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幸運な俺と悪魔憑きの乙女  作者: 双さん
30/36

褒美の夜

食事処竜の爪の店主は嫌そうな顔をしていたが、貸切にしているためか渋々といった様子で隅の席に案内してくれた。


「それで、将来の夢はお嫁さんのアンナは何頼むんだ?」


「渡り鳥の雛の丸揚げを所望する……あとその呼び方はやめろ、否定はしないが人前で堂々と言うな!」


結局、アンナの夢は権威と安寧。詳しく言えば、安定した高い地位にある者と結婚することだった。

元々がドラゴンだったことを考えれば至極当然の話か。


「それはそうと、我の夢を無理矢理に吐かせたのだ、貴様の夢を聞かせてもらおうか?さぞ醜悪で低俗な欲望に塗れた夢を言うのだろう?」


「だからお前は俺をなんだと思ってるんだよ……」


言われて改めて考えてみる、俺自身が明確な目標を持ってこの数日を過ごしてきたかと言われると答えはノーだ。

一応クーの奴隷解放とか、シャルロットの世話とか……あれ?やって来たか?というのはさておき、なんとなくそういった方向を目指していたつもりだ……


突如としてこの異世界に飛ばされ、何も知らないことを盾に様々な事から目を背けていたこの1週間。

薄々感じてはいたものの、もはや逃避してはいられない。


この国に来るまでの17年間、振り返れば幸運の後に付き纏う不運が幾つも思い出される。


小さな幸運に小さな不幸、大きな幸運に大きな不幸。

俺の人生は強く願えば思い通りになるし、思わぬ部分で大きな代償を払うように出来ていた。

そんな生活の中で俺が信じていたのは「努力は裏切らない」ということ。


俺の必然に近い偶然は必ず悪い事を起こす。ただし、努力で勝ち取った必然は良い結果だけしか残さない。

災い転じて福と成すという言葉の「転じて成す」の部分を上手に実行できれば、シャルロット逮捕の時同様に悪くない結末が待っている。


あの時は投獄されたりもしたが、結局銀貨3枚と引き換えに王城勤務騎士団とのコネクションを手に入れたのだ。なかなかの収穫と言えるだろう。


その点ドラゴン討伐作戦に参加したのは失敗だった。

高望みすれば手痛い被害が待っている。それこそ、こちらの世界に来た時に身に付いていた異常な回復力が無ければ今頃アンナの栄養になっていた所だろう。


一つの目的を定めて、それの達成のために目標を掲げて進んでいく。

これこそが俺の進むべき道で……


「結局……俺は何がしたいんだ?」


「はぐらかそうとしても無駄だぞ?」

結局結論が出ていない俺の答えに対し当然のようにアンナが噛み付いてきた。


「いや、俺自身こっちに来て日が浅いんだ。何に成ろうとか、何がしたいとか、遠くのゴールを考えられるほどの知識が無い。だから……今はまず生活を安定させる事が目標だな。それから、3人の自由を確保できるように行動を起こしていこうと思う。」


無愛想な店員が料理を机に並べるのを見届けてから3人の表情を窺う。

出てきた料理に視線釘付けのシャルロット、いまいち満足出来ない答えに不服そうなアンナ、そしてぼんやりとテーブルを見つめるクー。


「まあ、とりあえず俺達の生活はこれから始まるんだ。今はパーッとのんで食べて、詳しいことはまた明日考えよう。乾杯!」

目の前に出された木のジョッキを掲げて言えば、各々思う所があっても視線は集まるものなのだなと学びながら、ささやかな宴が幕を上げる。


◇◆◇◆◇◆◇


「馬鹿かあの店員……くそっ……」


文字が読めないので店のオススメを頼んだら酒を盛られた。


食事処という名前でクーやシャルロットのような見るからに子供と分かる相手に酒は飲ませないだろうと安心していたら見事に飲ませるタイプの酒場だったというわけだ。


俺のジョッキはグレープフルーツみたいな柑橘系のジュースだったので被害は無かったが、シャルロットとクーは何かのカクテル(?)で、アンナのジョッキは噎せるほどのアルコールの臭いが漂う酒だった。


1口目で頭のネジが飛んだシャルロットは次々に料理を口にすると自らのジョッキの中身を一気に流し込みあえなく撃沈。

同じく1口目でぽやーっと眠そうにし始めたクーは俺に寄りかかり暫くもそもそとじゃがバターを口に運んでいたものの、テンションの上がったアンナによってクーのジョッキの残りを流し込まれ瞬時にノックダウン。

そして最初は酒に強そうに見えたものの、顔に出ないだけで出来上がっていたアンナは片腕をドラゴンのそれに変えて俺を牽制しつつ浴びるように酒を飲んでヒートアップ、突如立ち上がって周りの席の客に絡んだかと思えばいきなり倒れて寝始めた。


