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15話 ピザが美味しいですわ

 ◆


「……で、陣ってどうやって築くんだ、ティファニー?」


 私はパットの言葉に唖然としました。

 自警団というものは陣の築き方一つ知らないと、そういうことなのでしょうか?

 せっかく雨を降らせ始めたというのに、なんということでしょう。

 これではいくら二〇〇人をかき集めたところで、クライン公爵には抗いようもありません。


「そんなことも分からないなんて、何と言う無能……ミズホ、この男を豚の餌にでもしてやりなさい」

「え、わたしが食べていいってこと? いただきまーす!」


 ミズホがやって来て、勢い良くパットへ飛び掛かります。

 どうやらミズホは未だに子豚気分で、パットを解体したら自ら食すつもりのようですね。


「まてまて、ティファ。うちのミズホは子豚じゃねぇし、ましてや暗殺者でもねぇよ!」


 あら? 何やらミズホが空中で手足をバタつかせています。

 見ると男が空中で彼女を捕まえ、中吊りにしている様子。

 男はミズホをすぐに降ろすと、私の頭を撫でてニッコリと笑いました。


「よ、ティファ! 随分と活躍したらしいじゃねぇか!」


 男の容姿はボサボサの黒髪にアイスブルーの瞳と、イケメン要素が漂っています。無精に延ばした髭も精悍さを醸し出し、その辺のモブキャラとは一線を画していました。


「あら、浮気中のグレイさん。わたくし、別に何もしていませんわ」


 私は薄笑みを浮かべて答えます。

 まあ、先日の件が彼の耳に入っていても、それは仕方の無い事でしょうからね。


「おっと、そうだった、そうだった」


 男が腰に手を当て、口笛を吹き始めます。下手な口笛ですね。


「あ、あんた、やっぱり浮気してたのかい……うぅ」


 ミコットが地に伏して泣き始めました。

 そう――この男はグレイ・バーグマン、一流の冒険者にして宿豚の夫です。

 つい先日、討伐依頼を終えて村に帰ってきたとのこと。

 私は小屋に引き蘢っていたので、彼が帰って来たことはクロエを通じて知りました。

 それにしても、相変わらず馴れ馴れしい男ですね。


「う、う、浮気なんてしてねぇよ!」

「じゃあなんで、口笛を吹いて誤摩化そうとしてんだい……う、うぅ」

「その意味じゃねぇって! それはティファがだな……」


 目が泳いでます、おかしいですね。

 流石にグレイが浮気をしているとは思わないので、冗談で言っただけなのですけれど。

 地面に突っ伏して泣くミコットが、流石に哀れに思えてきました。


「はっきり言ってごらんなさい、グレイ。それがミコットの為にもなるのです」

「お、おい、ティファ、流石に俺の口からは言えねぇだろ!」


 むむむ? 浮気はしていないと、もう一度はっきり言えば済む話でしょう。それを何故、彼は頑に拒むのでしょうか。

 おや、服の袖に金色の長い髪の毛が付いていますね。これは、まさかのクロ。


 私は目を細め、人差し指をグレイに向けて言いました。

 それはもう、犯人を追いつめた探偵の如く鋭い眼差しです。

 気分はもう、ベーカー街に住む有名なあの人でした。


「あなたが最後に会った女性は、金髪ですね?」

「ああ、そうだな」

「あなたが最後に触れた女性も、金髪ですね?」

「そりゃ、そうだろうな」

「そうですか……では、やはり愛人はいたと……」

「なんでそうなるんだよ、ティファ!」

「だって……服の袖に金色の長い髪の毛が付いていますわ」

「これはお前の髪だろうが!」

「ですが、最後に会った女性も、触れた女性も……」

「どっちもお前の事だよ!」

「ま、まさかわたくしが愛人だったなんて……!」


 ヨロリと後ずさる私に、皆の視線が集まります。

 そうです、ここはエロゲの世界。

 私がグレイの愛人だったとして、何の不思議がありましょうか。


「ティファ! 遊んでんじゃねぇよ! お前、皆にはギランを倒したことを隠してんだろ! それを話さねぇようにしてやってんのに、何言ってんだ!」


 グレイが私の耳元で言いました。

 あ、そうでしたね、びっくりしました。


「あああああ……! あんたもギラン・ミールと同じだったんだね! うわああああん! ティファも、だからあの時あたしに言ったんだぁぁ! グレイが浮気してるってぇぇ! この女狐めぇぇ!」


