トレジャーハンターとの出会い
食材の備蓄がない俺達は、過度の空腹が襲ってくる前に買い物に行くことにした。
アンナが二日酔いで気分が悪いと言うので、水の用意ができるクーと2人で留守番をさせている。
俺はエリスに買ってもらった外套、シャルロットはお爺さんが彼女に遺した古い緑色のマントを着用して、普段の砂っぽい空気とは違う雨の匂いと音に包まれたスラム区画を歩いてきた。
まあ歩いているのは俺だけで、家を出て目を輝かせたシャルロットは水溜りを避けながら弾む足取りで雨の道を遊んでいる。
「ブーツがあって良かったな。」
「うん!」
チャパチャパと水面を叩く音をさせて楽しんでいるシャルロットの嬉しそうな声が周りの家に吸い込まれて消えた。
厚い雨雲に太陽の光が遮られて暗い道とは対照的なシャルロットの明るさに頬が弛み、俺も思わず足取りが軽くなる。
そんな新鮮な雰囲気も門を通過するとなくなり、道は土から石畳へ、周りの建物も木造の手作り感あふれるものから土壁の塗装もしっかりしたそれへと変化する。
こんな雨の日でも商用と思われる馬車が往来していて、通りに面した食堂の前を通れば、普段よりも大きな笑い声が響いてくる。
「こういう雰囲気もいいな。」
砦の外とは異なり、雨がどことなく温かくなったような気分になるが、その分クーには申し訳ないことをしたという思いが湧く。お土産を少し奮発して帰ろう。
「ねえねえ!あっちから良い匂いがするよ!」
くんくん、とわざとらしくアピールしてからシャルロットが俺の手を引いて進んだのは、表通りから少し裏に入ったこれまたガヤガヤと喧騒が漏れる店舗。
店舗入り口のオーニングの下でマントを脱いでから扉を開けて中を覗くと、席など関係なしに料理を楽しむ人々の発する音が外に漏れる倍の音量で耳を貫いた。
「いらっしゃいませ!ようこそ【腹ペコのケダモノ亭】へ!お二人ですか!?」
こちらの存在に気が付いた猫耳のメイドさんが周りの声に負けじと大声を張り上げる。
余りにもうるさい店内に呆れながら、指を二本立てて二人だけだと告げると、メイドさんが再び口を開いた。
「いま非常に混んでいるので相席をお願いしてるんですけど!大丈夫ですか!?」
シャルロットを見れば、そんなことよりも早くご飯が食べたいとこちらを見つめ尻尾を振っている。
こちらが了承の旨を伝えると、猫耳メイドさんは俺たちを店の中央から少し外れたテーブルに案内してくれた。
案内されたテーブルに先に座っていたのは目つきが鋭く筋肉質な日に焼けた男性と、これまた健康そうに焼けた肌に茶髪でショートの快活そうな女性だ。
印象の大きく異なる男女が店員から事情を聞くと、どうやら承諾してくれたようだ。
シャルロットと一緒に席の前に立つと、店員さんは後で注文を取りに来ますねと伝えて人混みに姿を消した。
……困った、適当に相席でもいいやなどと考えていたが、どうすればいいか考えてなかった。
とりあえず無難にと相席についての感謝を可能な限り大きな声で伝えると、男性には聞こえていなかったようだが、女性の方がにこやかに反応を返してきた。
「気にしないで!もしかしてこのお店は初めて?」
「はい!良い匂いがするってこいつがうるさくて!」
「そうなの!良い鼻してるわ!良ければここのオススメを教えてあげるけど!?」
なんといい人なのか、これが人と人の温かい繋がりというものか。
「是非お願いします!」
◇◆◇◆◇◆◇
テーブルに置かれる料理、料理、料理……
ただでさえ大皿で運ばれてくる料理が所狭しとテーブルに置かれて……これはどう足掻いても2人や4人の量ではない。
運ばれるそばから料理に手を付けていたシャルロットも早々にダウンし、今は絶望の表情で料理を眺めている。というか小柄なシャルロットがいかにお腹を空かせていたとしてもこの量は絶対に食べられないだろう。なんてったって料理だけで子供2人分の体積があるように見える程だ。
ではこの量をどうするのかと言えば。
「皆さーん!こちらの料理もいかがですかー!美味しいですよー!」
先程の快活な女性が店の客に向けて声を張り上げていた。
男性の方はこれまで特にテーブルのものに手をつけることなく手持ちのジョッキの中身を飲んでいたが、その声を聞くと同時に俺の方をちらりと眺めて手招きした。
わいわいと口々に感謝の言葉を述べながら集まり始めた酒臭い男の群れからなんとか抜け出し、シャルロットが見えなくならないように迂回して男性の下に移動する。
「ツレが悪ィことしたな。」
渋い声で発せられた言葉はそのアルコール臭に反して真摯で、女性の目当てが他人の奢りで食事をする事だというのを認めていた。
あ、嵌められたのか……と気付いたが、周りの席も似たような光景が広がっているし、酔って顔を赤くしている皆の表情は心から楽しそうな笑顔だ。
それに俺自身このテーブルの料理以外にも手を付けさせてもらったので言いっこなしだろう。
「オススメっていうのは嘘じゃなかったですし、こういう雰囲気も嫌いじゃないですから気にしないでください。」
俺がその言葉を口にした直後、男性の雰囲気が変わった。
なんというか、地雷を踏み抜いた時のような……
鋭い目が更に細くなり、値踏むような視線が俺を射抜いている。
謝る?でも特に悪いことを言った覚えが無いから何について謝れば良いのか分からないぞ?
