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20話 あれは下僕ですわ

 ◆


「ちょっと人使いが荒いんじゃない、ティファ!」

「走りながら喋ると、舌を噛みますわよ!」

「てゆーかミズホを囮にして逃げるなんて、酷いわっ!」

「何を言ってますの! 逃げているのはあなたで、わたくしは乗っているだけですわ!」

「え? これは本能で……って耳をつかまないで! 手綱じゃないのに!」

「ええ、そうでしょうとも。兎は強敵を見ると、本能で逃げ出しますものね! ……って、急に止まらないで下さらない?」


 止まったクロエの肩が、ワナワナと震えています。流石に言い過ぎたのでしょうか?


「ここからは、一人で行って」

「あら、どうしましたの?」

「そりゃ私は、弱くって逃げてばかりいる兎人バニーよ。でもね……これでも悪魔と契約を結んだ魔女なの……だからミズホは見捨てない」

「立派な心意気ですけれど、どうしてわたくしがミズホを見捨てたと思っているのか、それが理解できませんわ」

「だって魔法を撃ち合ったら勝てないって、ティファが言ったんじゃない」

「いいえ、ろくなことにならない、と言いましたの」

「同じことじゃないっ!」

「……違います、勝てないとは言ってませんもの」


 両掌に炎を灯し、今来た道を振り返ってクロエが歯ぎしりをしています。齧歯類ごときが、生意気ですね。

 私は仕方なくクロエから降りて、あの男のステータスを彼女に説明してやることにしました。


――――――――

 セフィロニア・クライン

 年齢14 職業 子爵 Lv10 

 スキル 

 剣術 不明 槍術A 格闘B 大魔導B 鑑定A 改竄 不明 軍師S

 ステータス 

 統率87 武力85↑ 魔力 不明 知謀 不明 内政94 魅力90

 ――――――――


「いいですか、クロエ。あの男はわたくしと同じ“大魔導B”を持っています。しかも“改竄”のスキルがありますから、Aである可能性もあるのですわ」

「だからなに、それがミズホを見捨てることと関係あるわけ!?」

「わからない人ですね……その上あの男は“軍師S”のスキルまで持っていますから、こちらの動きなんて簡単に予測が出来てしまいますの」

「何が言いたいの、ティファは!」

「要するに軍師がいないこちらは今のところ、あの男の掌の上で踊っているのと同じ――そして意表を衝く行動をしなければ、ずっと踊り続けることになるのです」

「じゃあ、ミズホを捨て駒にしてヤツの裏をかいたってこと?」

「捨て駒とは、人聞きが悪いですね」

「だってそうでしょ! こんなのミズホが可哀想すぎるわっ!」


 両手で顔を抑え、赤い目を更に真っ赤にしてクロエが泣き出しました。

 私は腰に手を当て、溜め息を一つ吐きます。


「そもそもミズホは近接戦闘において、無類の強さを発揮します。相手の武力が85である以上、彼女が負ける心配は――」

 

 私が言い切る前に、背後から水煙を上げて迫る何かが見えました。

 クロエが両手を開き、身構えます。

 それから数瞬の後――満面に笑みを讃えたミズホが言いました。


「お兄ちゃんから、お菓子もらったの! お姉ちゃんに伝言あるよ! 味方って言ってた! 私のへ、へ? 塀は逃がしたから、水を飲んでもいいって!」

「ほらごらんなさい、ミズホは無事だったじゃありませんか」


 しかしミズホはいったい、私に何を伝えたいのでしょうか。

 口の周りに食べ物を付けているところから、お菓子を貰って食べたことは理解できます。

 けれど塀を逃がして水を飲めとは――まったく意味が分かりません。


「それってさ、セフィロニアがティファの味方ってこと?」


 クロエがミズホの両肩を掴み、頭をガクガクと揺すりました。

 ミズホは楽しそうに笑い、「あはは、あはは」と喜んでいます。


「ミズホ、答えて! セフィロニア・クラインは私達の味方なの!?」


 鬼気迫る表情のクロエに対し、ミズホは恐れをなしたのか、冷や汗を浮かべて首を傾げました。


「うーん……ちょっと、もう一回聞いてくるね。お菓子があったら二人の分も貰ってくる! だから許して!」


 ミズホは反転し、雨の中へ消えていきました。


「お、お菓子はいいのよ、ミズホ!」


 クロエの悲壮な声は雨音に掻き消され、ミズホの耳には届きません。

 それでも振り向いたミズホは、「お菓子ー!」と叫んで手を振っています。

 これではむしろ、お菓子をもの凄く期待しているみたいですね。


 暫く同じ場所で待っていると、ミズホが両手に袋を抱えて戻ってきました。もうコイツ、完全にドヤってます。


「お菓子、お兄ちゃ――セフィロニアさまから貰った」


 しかもミズホは、敵に敬称を付け始めました。

 これはもう、彼女は買収されてしまったのですね。悲しいことです。


「で、そのセフィロニアは何と言っていたのですか?」

「えとね、お姉ちゃんに、よろしくって」

「そうですか。わたくしは、宜しくないのですけれど」

「君の分を渡さず、ごめんって」

「謝るなんて、殊勝な心がけですわね。で、ミズホ……肝心なことですが、セフィロニアになんて伝えましたの?」

「えとね、お姉ちゃんが、自分のお菓子が無いって怒ってたよって」

「そうではないのですけれど……」

「そうしたら、私はティファの味方だから、これをあげるって」

 