 しかしミコットの慟哭が止まりません。


「あ、いや……ミコット、お前が世界で一番綺麗だ」

「ほ、本当かい?」


 グレイがミコットの肩を摩り、愛を囁きます。

 気持ち悪いですね。

 しかしここで後押ししなければ、収拾がつきません。


「そうですわ、あなたは世界で一番美しい豚ですわ。その豚足で作るスープは、何より美味しいですもの」

「ティファ、お前はもう、何も言わないでくれ」

「……残念ですわね」

「遊んでる時間なんぞねぇんだ……分かるだろ、ティファ。だいたいお前、こんな極大魔法放ちやがって」


 ようやく落ち着いたミコットの背を軽く叩き、グレイが立ち上がりました。私を見下ろしています。

 不愉快ですね、私を上から見るなんて。


「極大魔法? こんなの、ただ雨を降らせてるだけですわ」

「おまえ、なに反り返ってんだ? 叱ったからグレちまったか?」

「見下していますの、あなたを!」

「あ、ああ、そうか……そんなことより天気まで操るなんざ、お前のスキル、相当やべぇだろう?」

「ふん……ですが陣が築けないのなら、雨の降らし損ですわ」


 グレイが遠くに見える敵陣を眺め、目を細めています。


「いや、お前のやりたいことは分かった。奴等を渡河させなきゃいいんだろう?」


 ニヤリと笑い、グレイが呪文を唱え始めました。

 口が動くと同時に、モゴモゴと口髭も動いています。気持ち悪いですね。


「賢き土の精霊よ、来たりて我らを守る盾になり給え」


 おや……どうやら土系統の魔法のようですが、異端の書には書かれていなかったもののようです。

 見る間に川沿いの土が盛り上がり、土塁を作り上げました。


「ついでだ」


 グレイは土塁の上に、剣山を作り出しています。

 これは土属性でも上級の、鉄を作り出す魔法。しかも先端を尖らせるなど、かなりの高等技術です。


「「おお……さすがグレイさん」」


 集まった村人達が、口々に彼を讃えています。


「こんなことが出来るなら、あなたがギラン・ミールを倒せば良かったじゃありませんか」


 私が口を尖らせて言うと、


「すまんな、こうなることが恐かったんだ」


 グレイは素直に頭を下げ、それから再び敵陣を睨みます。


「だが……もっと早くに、やるべきだった」

「まあ、いいですわ」


 それからグレイは村人達にテキパキと指示を出し、二〇〇人を六〇人ずつに分けて、三つの部隊を作りました。残りの二〇人は精鋭で、私やミズホ、クロエを含む部隊です。

 基本的には土塁を一部隊ずつ三交代で見張り、攻撃があった場合は全部隊で迎撃します。

 私達の部隊は攻撃を受けている間に敵側面へ回り込み、可能であれば敵将を討ち取るという役目。

 気分的には「桶狭間の戦い」ですが……おいこら、私の作戦はどこいった、グレイ・バーグマン!


「とりあえず、ウチに来な」


 一通りの説明がすむと、最初に配置された六〇人を残して皆“静流亭”に集まりました。

 村の幹部たち九人が四角い長机を前に座り、私の作戦に耳を傾けています。

 九人というのは六人の評議委員に私とクロエ、それからグレイ・バーグマンを加えた数ですね。


「わたくしの作戦を理解しながら邪魔をしようというのですか、このすっとこどっこい・バーグマン!」

「いや、俺はそんな名前じゃねぇし、お前の作戦を邪魔しようなんて意図は、これっぽっちもねぇ」


 親指と人差し指の間を僅かに開けたグレイ・バーグマンが、そこを片目で覗き込んでいます。


「じゃあ、この配置とわたくし達の役割はいったい何の為ですの!?」

「そう怒るな、ティファ。そりゃあ決まってるだろ、俺達の本当の意図を隠す為だ」

「んっ? あ……そういうことですのね……あは」


 グレイの意図を理解した私は、思わず笑みがこぼれてしまいます。


「そういうことさ、ティファ」


 人間というのは一つの罠を見つけると、二つ目の罠は見逃してしまうと云いますからね。

 こちらの意図が別働隊による奇襲であると敵が見抜いたなら、本来の狙いである水攻めの方は見落とすでしょう。


「グレイ、あなた随分と人が悪いですわね……はは、あはは」

「お褒めに預かり恐縮です……てか?」


 評議委員の大半は、今の話を理解できませんでした。


「ちょっと待ってくれ。俺達にはよく分からないんだが……」

「いったい何が起こるんだ?」

「犬以下の知恵しか持たない者は、黙ってわたくしの命令に従っていればいいのです」

「ううっ……ティファ。いつも思うけど、酷くない? 俺たち年上だからね……」

「まあまあ、ティファ。そう言うなって……だからな、お前ら――」


 グレイ・バーグマンが噛み砕いた説明をしたお陰で、愚か極まる評議委員達にも何とか理解できたようです。良かったですね。


「つまりナルラ湖を溢れさせ、エルシード川を氾濫させようってのか!」


 パットが両手を打ち鳴らし、両目を輝かせて立ち上がりました。


「だから、最初からそう言っていますわ。その為に雨を降らせ続けていますのよ」

「これなら勝てる!」

「当然ですわ」


 私はピザを口に放り込みつつ、パットを蔑んだ目で睨みました。

 

「ティファ、ダイエット……」


 クロエが私のお腹を指でつつきます。何と云う無礼者でしょうか。

 長い耳を引っ張り、黙らせましょう。

 

「わ、お姉ちゃん! クロエちゃんの耳が捥げるよっ!」

「捥いでいるのですわ! 子豚は黙ってピザを持って来なさいっ!」

なんかティファもアホの子になってきました。悪役令嬢なのにおかしいな?

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