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幸運な俺と悪魔憑きの乙女  作者: 双さん
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昼過ぎ

早々に眠ってしまった女性陣が俺の体に乗っている関係で碌に動く事も出来ずに悶々としながら眠りに落ちた俺は、まあアレだ、結論から言うと……暴発した。

夜中に不快感で目を覚ましたが、女性陣が適度な距離を開けて寝ていたお陰で動いても汚れた敷物を動かしても起こすことは無かった。


真っ暗な夜中に手洗いで洗濯をする任務が発生しても問題なく遂行出来たのは科学の結晶たる携帯電話と魔法のお陰だろう。


そんな昨日の夜に気がついた事がふたつ、片方は俺の魔法の能力が格段に上がっていたことだ。

醤油さしから出る程度の水しか作れなかった水の魔法は少なくとも消化ホース並みの水勢まで出せる程に向上し、マッチの火程度だった火魔法は焚き火レベルの大きさまでは作れることが確認できた。

他にもやってみたが、土魔法なら陶器や煉瓦、金属のスプーンなんかも作り出せたし、風魔法は……使い所が無かったから試してないが、業務用扇風機レベルの風なら出せるのではないだろうか?

もう一つは魔法を使うとどんなことが起きるのかという事だ。


ゲームの中でいうHPが宿やテントで回復するのは、回避力や防御力が機能不全に陥るほどのダメージから避ける集中力だからだという説がある。

それに対してMPは世間一般でも魔法を生成、発動するための集中力だとする認識が強い。

前者は度重なる戦闘により消耗し、十分な休憩で回復するものかつ無くなれば死ぬというのもゲームの設定通りだ。

それに対して後者は前者と同じ集中力というカテゴリなのにHPとは独立した別の値ということになっている。

それが何なのかと気になっていた。


想像することが困難になる状態異常のような何か。

宿やテントで過ごせば解消されるもの。

魔法といえば賢者の技術。


つまるところ、魔法は使うと煩悩が止まらなくなるのだ。

某RPGで長年思っていた疑問をまさか実体験で解決することになるとは思わなかったが、相棒が暴走している最中にその事実に気が付いて高揚すると同時に激萎えした。

これでまた魔法が使える。


ついでに言うと、この世界での魔法は元の世界での超能力と言っても差し支えないようだ。

そこに在れと思う念力が、つまり願望、思考によって空想した現実が、熱や物質、動きとなって実現する感じだ。

この性質は服とか木材といった無機物、地面を這う小虫たちには問答無用で通じたのだが、アンナやクーたちを浮遊させることはできなかった。

自分の魔法がどれほどの威力まで出せるのか気になるところではあるが、周りへの被害を考えて最大出力は出せていない。


再び魔力測定を受けるのと、体系化された魔法技術がないか聞いてみるために冒険者協会へ寄ることを予定に追加して、真夜中の秘密の任務を終えたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇


翌日、夜中には散らばっていた女性陣が再集合したため俺の体は彼女達の枕と化していた。

本当に夜中のうちに気が付いてよかったと思うが、シャルロットが目を覚ますなり鼻を鳴らして俺を見たのには肝を冷やした。

目覚めで頭が回っていないのか、ぼんやりした顔で何も言わずにこちらを眺めてきただけで済んだのは僥倖だろう。


食料が無く、手持ちも少ない俺たちは一応の食事を摂るために1段目の街の中央にある市場へと出向いた。

新鮮な果実や野菜、肉といった食材を売る露店が密集した市場は国内の商店で物を買うよりも安上がりだ。

朝1番を逃したお陰で進みやすくなった道を歩いていると、肉屋の店先のケージの中に入っている一匹の白猫が目に付いた。


まさかこの国では生きた猫をその場で捌いて売ったりするのだろうかと戦慄しながらも通り過ぎようとして、その猫の首輪についた赤いエンブレムに既視感を覚える。


「どうされましたか?」


突如として足を止めた俺の背中に顔面を埋めたクーが鼻の頭を擦りながら当然の質問をしてきた。

金色の箔押しと思しきもので紋様の象られた紅い小さなエンブレム、それが呼び起こすのは嫌悪を感じるにやけ面と寒気を覚える囁き。

勿論、俺が猫の依頼を受けたプレドール男爵家、その次男リゲルのそれだ。


「嫌なもん思い出しちまった……」

「はい?」


依頼を受けた時にプレドールって名前ですぐに浮かんでくれば良いものを、あまりに嫌すぎて忘れていたのかもしれない。

とはいえ俺があの男の事を思い出して寒気を覚えたところで俺の受けた依頼はそのままだし、この猫は引き取る他無い。


随分と恰幅のいい店主に話を聞いてみる。


「ちょっと訊きたいんだが、この猫は商品か?」


店の前で突然立ち止まったかと思えば生きた猫を商品かなどと訊いてくる奴もどうかと思うが、顔にたっぷりと油を纏って目が細くなった店主はにこやかに対応してくれた。


「いや、野良猫だが、俺の大事な商品(にく)に噛み付いたんで捕まえて閉じ込めたんだ。傑作だぜ、こいつ自分よりも大きな肉を持って行こうなんて欲張ったせいで俺なんかに捕まってよお。捕まえる時になんて鳴いたと思う?ぶぎゅー!ってよ!はっはっは!」


