19話 セフィロニア・クライン 3
◆
配下の騎士を使い、「雨を止めよ」と命令を出したのは昨日のことだ。
「も、申し訳ございません、鋭意努力をしているのですが、どうにも凄まじい魔力でして……」
今朝、私の天幕にやって来た騎士は、こう言って頭を垂れた。その表情は憔悴しきっている。
もとより期待してはいなかったが、こうまで手も足も出ないとは驚きだ。
この騎士の魔導スキルはD。つまりギラン・ミールと同じではあるが、魔力は80を超えている。
もしもこの雨を降らせている人物がギランを倒したのと同一人物であれば、確かに彼の反撃など歯牙にも掛けなくて当然だ。
事実、今も止むというには程遠く、天幕をうち続ける雨音は激しいままなのだから。
私は戦況を確認する為に、前線へと足を運んだ。
相変わらず橋を架けようとすると、敵の頑強な抵抗を受ける。
昨夜のうちに作った橋は今朝方、敵の爆炎魔法によって破砕された。
「苦戦しているようだね、ジェイク」
「はは……まあ、兵の損耗を抑えつつやっておりますので、どうしても」
「じゃあ、強行突破は可能かい?」
「可能ですが、一割の損害は覚悟して頂きたいですな」
「というと問題は――あの男かい?」
土塁の上でこちらを睨む一人の男を、私は指差した。
「そうです。まったく、一騎当千とはああいうヤツのことを言うのでしょうなぁ。見て下さい、これモンですよ」
ジェイクが従卒の持つ黒い盾を指し示し、肩を竦めている。
見れば中央部が拉げ、左右の上部に亀裂が入っていた。
「一度、ヤツがこっちに渡ってきましてね、囲んでも埒があかなかったものですから、こう一騎打ちをしまして……」
「互角――だったのかな?」
「互角と言えば聞こえは良いですがね、こちらは防戦一方でした。それに今朝の爆炎魔法――あれもヤツでして……」
「あれも? ……じゃあ、雨は一体誰が?」
私は顎に指を当て、考えた。
当初はティファニーがギラン・ミールを討ち取ったのだろうと思っていたけれど、敵にあれ程の者がいるのなら、違う可能性もある。
だとすると、あの者は降雨の魔法を使用し続け、さらに爆炎の魔法を使ったのだろうか。ならば、最低でも大魔導のスキルを持っていることになる。
しかも武力81を誇るジェイクを防戦一方に追い込む力も備えているとなると、相当な人物だ。
「考えていても仕方ないな……スキル起動、鑑定A」
――――――――
グレイ・バーグマン
年齢40 職業 将軍 Lv36 主君 ティファニー・ミール 忠誠98
スキル
剣術A 槍術A 格闘S 魔導A 鑑定C
ステータス
統率96↑ 武力93↑ 魔力81↑ 知謀94↑ 内政92↑ 魅力85↑
――――――――
私が鑑定を使ったのを見破ったのか、グレイ・バーグマンがニヤリと笑い、掌を上に向けて手招きをしている。
「これは……」
「如何です、セフィロニアさま」
「ふ、ふふ、ふははは……!」
「どうなさいました!?」
この時、私が辺り一帯に張り巡らせた結界の一部が破られた。北側だ。
「ジェイク、彼の名はグレイ・バーグマン。竜狩りのグレイだよ」
「なっ、こんなところに……! 強いわけだ!」
「しかも、なんと主君持ちだ。主君は誰だと思う?」
「……一体誰があれ程の男を!?」
「ふふ……ははは……ティファニーだよ。そしてきっと、彼がここにいるのは陽動だ」
「陽動ですと!?」
「ああ、そうさ。今しがた、北の結界が破られた。少数だが、こちらに凄まじい速度で向かっている」
「ということは――」
「ああ、ティファニーはこちらの本営を衝く気だろうね。やはりギラン・ミールを倒したのは彼女さ」
ジェイクが兜をコツコツと叩きながら、目を閉じた。
数秒後に目を開くと、それは一辺の油断さえない武人の顔になっている。
「本気になったね、黒竜騎士団長」
「敵を大国の王と認識します。それで、本営の警護はいかがしましょう?」
「それは私がやろう。恐らくだが――叔父とティファニーは互角だろうから」
「では、私はどのように?」
「そうだね……橋を掛ける作業を続けつつ、別働隊を南へ送ってくれ。彼等の数は、せいぜいが二〇〇だ。二カ所からの渡河を、同時に防ぐことは出来ないだろうからね」
「御意――送る部隊は如何しましょう?」
「黒竜騎士団だ。ジェイク団長が直接指揮をとってくれ」
「なるほど、こちらが本命、という訳ですな」
「まあね、ティファニーの意図が分かった今、何も躊躇う理由は無い。じゃあ宜しく頼むよ、ジェイク」
「御意」
ジェイクが敬礼をしたのを合図に、私は本営へと足を向けた。
同時に私は自身の結界内にある三つの影を脳裏に浮かべ、苦笑した。実に素早い動きだ。
