白の少女と与奪の悪魔
「面白い話をしていたみたいね。」
エリスが出ていくのを見届けてから、マリアさんが口を開いた。
「冒険者はまあ、興味ありますね。」
「ふふっ、そっちじゃなくてクーちゃんの方よ。」
やっぱりか。あえて話題を外したのに修正してくるレベルか。
しかもこの様子だとクーが理解できる言語で喋っているようだ。
「私の話をしていたんですか?」
「まあね。」
なんて適当な返事では興味をそそるだけだよな、とは思うが他に何を言うべきか思い浮かばない。
「その、どんな話をされていたんですか?」
やっぱ気になるよなあ。
正直に言うしかないか……
「ふふっ、クーちゃんの事が珍しいわねって話をしていたのよ。」
「髪……ですか?」
「そうね。あと貴女の綺麗な目もそうよ。」
「ふぇ!?……えと、その、えへへ……」
えへへって、可愛すぎかよ。
とはいえマリアさんのお陰でクーをしょんぼりさせるような事は避けられた。
と、安心したのも束の間、マリアさんが攻めた。
「それで、クーちゃんの髪の毛が白い理由を考えていたんだけど、何か知ってるかしら?」
この質問をきっかけに、クーの顔が急に引き締まる。
「その、はい、私の居た村で起きた出来事の後、白くなってたんだと思います。」
「話してもらってもいいかしら?辛い事なら別にいいわ。話せる範囲で教えてもらえる?」
「……わかりました。」
大きく深呼吸をした後、クーは自らの過去を話し始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
クーがまだ小さかった頃。
クーは山間にある村に住んでいた。
山の中腹に開かれた果樹園で作る果物が特産品で、たまに訪れる行商人とのやり取りもするが、基本的には自給自足の生活をしていたらしい。
そんなある日の事、村に訪れた行商人が話題になっていた。
数日間滞在するという商人は古今東西に伝わるという昔話や伝説などいろいろな話を子供たちに聞かせ、人気を獲得していった。
村の広場で小さな売り場を開いていた商人は暇な時間を見つけては様々な昔話を子供たちに聞かせ、子供たちは商人にそれぞれの将来の夢を語った。
そうしてあっという間に時は過ぎて商人が旅立つ前日となり、商人は最後に子供達を集めてとある悪魔に関する話を語って聞かせた。
曰く、この世界のどこかに与奪の悪魔と呼ばれる化け物が存在する。
その悪魔はありとあらゆる伝説に出てくる英雄たちを支えた影の功労者だった。
悪魔は英雄たちと取引を行い、彼らの大切なものを奪い、そして英雄足りえる才能や技術を与えた。
英雄を生む"精霊"と呼ばれないのは、奪われた大切なものが記憶を含めるためだった。
英雄譚には絶対に出てこないその大切なものを英雄たちは語らない、語れない。
これが与奪の悪魔の名前の由来であった。
この悪魔に出会ってしまったら、好きなものの話をしてはいけない。夢を語ってはいけない。そうすれば悪魔は何もできずに去っていく。
この世界ではよくある、おまじないとセットになった童話の一つだ。
そしてその夜、クーの村は消滅した。
その夜何が起きたのかを、クーは知らない。
その村の場所も、村の親しい人間も、両親の名前も、自らの夢も。
クーはたくさんの事を忘れてしまった。
首から鎖が伸び、馬車の荷台で似たような服装の者たちと運ばれている時。
気付けば覚えていたのは使ったことのないはずの言葉と商人の格好をした与奪の悪魔の姿だけだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「その後は、目を瞑りながらの生活だったので、どこにどうやって移動していたのかはわかりません。」
彼女の小さい頃という表現に疑問は残るが、悪魔憑きだなんだと買い手が付かず、俺に渡された時のように厄介払いのような形で転々として来たのだとすれば、随分と長い間独りで過ごしてきたのだろう。
「ありがとうクーちゃん。とても興味深い内容だったわ。」
「なんか、嫌なこと思い出させてごめんな。」
「その、私にはあまり思い出が無いので、それほど辛くはないんです。」
「そっか……」
自分の村が滅んだという話のはずなのに、クーは他人の事故の証言をするように淡々と喋っていた。
悪魔によって記憶を奪われたことで、当事者という感覚が薄れているのだろう。
奴隷商人からの扱いは知らないが、何も覚えていない、言葉も通じない環境で見知らぬ土地に行くというのはどんな感じなのだろうか。
俺がどんなに考えてもその時の彼女の気持ちなんて分かるはずはない。
こういう時は少なくともそういった過去があった事を理解して、これからの生活を良くすることを考える。
と。頭では理解していても現実に行動するのは大変だ。
「クーは今の夢ってある?」
まずは彼女の希望を聞かなければ。
「私の夢は……何なんでしょうか?」
何なんだろうね?
