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2話 思い出してしまいましたわ

 ◆

 

 雨は降り続いています。

 閃光のあと、雷鳴が響きました。

 土砂降りの雨を全て防ぐことは、到底この屋根ではできません。

 ポタポタと雨粒が頭に落ちて、頬に流れ落ちます。

 それでも床を全て、雨が濡らすことはありませんでした。


 もしも雨のせいで魔法陣が描けないのなら、それは運命だと諦めます。

 私は、そう自分に言い聞かせました。

 

 ナイフで手首を切り、血で床に魔法陣を描きました。

 血が流れ過ぎたら死ぬけれど、それならそれでいい。これから私がやろうとしていることは、間違いなく世界に災いを齎すことでしょうから……。


 大きく息を吸い込んだ後、書物に書いてあった通りに呪文を唱えて暫く待ちます。

 魔法陣が淡い光を放つのに、それ程の時間は掛かりませんでした。

 魔法陣の中から黒い影が浮かび上がり、やがて人の形になりました。

 もう、後戻りは出来ません。


「我を呼び出したのは、お前か?」


 パチパチと、二度瞬きをしたと思います。

 その男は、悪魔と呼ぶにはあまりに人間に近い形をしていました。

 けれど違う。人ではありません。

 人と言うには美し過ぎる。むしろ神と呼ぶ方が合っているかもしれない、そう思いました。


「もう一度、問う。我を呼び出したのはお前か?」


 私は頷き、口を動します。


「そ、う」


 美しい男は赤い瞳を私に向けて、唇の端を吊り上げています。


「我に何を望む?」


「復讐、したい。だから力を……私に力を……」


 拳を握りしめ、勇気を振り絞って私は言いました。

 ポタポタと手首から流れ落ちる血のせいで、意識が朦朧としています。

 足下には血溜まりが出来ていました。身体がゆらゆらと揺れています。


「ふむ……契約については知っておるか?」

「はい。私が持っているものなら、なんでも……あげます」

「ふっふ……よかろう。ならば与えん、運命に抗い復讐を成し遂げる力を」


 悪魔は私の頭に手を乗せて、ゆっくりと頷きました。

 手首の傷が塞がり、意識が戻ってきます。

 身体が熱くなって、全身を何かが駆け巡ってゆく。これが魔力なのでしょうか?

 私はゆっくりと目を動かしました。そして――悪魔と呼ばれる男の全身を見ます。

 闇の中でも輝く銀髪に、深紅色の瞳。高い鼻は計算されたかのように整っていて、肌こそ浅黒いけれど、まるで彫刻のように美しい。そんな男が光沢を放つ黒い衣服を着て、赤い裏地のマントを羽織り悠然としている。


 思わず私は、うっとりと見蕩れてしまいました。


「これ……魔法の力?」

「そうだ。お前に授けるのは、誰にも負けぬ強大な魔力と美貌――」


 今度は自分の身体を見ます。男は私に美貌をくれると言いました。

 力が欲しいと望みましたが、美貌まで頂けるならそれは望外の喜びです。


 あかぎれてボロボロだった指先が、貴族のように滑らかになってゆきます。

 ボサボサだった髪がふわりと揺れて、肩に流れる。指で梳いても、まったく絡まなくなりました。

 顔――顔は――外に出て川の水面を覗き込むと――今まで無数にあったそばかすが消えています。


「ふっ……ティファニー。お前はもともと美しい……」


 魔族の男が言いました。

 けれど、私としては随分と変わったように思います。

 

 黄金色の髪に翡翠の様な瞳。それは母から貰ったもので、変わらない。だけど丸みを帯びた鼻は整えられ、厚かった唇は薄くなった。

 多分――誰が見ても美しい少女が今、水面を覗き込んでいる。ただ、少しだけつり上がった目が、人の悪そうな印象を与えるかもしれない。


 少なくとも今までの私は、純朴そうな田舎娘でした。

 それが美しくて気品はあるけれど、意地悪そうな少女に変わったのですから。


「絶世の美女になるぞ、お前は――ふっふ」


 いつの間にか背後に立っていた魔族が笑っています。

  

 私は立ち上がり、悪魔に微笑みました。


「ありがとう、ございます」


 悪魔は笑い、頭を左右に振っています。


「礼などよい、これは契約なのだから」

「そうですね……では、その対価は?」

「人の絶望、悲哀、恐怖を我に齎せ。我もまた、人に復讐をしたいのだ。そして来るべき日、我の尖兵となれ」

「……つまり?」

「国を奪えということだ。裏切れば、お前には死が待っているぞ――そうら」


 言うなり、悪魔が私の胸に手を突き入れてきます。

 身動きができず、それをぼんやり見ていた私は次の瞬間、声にならない悲鳴を上げました。


「……ひっ」


 青白く光る私の胸元に、悪魔の右手が入ってゆく。激痛がします。

 だけど、仕方がありません。

 これでようやく、母を苦しめた領主を殺すことができる――そう思った瞬間、全てを思い出しました。


 かつて自分が日本という国で暮らしていたことを。

 目の前の美しい悪魔に見覚えがあり、それがもっともハマッたエロゲのラスボスだったということを。

 そうでした、私、男だったのです。


「あ……これって……」

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