、もちろん再建を果たしました。
完膚なきまでに破壊した跡地に、私は贅を極めた館を建てたのです。
それは白い壁面に金の装飾をあしらった壮麗なもので、一番のウリはジャグジー付きのお風呂です。
建築費の方は幸いなことにミール家が溜め込んだ不当な財産があったので、余裕でした。
名前も“鷲の城”から“天空の城”へと改めています。
だけどもちろん、変な呪文で崩壊するようなことはありません。
もっとも、予想外のことも当然起きました。
だって火を焚くのもジャグジーも人力なので、人件費が掛かるのです。
いやあ、これはまいった……ですが私はお風呂が目当て。これを諦めるつもりなどありません。
だから――税率を変えてやりましたよ、ふふふ。
今までの税率がいくらだったのかなど知りませんが、とにかく一律で四十パーセントにしてやったのです。
老いも若きも富める者も貧しき者も、一律で四十パーセントです。
どうです、悪いでしょう……あっはっは! 民は生かさず殺さずが基本なのですよ。
これでアイロスに対する面目も立ちますし、ジャグジー付きのお風呂にも入れるのです。
まさに一石二鳥! 私、なんと冴えてるのでしょう!
しかし不思議なことがありました。
重税にも関わらずミール村の人口は増え続け、今年に入ってついに一万人の大台に乗ってしまったのです。
まあ、いいんですけどね。人が増えれば税金も増えますし、それだけ怨嗟が集まり易くなって、アイロスも喜ぶでしょうから。
しばらく進んでいると、馬車が突如ガタリと揺れて止まりました。
たしか街路は全て整備し、目抜き通りは片道二車線で馬車の運行を妨げぬように、と命じたはず。
しかも両端には歩道をつくり、一定間隔で石を置き、横断歩道も造れと命じています。
つまりミールに入って以降、私の馬車が目的地に到着するまで止まるなど、あり得ないこと。
私は状況を確認する為に馬車から降りて、御者台にいるクロエに問いました。
「なんですの?」
「前で女の子が倒れてるの。男の子が介抱しているようだけど……」
「わたくしの行く手を邪魔するとは……身の程知らずなゴミ共ですわ」
私は横断歩道の上に横たわる少女に近づきました。
すると少女を抱えた少年が私を見上げ、顔をくしゃっとしています。
今にも泣きそうな顔は鼻水が出ていて、とても汚いですね。
「ティファニーさま! お願いです! どうか、どうか妹を助けて下さい!」
私の名を知っているようですが、見たことのない顔、そして犬耳です。
だとすると、この一、二年で移住してきた新参者ということでしょう。
なんだか妙に獣人が増えている気がしますが……。
「わん、と言ってごらんなさい」
「え……?」
「わたくしに助けて欲しいのでしょう? だったら犬らしく、わん、と言ってごらんなさいな。あは、あははっ!」
「そ、そんなことっ! ティファニーさま! 妹は病気なんです! 病院へ連れていったんだけど、金がなくて、それで……!」
少女を強く抱きしめ、わんわんが吠えています。
どうやら妹も犬耳らしく、結構かわいいですね。
でも随分と痩せてしまって、可哀想にこのままでは長くなさそうです。
「だから、わたくしの馬車を止めてもよいと?」
「そ、そんなことは……!」
「はぁ……わんとも言わないなんて、興ざめですわ」
「ティファニーさま?」
「病院もわたくしも、慈善事業ではありませんの。何もせず、ただ助けて欲しいなどと、厚顔無恥も大概になさいっ!」
少年が鼻白んでいます。
その表情は恐怖に引き攣り、それでも少女を守ろうと抱き抱えている様は、中々に見物ですね。
とはいえ――放置も出来ません。
もしも感染症だとしたら、私の大切なミールが壊れてしまいますからね。
私は歩道をゆっくりと歩き、少女の額に手を翳しました。
病状を確認……ふむ……ただの風邪ではないようですね。
あ……やっぱりこれは感染症です。
うん、うん……ああ、これは大変、ペストでしょうか。
頭にきます、こんなところで感染症が広がったら、被害は甚大ですよ。
私は軽く呪文を唱え、微弱な滅殺魔法を発動させました。
「う、うあああああああああっ!」
瞬間、少女は激しく胸を上下に揺らし、のたうち回ります。
すぐにミズホがその身体と口を押さえつけ、身動きを封じました。
ミズホは大体の場合、私の二歩後ろに控えていますので、すぐに動けるのです。
「クロエちゃん、布っ! この子、舌を噛むかもしれないっ!」