「なーに恰好つけてんだ?こいつめ!」
予想外。
男性は突如として口元を緩めると俺の頭を脇に抱え込んでくしゃくしゃに撫でまわし始めた。
目にも留まらぬ恐ろしい速度のヘッドロック。なんだこの人怖い。
大笑いしながら俺の頭で遊び始めた男性は、パッとその拘束を放すと肩に手を回したまま口を開いた。
「俺はカナード、ツレはメリー。二人でトレジャーハンターをやってる。ボウズ、名前は?」
「神治です、坂本神治。」
「おう、シンジな、覚えてたら今度俺達も奢ってやる!」
そう言って何がおかしいのか再び大笑いを始めたカナードと名乗る男性は、不意に糸の切れた人形のようにバッタリと仰向けに倒れた。
何が何だかわからないがとにかくこのカナードって人がヤバいのは分かった。
椅子ごと倒れたカナードの様子に気が付いたメリーと紹介された女性が人混みから出てくる。
「あっちゃあ……キミ大丈夫?変なことされてない?」
「あ、いえ大丈夫です。特に何も。」
こちらの返事を確認したメリーは寄ってきた店員にいくつかの貨幣を手渡すと、カナードの腕を肩に回して立ち上がろうとする。
「だめ……重すぎ……」
しかしカナードは持ち上がらなかった!
……ゲームのナレーションをしている場合ではない。
「シャルロット、起きろ。出発だ。」
先程メリーから代金を受け取っていた店員に金額を訊ねながらシャルロットを起こし、お代を支払ってからカナードとメリーの傍に行く
「メリーさん、手伝いますよ。」
俺が声を掛けると、メリーは少し迷ったように指を立てて頬に当ててから、恥ずかしげに笑って言った。
「ありがとう、近くに宿を取ってるからそこまで一緒に運んでくれるかな?」
◇◆◇◆◇◆◇
「迷惑かけてごめんね、手伝ってもらって助かったよ。」
爆睡のカナードを乱雑に宿のベッドに投げ出してから、メリーが手を払いながら感謝の言葉を述べた。
「いえ、本当に近くて驚きました。」
「あー……いつもこんな感じだからどうしてもね。」
メリーは困っちゃうよねと言いつつもあまり困っていなさそうだ。
「そうだ、今受付でコップ貰ってくるから待ってて。」
そして突然思い出したように手を叩くとメリーが部屋から出ていってしまった。
どうしたものかと悩んでいると、シャルロットが空いているベッドに倒れ込んだ。
「こら、人のベッドにそんな堂々とダイブするんじゃない。」
と口では言うものの、今朝は硬い床で寝たのもあってやはり誘惑は強い。
「ふかふかしてぅー。」
シャルロットが顔を埋めて……
うん、カナードを運んで疲れてるし、ちょっと座らないと足が大変だなー仕方ないなー……あっ柔らかい。
もふもふとした布団を手で捏ね回しながら部屋を眺める……15畳ほどだろうか?元の世界での俺の部屋の二倍くらいの大きさがあるように見える客室にはベッド二つ、間にサイドデスクが置いてあり、その上に置かれた発光石のランプが周りを照らしている。
二つのベッドが接する壁の反対側の壁には食事用にも使える大きな机が2つの椅子とともに置かれ、その上には広げられた大きな地図と、額に虹色の輝きをもつ白い角がツンと一本生えた大きなリスというかネコというかウサギというか……とりあえずもこもこした白いペットがちょこんと座っている。
物珍しそうにこちらを見ながら鼻をひくつかせて口をもごもごとしている様子はまさにウサギだが、その耳は猫のように尖っていて顔の倍ほどの大きさがある。しかも尻尾がやたらと大きい。
暫くその不思議生物とにらめっこをしていると、メリーが戻ってきた。
「お待たせー。あれ?うちのバンクルがどうかしたの?」
「バンクル?」
こちらの視線を追って判断したメリーが動物の名前を口にした。
「うん、カーバンクルだからバンクル。見るのは初めて?」
「あー、はい名前だけは聞いたことありますけど。宝石に宿る魔獣……みたいな。そんな感じでしたよね?」
あくまで俺のもといた世界でのファンタジーな設定だが……
「そうそう!よく知ってるね!」
同じ設定だったようだ。
頭以外微動だにしない置物のようなバンクルをメリーが抱えて持ってくる。
特に喜ぶでもなく嫌がるでもなく、淡々と運搬される姿は可愛いというか滑稽というか。何とも言えない愛くるしさがある。
しかしカーバンクルというとルビーだとかエメラルドだとか、カラフルな宝石と体色の生き物という印象だ。
それに……
「その角は何ていう宝石なんですか?」
内部は不透明白色だが、ラメ入りのカードのように表面が七色に輝いている角。
そんな宝石があるのだろうか?
