学ラン男子と白の少女
雑音が耳に障る。
暗い海の底から浮上するようにだんだんと明るくなるように感じるのは意識の問題か、それとも視界の問題か。
徐々に大きくなる音は、道の只中で聞くそれだ。
不意に、目が開いた。
目の前に広がるのはどこか海外の国のような街の景色。行き交う人々は特殊メイクを施したような狼人間、トカゲ人間、ただのおじさん、コスプレじみた猫耳犬耳尻尾付き、通過する馬車の半数は馬ではなく大きなイグアナのような生き物が引いている。
「どうなってんだ……?」
上着の前を開けながら、つい思った事が口から出た。
ファンタジーの世界に迷い込んだようなくらくらする熱気の中で身の回りを確認しながら考える。
何かの撮影のエキストラになったということは無いはずだ。
事前の調査や契約は無かった……
「あれ、いつの間にこのペンダント付けたっけな?まあいいか。財布とスマホはあるし、リュックサック、タオルとルーズリーフに筆箱と電子辞書……は壊れてないな。」
もちろん財布にはポイントカードの類以外は何も入っていない。
「どこだよここ……」
気が付いたら見ず知らずの場所にいて、周りには人間の他に人間ぽいよくわからん奴らがいて、でけえイグアナが馬車を引いてると……。
「何でこんな場所に……?」
正直な話、つい数秒前に「あ、これは死んだな。」と思いながら顔面に迫る落下物を見た気がしたので、命があって顔も痛くないというのはやや嬉しい。
「それにしても、イグアナが引っ張る馬車って正直どうよ?自動車だろ普通。」
独り言が多いのは自覚している、俺の前を通り抜けざまに見てくる通行人も多い。
だが体のどこかを動かしていないと落ち着かないのだから仕方ない。
「仕方ないついでだ、とりあえず動くか。」
行くあてはないし土地勘もないが、もしかしたら日本人がいるかもしれない。
それなら歩いて探した方が気も紛れるというもの。
改めて確認しても本当に映画みたいな街だと思う。
木の柱に土と思われる塗り壁、窓も木で出来た雨戸が外に向けて開けられていて、白と茶色の落ち着いた雰囲気が伸びている。
そんな石畳の大通りを歩いていると、車道と歩道の段差のところに大きな布袋が落ちていた。
馬車もといイグアナ車がそれなりに通るこの道で誰も気が付かなかったとは思えないが、落とし物なら交番かどこかに届けた方が……
そうだ、なんで気が付かなかったんだ!初めから交番を探せばよかったじゃないか。
とはいえまず確認するべきは袋の中身……
「開けてびっくり人の死体、なんてな。」
開けてびっくり金色の貨幣がジャラジャラと入っていた。
「は?」
思わず真顔になる俺。
いやいや、いやいやいや、なんでこんなところにこんなもんが落ちてるんだよ、ありえないだろ普通。
あ、そうか、ここは映画の中だったな、ってそれ迂闊に拾っちゃまずい奴だろ。
というかこれ本当に金?
中から3枚を手に取り確認してみるが、綺麗な金色の貨幣というだけで本当に金なのかは分からない。
金によく似た金色の金属があるという話は聞いたことがあるが、沢山用意すればその間に酸化もするだろうし、やはりこんなに綺麗な貨幣の価値が低いということはないだろう。
であればだ。
こういった高価なものを拾うことは今までも何度か経験がある、そしてその中で身に着けた俺の鉄則は「拾ったらすぐ元に戻す」だ。
「俺は何も見てない。いいな?」
誰でもない自分に言い聞かせてその場を離れようとしたその時。
「おーい兄ちゃん。」
自分のすぐ後ろ、肩越しに声をかけられてしまった。
時すでに遅しか……そりゃこんな大金だもんな、普通は罠だよな。
経験則で言おう、こういう時に声をかけてくる奴には全力で謝ってお金を返して逃げるのが吉だ。
振り返りつつ息を吸い込む。
「すみませんでしたあ!」
「いやあ、助かったわ、兄ちゃんが拾ってくれたんやろ?ありがとうな!」
「……え?」
拍子抜けだ、目の前には太ったおじさんがイグアナの馬車を止めて立っていた。
こういう時は大抵グラサンでガラの悪いオジサマとかオニイサンが立っているものだが……。
「え?って兄ちゃん、ああ!おっちゃんな、その袋に描かれてる商会のモンでな、ソレ落として慌てて探してたっちゅうわけなんや。ほれ、この馬車のマークと同じのが描いてあるやろ?」
袋を確認してみれば確かにマークが書かれていた。
二枚の風切羽がバツ印に交差している周りを鎖の形に繋がった輪が円を描いて囲んでいる紋様。
ヤのつく人には見えないにしろ荷車まで用意している位の相手に返すのを渋る理由も度胸も俺にはないし、少なくとも俺がこんな大金らしき物を拾っても良い事は無い。
「どうぞ、あとこれも。」
袋を渡し、手の内にある3枚の金貨も差し出す。
「ああ、ええよええよ、それはお礼にあげるわ!ついでのお礼におっちゃんの商品も一つやるわ。」
どういう意味か分からない。
なんで商品を渡されなければいけない?
拾ったものは拾った人のものになるとかのルールでも有るのだろうか?
「遠慮せんと受け取ってくれや、おっちゃんの感謝の印やからな!」
そう言いながら荷車の中に入っていったおじさんは右手に鎖を巻いて後ろから出てきた。
鎖……?