猫を捕まえたことよりこの巨漢の身振りの通りなら鷲掴みにされたこの猫が生きていたことの方が驚きだ。


「この猫をとある依頼で探していたんだが、譲ってもらえないか?」


思い出し笑いが収まってきた店主に本題を話すと、先程までにこやかだった店主から急に笑みが消えた。


「そいつは出来ねえよ兄ちゃん。こいつは俺の肉を汚した、その分の金は戻って来ねえんだ。」

「な、なら……そうだ、その肉は幾らだ?」

「右金貨1枚。」

「高っ!?」

「ったりめえよ、俺が丹精込めて育てた一等級の肉の塊だぜ?美味すぎていくらでも食えるもんだから俺もこんなんになっちまったんだ!」


肥えてズボンからはみ出た腹を叩いて再び大笑い。

店主が陳列している数個の肉はどれも笹のような大きな葉で包まれているが、その隙間から覗く肉の肌は鮮やかな赤色に夜空の星のように細かく大量の霜降りを閉じ込めていた。


生唾を呑む。

朝食前の空腹が頭の中に油の跳ねる音を響かせながら熱気を放つ黒い鉄板とその上で幾つかの彩を侍らせて横たわる肉厚のステーキを作り出す。

胡椒と焼けた肉の油の匂いが食欲をそそり、焼き色が心踊らせる肉を塩でオーソドックスに、こってりとしたタレで米と一緒にがっつり、おろしポン酢でさっぱり、この霜降り肉であればどれであれ最高に美味しいだろう。


やめろ、考えるな俺。この前バーボンに鶏肉料理を食わせてもらったばっかりじゃねえか。

肉が食いたいとか思ってない、思ってないぞ。昨日の料理もベーコン入ってたしな。


残念だが、猫は諦める他無いだろう。

実際、手に入れても赤字だし仕方ないな?


「よお坊主、久しぶりだな、兄ちゃんも買い物か?」


諦める旨を伝えようと口を開きかけた俺に話しかけてきたのは、こんな異国に珍しくいる純日本人、嵯峨宮大五郎その人だった。

初めて出会った時に聞いた話では昼ど真ん中あたり、つまり今の時間帯は寝ているという事だった筈だが……


「お久しぶりです嵯峨宮さん。こんな時間にどうしたんですか?」

「昨日雨だっただろ?そのせいで農夫どもが昼間から呑みに来てな、生活リズムが少しズレたんで買出しに来たんだ。」

「それで市場に来たら見覚えのある人間がって感じですか。」

「知らん顔が二人ほど増えてるけどな?」


そう言えばそうだ、およそ一週間前に彼と初めて出会った時はシャルロットとアンナが居なかった。

この短期間で"女の子を連れた男"から"女3人を侍らせる男"に変わったという訳だ。

そんな奴を何も知らない日本人が見れば……いや、この国の偏見さえ無ければすれ違った男は皆舌打ちと共に羨望の視線を送ってくるだろう。


「こっちの背が低いのがシャルロット、こっちの日に焼けてるのがアンナ。」

「おう、俺は嵯峨宮って言うんだ、よろしくな嬢ちゃんたち。」


「ん。」

握手を求める嵯峨宮に対して渋々といった様子で手を差し出し引っこ抜いたアンナとは違い、シャルロットは手を握ったまま感想を言い始めた。

「大きくてゴツゴツしてるね!」

にぎにぎ

「嬢ちゃん、そんなに触られると擽ったくていけねえ。」


いけねえと言いながらもやはりシャルロットは美少女、おっさんから手を振り解くようなことはしない。

小さな手で嵯峨宮の手を揉んで気が済んだのか、シャルロットは手を離すと俺の方をじっと見てきた。


「どうした?」

「んー?シンジの手はどうだったかなあと思って。」

「そんなもん比べんでいい。」


第一、働く嵯峨宮さんと学生の俺では手に入った年季が違う。

比べるまでもなくおっさんの手の方が格好いいだろう。

ほら、しないったらしないから。


「そういえば、お前さんらはここで何してたんだ?」

「ああ、この猫を探してたんです、冒険者としての依頼で。」

「ほお?それで?」

「実はかくかくしかじか……」


これまでの経緯を手短に話すと、嵯峨宮は自らのポケットから一枚の金貨を取り出し店主へと手渡した。


「マルコ、その猫が噛んだって肉をくれ、俺が食う。」

「いいのかダイゴ?」

「思うところがあるなら負けてくれてもいいんだぜ?」

「そうだな、ダイゴにはいつも買ってもらってるからな、2割引きにしておこう。」

「そうこなくっちゃな!」


葉にくるまれて一つだけ商品籠の中で避けられていた肉をマルコと呼ばれた店主が取り出し嵯峨宮に手渡しながら、お釣りであろう銀貨も渡す。

それから俺の方を見ると、猫の入った籠をそのまま渡してきた。


「兄ちゃん、ダイゴに気に入られてるなんて珍しいな。ま、金があったら今度はちゃんとした俺の肉を買ってくれ!」


籠を受け取りながら店主の大きな手に暫し頭を揺すられる。


「そん時は値引きして欲しいな。」

「5回目くらいからだな!」

「そんじゃマルコ、俺はそろそろ行くな。」

「おう、毎度ありがとな。」


嵯峨宮が店主に別れを告げるのに合わせて、俺も店を離れる。

気になるのは、何を思ってこの人は金を支払ったのか?