 ミズホが懐から、一通の手紙を出しました。

 広げてみれば、そこにはセフィロニアの計画が書かれています。

 内容は彼が私の味方であること、そしてこちらの意図を知った上で、水攻めを促すものでした。

 最後に、


「ミズホちゃんは良い子だけど、ちょっと伝令には向かないようだから」


 と書かれていました。

 私は涙を拭い、そっとミズホの頭を撫でてやります。

 きっとこの中身は、カラッポなのでしょうね。


 ともあれ、そういう理由ならばお菓子くらい食べてあげましょう。

 私はミズホの抱えた袋に手を伸ばし、ひとかけらのクッキーを手に取りました。

 雨に濡れないよう持ち、口元へ運んで匂いを嗅ぎ、そして食べます。

 ああ、これはなんと甘く、香ばしいクッキーなのでしょう。


「美味しい……これが公爵家の力ですか。どうやらセフィロニアは、本当に味方のようですわね」

「ちょ、ティファ……あんたもお菓子くらいで買収されないでよね……」


 無粋なことを言うクロエに人差し指を向け、私は言い切ります。


「クロエ、違いますわ。これこそわたくしの作戦! 敵の中にセフィロニアを忍ばせていたのですわっ! ……ええ、それはもう、何年も前からっ!」


 クロエが頭を抱えながら、何事かを呟いています。


「嘘……絶対、嘘」


 ◆◆

 

 私達は急いで“静流亭”へ戻り、グレイ達に状況を伝え、今夜にも水攻めを行うことを決定しました。


「セフィロニア・クライン――あの赤毛の兄ちゃんだろう? 信用できるかどうかはともかく、信用しなきゃ早晩、この村は落とされるだろうな」


 珍しくグレイが弱気な発言をしました。

 事情を聞くと、彼も朝方にセフィロニアと遭遇したそうです。

 その時、やはり鑑定をしたらしく、「剣術SSは危険だ。武力の値は見えなかったが、そのランクで80以下ってこともねぇだろう。そうなると、俺でも勝てるかわからねぇな」とのことでした。

 

「え、SSだったのですか? 武力は85でしたが……」


 なんということでしょう……あのときミズホがぶつかっていたら、負けていたかも知れませんね。


「ほう、85だったか。そうなると本気で仕留めるなら、俺が格闘、ミズホが斧――それにティファの魔法による援護が必要だ。そんくらい剣術SSは強いぜ。しかも大魔導Bなんだろ、危険な相手だな、オイ」


 グレイが言うようにスキルの上下というのは、非常に大きな差となります。

 剣術で言えばSを猫と例えればSSは象、SSSに至っては竜といったところでしょうか。

 厳密に言えば戦闘系スキルは通常スキルと固有ユニークスキルに分類されますので、ミズホの双剣などであれば、Aでも剣術のSSに勝てるかも知れませんが……。


 ちなみに私の固有ユニークスキルは毒舌です。相対する人物の能力を下げることが出来るのですから、使い方さえ間違えなければ非常に強力です。 

 しかし常用パッシブで味方にも影響を与えてしまう為、非常に問題も多いスキルでもありますが。


 私は腕組みをして唸るグレイを見上げ、嘲笑しました。


「もしも負ければ、貴族に逆らった者は誰もが縛り首になります。ここでやらなければ、明日にも敵に攻め込まれ、この村は制圧されることでしょう。そうなれば、あなたも、あなたも――あっははははは! 首に縄を掛けられ、中吊りにされるのですわ!」

「ティファ……」


 グレイが私の肩に手を掛け、首を左右に振ります。

 彼の顔面が蒼白になっている所を見ると、また私の毒舌が効果を発揮したようですね。

 だからこそ、私は続けて言いました――。


「セフィロニアはわたくしの下僕です! 信じなさい! さあ――今、湖に貯めた水を決壊させれば、敵軍の大半を潰せますわよっ!」


 この場にいた全員が拳を突き上げ、歓声を上げています。

 

「「おおーっ!」」


 毒舌で弱った心を、強権で強制的に従わせる。

 決して意図した訳ではありませんが、こうして皆の心は一つになったのでした。

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