どんな猛獣が出てくるのかとひやひやしながら眺めていると、鎖につながれて出てきたのは白い少女だった。
「え?どういうこと?」
驚きでタメ口になってしまったが、おじさんは気にせず続ける。
「なんや、兄ちゃん奴隷見るの初めてかい?珍しいな。ほら、手ぇ出して。」
言われたとおりに空いている左手を出す。
何の理由もなしに奴隷が譲渡されようとしているなんて事態には全く気が付かず、俺の思考は全てが白い少女に向けられていた。
「ほい、コイツ兄ちゃんにやるわ。売れ残りを押し付けるみたいな感じですまんのやけど、これがおっちゃんの感謝の気持ちってことで、よろしく頼むわ。」
「は、はあ……」
左手に鎖が巻かれていくが、状況に理解が追い付かない。
巻かれた鎖の先端は、ボロ布の服を纏う白い髪に白い肌の、俯きがちに目を閉じた少女が着けた首輪につながっている。
問題は奴隷を受け取る事ではなくこの男の目的で、別にこの娘が可愛いとかそんな単純な理由で受けていいはずがない。
それに奴隷制度は人権問題として世界で禁じられている筈ではないのか?
白昼堂々他人に金を渡した上でこんな事……
ああ、なんだ、映画のセットだとか思っていたがこれはアレか、アダルティックなヴィディオ向けの撮影か。
俺17だけど。
そんな撮影協力受けた記憶ないけど。
ま、どうせ撮影だというならとことん楽しんでやろうではないか。
「奴隷って、えっ、奴隷ってすごい高いんじゃない、んですか?」
奴隷を相手にすることといえば2つ。
ご主人様の権力やら欲望やらに身を任せて鞭とか蝋燭とか木馬とかでなんやかんやするタイプ。
もう一つは奴隷相手に主人か優しくしてあげて、何も出来ない奴隷が出来ることといえば……みたいに精一杯尽くして貰うタイプ。
この子はどう見ても前者特有の気の強い感じがしないから、おそらく後者だろう。
「せやで?けどな兄ちゃん、これはおっちゃんの感謝の気持ちなんや。どうか受け取ってくれ。頼む。せっかく見つけてもらったこの金で払いたいところなんやけど、ここだけの話やっぱり商品の方がなくなった方がおっちゃんとしても嬉しいんや。頼む、受け取ってくれ。」
現実では高いものを手に入れると碌なことが起きないが、これはあくまで演技、作り物。
まさかそんなつまらないルールを持ち込むほど神様も俺を見捨てては居ないだろう。
それに、俯いていているが少女は中々に可愛いように見える。
撮影の後が怖いが、ここは有難く受け取っておくべきだろう。
念願の脱童貞がこんな形になるとは思っていなかったが、これもまたそれはそれで話の種にはなる。
高鳴る胸と乾いた口に緊張を感じながら、至って自然を振舞って口を開く。
「じゃあ、その、ありがたく……」
「そっか!受け取ってくれるか!ありがとうな兄ちゃん。じゃあおっちゃん急いでるから、ここらへんで失礼させて貰うわ。」
言い終わる前に馬車を動かし始めたおじさんを見送り、呆然と立ち尽くす。
手元を見れば、左手に巻かれたはずの鎖はその姿と重さを消し、右手の中には金貨が3枚。
少女の首輪からは1つ半ほどの金属の輪がつながっていて、パッと見は断ち切られたように見えるが少女は逃げ出さない。
どんな不思議技術を使っているのか分からないが、やはりジャラジャラと音を立てるのもよろしく無いという配慮だろう。すごいやはり人がアニマルな部分をさらけ出すビデオの世界の技術は数世紀先を行くというわけだな。時間止めたりするし。
「とりあえず、金貨は財布で良いよな……」
有言実行、財布に金貨を入れて、リュックに財布を入れて……
目立ったカメラもないしカンペもない。
撮影の方向性は把握したが詳細が分からない。
少女の見た目は先ほど確認した通りで、何も言わずに佇んでいる……身長は俺の顎から鎖骨の辺りくらいの高さだ。
「えっと、キミ、名前は?」
「……。」
反応がない。
さっきのおっちゃん外国人顔だったけど日本語通じてた……あれ?さっきのおっちゃんが喋ってたのって日本語じゃなかったよな?なんで俺はあの言葉が分かったんだ?
「もしもし?」
「……。」
返事はないがこちらに顔は向けている、やはり言葉は通じてないのだろうか?
「言葉わかる?」
「……わか、ら、ない」
澄んだ声色で片言の返事が返ってきた。
日本語でも英語でもない。フランス語やらドイツ語やらを習った記憶もないし、なぜ俺はこれが片言だと分かる?
何か嫌な予感がする。
背中をスライム状のものが這い上がってくるような原因不明の恐怖。
まずはここが本当に撮影なのか確認する方が先か?
いや、それよりも少女の方が先?
妙な現実逃避で大変な状況になった事を無視してしまった気がする。
「どうすりゃ良いんだ……どうすればいいと思う?奴隷ちゃんよ。」
有益な返事が帰ってくるとは思っていない、ただの戯言だ。
だが少女は口を開いた。
「わか、らない?」
少女は目を閉じたまま困った表情で首を傾げる。
「だよなー!」
ヒロイン獲得かなー