「オパールだよ。」
「へぇ……」
聞いた事あるけどオパールってこんな宝石だったんだ……
寄ってくるバンクルの角に目を奪われていると、メリーからふわりと漂う甘い香りが鼻腔をくすぐった。
自分の体臭がわからないのでモジモジと反応してしまうが、気にしたところで今さら遅い。
「実はバンクルが初対面の人相手にここまで近づいても何もしないって珍しいんだ。」
「そうなんですか?」
「番犬ならぬ番獣?私達の荷物番をしてくれるくらいには人見知りするんだけど……」
はたしてこの可愛らしい顔で番犬など勤まるのだろうかと逆に心配になる。それに俺が手を伸ばしても嫌がったり拒絶したりもしない。
「あ、角は触らないようにしてね。すっごい怒るから。」
あぶねえ、言うのがあと一秒遅かったら手遅れだった。
「ごめんごめん。耳の付け根とか顎の下とか撫でると喜ぶよ。」
言われた通りに顎の下をポリポリと掻いてやると、目を閉じてキューキューと鳴いた。
可愛い。とても可愛い。
「シンジ、ボクも触りたい!」
唐突に背中側からシャルロットの声に襲われたことで緩みきっていた表情筋が引き締まる。
「良いですか?」
と伺いをたててみるが、聞く必要もない様子だ。
どうぞ、と招かれたシャルロットがしゃがんでバンクルと視線を合わせたまま近づくと……にらめっこが始まった。
「……にらめっこしてても触れないぞ?」
「はっ!」
犬かお前は……いや犬か。
一応シャルロットが接近するのはセーフのようだ。
彼女がおずおずと手を差し伸べると、バンクルは指先にくんくんと鼻を近づけて動きを止めた。
ゆっくりと慎重に、細くて小さな手が触れた顎の下。
ポリポリ、というかもしょもしょ、というか。
至高の喜びと言わんばかりの表情で撫でられるバンクルとその様子を見て表情筋がどんどん緩んでいくシャルロットによってゆるーい雰囲気が広がっていく。
「ぶえくしっ!」
突然、もう一つのベッドで寝ていたカナードがくしゃみをした。
同時にビクッと我に返ったバンクルとシャルロットが目を皿のようにして同じ顔をしているのが面白い。
「ははは、あ……」
忘れていた、そう言えば俺達は買い物をしに来たんだった。
「どうかしたの?」
「あーその、用事を思い出して……」
「えっ、もしかして忙しいのに手伝って貰っちゃった!?」
なんてこと!と少し大げさに反応するメリー。
「どうしよっか、何かお礼しなきゃいけないかな?何が良い?あ、そんなに高いのはダメだよ?カナードなんてあの酒場に置いてっても良かったんだから。」
いやいや、アンタの彼氏かなんかじゃないのかよ、置いていっていい訳……いや親しいからこそ置いていく……訳ないな、うん、いやでも……???
「何がいいかなあ……んー……あっ!」
俺が戸惑っているうちにメリーが何か思いついたようだ。
ニヤニヤと、何か楽しいことを考えている顔をしている。
だが彼女にとって楽しくとも俺にとって楽しいとは限らない……特にこういう顔してる相手は、俺にとっては悪い奴だ。
「ちゅーしてあげよっか!」
「げっ!?」
「何その反応!ひっどーい!」
しまった……あまりにド直球で初歩的な展開過ぎて拒否反応が抑えられなかった。
「なーにー?私、外見にはかなり自信あるんだけど?不満?」
まずい、何か言わなきゃ、キスの提案なんて身にならない幸運で印象悪くなるなんて最悪だ。
「いやあ、もったいない……そう、俺がたかだかこの程度の労働でメリーさんみたいな綺麗な人にキスして貰えるなんてそんなの勿体ないですよ!そんなことされたらバチが当たるって思っちゃってつい!そういう事!」
うっわあ、すごい怪訝そうな顔してる。
「ふうん?じゃあそういうことにしておいてあげる。それで?他に何か欲しいものがあるのかな?」
そうきたか!