クロエが素早く御者台から降りて、懐から取り出した布を少女の口に詰め込みます。
「な、何してんだ! 何してんだよっ! メルを殺す気かよっ!」
「ええ、この子の病気は、拡大すれば多くの人を殺しますから……ここで処分しないといけませんわ」
「それでも、それでもティファニー・クラインかよっ!」
少年が怒りに震え、飛び掛かってきました。
しかしすぐさまミズホが反応し、投げ飛ばします。
それでもまた向かって来る少年は、中々のものです。
「あれ? あれれ? 強いね! キミ、強いね!」
ミズホも驚き、腰の剣に手を掛けています。
そのとき、ようやく少女の発作が納まり、クロエが立ち上がりました。
「そういえばティファ。この子達、犬じゃなくて狼よ」
「え……?」
言うなりクロエは跳躍し、家の壁を蹴って少年の背後に回り、彼の背中に掌を付けました。
「動かないでね、私、魔法使いなの。もしも動いたら、容赦なく火を付けるから」
「ふ、ふざけるな、兎人! 俺達はティファニーさまを信じて、ここに来たんだ! それなのに……それなのに、なんだよ、この仕打ちはっ!」
「ふうん……」
「妹を、妹を返せっ!」
「返せってキミ……静かに寝てるだけじゃないの」
「殺すって言ってたぞ!」
「処分するって言っただけでしょ、ティファは」
「し、死んでないのか?」
「当たり前でしょ……分からないの? あれはティファニー・クラインよ」
「そ、そうか……そうだよな。あの方に限って……そんなことはしないよな……はは……良かった」
「ねえ、それよりキミ、狼人だよね? 氏族と名前は?」
「ああ、俺はシルバーウルフ。ルイード・アーキテクト・シルバーウルフだ」
「アーキテクト……族長なの?」
「族長は父上だけど……前の戦いで死んだ」
「戦い? もしかしてブルーウルフの一族と?」
「相手がブルーウルフだけなら、父上は負けなかった! アイツが……虎人も出てきて」
「なるほどね……それで、全滅したの?」
「わからない……生き残りは他にもいると思うけど、連絡を取る方法が無いから」
「そう……ねえ、キミ、復讐したい?」
「そりゃあ、したいに決まってる! だけど……」
「それなら……あっ、きたきた!」
黒竜騎士団の兵が二人やって来て、少年の両脇を抱え込みます。
「な、なんだ? どうなってるんだ!?」
「衛兵、暴れる前に抑えなさい! この子、これでも獣人なのよっ! ティファニーさまに何かあってからじゃ、遅いんだからねっ!」
「ちょ……! あんた、助けてくれ! 妹があそこに! やめろっ、お前等っ! 俺を何処に連れて行くつもりだっ!?」
「何言ってるの! あなたは領主に飛び掛かろうとした危険分子でしょ! 何も無しって訳にはいかないじゃない! という訳で、ばいばーい! また今度ね!」
遅れてやってきた兵士達に少年を引き渡すと、クロエが戻ってきました。
クロエも、なかなの非道に育っていますね。
会話の途中で衛兵に少年を引き渡すなんて、情の厚い私にはちょっと無理です。
「この子は?」
クロエが少女を見つめ、腕を組んでいます。
「一応、処置は終えましたけれど……これは感染症ですわ。事情を話して病院に入れ、一先ず隔離させましょう。頼めますか、ミズホ?」
「分かった、病院に連れて行くね」
ミズホが少女を背負い、病院へ駆けて行きました。
クロエが首を傾げながら、疑問を口にします。
「だけどこの子達、お金が無いんでしょう? 病院に連れて行って、支払いはどうするの?」
「だったら働いて貰いましょう。わんわんカフェなんてどうかしら? この街も大きくなってきましたし、お洒落なカフェは必要だと思いますの」
「ティファ……それは無理よ。もう一度言うけど、あの子達、わんわんじゃないの、狼人なの」
「えっ……どうしましょう。狼なんて、使い道がありませんわ。やっぱり殺そうかしら」
私の言葉を待っていたとばかりに、クロエが笑みを浮かべました。
それはそれは、とても邪悪な微笑みだったと思います。
「だったらさ、ティファ。あの子達、私にくれない? いつかきっと、役に立つわ」
「えー……良いですわよ。わんわんじゃなければ、興味ありませんから」
――――
やっぱり、私に聖女と呼ばれる要素なんて何処にもありませんね……。
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