「今はまだ無くてもいいんじゃないかしら?クーちゃんはまだお兄さんの奴隷ちゃんなんですもの、主人であるお兄さんに従うしか出来ないのよ。」
「なるほど、そういう話か。」
なんだ、まるで俺が「えっいや、違っ」主人の命令に従順な奴隷かどうかのカマかけした「そういう意味じゃ」みたいになるじゃないか。「でももちろん」とはいえ奴隷として正しい反応が出来るって事は「服屋さんも冒険者も」やっぱ頭がいいって言うか空気が読めるっていうか。
「クーは奴隷には勿体ないな。」
「ふぇ……?」
「あらあらふふふ、やっぱりいい所のお兄さんは考えることが違うわね。」
あれ、いい所の出身だって設定続いてたんだ。
「奴隷を解放するって変な事なんですか?」
「ふふっ、そうねえ……とっても大変な事よ。」
「具体的には?」
「解呪の術式に使う魔物の素材がとても希少なのよ。」
ちなみに、おいくら程するんだろうか……
「その、お金に換算するとこの服何着分になりますか……?」
俺よりも先におずおずと質問を口にしたクーはチラチラとこちらを見てくる。
気を遣わせてしまったか……やっぱこういう話題はクーのいない所で聞くようにしよう。
「んー、その服だと何着分かしらねえ、服を買うのも出来るでしょうけど、奴隷解放のための素材を揃えようとすれば豪邸が3棟は建つでしょうね。具体的には左金貨6000枚と言った所かしら……」
マリアさんもこちらを一瞥する
俺そんなにわかりやすいかなあ……?
「でもそういった素材を集めるのって冒険者なのよねえ、だから、もし冒険者なら自分で集めに行くって方法もあるかしらね。」
はっはーん、そういう事か。
「へえ、じゃあ冒険者目指してみようかな……」
「ふふっ、くれぐれも死なないようにね。珍しい拾い物があれば私が買わせてもらうかもしれないわ。」
なるほど、それでエリスは持ち込みをしていたのか。
「ちなみにどんなものを買ってくれるんですかね?」
「呪いを振りまくような品よ、私そういったものに目がなくって、買い取っては加工して服に仕立てているの。だから他所のむさくるしい防具屋さんなんかより役に立つ物も安くしているわ。」
「でも女性物ばっかり売ってるじゃないですか。」
「ふふっ、大丈夫よ、お兄さんにはそのヘアピンをあげるわ。」
要らねえ……というか必要としたくねぇ……
「やりましたねシンジさん!」
「お、おう……」
「さあ、そろそろ休憩もおしまい、お仕事の続きをお願いね。」
ぱちんとウインクを飛ばしてくるマリアさんだが、これがまた絵になるのがズルい。
「仕方ない、行こうかクー。」
「はい!」
涼しい店内に後ろ髪を引かれながら、日の照る外に出た。
彼女の瞳の不思議についてはまた今度。
閲覧ありがとうございました。