貸し切りだった事と周りの皆も酒で上機嫌になっていた事が幸いし騒ぎにはならなかったが、店主の言葉で店から追い出されてしまった。

帰ろうにも酔いつぶれた3人を抱える筋力が俺にあるはずも無く、かといって日が暮れた街に無防備な女性を放置することも出来ず、今は酒場の入口から少し離れた所に3人を座らせアルコールが抜けるのを待っている状態だ。


「やっほー、お疲れさまぁ、大丈夫?」

動きの取れない俺に声を掛けてきたのは冒険者ギルドの面々と呑みに来ていたエリス。

彼女の差し出す水入りジョッキを受け取りながら感謝の言葉を述べる。

「ありがとうございます。アンナはまだ駄目でもクーとシャルロットは意識が戻ったみたいです。」

とは言ってもまだ目を開けたというだけだ。

急性アルコール中毒で命を落としていなかったのは幸いだが、まだ眠いのか反応が鈍い。

それでも少しずつ水を飲む頻度が増えてきたので、もうすぐ歩けるようになるだろう……なるといいな……なってもらわないと困る……


「驚いたよ、シンジ君って強いんだね。」

顔の赤いエリスが言うのだから酒のことだろう。

「いや、俺のだけ酒じゃなかったんですよ。」

アルコールの臭いはしなかったからただの甘酸っぱいジュースだったはずだ。


「じゃあこれ飲んでみてよ。」

エリスが差し出したのは彼女がちびりちびりと飲んでいた……酒だろう。

「俺まだ17なんで飲めないですよ。」

一応拒んでみるものの、酔いの回った今のエリスに通じているのかいないのか……

「なーんだ!呑めるじゃん!この国は15歳から呑めるから大丈夫だよ!」

どうやって拒もうか考えていた所でエリスに追撃される。


確かに国によって成人年齢とか飲酒喫煙が可能になる年齢が違うのは知ってるけどやっぱり人体に悪影響が有るって聞くし拒まなきゃいけないのにこの人(エリス)の力どうなってんだ強い……!


違いに両手を掴み合う形で押し合いが拮抗している中、エリスの放った足払いで盛大に転がされる。


「痛ぁっ!このっ……エリス、まだ俺は……んん……!!」


エリスが俺の顔の上で傾けたジョッキから鼻に入った水気に思わず口が開き、チャンス到来とばかりにがばがばと流し込まれたのは先程俺が飲んでいたジュースそのもの。


俺が嚥下したのを確認してから離れ、こちらの反応を楽しんでいるエリスは満面の笑みだ。


「ゲホッゲホッ……エリスお前……何が酒だよ騙しやがって……」

「えー!私はお酒なんて一言も言ってないよ?でもこのお店で1番強いお酒!」

「酒かよ!っていや酒じゃねえよ!騙されてるぞエリス!」

一瞬エリスに翻弄されたが確かにこれは酒じゃない。

「いいかエリス、酒か酒じゃないかの判別もつかないレベルで酔ってるならお前も少し休んだ方がいい。水貰ってくるから3人を見ててくれ。」


はーいと間延びした返事を背中に受けながら酒場に戻り水を貰う。


よくよく考えてみれば先程のジュースはおそらく酒場側の策略で、一番強い酒という名前のノンアルコールなのだろう。呑んでいるうちに楽しくなり過ぎた奴らに提供して面倒なことが起きないようにという品物だ。


