褐色肌のアンナ
ガタガタと揺れる闇の中で目が覚めた。
この感じだと、今いるのは竜車の中だな……って俺いつの間にか女になってるし……
体を起こしてぐるぐると腰を捻ったり腕を回してみたり、とりあえず俺の体に異常がないことは分かった。
御者台に掲げられたランタンの弱々しい光が頼りになる幌内の暗さに目が慣れてくると、俺の他に3人寝ている様子が見て取れる。
クーとシャルロット、そして俺の学ランを着た例の褐色女性だ
彼女達を踏まないように移動して御者台に顔を出すと、手綱を握っていたエリスと目が合う。
「夜更かしさんだね。」
エリスの世話焼きな性格から察するに、俺たち一行を森の中で拾ってからここまでずっと御者をしていた可能性も考えられる。
「そんなに夜更けなら寝起きの俺が交代しますよ。女性の肌は休養が大事らしいですし?」
「なんかその姿で俺って言われると違和感あるね。」
「エリスさん相手に使い分ける必要はもう無いかなって思ったんですけど。やっぱ戻した方がいいですか?」
「どっちでもいいけど、わざわざ面倒なことする必要は無いからね?」
「じゃあ俺にしておきます。」
なら私もお言葉に甘えてと差し出された手綱を受け取り、場所を交代するかと思いきやエリスはそこを動こうとはしなかった。
仕方なく隣に座り、歩みを進める大イグアナ風のドラゴンの尻尾を眺める。
沈黙。
最初に見た時は冗談交じりの笑顔に誤魔化されてしまったが、エリスの表情はやや暗い。
チラチラと視線を向けていたこちらに気がついたのか、エリスが口を開く。
「シンジ君が無事でよかったよ。」
空気も重けりゃ話題も重いの来たな……
「どんなに悪いことがあっても死にはしないのが俺の取り柄ですからね。それはそうと今回の被害ってどれ位だったんですか?」
こちらから誘い出したようなものなので話に乗る。
「今回の依頼は全体で78人が参加してたらしいんだけど、そのうち怪我した人が38人、あの赤いドラゴンに群がってた23人が亡くなったって言ってた。」
17人しかまともに動ける人間が居なくなったのか……
「それは……そういえばユナは!?」
「えっ?ああユナならこの一つ後ろの竜車の御者をしてるよ。大丈夫、危機察知には長けてるから。」
「それじゃあ、俺の知り合いはみんな無事そうですね。」
「一番危なかったのは君だからね?」
「うっ……」
「君がドラゴンに食べられるところ私も見えてたよ?シンジ君はただでさえ弱っちいんだから、皆を守ろうとする前に自分を守って。せいぜいクーちゃんとあの新しい子、シャルちゃんだっけ?その2人だけ。しかもあの子達も君より強そうだし、今回は奇跡的に生きてたけど、もしかしたらあの服みたいにふにゃふにゃのべちゃべちゃになって死んでたかもしれないんだからね?いい?」
「仰る通りです、ハイ……」
「まあ、シンジ君はいい奴隷を見つけたよ。本当に。特にクーちゃん。あの子が一番慌ててたんだから、ちゃんと後でご褒美あげなよ?」
「わかりました。」
「素直でよろしい!」
にっと笑って頭を撫でられるが、これは少しウザい。
払い除けたくなる衝動を堪えて口を開こうとすると、エリスの手がぱっと離れた。
「それじゃあ、寝させて貰うね?」
そう言うとエリスは腕を組み、マフラーに口元を埋めて目を閉じてしまった。
問いかけさせまいという思いが鈍感な俺でも分かるその行動に、何も言えず口を閉じる。
エリスの知り合いに何人の犠牲者が居たのかを聞くには、俺達の関係はまだ浅すぎた。
◇◆◇◆◇◆◇
早朝、シェルテ王国の王城入口前まで戻ってきた俺達は事後集会に参加していた。
もちろん着る服がない俺はヘアピン装着のままだ。
朝礼台っぽく置かれた木箱の上からこちらを見下ろすいかにも裕福ですといった体型のオッサンが口を開く。
