24話 クロエ・バーニー
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私はクロエ・バーニー、兎の獣人だ。
バーニーと言うのは姓じゃなく、一族の名前。獣人は一般的に、そう名乗っている。
狼人なんかは数が多いので、「シルバーウルフ」とか「ブルーウルフ」といった複数の氏族があるけれど、私達はただ、「バーニー」があるだけ。
獣人というのは大体が種族ごとに集落を作って暮らし、領主に特産物などを税として収めている。
例えば狼人や虎人は元から優れた身体能力があるので、軍役がそれだ。
北の軍事国家ヴァルキリアなどは進んで狼人や虎人といった氏族を取り込み、彼等だけで部隊を編成している。
そんな事情から、もちろん私の氏族もヴァルキリアにいた。
けれど潜在的に狼人や虎人と相容れない私達氏族は、ことあるごとに敵対していた。
もちろん敵対したからといって基本的な身体能力が違うので、正面から戦えば、彼等に私達が勝つことは出来ない。
だからバーニーの一族は持って生まれた臆病さと直感力を頼りに、ヴァルキリアの中枢へと勢力を伸ばしていった。
だけど九年前――私が五歳の時だ。祖父であるアルト・バーニーが何者かに暗殺されると、様々な汚職が暴かれ、瞬く間に一族の名声は地に落ちる。
最終的には懲罰の為、虎人の将軍が一族の里に攻め入り、火を放つに至った。
今なら分かるけれど、これは罠だ。
虎人の将軍が祖父を殺し一族を貶め、根絶やしにしようと画策した。
私達は、これに対抗する人も手段も持たず、蹂躙されたのだけのこと。
けれど私達は、もともとが狩られる者。
いち早く危機を察知し、逃げて落ち延びる者も多くいた。
これだけが兎人の特技だ、当然だろう。
私も、私の父も母も、そんな兎人だった。
そんな風に煤まみれ、泥まみれで辿り着いた私達に、ミール村の人達は暖かく接してくれた。
領主であるギラン・ミールは、とくに興味も無かったのだろう。私達の報告を聞いたとき、「勝手にしろ」とだけ言ったらしい。
その後、父と母は必至で働き、一年もすると小さいながらも家が建った。
もともと兎人は採集が得意だ。
近くに多くの山菜が取れる山を抱えたミール村は、私達にとって理想の場所だった。
けれど変化が訪れたのは、二ヶ月程前。
川で洗濯をしていた私に、白髪混じりの男が声を掛けてきたのだ。
「おい、お前、随分と白いな。その耳はなんだ?」
「は、はい。兎人ですので」
「ほう……では飼ってやる。来い」
「えっ? 困ります!」
抵抗すると、彼に従っていた者が私を容赦なく打ち据えた。
意識を失った私が次に目を覚ましたのは、領主に弄ばれたあとのこと――。
今でもあの日のことを思い出すと、気が狂いそうになる。
どうしてあの日、あのまま舌を噛んで死ななかったのか、それだけを考えてしまう。
だけどあの日は、せめて両親に会いたいと願っていた。
それから暫くして、もう逃げられないと絶望にとらわれていた頃のこと。
突如として城が崩れ、燃えた。
逃げるなら今しかないと思って外に出ると、そこには悪魔めいた人がいて――
後になって、その人がティファだったと分かるのだけど、あの時は恐くて逃げた。とにかく両親に会いたい一心で。
その足で家に帰ると、結局、そこには誰もいなかった。
部屋の壁には赤茶色の染みがあって、割れたテーブルの下に、私の大切にしていたマグカップが落ちていた。
「ああああああああぁぁぁっ!」
頭を抱えて叫ぶと、近所のおばさんがやって来て抱きしめてくれた。
落ち着いてから事情を聞くと、「状況を知った両親が、城へ抗議に行った夜」ここに強盗が押し入ったそうだ。
「そんなの……強盗じゃないよ、おばさん……ギラン・ミールの……」
「分かってる、分かってるよ、クロエ。もうすぐ全部終るから……もう少しの辛抱だよ」
「貴族なんて……貴族なんて私達以下……獣以下だよぉ……許せない、許したくない……」
そうしていると祭でもあるかのように、外が急に騒がしくなった。
「「パットさん、ありがとう! 自警団のみんな、ありがとう! これで村は救われた!」」
パット? 何を言ってるんだろう?
村の人達が武装していたけれど、それはさっきのことと関係あるのかしら?
