18話 雨だから大丈夫ですわ
◆
「ふぁあ……」
“ドン”という凄まじい音で、目が覚めました。
二階の窓からエルシード川を眺めると、敵軍が渡河しようと掛けた橋に、大きな火球がぶつかり弾けています。
あんなものを魔法で作り出す事が出来るのは、こちらの陣営では私とグレイの二人だけ。ということは、あの変態紳士冒険者が鋭意努力をした結果なのでしょう。
そもそも雨を降らせ続けているので、川は増水しています。
この状況では、橋を架けることさえ困難でしょう。
ましてや防御を担当するのが、グレイ・バーグマンなのです。いくらクライン公爵といえども、易々と突破できるものではありません。
「お姉ちゃん、着替えだよ」
ミズホがやってきて、水の入った桶と着替えを置いてくれました。服は綿の入った分厚い上着と、男の子が履くようなズボンです。
今日は川を迂回し、敵の本陣に奇襲を仕掛ける日ですからね。上着は鎧の代わり、ズボンは動き易さ重視の選択です。
ただまあ、ちょっとカッコ悪いですね。
いくら防御の為とはいえ、私のような悪役が着膨れするなんて、あってはいけないことだと思うのですが……。
着替えを済ませて一階に下りると、クロエやパットといった精鋭部隊の面々が緊張した面持ちで椅子に座っていました。
彼等の前にあるテーブルには、パンやフルーツが置かれています。
今、この村にある最良の食材でしょう。それが惜しげもなく振る舞われていました。
けれど精鋭部隊はミズホ以外で食べ物に口を付けようとする者はなく、一向に減る気配を見せません。
私はパンを手にとり、ヨーグルトをつけて口の中へ入れました。
爽やかな酸味と甘みが口の中で溶け、固く乾いたパンに芳醇さを与えてくれます。
「美味しいですわ」
「こんな時に、ティファはよくバクバクとメシが食えるな」
失礼な事をパットが言います。
「ティファは頭のネジが何本か外れちまったから……」
ブランがコソコソと隣の男に耳打ちをしました。
隣の男はボード。彼等は以前、私の家を燃やした三人組ですね。
「ああ、この若さで不憫なことだ」
「ちょっと前までは、薄幸の美少女って感じだったのにな」
「ああ、神様も酷い事をしなさる。だが、お陰で色んな強さを手に入れたんだ、仕方がないさ」
「ちょっと、ボード、ブラン、聞こえていますわよ! わたくし発酵も発光もしていませんわ!」
まったく、腹の立つ下衆どもですね。あの時、殺しておけばよかったと思います。
けれど彼等も一応は戦力。私は小さな小さな堪忍袋の緒をしっかり締めて、彼等に言いました。
「腹が減っては戦は出来ぬと言いますし、場合によってはこれが最後の食事ですわよ。食べたく無いというなら構いませんが、それが理由で敵に負けたりしたら、死んでも殺してやりますからね」
皆さんも私の言葉に納得したのか、ゆっくりと食べ物を口へ運びます。
中でも人気があったのが、リンゴにヨーグルトを付けて食べる食べ方ですね。
私も試してみましょう。
「あ、美味しい」
ヨーグルトは何につけても合いますね。
「これでは本当に、発酵の美少女になってしまいますわ」
「お姉ちゃん、つまらない……」
「そうね……つまらない冗談を二度も言ったわ」
ジットリとした目でこちらを見つめるミズホに、慈悲の心はありませんでした。
クロエは冷たい眼差しをこちらへ向け、物悲しそうに耳を伏せています。
というか何故、パット、ブラン、ボードの三人が精鋭部隊にいるのですか。
こんなのを連れて敵本陣を衝くなんて、狂気の沙汰としか思えません。やはり殺ってしまいましょう。
「ちょ、なんでいきなり暴れるんだ、ティファ!」
「お、俺達が何をしたってんだ!」
「そ、そうだ! 敵の前にお前に殺されたらたまらんぞっ!」
「あなた方は、わたくしの家に火を付けましたわっ!」
「「「いまさらっ!?」」」
ボロボロになった三人組を床に積み上げ、私は外に出ました。
どうも今日は、昨日よりも敵軍の攻撃が激しいようです。
もしかしたら敵は、今日の内にこちらを陥落させるつもりかもしれません。
僅かですが、雨も弱まっています。
これは私の魔法に対して、誰かが抵抗をしているからでしょう。
相手は公爵家なのですから、その程度は当然のことです。
とはいえ、困りました。
雨が弱まってしまえば湖に溜まる水の量が減りますから、当然、水攻めの威力が低下します。