「勇敢なる諸君。此度の遠征ご苦労であった。我々貴族に雇われた者、王より遣わされた者、即席の部隊ではあるが想定から外れた事態にも柔軟に対応したと聞く。被害は少ないとは言えないが、無事に目的を達成した事をここに讃え、回収した財宝の残りを報酬とすると共に。今晩、一段目の街にある食事処竜の爪での食事の代金をこちらで持つ。存分に傷を癒し、楽しんでくれたまえ。」
報酬への万雷の拍手や狂喜乱舞の歓声は無い。
そりゃそうだ、赤いドラゴン単体であれば怪我人は多くあったにしろ死者は出なかったはずだったのだ。
たった17人。
死者の数よりも少ない無事な帰還者の数だ。
数人分離れたところで同じく集会に参加している、普段どこかネジの外れている印象があるユナも今は神妙な顔で空中を見つめている。
疎らで儀礼的な拍手の中オッサンが退場した後は更に時間を取るイベントも無く、解散となった。
この後の動きについて相談しようとした所、薔薇の騎士団の面々は資機材の整備や今回の遠征の報告等で忙しいというが俺に手伝えることは無く、ユナとエリスはギルドへの成果報告その他諸々の手続きがあるということで俺へ褐色女性に関する全てを頼むと丸投げして早々に離脱してしまった。
「任せた!っていわれてもなあ……」
人が引くタイプの荷車に横になった褐色女性を見る。
回復魔法の存在により薬剤師しか居ないこの世界では基本的に病院という制度は無く、傷の手当は魔法で病気の治療は各種の薬、切除が必要になるほどの重大な怪我や病気に対しては麻酔を施し傷口を回復魔法で塞ぐというので人の体に刃物を入れる医者はいないらしい。
そんな理由で目立った外傷が無く、呼吸も安定していたこの女性については特に治療行為はされなかった。
ちなみに気付け薬は存在するが、使うこと自体に若干の危険性があるということで貰えなかった。
「ひとまずボクの家に運ぶ?」
俺の悩みを見抜いたシャルロットからの提案にクーが反応を示す。
「でも何かあった時にシャルロットさんの家から薬剤師さんの家は遠いのが不安です……」
「んー……それはあるけど、この人の状態は安定してるみたいだしシャルロットの家に行くことにしよう。今後の俺達の活動もシャルロットの家が拠点になるだろうから、あんまりマリアさんに迷惑掛けたくもないし。それでいいか?」
承知の旨を口にした2人に荷物が落ちないように補助を頼み、荷車を引く俺に気付いたクリスティーナとスミカへ手を振ってからその場を離れた。
◇◆◇◆◇◆◇
奇抜な格好の女性を荷車で運ぶ俺たちはやはりどうしようもなく浮くもので、通行人の不思議そうな視線と下り坂でかかる重力に耐えながらどうにかスラムのボロ家までやってきた。
「よい……しょっと……」
晴天に恵まれた今日は日が登りきる前の今ですら既に十二分に暑く、女性を荷車から運ぶ前にズボン一丁の半裸になった俺はクーとシャルロットを家の中で休ませて荷車に乗っていた女性と荷物を運搬していたのだった。
「お疲れ様ですシンジさん、お水をどうぞ。」
クーが差し出した冷たいコップを受け取り中身を一気に飲み干す。
氷水のように冷えた水が口から喉を貫くように駆け抜け、若干の頭痛を覚るほど冷たい恵みに感謝を述べる。
井戸が遠く冷蔵庫もないこの家でどうして冷たい水が出てくるかと言えば単に魔法の力なのだが、インフラらしい設備が下水道くらいしか無いのもこういった魔法の影響なのだろう。
浮かれた様子で2杯目を用意したクーからコップを受け取り、半分ほど飲んだところで頭から被る。
「くあー!冷てえけど気持ちいいー!」
あまりの温度差に痛みを感じる程だが、今はその痛みすらかえって心地よく思える。
そんな時だ、奥から慌てた様子でシャルロットが出てきた。
「シンジ!女の人が起きそうだよ!」
「マジか!」
慌ててついて行こうとしてはたと気付く。
服を着た方が良いのではないだろうか?
