20話 あれは下僕ですわ
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「ちょっと人使いが荒いんじゃない、ティファ!」
「走りながら喋ると、舌を噛みますわよ!」
「てゆーかミズホを囮にして逃げるなんて、酷いわっ!」
「何を言ってますの! 逃げているのはあなたで、わたくしは乗っているだけですわ!」
「え? これは本能で……って耳をつかまないで! 手綱じゃないのに!」
「ええ、そうでしょうとも。兎は強敵を見ると、本能で逃げ出しますものね! ……って、急に止まらないで下さらない?」
止まったクロエの肩が、ワナワナと震えています。流石に言い過ぎたのでしょうか?
「ここからは、一人で行って」
「あら、どうしましたの?」
「そりゃ私は、弱くって逃げてばかりいる兎人よ。でもね……これでも悪魔と契約を結んだ魔女なの……だからミズホは見捨てない」
「立派な心意気ですけれど、どうしてわたくしがミズホを見捨てたと思っているのか、それが理解できませんわ」
「だって魔法を撃ち合ったら勝てないって、ティファが言ったんじゃない」
「いいえ、ろくなことにならない、と言いましたの」
「同じことじゃないっ!」
「……違います、勝てないとは言ってませんもの」
両掌に炎を灯し、今来た道を振り返ってクロエが歯ぎしりをしています。齧歯類ごときが、生意気ですね。
私は仕方なくクロエから降りて、あの男のステータスを彼女に説明してやることにしました。
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セフィロニア・クライン
年齢14 職業 子爵 Lv10
スキル
剣術 不明 槍術A 格闘B 大魔導B 鑑定A 改竄 不明 軍師S
ステータス
統率87 武力85↑ 魔力 不明 知謀 不明 内政94 魅力90
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「いいですか、クロエ。あの男はわたくしと同じ“大魔導B”を持っています。しかも“改竄”のスキルがありますから、Aである可能性もあるのですわ」
「だからなに、それがミズホを見捨てることと関係あるわけ!?」
「わからない人ですね……その上あの男は“軍師S”のスキルまで持っていますから、こちらの動きなんて簡単に予測が出来てしまいますの」
「何が言いたいの、ティファは!」
「要するに軍師がいないこちらは今のところ、あの男の掌の上で踊っているのと同じ――そして意表を衝く行動をしなければ、ずっと踊り続けることになるのです」
「じゃあ、ミズホを捨て駒にしてヤツの裏をかいたってこと?」
「捨て駒とは、人聞きが悪いですね」
「だってそうでしょ! こんなのミズホが可哀想すぎるわっ!」
両手で顔を抑え、赤い目を更に真っ赤にしてクロエが泣き出しました。
私は腰に手を当て、溜め息を一つ吐きます。
「そもそもミズホは近接戦闘において、無類の強さを発揮します。相手の武力が85である以上、彼女が負ける心配は――」
私が言い切る前に、背後から水煙を上げて迫る何かが見えました。
クロエが両手を開き、身構えます。
それから数瞬の後――満面に笑みを讃えたミズホが言いました。
「お兄ちゃんから、お菓子もらったの! お姉ちゃんに伝言あるよ! 味方って言ってた! 私のへ、へ? 塀は逃がしたから、水を飲んでもいいって!」
「ほらごらんなさい、ミズホは無事だったじゃありませんか」
しかしミズホはいったい、私に何を伝えたいのでしょうか。
口の周りに食べ物を付けているところから、お菓子を貰って食べたことは理解できます。
けれど塀を逃がして水を飲めとは――まったく意味が分かりません。
「それってさ、セフィロニアがティファの味方ってこと?」
クロエがミズホの両肩を掴み、頭をガクガクと揺すりました。
ミズホは楽しそうに笑い、「あはは、あはは」と喜んでいます。
「ミズホ、答えて! セフィロニア・クラインは私達の味方なの!?」
鬼気迫る表情のクロエに対し、ミズホは恐れをなしたのか、冷や汗を浮かべて首を傾げました。
「うーん……ちょっと、もう一回聞いてくるね。お菓子があったら二人の分も貰ってくる! だから許して!」
ミズホは反転し、雨の中へ消えていきました。
「お、お菓子はいいのよ、ミズホ!」
クロエの悲壮な声は雨音に掻き消され、ミズホの耳には届きません。
それでも振り向いたミズホは、「お菓子ー!」と叫んで手を振っています。
これではむしろ、お菓子をもの凄く期待しているみたいですね。
