緊急討伐作戦
広い空洞の天井に開いた大きな穴の中央に、巨大で黒いドラゴンが滞空していた。
空洞の中央の地面には大きな氷の柱がまるで水晶の原石のように見事な花を咲かせており、上空の個体よりひと回りかふた回りほど小さな赤いドラゴンと多数の人間をその内に封じ込めている。
火竜であった赤いドラゴンの吐く炎によって暑いほどに温められていた空洞内は、黒いドラゴンの一撃によって冷凍庫のように寒くなった。
俺の手に持つ黒い盾も冷やした金属の如く冷たくなっている。
「なんだよこれ……」
俺の呟きとともに俺の腕と盾の間で身を守るように小さくなっていた連れの2人の少女がそれぞれ顔を出し息を呑む。
空洞内で中央から1番離れた場所にいた俺達の足元まで白い氷が迫っており、円形の空洞の壁際には先ほどのドラゴンの攻撃による被害が少なかった者達が助けを求めている。
「シンジさん、クリスティーナさんがあそこに!」
そう言ってクーが示したのはこの空洞を上から見た時に俺達のいる位置を12時として11時か10時といった場所にいる負傷者を抱えた集団。
他の位置にもいくつかの集団はあるが、それぞれが足下に向かって剣を突き立てたり火の魔法を使用したりしている。
「クー、皆の足下に何があるんだ?」
「ええと……足首辺りまで覆う氷を壊しているみたいです。」
騒いでいる割に逃げ出さないのは何故かと思っていたらそういう事か、動けないなら逃げようもない。
となればもともと動けなくなった者のいるクリスティーナの集団はもっと大変なはず。
「2人とも、これからクリスティーナたちの救援に行く。でもドラゴンが攻撃してくるようなら素直に撤退する。いいか?」
表情に不安が表れていてもなお力強く頷くクーとシャルロットを引き連れ、滑りそうになりながらクリスティーナ達のいる場所に駆け寄る。
クリスティーナをはじめ、スミカを含んだ薔薇の騎士団の面々が、倒れたまま体の一部を氷に固められた負傷者と共にいた。
「大丈夫ですか!?」
「レラさん。すみません、氷が足を覆っていて動けないの!手伝ってくれる!?」
「クー、確か火魔法が使えたよな?」
「使えるんですか?」
そうだった、クーが使える魔法の種類についてギルドの身体検査の時から伝えて無いんだった……
「使えるはずだ、皆の足とかについた氷が水になる位まで熱してくれないか?」
「分かりました!」
流石だ、クーは理解も決断も速い。
「シンジ、ボクは何をすればいいの?」
「シャルロットは怪我人についた氷をクーが溶かしたら安全な所に運ぶ手伝いを……」
「レラさん!それよりも上を見て!」
突然のクリスティーナの声に何かと思えば、空洞の天井の穴に赤い魔法陣が作り上げられている。
先程見た青いもの程大きくはないが、何やら陣を構築する光線の密度が濃いように見える。
青が冷却魔法なら赤は加熱魔法。
この部屋全体の空気を急速加熱するような魔法を使われたらおしまいだ。
魔法そのものによるダメージが防げても氷が溶けて生まれた高温の水蒸気が肺に入れば火傷は必至、可能ならドラゴンに魔法を使わせたくないのだが最早手遅れ。
頼む、どうか空気加熱だけはやめてくれ!
俺が盾を持って中央に走り出した直後、視線の先の魔法陣から赤い光線が発現し真下にある氷の結晶を貫いた。
祈りが届いたことに安堵するが、ビキビキと鳴る巨大な氷華に不穏な気配を感じたため盾を地面に突き立てて呪文を口にする。
「【なんで俺がこんな目に】!」
直後、大きな衝撃と爆発音が頭を貫き体を揺らした。
そして粉砕された氷の結晶の破片が飛来する。
超速の氷粒が盾にぶつかる直前、面前に広がった防壁の形成が完了して襲いかかる多数の弾丸から俺達を守る。
「壁が前回よりも大きくなってるな……」
振り向いて確認すると30人近い負傷者を2列にして並べていたクリスティーナたちの周りは特に大きなダメージはないようで、全員が耳を押さえて縮こまっていた。
ああ、鼓膜の事を考えていなかった。
やはり状況判断では戦闘経験が足りていないな。
視界を遮る程濃い湯気が広がっていた中央部が段々と見えるようになる頃、俺も防壁魔法が解けた盾を引き抜き中央部を確認する。
黒い爆心から赤い塗料を放射状にぶちまけたような地面が水に濡れて上空からの光を反射している以外、何も無かった。
爆心地にいたドラゴン……そして人間も。
まるで夢でも見ているようだ。
現実味のない現実感、マジックのような超常。
爆心地中央に広がるのはおそらく炭、その周りに広がるのは血液だろうと予想したところで、足下に転がる人の指が目に入る。
「っ……!」
その途端に鼻が鉄の香りを認識する。
湧き上がる吐き気と絶望感。
あれほどの肉の山と化していた集団が、魔法たったの二発で消し飛んだ。
この転がった指は誰のものだ?
あんなに沢山いた戦士達はどこに?
なんで俺がこんな目に遭っているんだ?