前を歩く嵯峨宮は振り返らない。

あの肉を買う金なら、この市場でなら両手に抱えきれない程の果物とリュック一杯のパンを買っても半分も使えないだろう。

市場の物価に比べて店舗を構える商店の商品は少々値が張るが、それにしても金貨はそう易々と出せるものではない。


「あの、嵯峨宮さん……」

「どうした?」

「えっと、俺の為にその……」

「肉の話か?気にすんなそんなもん。あいつの所の肉は無駄に高いからな。」

「わざわざ買う理由もないのにどうして……?」

「俺がお前さんの為に金を払ったのがそんなに妙か?」


元の世界でもたった一度だけ出会っただけの他人に、仮に千円だとしてもそう簡単に渡せるものではない。

銀行の制度がなさそうなこちらの世界であればなおさらだ。

そんな金額をためらいもなく他人の為に使える器量だとか男気の話ではない。

人の為に私財を投じられるのは、無計画な馬鹿か裏のある人間くらいのもの。

少なくとも、嵯峨宮は前者ではないし、後者だとしても悪意を持って実行するような人ではない気がしている。

だからこそ目的が分からない。

まあ、強いて言えば男の欲求くらいはあるだろうと踏んでいるが……


「そうだな、お前さんが俺に金を払わせたことに申し訳ない気持ちが芽生えて、今日の夜にでもいくらか握ってうちに飯食いに来てくれれば、俺の目論見通りってところだな。」

「へ?」

「言ったろ?飯を食いに来いって。あれから一週間、何の音沙汰もありゃしない。俺がどんだけ気を揉んでいたことか。」


俺がどこかで死んでいても彼自身には何の被害も起きないはずなのになぜそんなに気にかけるのだろうか?


「理由なんて同じ出身地って事だけで十分じゃねえか、二度と喋らないと思ってた日本語をまたこうして喋れてるってだけで俺は嬉しいんだ。」

「そんな理由で……?」

「ああそうだ、60過ぎた爺さんの金に物言わせた我儘だ。だけどな?年寄りには良い事しておくもんだぞ?そんじゃステーキ用にこの肉仕込んで待ってっから、ちゃんと今日の夜は店来いよ?」


そう言って彼は俺の頭を割るような強さで掴むと、突き放すように手を離してから去っていった。


鷲掴みにされた痛みの残滓を撫でながら、30年以上という時間を考える。

日本語が喋れるというだけで嬉しくなるものなのだろうか?

同郷だというだけで1世代以上も年の離れた人間に手をかけるようになるのだろうか?

だがそんな簡単な思索で答えが見つかるほど俺は生きていないし、苦労もしていない。


「大丈夫ですか?」

頭に触れながらぼーっとしていた俺を心配してか、クーが下から覗きながら声をかけてきた。


「ああ、大丈夫だ。今日の予定を考え直してたんだ。夜は嵯峨宮さんのとこに行くことになったからな。」


彼の店を敬遠していたのは、それまで時間が無かったこともそうなのだが、クーの存在も大きかった。

いくら俺がクーの事を信頼し、悪魔憑きなどという偏見から守ろうとしても彼女を見るのは俺ではないし、彼女の近くから離れていくのは彼女を良く思わない人間だ、そしてそういった人間は嵯峨宮の店に寄り付かなくなるばかりかネガティブキャンペーンすらやりはじめる。

こればかりは嵯峨宮の人柄とは関係の無い話だし、それで彼の店の売り上げに響くようなことがあればそれこそクーの風評に関わる。

だから行かなかったと、言い訳を考えてはいるのだ。


実際問題として、クーが悪魔憑きだなんだと騒がれるような現状では妙な行動をすればすぐに悪い噂が広まるだろうし、最悪の場合冒険者ギルドに討伐依頼なんぞを出す輩が出てもおかしくない。

差別というのはどうしても抗いようのない理不尽なのだというのは、歴史の教科書に載っている事だ。

だがそういった差別をなくす運動の先頭は差別される側の人間で、その支援をするのは差別する側の人間だ。


といっても今のところ手段は見つかっていない。

先日のドラゴン討伐も結局のところ被害の拡大の方が広く認知されてしまい、逆にそんな被害を生んだのはあの場所にクーが居たからだと難癖をつけられなかったことの方がラッキーだろう。


「考えていても仕方ない。今は目の前の事に集中するか。」


声を出す。

気持ちを切り替えるために、自分に再度認識させるために。


「まずは目指せプレドール家だ。行くぞ。」


3人の従者を引き連れて、進路を国の中央へと改めた。

異国で同郷の者と出会うと特別な何かを感じますよね。

閲覧ありがとうございました。

次回もお楽しみに。

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