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17話 セフィロニア・クライン 2

 ◆


 昨夜、叔父の天幕に呼ばれて行ってみれば、全軍の指揮を執れとのことだった。

 自信が無い訳ではないが、私は十四歳。まだ早いのではないか、と思わざるを得ない。


 ザアザアという雨音が、天幕の屋根をうつ音が聞こえる。

 昨日から降り続く雨は、一向に止む気配を見せない。


 硬い木の寝台から身を起こすと、ジャラリという鎖帷子の音が聞こえた。

 別に寝ている間まで装備を整えておく必要は無いと思うが――ここはギラン・ミールを討った者のいる地。油断するなとジェイクに言われたので仕方が無い。


「セフィロニアさま、お目覚めですか」


 私が目覚めるのを待っていたかのように、ジェイク・ロドムが天幕に通された。

 彼は漆黒の鎧に雨水を滴らせて、寝台の脇で片膝を付いている。

 

「私が目を覚ましたから来たのだろう、ジェイク」

「はい……やはり奴等、ギラン・ミールを討った者を出さぬようにございますぞ」


 顔を洗い、鎧を身に着けたあと、私はジェイクに頷いた。

 

「差し出すようであれば、それこそひと思いに全滅させてやるさ」

「はは……それにしてもセフィロニアさまは、黒い鎧がよくお似合いで」

「似合ってもね……それで経験が上積みされる訳じゃない。叔父上も酷いよね、いきなり指揮をしろなんてさ」

「評価されていますな」


 ジェイクは立ち上がり、私がマントを付けるのを手伝ってくれた。


「さあね。私の戦いを見て、弱点を探すつもりかもしれないよ」

「まさか、そこまで……」


 私は苦笑を浮かべ、「冗談だ」と付け加えた。

 本当は冗談ではないけれど、他に従卒もいる。本音を言い過ぎるのは問題だろう。


「して、如何なさいます」

「如何も何も、攻撃は開始するよ」

「では、さっそく橋を造りましょう」

「ああ、そうしてくれ。しかしあの土塁だ、十分に警戒して掛かるように」

「御意」


 ジェイクは胸をドンと叩く騎士式の敬礼を一つしてから、踵を返した。

 再び雨の中へ出ていったのだ。


 馬の嘶きと兵の怒号が聞こえ、陣営が慌ただしくなる。

 私はこれから叔父の下へ行き、今後の作戦を告げよう。

 気の重いことだが、それは重要なことだった。


 ――――――――


 空を見上げれば、どんよりとした雲が全体を覆っている。

 降り続ける雨に濡らされた大地はぬかるみ、足の運びを重くしていた。

 これでは馬が役に立ちそうも無い。


「浮かない顔だな、セフィロニア」


 天幕に入り片膝を付いた私に、叔父はそう声を掛けた。

 現在の天候を憂う気持ちが、僅かでも表情に出ていたのだろうか。

 既にジェイクが渡河の為、橋を架ける工事を始めている。

 私の魔法であれば瞬時に橋を構築することもできるだろうが――まだそのように高次の魔法を扱えることを、叔父に知られたくなかった。


「この雨が、些か気になります」

「ふむ……我らの足を止める為であろう、ぬかるんだ道は進軍を阻む。ことに騎馬は足を取られ、到底使い物にならんからな」

「叔父上は、これが魔法によるものだとお考えで?」

「ギラン・ミールとて貴族であった。それを容易く屠る者なら、この程度は雑作もなかろう」


 叔父は天幕をうつ雨音に眉を顰めつつ、暖かい紅茶を飲んでいた。

 今年三十六歳になるこの男は、王侯が集う場に於いて「赤髭」の名で呼ばれ恐れられているという。

 実際、迷宮から溢れた魔物を討伐する為に各国の王達が集まった時も、獅子奮迅の活躍をしたらしい。そして、決して馬鹿ではない。


 彼の野心は自らの実力に相応しく、このクライン公国を王国に格上げしようというものだ。

 しかし数年来の彼の努力にも関わらず、連邦議会は彼に王の称号どころか大公位すら与えようとしなかった。

 今やクライン公国は人口も国力も、連邦内の王国群に引けを取らない。その軍事力に至っては、王国群を凌ぐにも関わらず――だ。

 その理由は、強過ぎる自らの力を列強が恐れているからだと叔父は考えている。

 少なくとも彼は、そう信じて疑わない。


 だからこそ叔父は今、連邦国立軍学院――通称ケーニヒス学院へ通うイリスラ公子が戻った時、彼に跡目を継がせて王にしようと画策しているのだ。

 その時、体の良い比較対象になるのが、この私――という訳で。


 現在十七歳になり、学院の二年生となったイリスラ公子の成績は次席だという。

 世間的にも文武に秀でた良い公爵になるのではないか、と言われている。

 しかし私から見れば、彼は弱者を虐げ強きに媚びるだけの俗物だ。

 せいぜいがアルフレッド・クラインの縮小再生産といったところで、彼が王になどなったら、それこそ問題が起こるだろう。


 そもそも連邦が叔父を王に推挙しな理由も、私は知っている。

 満場一致で、彼の性格の問題だ。

 それは残虐で冷酷で尊大――そして好色、というもの。

 これがある限り、叔父は大公にすらなれないだろう。

 つまりクライン公爵家は現在のところ、あくまでも公爵止まりということだ。


 実際、私自身も叔父である彼の性格を好ましく思ったことはない。

 何しろ彼は魔物を討伐する為に立ち寄った村を壊滅させるなど、平然とやる男なのだから。


 そのアルフレッド・クラインが、豪奢な椅子の上で大きく溜め息を吐いた。


「セフィロニア、余の期待を裏切るなよ? お前さえ忠実であれば、イリスラの代には王国宰相にもなれようからな……ふっふっふ」


 私は叔父の目を見ないように、頭を垂れた。


「御意」


 答える声に嘘が含まれているとしても、仕方が無いだろう。

 しかし叔父がそこまで見破るほど、繊細とは思えなかった。


「では、戦場の指揮を執ります」


 私は立ち上がると、叔父に敬礼を向けた。


「まて――あの土塁を築いた者は、戦力になる。殺さず、我が陣営に迎えよ。それから――」

「心得ております。美しい女性は殺すな――ですね」

「分かってきたではないか、よい女を愛でるのは、強き男の宿命よ」

「ところで叔父上、この地にはティファニーがいるはずですが」

「……アレは、殺しても構わぬ」

「しかし、魔力に目覚めている可能性もございますが」


 紅茶を飲む手を止め、叔父が私を睨む。凄まじい眼光に、足が竦みそうだ。


「何が言いたい、小僧」

「いいえ、彼女もクライン家の血を引く者。魔法を扱えるようになっているのなら、殺す必要はないかと」

「ああ……くっくっく……あの日、お前はアレに見蕩れておったな。良かろう、手に入れたなら好きにするが良い。楽しんで捨てるも良し、愛でて飼うも良し……始末は任せよう」


 下衆な男の考えそうなことだ。

 しかし――これでティファニーを助ける名目は出来た。

 あとは彼女がどこにいるか、だな。

迫るイケメンの魔の手

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