三つの影は既に叔父の天幕に近づき、衛兵を二人、屠っている。
馬に鞭を入れ、手綱を握る手に力を込めた。
泥水をはね飛ばし、馬が駆ける。
鎧に当たる雨粒が大きさを回復した所をみると、こちらの騎士は力尽きたのだろう。
叔父の天幕に辿り着いた途端、私は目の前に落ちる閃光を見た。
ドォォォン――と凄まじい轟音を発し、叔父の天幕が破壊される。
天幕は炎と雨が混じり合って、朦々とした黒煙を上げていた。
そこから這うように現れたアルフレッド・クラインは、泥と灰で汚れた黄金色の鎧を身に着けている。
「な、な、なんだというのだ!? 雷だと!? 騎士どもの魔法防御はどうしたのかっ!?」
慌てて立ち上がった叔父が、周囲を見回し怒鳴り散らしている。
ふん――あれ程の攻撃魔法に対して、騎士クラスの魔法防御が役に立つものか。
私は馬を止め、少しばかり状況を静観することにした。
「ああっ、なんとう悪趣味な出立ちでしょう! わたくし、目がつぶれそうですわ! それにあの髭! 人間のものとは思えませんものっ! 熊? 熊なのですか、あれは? どうりで臭い訳ですわね!」
「熊肉、熊肉っ! お姉ちゃん、解体する? 食べる? 食べていい? 美味しいかな?」
「フーッ、フーッ! 貴族……貴族のニオイがする……私は、私はッ! 全ての貴族に正義の鉄槌を下す者ッ!」
相対するのは、黄金色の髪を背中で纏めた美しい少女。それから二本の剣を構え、嬉しそうに涎を垂らす小さな女の子。そして純白の髪と耳を持つ、凶悪そうな笑みを浮かべた兎人の魔女の三人だ。
彼女達はそれぞれに、あのアルフレッド・クラインを獲物と認識している。
どうにもこれは、愉快でならない。
普段であれば叔父は彼女達を狩る側なのに、今はどうみても狩られる側なのだから。
だが、余りこの状況を楽しんでばかりもいられない。
ここでティファニーに、叔父を殺させる訳にはいかないのだ。それが彼女の為でもある。
だいいち、叔父も公爵だ。黙ってやられる訳が無い。
私は口元を抑えながら笑みを隠し、馬を下りて叔父の下へ向かった。
「叔父上、ご無事でしたか。ここはどうか、お退き下さい。馬はこれを……」
「こ、ここまで賊の侵入を許すとは、なっておらんぞ、セフィロニア!」
「不徳の至りでございます。なればこそ、ここは私めにお任せ下さい。閣下におかれましては、まず汚れたお召し物を、我が天幕にてお着替え下さいますよう……」
叔父は頷き、私の軍馬に跨がった。その動作は、不愉快さを示すかのように荒々しい。
「小娘共は殺すなよ」
馬上から好色そうな声が聞こえたが、私はそれを無視して剣を抜く。
その瞬間、悪寒が背筋を走った。
恐らくは鑑定を使われたのだろう。相手はティファニーだ。
「撤退しますわっ! あれは大魔導Bを持っています! あんなのと魔法を撃ち合ったら、ろくなことになりませんわっ!」
けれどティファニーは私を一瞥すると、左足を軸にして、くるりと方向を変えた。
鑑定をしたくせに、戦う気は無いのだろうか?
「クロエ! さっさとわたくしを背負いなさい!」
兎人の耳を引っ張り、彼女の背中にティファニーは飛び乗った。
私は突然の状況変化に、到底ついていけない。
「ミズホは死んでも追撃を食い止めなさい! 帰って来たら蜂蜜をあげます!」
「うん、わかった! ありがとう、お姉ちゃん!」
小さな女の子が、二本の剣を構えてジリジリと私に迫る。
ていうか、あの子、私を止めるご褒美が蜂蜜だけなんて不憫すぎるのでは……?
「ま、待つんだ、ティファニー! 蜂蜜だけでは可哀想だろうっ! 私を止めるなら、もう少し良いモノを与えた方が……!」
「そんなこと、あなたの知った事ではありませんわ! あーっはっはっはっは!」
笑い声が、どんどんと遠ざかってゆく。
兎人の足は馬よりも早いというから、私でも追いつく事は不可能だろう。
正直、こんなにあっさり逃げるとは思わなかった。
「あ……お菓子、食べるかい?」
私は懐からクッキーを取り出し、目の前の女の子に見せた。
コクコクと頷く彼女は、剣を捨ててクッキーを私の手から取り、モグモグと食べている。
「ありがと」
「いいよ、これを食べたらお帰り。それから、こう伝えて。私の兵は逃がした――いつでも水攻めをしてくれて構わない、とね」
「ん、わかった。えと、お兄ちゃんは……何?」
「ティファの味方だよ。君の名前は?」
「そっか、そうだよね! お菓子くれたもんね! あたしミズホ! またね、お兄ちゃん!」
言うなり、くるりと向きを変えて走り去る女の子の足は、兎人よりも速かった……。
本当の化け物はミズホ……でもアホ。