そうだ、あれはティファだ。彼女の仕業。
だけど、ティファって魔法が使えたの? ああ、使えたから、ああやって城を破壊して……。
考えながら外へ出ると、ちょうどティファが膨れっ面で歩いている姿が見える。
私は彼女の背中を軽く指でつつき、声を掛けた。
「ティファ、さっきはありがとう。逃げちゃってゴメンね」
このとき、私は決心した。
彼女に魔法を教えて貰い、貴族や虎人に復讐することを。
事情を話すとティファは、あっさりと私の希望を受け入れてくれた。
予想に反して私の契約した悪魔は小さくて可愛らしかったけれど、自分のことを「爆炎の支配者」と名乗っていたから、けっこう強力な魔法が使えるようになるのだと思う。
それになんだか同情してくれて、「美味しいご飯をくれて人々に災厄を齎すなら、とくに呪いは掛けないよ」と、気さくに言ってくれた。
ティファはそれがなんだか不満気で、
「だったらわたくしが呪いますわ!」
と言っていたけれど。
だけど「死んだらヒキガエルにする呪い」なんて、私の為を思って掛けてくれたとしか思えない。
だって私、すぐに両親のことや酷い目に遭ったことを思い出して、死にたくなるんだもの。
それに万が一死んだとしても、ヒキガエルになって生き返る訳でしょう。
これってつまり、ティファは私のことをかなり心配しているってことじゃないかしら。
ここまでしてくれたら私、彼女の為ならなんでもしようって思うの。だから……
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会談を終えたティファニーが静流亭に戻ると、村の主だった者達が駆け寄った。
「どうだった、ティファ」
「大丈夫、村が公爵の軍に攻撃される心配はありませんわ」
「良かった! ありがとう、ティファ! あんた、救いの女神だ!」
「女神? あは、あははは……何をおめでたいことを! ここは今日より正式に、このティファニー・クラインの領地となったのですわっ! 者共、頭が高ぁい! 地に額を擦り付け、このわたくしを崇め奉りなさいっ!」
テーブルの上に乗って、ゴスロリのティファが高らかに宣言した。
ティファとしては、最大級に邪悪な顔を作っているつもりだろう。
けれど村人達の歓喜は、今にも爆発する寸前だった。
「ティファが領主だって?」
「ああ……てことは?」
人の耳から耳へ、情報が伝達されてゆく。
「「やった! ティファニーさま! 万歳!」」
誰かが言い始めると、もう止まらなくなった。
ティファは額に冷や汗を浮かべて、
「どうなっていますの? こいつら本物の馬鹿どもですか? 本当に床に頭を擦り付けて……気持ち悪いですわね」
と、ぼやいている。
仕方が無いのでテーブルから降りる手伝いをしながら、私はティファに言った。
「まあ、仕方ないんじゃない。ギラン・ミールやアルフレッド・クラインよりは、ティファの方がマシなんでしょ」
「これだから愚民というものは度し難い……とはいえ、こんな村ともサヨナラです」
「え?」
いきなりの発言に、私は動きを止めてしまった。けれどティファの言葉は、まだ続いている。
「あ、ミズホ、クロエ……お世話になりましたね。領主になる条件として、わたくしクライン公爵の下へ行くことになりましたの」
「それって、どういうこと?」
私は首を少しだけ傾げ、こちらを見ようとしないティファに問いかけた。
ミズホは笑顔で「これからもお世話する!」と言っている。
ティファは腕を組み、一生懸命、私達を蔑むよう演出していた。
「ですから、このドブ臭い村から出ていくと言っているんですわ。やかましい子豚と兎ですわね! つまり、これでお別れってことです! あなた方の蚤より小さな脳ミソでも、これなら理解出来まして!?」
ミズホは両目一杯に涙を溜めて、ティファに縋り付いた。
「やだ……やだ」
私の言うことは決まっている。
ティファがこれから行く場所は、間違っても安住の地じゃあない。
まだ恩だって返してないのに、離れる訳にはいかないもの。
「分かった。私も一緒に行くよ」
「は? クロエ……あなたは一体何を考えているんですか? ここで平和に暮らせばい……げふん、げふん」
「私、ティファに呪われてるでしょ? 離れる訳にはいかないのよ。それに貴族は――敵だもの」
「そうですか……じゃあ、お好きになさい。もう、危険な目に遭っても助けませんからね」
「いいよ、今度は私が助ける番だもの」
ミズホも目を輝かせて、大きく頷いた。
「じゃ、あたしも! あたしも行くっ!」
グレイとミコットがあんぐりと口を開け、一生懸命ミズホを止めようとしている。
「お、お前はまだ十一歳だろ! ダメだよ、ミズホ!」
「そ、そうだよ、あんたが行ったって、ティファの足手まとい……にはならないか……」
まあ、たとえ両親が止めてもミズホは行くでしょ。
きっと彼女にとってティファは、私と同じく何より大切なモノになっているのだろうから。
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クロエ・バーニー
年齢 14 職業 武将 Lv8
スキル
高速移動S 立体機動B 肉体強化C 愛玩SS 獣化C 魔導B
ステータス
統率79↑ 武力75↑ 魔力80↑ 知謀61↑ 内政75↑ 魅力107↑
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