えっとえっとえっと……
ふわりと漂う花の香り再び。
「そうだ、メリーさんっていい匂いしますよね。香水か何か使ってるんですか?」
「うん、香水は持ってないけど香油は使ってるよ。ほれほれ。」
「香油?」
パタパタと短い髪をはためかせてこちらに匂いを送ってくるメリーが言った香油。
聞き慣れない単語だが……アロマオイルでいいのだろうか?
「あれ?知らない?香油。」
「あんまり。」
「香水は身体とか服に掛けるもの、香蜜は水浴びの時に髪に使うもの、香油は水浴びの後の乾いた髪に使うもの。了解?」
なるほど。
「なんで3種類もあるんだ……」
「乙女は手間がかかるからね。」
答えになっていそうでなってない。
というかそれ何かの詐欺じゃないのか?
「それで?この匂いがどうしたの?え、何、ちゅーはダメだけどハグは良いみたいな?」
「違いますよ!その香油?ってどこに売ってるんだろうって思っただけです!」
3人も女性を抱えている現状、今は皆身だしなみを整える必要があるだろう。
「なーんだ、そんな事かあ。それだけでいいの?」
「はい、本には書いてない事でしょうから。」
「ふーん……まあ、確かにこんな事書いてある本なんて無いだろうね……いいよ、教えてあげる。私が使ってる奴でいい?」
こっちの世界の紙事情から推測してみたが、どうやら雑誌類を大量に印刷するような技術は生まれていないようだ。
まあ、もといた世界でも初期の活版印刷はルターだかルソーだかって人が宗教のために大規模に使ったって話だし……
「はい、それがいいです。」
「そっかそっか。ええと、香水とか香油とかの類はこの国の東にあるマレッタ村の特産品。この国で手に入れるなら……娯楽区画に売ってるんじゃないかな。」
「そうですか。ありがとうございます。」
娯楽区画にはあまり寄りたくない。というか、先日の葬儀屋の時は嫌という程客引きに遭った。
その何が問題かといえばやっぱり綺麗な人が多いし身体接触がやたらと多いこと。苛烈な客引きは全く嬉しくない。いや常識的に男としては嬉しいと思う状況だから嬉しくないというか……他人から見て俺が幸運なら不運は付きまとうのだ。
「どーいたしまして、ありがとね、手伝ってくれて。」
メリーが笑顔をニッと作ると、バンクルをベッドに置いて立ち上がった。
「いえ、こちらこそ、良い事を教えて頂いて。ありがとうございました。」
「この程度の情報で手伝ってもらえるならまた頼もうかな。」
「喜んで、こっちの事情にあんまり詳しくないので、次も聞きたい事考えときます。」
「あ、そういえば!」
メリーが何かを思い出した様子で胸の前に両手を合わせる。
「キミの名前聞いてないよね!」
そういえば、俺はカナードから聞いて彼女の名前を知っているが、彼女自身とは自己紹介をしていないし受けていない。
「神治です、坂本神治。」
「シンジ君ね。何回か呼ばれてるから君は知ってると思うけど、私はメリー、メリー・カルネラ。カナードと一緒にトレジャーハンターをやってるんだ。君は?」
「俺は冒険者をやってます。駆け出しですけど。」
「へえ、この国で始めたんだ。意外と凄いね。」
「俺じゃなくて相棒が良かったんです。」
その子?と訊ねるようにシャルロットを指さしたメリーに対し首を振る。
「今は家で留守番してます。」
「雨だもんね。そっか、それで用事って言ってたんだ。じゃあ早く帰ってあげないとだね。」
メリーの言葉を肯定し、未だにバンクルの顎下を撫でているシャルロットに声をかける。
「じゃあ、またどこかで会える日を楽しみにしてるよ。」
バイバイと手を振るメリーに送られて、宿屋を後にした。
どんどんと気温が下がる時期です、体調に気を付けて生活していきましょう。
神治君たちのいる国はまだまだ夏なので、時間の流れる速度が上がるまでは季節感のズレがすごいことになりそうです。
閲覧ありがとうございました。