「それにしても、俺ももう少し勢いよく水が出せればわざわざ貰いに行く必要も無いのに……」

先日試した俺の水魔法は醤油差しから流れる程度で、このジョッキを満杯にするのはどれだけ時間がかかるかと思うと……


「んー?シンジ君どうかしたの?」

俺への読心術が上手く発動していないエリスが石畳の地面にぺたんと座ったままこちらに話しかけてきた。

「あー、魔法がもっと上手く使えればなーって……」

練習して変わるものだったりするのだろうかと気になり本心を告げてみる。


返事を聞いたエリスは受け取ったジョッキに口を付けて目を閉じた。

「……。」

彼女の事だ、俺の気持ちを汲んでそれに沿った言葉を考えているのかもしれない。

だとすれば、この沈黙というのが既に一つの答えだろう。肯定するのは簡単だ。


「いや……無い物ねだりしても意味無いし、潔く諦めて……?」

深く考えるように目を閉じていたエリスは……


寝ていた。


それから暫くエリスを含めた4人の監視をしていると、店を出たきりのエリスを探しに来た見知らぬ男達に介抱されて彼女は再び店の中に戻っていった。


そんな男達はクーとアンナを見て、首輪の無い俺を見て、揃いも揃って気まずそうに目を逸らし逃げるように店に帰った。

そんな様子にもやもやとした憤りを感じ、店の中から届くざわめきに嫌な言葉を見つけないうちに立ち上がる。


未だ熟睡のアンナを背負い、歩ける程度まで回復したクーとシャルロットに腕を掴ませながら、喧騒が包む商業区の大通りを下っていく。


通りに面した店から漏れる明かりと空に浮かぶ雲の隙間から覗く紅白の月の明かりに退けられていた暗闇が、一歩進むごとに濃くなっていく。


一段目の街を取り囲む砦を出ると辺りは想像以上に暗く、紅い月明かりに照らされた無舗装の地面がまるで凝固した血液かのように錯覚する。

星は隠れ、風は止み、虫の声は遠い。

砦周りに粗末な家が建てられたスラム区画に入ると生命の音は背中に乗るアンナの小さな呼吸と俺に付き従う2人の足音だけになった。


疲労と静寂に包まれて暗鬱としてくる気分を誤魔化すようにアンナの居場所を整えた所で、俺の腕を掴むクーの手に力が篭る。


「シンジさん……」

消え入りそうな呟きに似た声が俺の背中を伸ばした。

「どうかしたか?」

暗闇に目を凝らしながら言葉を返す。


「その、なんだかちょっと心細くなってしまって……」


足元が赤色で見えるか見えないかという明るさの中ではとてもじゃないが表情は分からない、だが声は少し恥ずかしげだ。


エリスとともにマリア武具店で購入したベルトの呪いによるものかもしれないが、その寂しさをどう解決すれば良いのか見当もつかない。


ベルトを外せと言うことも出来ないし、今アンナを背中から下ろせば二度と背負う気力は湧かないだろう。


仕方なしにアンナを支える手を片方離してクーの頭を撫でる。

暗さが心的負担を軽くしてくれているが、スキンシップなんてのは恥ずかしくて自分からできるものではない。

心臓の鼓動が速くなり血液が急激に温度を上げて身体中に広がっていく。


努めて平静を装いながら髪を軽く梳くように手を往復させる。

そうだ、この行為に深い意味は無い。俺の趣味でもないしクーの要求を俺なりの形で満たそうとしているだけでただの慈善行為というかなんというか……


誰に言うわけでもない言い訳を頭の中でぐるぐると捏ね回し、ある程度クーの髪が解れた所で手を離す。


手を離すまで大人しくしていたクーは俺の手を慌てて服の裾を掴み、小さな小さな声でぽつり。


恐らく感謝の気持ちを告げたであろうクーに、どういたしましてと告げてから再びアンナの居場所を整える。


止まっている間に立ったままこっくりこっくりと船をこぎ始めたシャルロットに声をかけて歩き始める。


相変わらず足元も覚束無い恐ろしい暗さではあるが先程感じていた不安感はどこへやら、スキンシップの効果に新鮮な驚きを感じながらシャルロットの家へと急ぐ。


それからしばらくして家に到着するが、屋内のあまりの暗さにケータイのライトを解禁。

たとえネットに繋がっていなくても写真やライト、タイマーの機能はちゃんと働くのでそのうち必要になるだろうと下手に使わないようにしていたのだが、使わないように努力するとはいいつつも使わずに自然放電させるよりは必要な時に使った方がマシだろう。


「明るいです!」

「うわ!突然脅かさないでくれよ……心臓飛び出るかと思った……」

「えへへ、すみません……」

突然の照明に興奮して大声を出したクーにビビるチキンハートを晒してしまったことに顔が熱くなるが、なるべく平静を装いながら家に上がる


昼間は外から入る光で明るい為気が付かなかったが、こうして真っ暗な中で携帯の明かりを頼りに見てみるとそのボロさも相まって非常に怖い。

そこら辺から幽霊とか骸骨のバケモノが現れてもおかしくない雰囲気だ。


とはいえ酔いどれを背負っているのもそろそろ限界なので、足元に注意しつつなるべく急いで大部屋に向かう。


「クー、なんか敷くもの持ってきて……」

部屋の中央まで歩いたところで足が動かなくなり立ち尽くす。

なんでこんな、筋トレみたいなことしてるんだ俺は……

俺の指示に従って手早く衣類を集めてきたクーが俺の後方にそれらをばら撒くのを確認して座り込む。

慎重に下ろそうと心がけたもののカクっと折れた膝のせいでアンナを盛大に投げ出してしまった。


にも関わらず熟睡を続けるアンナにほっと胸をなで下ろすと、俺もその横に倒れ込む。

「無理、もう動けない。」

アンナを挟んだ俺の反対側にシャルロットが寝転んだのを確認してクーに後のことを頼む。


「お疲れ様でした。おやすみなさい、シンジさん。」

寝転ぶとすぐさま睡魔に襲われ、朦朧とした意識の中ケータイの明かりをなんとか消すと、クーの言葉と共に寝転んだ床が急に硬さを失っていった。

間もなく秋めいてくる時期ですが、皆様風邪には十分お気を付け下さい。

閲覧ありがとうございました。

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