13話 セフィロニア・クライン 1
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「セフィロニアさま、ミール騎士領の件、お聞きになりましたか?」
「……いや、何も。ミール騎士領が、どうかしたのかい、ジェイク?」
「はい、何でも自警団が謀反を起こし、城が落ちたとか。騎士ギラン・ミールを含め、一族の全員が討ち取られたとのことにございます」
「はは、それは痛快な出来事だね」
「笑っている場合ではありませんぞ、セフィロニアさま! これに伴って公爵閣下が近く出兵なさる由、イリスラさま不在の今、セフィロニアさまが我が騎士団と共に出陣せよ、とのお達しです」
「へえ……まったくの初耳だね。そうすると、私は初陣になるのかな?」
私は部屋の窓を開け、城下に広がる町並みを見下ろした。
緩やかな丘陵地帯にあるこの街は、この城を頂点として三段階の階層を成している。
各階層ごとに備えた長大な壁は、如何なる敵の侵入も阻むと云われて久しい。
もっとも、このクライン公国はケーニヒス連邦王国における北西の雄。近隣には如何なる敵も存在しないのだが……。
私は公爵である叔父の陰湿な眼差しを思い浮かべ、憂鬱な気分になった。
彼はきっと自警団の叛乱とやらを利用して、領土の拡大に乗り出すだろう。
以前から彼は、北に複数ある騎士領を目障りだと感じていた。
しかし騎士達はかつて大陸を悪魔から解放した際、ケーニヒス王から叙爵された者達の末裔。おいそれと滅ぼす訳にはいかない。
それが今回の一件で、軍を動かし領土を得る大義名分を得たのだ。
おそらく叔父は、ミール騎士領を獲るだけでは収まらないだろう。
近隣への叛乱拡大を防ぐなどと名目を付けて、他領にも侵攻するはずだ。
私は叔父の思惑を想像し、溜め息を吐く。
べつに叔父が特別、野心的という訳ではない。
今のケーニヒス連邦は、東西を問わずどこかで必ず小競り合いが続いている状態だ。
その中で勢力を拡大したいと思うのは、君主として当然のことだと思う。
まあ、だからと言って私にできることは少ないが……。
実際、叔父であるアルフレッド・クライン公爵が私に何事かを相談することは無い。
しょせん私は、彼の息子の当て馬なのだ。
優秀と評判の従兄弟イリスラに、何かに付けて負けてやればいい。
それで命と何不自由無い暮らしが保証されるのだから、出しゃばる必要などないのだ。
けれどクライン公国における二大騎士団の一つ、黒竜騎士団の団長であるジェイク・ロドムは何かと私を気に掛けてくれる。
それは有り難いことだけれど、迷惑なことでもあった。
今もしきりに私の考えを聞こうとして、彼は私の部屋から動こうとしない。
はっ、もしかして彼は男色家なのだろうか?
確かに私は女みたいな顔をしているとよく言われるが、それは顔だけであって好みは当然女性である。
というわけで、もしも彼に口説かれたなら、断固として断らなければ……。
「どう思われますか、セフィロニアさま」
「どうって言われてもね……私は女性が好きなので」
窓ガラスに映る自分の顔が、若干引き攣っている。
癖のある赤毛を指で弾きながら、何とかジェイクから顔を隠していた。
「いや、セフィロニアさま! 何を勘違いなされた! ねえ!」
ジェイドが真っ黒い鎧をガチャガチャと鳴らし、騒いでいる。
ああ、分かっている、冗談さ。
「では、いったい何だ? はっきり言ってくれ」
「セフィロニアさまは自警団とやらがギラン・ミールどのを討伐されたと、本気で思われますか? ということです」
ギラン・ミールは腐っても貴族だ。
貴族が魔力を持たない平民に討たれるなど、あり得ない。
もしもあり得るとすれば他家の貴族が自警団を煽動したか、あるいは悪魔の蠢動だ。
ガラスに映る青い瞳が細くなってゆく。
私の悪い癖だ。
考え事をするほど、人相が悪くなるのだから。
「はは……ジェイク、随分と露骨に言うね」
「言わせたのはセフィロニアさまでしょうに、お人の悪い」
「まあ、そうだね。私は……そう思わないかな。だいたい、ただの平民が貴族に勝てる訳が無い」
「しかし公爵閣下は自警団が煽動した叛乱とみなし、これを討伐なさる、とのこと」
「なるほど――これは一方的な虐殺になるね」
「然様、これを止められるは、もはやセフィロニアさまのみにございます」
「はは……私が何を言った所で、叔父上は止まらないよ」
「では、実力を持ってお止めになれば如何?」
「私は無力だよ、率いる兵さえ一人もいない。対して叔父上には、二つの騎士団と四つの兵団がある……はは」
「そのうち一つの騎士団は、私が率いております。ご下命あればいつでも……」
「ジェイク」
私は振り向き、剣を抜く。
これ以上ジェイクの発言を聞く事は出来ない。
何かを言わせることも、出来ない。
「首を刎ねても構いませんぞ。命など、惜しんではおりませんので」
ジェイクは片膝を付き、首に掌を当てている。
私は抜き身の剣を彼の首筋に当て、息を大きく吐いた。
「ミールには、何者かが居る」
「ようやく本音を言って下さいましたな」
「ああ、仕方がないだろう」
「では、何がいるとお考えで?」
「さあね。少なくとも騎士家を歯牙にも掛けない存在……スキルでいえば最低でも魔導A以上の何かだね」
剣を納めながら、私は笑った。
ミール家がどのように滅んだのかは、分からない。
しかし魔法を使う貴族を滅ぼすには、魔法を使う者がいなければ無理だろう。
「随分と愉快そうですな、セフィロニアさまは。その……魔法を使う者に心当たりでも?」
「ない……とは言えないな」
数年前、私は叔父と共にミール騎士領へ行ったことがある。
その時、水車小屋で母親と共に、仲睦まじく暮らす親子を見た。
母親の方は我々に気付くと慌てて追いすがり、
「公爵さまのお慈悲を!」
と言っていたのを覚えている。
だが娘の方は、そんな母の手を引き、叔父を見上げて冷然と言ったものだ。
「この人……臆病……怯えているよ……」
あの時の叔父の引き攣った顔は、実に見物だった。
尊大で不遜で何事にも動じないと思っていた男が、幼い子供から目を逸らしたのだ。
「かの地には、一人親戚がいてね……」
「と、申しますと、ティファニーさまでしょうか……」
ジェイクは不思議そうな顔をして、こう付け加えた。
「しかし、あの方には魔力が無かったと記憶しておりますが」
生まれてすぐ魔力に目覚めるのは貴族の特権だ。
しかし冒険者などは、遅い者なら十歳前後で魔力に目覚めることもあるという。
ティファニーがそうでないと、どうして言えるだろうか。
「なぜ叔父上がティファニーを追放したか、知っているかい?」
「いいえ、存じませんが」
「金髪だったからさ」
「意味が分かりませんな」
「クライン家はもともと金髪だった。しかしこの髪色を捧げることで、悪魔と契約を結び魔力を手に入れたと云われている。だから一族の者は皆、赤や茶色の髪色になるんだ。けれどティファニーは、捧げたはずの金髪だった……ははは」
「ならば、魔力を持たないのも道理では?」
「そうとも考えられるが……逆に彼女が我が先祖の契約した悪魔では、手に負えない存在だったとしたら?」
「……そんなバカな」
「しかし叔父上は彼女を恐れた、それは事実だ。そして今、討伐軍を編成するという――その目的が複数あったとして、私は驚かないよ」
ついに強敵の登場です。




