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幸運な俺と悪魔憑きの乙女  作者: 双さん
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香蜜選び

香油を買うつもりで娯楽区画の商店に入った俺はその値段に戦慄していた。

油だからなのか蜜よりも値段が倍以上離れていて、その香蜜ですら小瓶に入ったものでもこっちの通貨単位であるライカで1000以上、つまり左銀貨確定という値段だ。

市場の食べ物とか石鹸など、ここに来るまでの買い物全部で右銀貨数枚という値段だったせいもあって高く感じる。

ともあれ手持ちが少ない現状ではこれには手が出せない。

しかしこんな辺鄙な店に入ってしまった手前、冷やかして出るだけというのも居心地が悪い。

板挟みの心境でピンクやら橙やらの小洒落た瓶を眺めて唸っていると、店番をしていた少年が声をかけてきた。


「お客さんなにしてんの?」


振り向くと、頭に三角の猫耳が乗った少年が頬杖をついて眠たげにこちらを眺めている。

表情から察するに俺を泥棒か何かと勘違いしているのだろう。

俺の服装はといえばリュックも背負ってるしズボンはポケットが付いているタイプだし、当然といえば当然か。


「いやあ、商品が思ってたより高くて迷ってたんだ。」

「探してるのって贈答用?」

「いや、身内が使うんだけど……」

「じゃあそこの棚じゃないよ、こっち来て。」


店舗の外見に対して中が随分狭いように感じていたが、やはりというかなんというか、別の陳列棚があるようだ。

入口両脇の棚にずらりと並んだ商品が店番の少年がいるカウンターに近付くにつれて高価になっていくのに気がついた後は出入口付近をうろついていたので気が付かなかった。


「それで、身内っていうのは恋人?家族?」

「家族……だな。」

「ふうん、奴隷かな?珍し……くもないか。ならこっちの棚の奴がいいと思うよ。」


ちょっと恥ずかしいのを我慢して家族って言ったのになんで奴隷ってバレてるのかとか気にしてないぞ。

待てよ?そもそもそんなに変な話でも無いなら慌てる必要はないじゃないか、落ち着け俺。

そうだ、メリーさんも特に疑問は呈していなかったし……うん、きっとよくある話なんだ。


少年が右手を挙げて示したのはカウンター手前で途切れた左側の商品棚の奥。

反対側の奥にも商品棚がある所を見ると、どうやらこの店舗は商品棚で3パートに分けられているらしい、中央は贈答用、俺の入るところは家庭用、入らない方は恋人用になっているのだろう。