いっそ、今日の奇襲で本当にクライン公爵アルフレッドを討ち取ってしまいましょうか。
そんなことを考えていると、ちょうどそこへグレイ・バーグマンがやってきました。
「敵の攻撃が予想以上に激しいぜ。当初考えていた以上に、側面攻撃が重要になった。今日は宜しく頼むぞ、ティファ」
雨水をポタポタと滴らせながら、真剣な面持ちでグレイが言います。
「セフィロニアとやらは、そんなに強いのですか?」
「強いというか……堅実だな。お陰で被害は少なくて済んでいるが――まあ、そりゃ敵さんも同じか」
私は古い記憶の糸を辿ってみました。
セフィロニアという名は、どこかに引っかかります。
まだ母と暮らしていた頃、クライン公爵がこの村にやってきた事がありました。
母が公爵は自分たちを迎えに来たのだと勘違いし、彼の下へ飛び出して行ったあの日のことです。
公爵は縋り付く母をにべもなく追い返しましたが、一緒にいた赤毛の少年は違いました。
優しそうな青い瞳を母に向け、私には微笑んだのです。
私は母の手を取り、水車小屋へと戻りました。
彼はその後、一人で水車小屋に来ると、母に何かを手渡していました。
今思えば、あれはお金だったのだと思います。
「私はセフィロニア・クライン。君の従兄弟だよ、ティファニー。何かあれば、私を訪ねてくるといい。ああ、叔父上はダメさ、わかるだろう?」
あの時は、なんの冗談を言っているのだろうと思っていました。
しかし今は、それが本気だったのではないかと思えます。
気のせいでしょうか……。
“静流亭”へ戻り、私は髪をクロエに纏めてもらい、剣を佩いて準備を整えました。
――って、なんで三つ編みになっているのでしょう。道理で時間が掛かると思いました。
それから灰色のローブを身に着け、外に出ます。
私と共に行くのは、ミズホ、クロエ、あとは自警団の面々です。
正直にいえば自警団なんて居ても居なくても同じなのですが、彼等がどうしても行くといって、頑に譲りません。
ですから仕方なく、総勢二〇人で出発しました。進路は北、エルシード川の上流へ向かいます。
エルシード川を遡ると森の中に入りますが、そこには小さな川渡しの船があります。村人が木の実をとって運ぶ為に、重要な役割を果たしてくれる船ですね。
川の流れが速くなった今、この小さな船で渡るのは危険ですが、やるしかありません。
お昼が過ぎる頃、ようやく渡し場に到着しました。
対岸には数名の兵士がいて、こちらを警戒している様子が見えます。
木陰に隠れながら敵の様子を伺いましたが、未だこちらには気付いていない様子。
「俺達に任せてくれ」
パットはそう言って、背中に背負った弓を取り出しました。
彼に続いて、他の面々も弓を手に取ります。
私はスキルの鑑定を使い、敵の人数を特定、「五人ですわ」と告げました。
パットは無言で頷き、立ち上がって弓を構えます。
“ビュッ”と鋭い音が鳴り、遠くから悲鳴が聞こえました。
次々と自警団の面々が矢を放っていきます。
そのうち何本かは外れましたが、幸い敵を全滅させることが出来ました。
とはいえ、この場にあるのは小舟が一艘。
全員が渡るならば、三回に分ける必要がありそうです。
「これは、撤退のときに困りますわね」
そうです――今は敵がいませんから三回に分けて対岸に行けるでしょう。
しかし帰りは敵に追われること必定。だとすれば、三回に分けている余裕なんてありません。
「今日は屑にしてはよくやりました。パット家畜長、あなた方はもう帰ってよろしくてよ」
「は?」
小舟に乗り込んだ私は、ミズホとクロエだけ手招きして乗せました。そして船と陸地を結ぶ縄を解き、パットには手をヒラヒラと振ってみせます。
「ですから、矢で敵を仕留めたことを褒めているのです。けれども、あなた方にこれから先の働きは、期待していませんわ――それでは、ごきげんよう」
「お、おい、ティファ! そりゃないだろ! たった三人でどうするんだよ!」
「大丈夫ですわ、わたくしは君主で、この二人は武将ですもの――あーっはっはっは!」
口元に手を当て、高笑いをする私にクロエが言いました。
「そんなに大きな声を出して、敵に見つかっても知らないわよ?」
「あーっはっはっは……あ……雨だから、大丈夫ですわ、きっと」
評価、ブクマいつもありがとうございます!
今日はランキングタグもつけてみました!
良かったらこちらも宜しくお願いします!




