15話 ピザが美味しいですわ
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「……で、陣ってどうやって築くんだ、ティファニー?」
私はパットの言葉に唖然としました。
自警団というものは陣の築き方一つ知らないと、そういうことなのでしょうか?
せっかく雨を降らせ始めたというのに、なんということでしょう。
これではいくら二〇〇人をかき集めたところで、クライン公爵には抗いようもありません。
「そんなことも分からないなんて、何と言う無能……ミズホ、この男を豚の餌にでもしてやりなさい」
「え、わたしが食べていいってこと? いただきまーす!」
ミズホがやって来て、勢い良くパットへ飛び掛かります。
どうやらミズホは未だに子豚気分で、パットを解体したら自ら食すつもりのようですね。
「まてまて、ティファ。うちのミズホは子豚じゃねぇし、ましてや暗殺者でもねぇよ!」
あら? 何やらミズホが空中で手足をバタつかせています。
見ると男が空中で彼女を捕まえ、中吊りにしている様子。
男はミズホをすぐに降ろすと、私の頭を撫でてニッコリと笑いました。
「よ、ティファ! 随分と活躍したらしいじゃねぇか!」
男の容姿はボサボサの黒髪にアイスブルーの瞳と、イケメン要素が漂っています。無精に延ばした髭も精悍さを醸し出し、その辺のモブキャラとは一線を画していました。
「あら、浮気中のグレイさん。わたくし、別に何もしていませんわ」
私は薄笑みを浮かべて答えます。
まあ、先日の件が彼の耳に入っていても、それは仕方の無い事でしょうからね。
「おっと、そうだった、そうだった」
男が腰に手を当て、口笛を吹き始めます。下手な口笛ですね。
「あ、あんた、やっぱり浮気してたのかい……うぅ」
ミコットが地に伏して泣き始めました。
そう――この男はグレイ・バーグマン、一流の冒険者にして宿豚の夫です。
つい先日、討伐依頼を終えて村に帰ってきたとのこと。
私は小屋に引き蘢っていたので、彼が帰って来たことはクロエを通じて知りました。
それにしても、相変わらず馴れ馴れしい男ですね。
「う、う、浮気なんてしてねぇよ!」
「じゃあなんで、口笛を吹いて誤摩化そうとしてんだい……う、うぅ」
「その意味じゃねぇって! それはティファがだな……」
目が泳いでます、おかしいですね。
流石にグレイが浮気をしているとは思わないので、冗談で言っただけなのですけれど。
地面に突っ伏して泣くミコットが、流石に哀れに思えてきました。
「はっきり言ってごらんなさい、グレイ。それがミコットの為にもなるのです」
「お、おい、ティファ、流石に俺の口からは言えねぇだろ!」
むむむ? 浮気はしていないと、もう一度はっきり言えば済む話でしょう。それを何故、彼は頑に拒むのでしょうか。
おや、服の袖に金色の長い髪の毛が付いていますね。これは、まさかのクロ。
私は目を細め、人差し指をグレイに向けて言いました。
それはもう、犯人を追いつめた探偵の如く鋭い眼差しです。
気分はもう、ベーカー街に住む有名なあの人でした。
「あなたが最後に会った女性は、金髪ですね?」
「ああ、そうだな」
「あなたが最後に触れた女性も、金髪ですね?」
「そりゃ、そうだろうな」
「そうですか……では、やはり愛人はいたと……」
「なんでそうなるんだよ、ティファ!」
「だって……服の袖に金色の長い髪の毛が付いていますわ」
「これはお前の髪だろうが!」
「ですが、最後に会った女性も、触れた女性も……」
「どっちもお前の事だよ!」
「ま、まさかわたくしが愛人だったなんて……!」
ヨロリと後ずさる私に、皆の視線が集まります。
そうです、ここはエロゲの世界。
私がグレイの愛人だったとして、何の不思議がありましょうか。
「ティファ! 遊んでんじゃねぇよ! お前、皆にはギランを倒したことを隠してんだろ! それを話さねぇようにしてやってんのに、何言ってんだ!」
グレイが私の耳元で言いました。
あ、そうでしたね、びっくりしました。
「あああああ……! あんたもギラン・ミールと同じだったんだね! うわああああん! ティファも、だからあの時あたしに言ったんだぁぁ! グレイが浮気してるってぇぇ! この女狐めぇぇ!」
しかしミコットの慟哭が止まりません。
「あ、いや……ミコット、お前が世界で一番綺麗だ」
「ほ、本当かい?」
グレイがミコットの肩を摩り、愛を囁きます。
気持ち悪いですね。
しかしここで後押ししなければ、収拾がつきません。
「そうですわ、あなたは世界で一番美しい豚ですわ。その豚足で作るスープは、何より美味しいですもの」
「ティファ、お前はもう、何も言わないでくれ」
「……残念ですわね」
「遊んでる時間なんぞねぇんだ……分かるだろ、ティファ。だいたいお前、こんな極大魔法放ちやがって」