きっと恋人用側には如何わしいローションとかを売っているに違いない。


少年の案内で入った方の棚には先ほどの棚とは違い、陶器と思われる大きなドングリのような壷がいくつも並べられていた。

香蜜の壷の前に置かれている値札は1000~2500程度と先程の棚よりも値段の振れ幅が小さい。

とはいえ量が増えたおかげで金額が上がってしまったのか最低金額は一緒だ。


一番安いのでも構わないのだが、やはりこういう類のものは香りで選ぶのが基本だろう。

手始めに一番高価な壺の蓋を開けて中を覗くと、中の白色で極めて粘度の高い液体からサクランボの香りが漂ってきた。

次に開けた瓶からは桃の実、その次は梅の実、とそこまでは良かったのだが、その後からはよくわからなくなってしまった。


良い香りだなあと思ったのが7個、その中で香りのタネが分かったのが先の3個。

値段で買うか、匂いで買うか……


というかそもそも人にはイメージがある訳で、クーやアンナ達のイメージと合致した香りで考えると3人とも別々の壷を買う必要が出てくる。

そうは言っても金には限りがある訳で……


悩みに悩んだ末に決めたのは、匂いの嗅ぎ過ぎで甘ったるくなった鼻を拭うように吹き抜ける涼しい風のような香りのものだ。


「お客さん、中々面白い趣味してるねえ。」

「……と言うんだから理由を教えてくれるんだよな?」

「えっ、知らずに選んでたの?」


腹立つ顔するなコイツ……そうだよ、何も知らずに選んだよ悪いか。


「それはここいらの店の初物の香りさ、うちの商品の中でも珍しい香りだったでしょ?」


ここいらの店の初物……

この店の周辺には娼館と賭博場くらいしか無いが、その中で初物などと言われる可能性があるものと言えば一つしか思い浮かばない。


「あれ、もしかしてお客さんそういうの疎い感じ?」


ニヤニヤと笑う少年の尻尾が愉快そうに揺れているのが見える。

当たり前……ああ、当たり前だ。

成人向け雑誌とかレンタル屋の赤いカーテンの奥を堂々と見る事が出来ない年齢の俺には当たり前なのだ。

それもあと数ヶ月で解禁だったのだが、なんでこんな世界に来ちまったんだろうなあ……


「そんな顔しないでよお客さん、顔は良いんだから女なんてすぐに寄ってくるって。」

「どーも、代金はこれでいいか?」

「うん、まいどあり、また来てね。」

「気が向いたらな。」


消耗品なので別に言われずとも買いに来る日は訪れるのだが、言いなりみたいになるのが癪なので適当に返事をして店を出る。


ひどい買い物をした気分だ。

可能なら二度と来たくないが、ここにしか香蜜香油が売っていないという話なので常連になる他ない。

あとはこの香蜜が3人の趣味に合えばいいが……


◇◆◇◆◇◆◇


家に戻り、留守番をしていた3人の前で壺の蓋を開けると、三人とも似たような反応をしてから、これまた似たような感想を返してきた。

その時に使い方を説明しようとして、シャワーなり風呂なりの設備が無いことを思い出した。

マリアさんの所で厄介になった時はシャワーを使わせてもらったが、魔結晶を接触させると水を生み出す道具に、同じく魔結晶を使って水を加熱する機能を備えた道具を用いていると言っていたはずだ。


加熱くらいなら電池で動くヒーターだと思えば分からなくもないが、水が生み出せるというのだから魔法とは便利なものだ。

とはいえ、お湯ならクーやアンナがいればどうとでもなるので変にシャワーに拘らず風呂にした方が良いだろう。


ちなみにこの国では税金の代わりに魔力の減った魔結晶への魔力補給の義務を国民に課している。

寝ている間に過剰生成される魔力を集めて、白い月が欠けて満ちるまでの30日間を一区切りとして国内に居を構える市民から回収、国内にある飲食店のほか訳あって魔力を必要とする人間へと販売しているのだ。

とはいえ俺は国の人間でもなければ砦の内に住んでいるわけでもないのでそんな道具は持ってないし、国外のスラムで生活するシャルロットもそうだ。


「シンジさん、これはどうやって使うものなんですか?」


クーの質問で思い出した、まだ香蜜の使い方を教えてなかったのだ。

薬剤師から聞いた香蜜の使い方は至極単純で、髪を洗う前によく濡らした髪へこの蜜を満遍なく塗り込んだ後しばらく放置、そしてぬるま湯でしっかり洗い流すだけだ。

1度の使用量が少ない代わりに半日で匂いが消えるせいで毎日使う香水とは違い、髪の量に応じて使う量が増える香蜜は3日に1回使えば十二分に効果があるという話だ。

香油に関しては、寝癖直しとして使うのが主であるため髪の短い人間は手軽に使える上に、ある程度の時間は香りが長続きしてくれるらしい。

その代わり洗わずに放置するとひどい臭いになるとか。


「あれ?クーはマリアさんの店で一緒にシャワー使ってたらしいし、その時に使ってたんじゃないのか?」

「いえ、あの時はそこの石鹸と同じものしか使っていなかったと思います。少なくとも壺から何かを取り出してはいませんでした。」


となると……どうなるんだ?

口頭での説明を試みるが、俺の説明が下手だったのかいまいち要領を得ない様子だ。


「シンジも一緒に入れば解決だと思うんだけど?」

「それは駄目。」

「却下はやい!なんで!?」

「倫理的に問題があるからだ、あとでそれについても教えてやる。アンナも聞くように。」

「なぜ我もなのだ!我は人間の常識も心得ているぞ!」

「じゃあ俺の常識とお前の常識の摺り寄せをしなきゃいけない。」

「む、それもそうか……」


理解が早くて助かるというか、ちょろいというか、実はこいつアホの子なのではなかろうか?