至極当たり前にして極めて重大な服飾の問題に直面したオレが立ち止まると、疑問を持ったシャルロットが口を開く。
「何してるのさシンジ!早くしないと起きちゃうよ!」
「少し落ち着けシャルロット、こんな半裸で初対面の女性に合うなんて非常識過ぎるだろ?」
「暑いんだから仕方ないよ!何ならボクも脱ぐ!」
「やめろ!わかったから引っ張るな!」
これはシャルロットに貞操観念を教育した方がいいなと思いつつ服装については諦めてシャルロットに付いていく。
どうせ着られる服もすぐには出せないし、このままでいいや。
部屋に入ると、件の褐色女性は既に身を起こして纏った俺の学ランに鼻を近づけていた。
「あ、あのー……」
臭うだろうか……?ここ数日洗剤がない生活のせいで水洗いしか出来なかったことが悔やまれるが、とりあえず目の前の人物について知る方が優先だ。
ドタバタと入ってきたはずの俺達には目もくれずに服の臭いを確かめていた女性は、俺の声に気がつくと顔を上げた。
目と目が合う。
宝石のように澄んだ紫色の瞳をした彼女は、暫く俺の事を見ると突然爆発したように赤くした顔を背けてしまった。
「な、何者だ貴様!我に何用か!」
顔を背けつつ両手を伸ばしてあたふたと上下に振る様子は漫画の様だが……我ってなんだよ、どういう一人称してるんだアンタ……
手を顔に当てて指の間から俺をガン見し始めた褐色女性だが、いつまでも褐色女性では居心地が悪い。
「俺は坂本神治、貴女の名前を教えてくれ。」
俺の言葉に応じて褐色女性は顔を覆うのを止めて声を出すが、好奇心と羞恥心の混じった視線は空中と俺を往復している。
「我が名はアンナ、高き山の主だ。」
山の主……?
人の身でありながら縄張りを持っているというのも不思議な感じだが、なんと言っても異世界だ、有り得ない話では無いだろう。
となると黒いドラゴンは縄張り荒らしでもしていたのだろうか?赤い火竜を跡形もなく消し去るほどの力だ、アンナを俺みたく一口にしていてもおかしくはない。
「いやあ災難だったな。あんな強いドラゴンに襲われたんだ、腹の中は最悪だったけどお互い無事に生きてて良かったよ。」
相も変わらずまっすぐこちらを見ようとしないアンナだが、やや大きな声で一言。
「何の話か知らんがまず服を着ろ!」
あ、ハイ、貧相な体を晒してすみませんでした……
◇◆◇◆◇◆◇
1度片付けたシャルロットの爺さんの服の中に、俺でも着られる大きさの服があったので着ることにした。
「すまん、探すのに時間がかかった。」
それなりに見える格好になったはずなのだが、アンナの顔は険しい。
「貴様、我を何者と心得ているのだ?」
知らないよ。
「我は高き山の主にして、かの黒き魔龍の血族なるぞ。貴様は幸運だ、我が父上よりも温厚であった事に感謝するがいい。」
どうだすごいだろと言わんばかりに胸を張っているが、意味が分からない。なんだよ黒き魔龍の血族って……
「クー、シャルロット、集合。」
緊急会議のために2人を集めて入口に固まる。
「アイツ結構危ないんじゃないか?」
「ボクもそう思う、関わらない方がいいよ。」
「でも、頭を怪我してしまって混乱してるとか……」
「クーは天使だな、でもここは心を鬼にするんだ。」
「それでどうするのシンジ、決定するのは君だよ?」
「おい貴様ら、声が大きいぞ。」
「でも服を剥ぎ取って放り出すなんて真似は出来ません。」
「いや流石にそれは考えてねえよ、そこまで鬼じゃないからね俺。」
「じゃあどうするの?仕事先見つかるまで預かるの?」
「シンジさん次第ですが、私たちも生活を安定させることが優先じゃないでしょうか?」
「そうだな、どうするにしてもあのヤバい設定をどうにかしないと……」
「貴様ら聞いておれば先程から我の事を侮辱しおって……」
うがー!と大きく吠えて立ち上がったアンナの方を見ると、両手に赤と青の魔法陣を生成してこちらに向けている。
「お、おいやめろ!」
何気ない一言の筈だった。
俺が声を出すと同時に展開された魔法陣は姿を消し、同時に彼女の首にあるものが出現する。
場にいる4人が各々で驚愕の声を漏らす。
俺の左手に、もう一つの新たな重みが加わった。
とりあえず一段落をつけます。
ついてないのは重々承知しておりますが、ここまで駆け抜けてきて、個人的にも情報の整理が必要だなと思い立ちましたので、しばらくはこれまでの話の手直しなどに時間を取らせて頂きます。
9月に次の話を投稿できるようにします。
閲覧ありがとうございました。