暫く同じ場所で待っていると、ミズホが両手に袋を抱えて戻ってきました。もうコイツ、完全にドヤってます。
「お菓子、お兄ちゃ――セフィロニアさまから貰った」
しかもミズホは、敵に敬称を付け始めました。
これはもう、彼女は買収されてしまったのですね。悲しいことです。
「で、そのセフィロニアは何と言っていたのですか?」
「えとね、お姉ちゃんに、よろしくって」
「そうですか。わたくしは、宜しくないのですけれど」
「君の分を渡さず、ごめんって」
「謝るなんて、殊勝な心がけですわね。で、ミズホ……肝心なことですが、セフィロニアになんて伝えましたの?」
「えとね、お姉ちゃんが、自分のお菓子が無いって怒ってたよって」
「そうではないのですけれど……」
「そうしたら、私はティファの味方だから、これをあげるって」
ミズホが懐から、一通の手紙を出しました。
広げてみれば、そこにはセフィロニアの計画が書かれています。
内容は彼が私の味方であること、そしてこちらの意図を知った上で、水攻めを促すものでした。
最後に、
「ミズホちゃんは良い子だけど、ちょっと伝令には向かないようだから」
と書かれていました。
私は涙を拭い、そっとミズホの頭を撫でてやります。
きっとこの中身は、カラッポなのでしょうね。
ともあれ、そういう理由ならばお菓子くらい食べてあげましょう。
私はミズホの抱えた袋に手を伸ばし、ひとかけらのクッキーを手に取りました。
雨に濡れないよう持ち、口元へ運んで匂いを嗅ぎ、そして食べます。
ああ、これはなんと甘く、香ばしいクッキーなのでしょう。
「美味しい……これが公爵家の力ですか。どうやらセフィロニアは、本当に味方のようですわね」
「ちょ、ティファ……あんたもお菓子くらいで買収されないでよね……」
無粋なことを言うクロエに人差し指を向け、私は言い切ります。
「クロエ、違いますわ。これこそわたくしの作戦! 敵の中にセフィロニアを忍ばせていたのですわっ! ……ええ、それはもう、何年も前からっ!」
クロエが頭を抱えながら、何事かを呟いています。
「嘘……絶対、嘘」
◆◆
私達は急いで“静流亭”へ戻り、グレイ達に状況を伝え、今夜にも水攻めを行うことを決定しました。
「セフィロニア・クライン――あの赤毛の兄ちゃんだろう? 信用できるかどうかはともかく、信用しなきゃ早晩、この村は落とされるだろうな」
珍しくグレイが弱気な発言をしました。
事情を聞くと、彼も朝方にセフィロニアと遭遇したそうです。
その時、やはり鑑定をしたらしく、「剣術SSは危険だ。武力の値は見えなかったが、そのランクで80以下ってこともねぇだろう。そうなると、俺でも勝てるかわからねぇな」とのことでした。
「え、SSだったのですか? 武力は85でしたが……」
なんということでしょう……あのときミズホがぶつかっていたら、負けていたかも知れませんね。
「ほう、85だったか。そうなると本気で仕留めるなら、俺が格闘、ミズホが斧――それにティファの魔法による援護が必要だ。そんくらい剣術SSは強いぜ。しかも大魔導Bなんだろ、危険な相手だな、オイ」
グレイが言うようにスキルの上下というのは、非常に大きな差となります。
剣術で言えばSを猫と例えればSSは象、SSSに至っては竜といったところでしょうか。
厳密に言えば戦闘系スキルは通常スキルと固有スキルに分類されますので、ミズホの双剣などであれば、Aでも剣術のSSに勝てるかも知れませんが……。
ちなみに私の固有スキルは毒舌です。相対する人物の能力を下げることが出来るのですから、使い方さえ間違えなければ非常に強力です。
しかし常用で味方にも影響を与えてしまう為、非常に問題も多いスキルでもありますが。
私は腕組みをして唸るグレイを見上げ、嘲笑しました。
「もしも負ければ、貴族に逆らった者は誰もが縛り首になります。ここでやらなければ、明日にも敵に攻め込まれ、この村は制圧されることでしょう。そうなれば、あなたも、あなたも――あっははははは! 首に縄を掛けられ、中吊りにされるのですわ!」
「ティファ……」
グレイが私の肩に手を掛け、首を左右に振ります。
彼の顔面が蒼白になっている所を見ると、また私の毒舌が効果を発揮したようですね。
だからこそ、私は続けて言いました――。
「セフィロニアはわたくしの下僕です! 信じなさい! さあ――今、湖に貯めた水を決壊させれば、敵軍の大半を潰せますわよっ!」
この場にいた全員が拳を突き上げ、歓声を上げています。
「「おおーっ!」」
毒舌で弱った心を、強権で強制的に従わせる。
決して意図した訳ではありませんが、こうして皆の心は一つになったのでした。




