店に来るもの
「マリア服店でーす。」
ツイてねえ……。
昨日はあれから街を歩き回ったが、結局宿も職も見つからなかった。
職はまあいい、訳も分からん流れ者を簡単に働かせる様な店に会えるとは思っていなかったし。
しかし問題は宿だ。
入る所入る所全ての場所で宿泊が断られてしまった。
金銭の問題ではない。
何故かクーと一緒に入るとどこの宿も満室になるらしいのだ。
本当なら繁盛の女神だが、まあ所謂差別というやつだろうな。
クーはどう足掻いても美少女の部類に入る女の子だ。
その目に関しての反応は人それぞれだろうが、それを加味しても可愛いと思う。
「マリア服店でーす、フォーマルな服からカジュアルな服、アブノーマルな服まで色々ありまーす。」
ツイてないというのは女装させられた事がではない。
俺の17年連れ添った相棒の話だ。
そう、今の俺は美少女に変身中なのだ。
自分で再確認しても意味が分からないというか原理が分からないというか。
経緯としては、何の成果もなくこのマリア服店に帰ってきた俺は、マリアさんの厚意で一宿一飯の恩義に預かった。
となれば約束を果たすのが男というもの。
女装と聞いてどんな凄惨な姿にさせられるのかとビビりながらも覚悟を決めた俺に対して、マリアさんが用意したのは白いシャツとジーンズ地のホットパンツというかなりボーイッシュな服だった。
とはいえ女性物。サイズの合っていないそれらの衣装は着てみると思いの外小さく、ホットパンツは破けるか破けないかのギリギリといった状態で、もちろん開いた前は留まらない。
シャツも同様で、パツパツのシャツの裾とズボンの間からお腹が見えてしまう状態だった。
この時ばかりはある程度見られるお腹をしていて良かったと心から思った。
流石にそんな無様な状態なら店前に立たされる事は無いだろうと甘く見ていた俺は、マリアさんが用意したもう一つのアイテム、赤いヘアピンを不用心に装着した。
その瞬間だ。
体が急激に発熱し、痛みとも痒みともつかぬ何とも言い難い刺激が全身を襲った。
気がつけば視点が低くなり、四肢はおろか胴体も大きく変化していた。
「女体化なんて想像してねえよ……。」
そう、胸部には立派なお山が二つ、股間に生えていたはずの相棒はその姿を消して女性特有の亀裂に変わっていた。
何が大変かと言えば足元が見にくい事だろうか。
もちろん男性と女性の大きな違いという意味での変化に目が行きがちだが、身長についても大きな変化があったわけで。
「今じゃクーの方が背が高いもんなー。」
近くで手持ち看板を掲げるクーに近寄る。
するとクーはこちらを見ながら
「シンジさん可愛いです。」
毒気も抜かれる素晴らしい笑顔で一言。
出会った直後とは違って流暢な外国語だ。
これは別にマリアさんが昨日一夜漬けで教えたとかクーが語学に覚醒したとかではなく……
実は昨日の夜、俺にも例の28番目の言語が理解出来ることが判明したのだ!
な、なにー!?……なんてな。
理由は不明だが、マリアさんに手伝って貰った結果、マリアさんの知る32言語中32言語の聞き取りに成功した。
しかし文字は読めない。
逆にこちらの書いた文字もマリアさんは読めなかった。日本語も英語もダメだった。
というわけで口語においてはクーとの意思疎通は問題なく行えるというわけだ。
が、クーは今この土地で使われている言葉が喋れないため、客引きはマリアさんの作った手持ち看板で行っている。
クーの頭を撫でるのを止めて仕事に戻ろうとした時、通行人から声を掛けられた。
「やあ、君可愛いね。今お仕事中?」
あー、想定はしていたがやっぱ居るのかナンパしてくる奴。
クーは可愛いもんな、俺も今はそれなりに可愛い方のはずだし。仕方ないわ。
見ればロン毛で目つきの悪い男が薄らとにやけたような顔でこちらを見ている。
こういう手合いはあまり相手にしないほうがよさそうだ。
「ありがとうございます。見ての通りお仕事の真っ最中です。」
皮肉を込めて言ったのだが男には通じていない様子。
「そんなダルそうな仕事サボってさ、俺といい事しない?」
それどころか更にナンパを続行してきた。
何がいいことだよ、お前と一緒にいる事が罰ゲームになるレベルの格好しやがって。
「ごめんなさい、私達お金に困ってて……お仕事しっかりやらないと……」
自分で言っててむず痒くなるようなか弱い声で対応してみる。
ふっ、この時間にナンパしてるようなプー太郎に金の話はきつかろう?