とりあえずそっちは夕飯の後にでも教育するとして話を戻すと、シャルロットの言ったことに関しては俺も考えなくも無かったがやはりだめだ。

人のためだと考えることも出来なくもないが、女3男1の風呂シーンが誰得かと言えば俺得以外にありえない。

だからといって俺が1人裸を晒す羞恥プレイなんて御免だ。


別の案を考えたところでそう簡単に名案が浮かぶわけもなく。

結局、俺だけが裸を晒すか全員で裸を晒すかの2択になってしまう。


「よし、延期だ延期!香蜜はまた今度だ。水着買うまで待つか3人で試行錯誤してくれ。」

「えー!シンジも入ろうよお風呂!みんなで入った方が楽しいって絶対!」

「だから楽しい楽しくないの問題じゃないんだよ、わかるか?こう、見た目の良い女3人と風呂に入る男の幸福度の高さとその後に待ち構える不運の恐ろしさが……」


分からんだろうなあ、でも少なくとも湯あたり程度では済まないだろうな……なんだろう、命に関わるようなレベルの災いが降り掛かる気がする。考えたくもない。


「つまりみんなでお風呂に入ればシンジは凄くいい気分なるって事で、それが無くなるのが怖いからやらないって話でしょ?」

「違うわ!この前の説明ちゃんと聞いてたのかよ!俺は体質的にいい事の後は悪いことがあるの!綺麗な女の人に道を尋ねられた後には超怖いオッサンに声掛けられるの、そういうもんなの。」

「じゃあ超怖いオッサンをボク達が退治すればいいんだね!」

「ちがー……うのか?そういえば試したこと無いな……いやでもお前らで太刀打ちできる相手じゃないかもしれないぞ。」

「ふんふん、とりあえず試してみよー!」

「いやまて!俺はまだ一緒に風呂に入るなんて言ってないからな!」

「今言った!」

「言ってない!確かに口にしたという意味では合ってるけど合ってない!そんな哲学的な揚げ足を取られても困る!そうだ!アンナ、お前は俺と風呂に入るなんて嫌だよな?」

「我にはこの首輪が付いている。我がなんと言おうと貴様の思い通りなのではないのか?」

「なんで!?今の発言俺の考えてた事と次元が違うんだけど!ってかそれシャルロットに当てはめたら俺ただの変態野郎じゃねえかおい!なんで今そんな事言った!」

「……」

「どうして黙るんだそこで!意味深過ぎるだろどういう意味だよ!そうだ、クー!お前だけが頼りだ!シャルロットになんとか言ってやれ!」

「シャルロットさん!お風呂は狭いので2人が限界です!なので私が香蜜の使い方を習ってから順番に入りましょう!」


おお運命よ、俺になんの恨みがあるんだ、もしこれがお前の与えた幸運ならいっそ夢のように俺の都合よく世界を回してくれ。


「よし、分かった、いいか、風呂より前に倫理的教育をする。道徳ってやつだ。それをちゃんと覚えて、そういう風に生活するのが当たり前なんだって思うようにするんだ、良いな?暑いからって無闇に服を脱いじゃいけないし、嫌いな人だからって人を殺しちゃいけない。あと残念だがこの家に風呂場らしき場所はないから裏庭に新しく設置するところからスタートだぞ。」

「じゃあ全員で入れるお風呂にしようよ!」

「広いのには賛成だが全員で入ったりはしないからな?」

「なーんーでー!?」

「なんでもなにもそれが普通なんだ!異性の前に胴体の肌は滅多に出しちゃいけないの。」

「むう……」


なんでシャルロットが不服そうなのか俺には理解できない。

いやまてよ?

実は体中に気付かないほど産毛がびっしり生えていて、体温調節が難しいとかそういう感じなのだろうか?

腕だけで言えばそんなもふもふした感じはなかったし、この前見た時も……

いかんいかん、今は熱中症になった時を思い出している場合じゃない。


「道徳の話は今後も適宜やっていくとして、話を変える。俺たちの今後についてだ……」

外は陽も暮れかけ、部屋の中は急速に暗くなっていく。

夕飯代わりの果実を4人で齧りながら現状と予定の認識を統一した後、寝床の上でクーにせがまれるまま俺の短い人生の一部を語って聞かせる間に全員眠ってしまった。

話が脱線しやすい性分なので書いては消してを繰り返していました。

閲覧ありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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