ようやく落ち着いたミコットの背を軽く叩き、グレイが立ち上がりました。私を見下ろしています。
不愉快ですね、私を上から見るなんて。
「極大魔法? こんなの、ただ雨を降らせてるだけですわ」
「おまえ、なに反り返ってんだ? 叱ったからグレちまったか?」
「見下していますの、あなたを!」
「あ、ああ、そうか……そんなことより天気まで操るなんざ、お前のスキル、相当やべぇだろう?」
「ふん……ですが陣が築けないのなら、雨の降らし損ですわ」
グレイが遠くに見える敵陣を眺め、目を細めています。
「いや、お前のやりたいことは分かった。奴等を渡河させなきゃいいんだろう?」
ニヤリと笑い、グレイが呪文を唱え始めました。
口が動くと同時に、モゴモゴと口髭も動いています。気持ち悪いですね。
「賢き土の精霊よ、来たりて我らを守る盾になり給え」
おや……どうやら土系統の魔法のようですが、異端の書には書かれていなかったもののようです。
見る間に川沿いの土が盛り上がり、土塁を作り上げました。
「ついでだ」
グレイは土塁の上に、剣山を作り出しています。
これは土属性でも上級の、鉄を作り出す魔法。しかも先端を尖らせるなど、かなりの高等技術です。
「「おお……さすがグレイさん」」
集まった村人達が、口々に彼を讃えています。
「こんなことが出来るなら、あなたがギラン・ミールを倒せば良かったじゃありませんか」
私が口を尖らせて言うと、
「すまんな、こうなることが恐かったんだ」
グレイは素直に頭を下げ、それから再び敵陣を睨みます。
「だが……もっと早くに、やるべきだった」
「まあ、いいですわ」
それからグレイは村人達にテキパキと指示を出し、二〇〇人を六〇人ずつに分けて、三つの部隊を作りました。残りの二〇人は精鋭で、私やミズホ、クロエを含む部隊です。
基本的には土塁を一部隊ずつ三交代で見張り、攻撃があった場合は全部隊で迎撃します。
私達の部隊は攻撃を受けている間に敵側面へ回り込み、可能であれば敵将を討ち取るという役目。
気分的には「桶狭間の戦い」ですが……おいこら、私の作戦はどこいった、グレイ・バーグマン!
「とりあえず、ウチに来な」
一通りの説明がすむと、最初に配置された六〇人を残して皆“静流亭”に集まりました。
村の幹部たち九人が四角い長机を前に座り、私の作戦に耳を傾けています。
九人というのは六人の評議委員に私とクロエ、それからグレイ・バーグマンを加えた数ですね。
「わたくしの作戦を理解しながら邪魔をしようというのですか、このすっとこどっこい・バーグマン!」
「いや、俺はそんな名前じゃねぇし、お前の作戦を邪魔しようなんて意図は、これっぽっちもねぇ」
親指と人差し指の間を僅かに開けたグレイ・バーグマンが、そこを片目で覗き込んでいます。
「じゃあ、この配置とわたくし達の役割はいったい何の為ですの!?」
「そう怒るな、ティファ。そりゃあ決まってるだろ、俺達の本当の意図を隠す為だ」
「んっ? あ……そういうことですのね……あは」
グレイの意図を理解した私は、思わず笑みがこぼれてしまいます。
「そういうことさ、ティファ」
人間というのは一つの罠を見つけると、二つ目の罠は見逃してしまうと云いますからね。
こちらの意図が別働隊による奇襲であると敵が見抜いたなら、本来の狙いである水攻めの方は見落とすでしょう。
「グレイ、あなた随分と人が悪いですわね……はは、あはは」
「お褒めに預かり恐縮です……てか?」
評議委員の大半は、今の話を理解できませんでした。
「ちょっと待ってくれ。俺達にはよく分からないんだが……」
「いったい何が起こるんだ?」
「犬以下の知恵しか持たない者は、黙ってわたくしの命令に従っていればいいのです」
「ううっ……ティファ。いつも思うけど、酷くない? 俺たち年上だからね……」
「まあまあ、ティファ。そう言うなって……だからな、お前ら――」
グレイ・バーグマンが噛み砕いた説明をしたお陰で、愚か極まる評議委員達にも何とか理解できたようです。良かったですね。
「つまりナルラ湖を溢れさせ、エルシード川を氾濫させようってのか!」
パットが両手を打ち鳴らし、両目を輝かせて立ち上がりました。
「だから、最初からそう言っていますわ。その為に雨を降らせ続けていますのよ」
「これなら勝てる!」
「当然ですわ」
私はピザを口に放り込みつつ、パットを蔑んだ目で睨みました。
「ティファ、ダイエット……」
クロエが私のお腹を指でつつきます。何と云う無礼者でしょうか。
長い耳を引っ張り、黙らせましょう。
「わ、お姉ちゃん! クロエちゃんの耳が捥げるよっ!」
「捥いでいるのですわ! 子豚は黙ってピザを持って来なさいっ!」
なんかティファもアホの子になってきました。悪役令嬢なのにおかしいな?