どっか行ってしまえ。
「金?金なら沢山あるからさ……いいじゃん、ちょっとお茶だけ、ね?」
そう言いながらロン毛が小袋から手に取りジャラジャラと手の上で転がしたのは数枚の金貨。
「あ、あはは……その、えっと……」
マズった……まさか金持ちの坊ちゃんだとは思わなかった。
さてどう言い逃れしたものか……そうだ。
「すみません、やっぱり出来ません。どうか店主にお話を通してからお誘い下さい……」
男とデートなんて死んでも嫌だからな。
店主パワーすら使うノリの悪い女という事でどうにかならないか?
「へえ、お金じゃ動かないんだ、いいね。けどまあ、どうも乗り気じゃないみたいだし今日は諦めるよ。」
何がいいねだよ、完全に諦めてもっと尻の軽い女と遊んでろよ。
一応の撤退宣言に胸を撫で下ろし、感謝の意を込めて口を開く。
「ご理解頂けてうれ……」
言葉の途中で急にロン毛の顔が近づいてきて、唇を奪われる可能性の恐ろしさに縮こまると、耳元で男がが囁いた。
「また明日もここに来るよ、俺、君に惚れちゃった。」
ゾクゾクした。
恐怖で。
気持ち悪いよお、なんでそんなことを真面目な顔で言えるんだよお……
何の笑顔だよこっち見んな気持ち悪い……
「お、お待ちしております……」
一応の返事はするが、笑顔は作れていただろうか?
絶対引き攣っていただろうな……
「じゃあまたね。あ、これあげるよ。親愛の印ってことで。」
去る直前のロン毛から両手を包むように捕まれ、手の間に何かが差し込まれた。
見たくないという気持ちもあるが、何を渡されたのか気になる。
男の姿が見えなくなるのを確認してからクーと一緒に手の内の物を見る。
「なんだこれ?」
「なんでしょう?」
手の内には何かの紋章と思しきものが金色で描かれた赤いエンブレムが1つ。
「これなんだろ?」
「綺麗ですね……マリアさんなら何かご存知でしょうか?」
「そっか、マリアさん見せてみようか。」
ちょうど日も高くなってきたこともあり、休憩も摂りたいので店に入る。
「「お疲れ様です。」」
店の中ではマリアさんが新しい服を人形に着せている所だった。
「あらあら、休憩かしら?」
「暑くなってきちゃって。」
外はそれなりに暑くなってきたと言うのに中はひんやりと涼しい。
どんな仕組みでこの涼しさが生まれているのかは分からないが、ありがたい限りだ。
「マリアさん、こんなものを貰ったんですけど。何か知ってます?」
「んー、これは……ふふふ、面白いおまじないが掛かってるわね。ちょっと待ってて頂戴な。」
マリアさんは何が面白いのか悪戯を思いついたような笑みを浮かべて店の奥に消えていった。
「おまじないとおっしゃってましたね?」
隣でクーが疑問を口にした。
「なんだろうね?」
全くわからん。
なんとなくあのロン毛には悪い事をしてしまったかもしれないが、気にすることでもないか。
店主が消えたカウンターの内側で近くに置いてあった冷水を二人で口にしていると、店のドアが開いた。
さっきのロン毛……ではなく、そこに立っていたのはこの暑い中赤いマフラーを巻いた黒髪の女性だった
「い、いらっしゃいませ。ようこそマリア服店へ……」
突然の来客に驚きながらもなんとか営業文句を口に出す。
「おや、新人さん雇ったんだ、へえー可愛い。こんにちわ!マリアさんいる?」
店の中を見回した彼女は親しげに店主の名前を口にした。