こんな状況を作り出した原因を見れば、穴から地面に向けてゆっくりと降下してきている。
まずい、こんな所にいたら目をつけられてしまう。
慌てて逃げようとして、足がもつれて盛大に倒れた。
這ってでも逃げる、無様と言われようが知り合いのいる集団まで戻れば……
逃げる俺の周りに影が広がる。
見たくない、でも振り向かざるを得ない。
ドラゴンの開けた大きな口が、すぐそこに迫っていた。
△▼△▼△▼△
恐怖に染まった表情でこちらに向かっていたレラがドラゴンに一口で喰われた様子が、走馬灯のようにゆっくりと見えた。
大きさという圧倒的な力の差がそこにあった。
私達に与えられた今回の任務での使命は、負傷者の治療及び自衛。
火竜は複数の騎士団から集められた討伐隊に、参加を希望した冒険者を加えた80人で十分に撃破可能な獲物だった。
それなのに今眼前に広がるのは想定もしなかった現実。
20~30名程居た近接戦闘型の戦士は全滅、遠距離攻撃型の兵士や冒険者も逃走不能。
予想だにしない新たなドラゴンの登場で既に全滅を待つのみという現状、しかし私達は生還しなければならない。たとえたった1人ででも生き延びて国に帰り、事情を報告しなければならないのだ。
騎士団の団長として、治療部隊のリーダーとして現状を確認するため口を開く。
「今動けるのは!?」
確認の為に振り向くと、近くで氷を溶かす手伝いをしていたクーという名の白い少女が黒のドラゴンに向けて駆け出していた。
瞬時にドラゴンの足元まで接近したクーは、彼女の武器である白く細い片手剣で巨大な敵を斬らんとするも。その強靭な鱗を切り裂くには至らない。
大きな声で聞きなれない言語を叫ぶクーは一旦大きく距離を開くと、剣をドラゴンの顔面に向けて呪文を唱え始めた。
構えた剣が青白い光を纏う。
それに合わせるようにドラゴンも赤い魔法陣を展開した。
クーの構える剣は氷の属性を持ち、その威力は以前この目で見た。
しかしそれにドラゴンの火魔法を打ち消すほどの力はない。
クーを止めるべく声を掛けようとした所で、彼女の構える剣の先端から魔法陣が展開されはじめたことに気付く。
その青い魔法陣がドラゴンの展開する赤い魔法陣と同じような大きさ、紋様密度になると同時、両方の魔法陣が一際大きく輝いた。
「防御出来るものは盾を構えて!」
私の命令を聞き部下が動くも、1人だけ呆然とドラゴンの方を見つめる者がいる。
レラが連れていた見覚えのない獣人だ。
先ほどの衝撃で鼓膜を破ったのか、はたまた目の前の光景に意識を取られて私の声が聞こえなかったのか。
そんなことはどうでもいい、今は二つの魔法がぶつかる前に身を守ることが大事だ。
無防備な獣人を組み伏せ覆い被さる。
直後、2人の魔法が炸裂した。
青と赤の閃光がぶつかり、接合部から暴風が襲いかかる。
あまりの強風に体が浮きそうになった瞬間、ふっと風が止んだ。
目を開ける。
私が押さえつけている獣人が手を伸ばし掌大の緑の魔法陣を展開していた。
本来、魔法陣は高度な魔力を保有する者が発現できるものとされている。
とはいえ先ほどの白い少女のそれのように相応の武器を用いて魔力の補助をすればそのハードルは下がる、だが目の前の獣人は武器も装飾品も何も持っていない。
莫大な魔力を消費するという魔法陣だ。
いつまで獣人の魔法が持続するか分からないため早急に周りを確認する。
自分たちの周り以外は暴風に晒されているが、皆なんとか無事に耐えているようだ。
目の前で魔法を使っているクーは、金と紫の瞳を輝かせドラゴンに冷却魔法を放っているが、その青い魔法陣が少し明滅しているのが見て取れる。間もなく魔力切れというサインだ。
それに対してドラゴンの方はまだ余裕そうで、更にもう一つ別に青い魔法陣がこちらに向けて展開された。
嗚呼、駄目だ。何も出来ない。
ここで私達は命を落とすのだ。
もう間もなく白の少女の魔法陣が消えドラゴンの展開する二つの陣がその暴威を発揮する……
そう思った時だった。
黒いドラゴンが大きく吠え、少女のものを含めた魔法陣3つが粉砕し魔法が途切れる。
何事かと思えば、ドラゴンの体からいくつかの黒い棘が放射状に突き出ていた。
体の内側から肉を食い破るように出てきた棘にのたうつドラゴンは大きく羽ばたき、その身を浮かせてフラフラと天井の穴に姿を消す。
助かった……?
黒いドラゴンが見えなくなると、クーは糸が切れた操り人形のようにパタリと倒れた。
「……っ!総員、速やかに撤退の準備を!」
あのドラゴンが万が一戻ってくる前に、急いで撤退しなければならない。
先ほどの黒い棘は?
私の使う武器の固有魔法【魔女の磔刑】に似ているが、ドラゴンの魔法耐性が高く発動しなかったのは確認済みだ。
一体誰が?
深く考える時間は、火傷に加えて凍傷気味になった負傷者の治療、赤いドラゴンの収集していた宝物類の回収、死亡者の確認等、部隊の統率に関わる仕事に消えていくのだった。
◇▲◇▲◇▲◇
目が覚めた。
木の葉の間から射す陽の光に視界が明滅し、身を起こそうとして自らの身にべっちゃりと張り付いた服に気がついた。気持ち悪い。
赤黒い水溜りに俺の着ていた衣類がふやけたティッシュのように剥がれ落ちる中、同じ池に横たわる隣の褐色肌の見慣れぬ女性に目を奪われた。
一糸纏わず仰向けで寝転がる女性の肌は端から端まで小麦色、掌までも褐色だ。
色素の薄い長髪は白なのか銀なのか金なのか区別が出来ず、神秘的な糸のようなその大半は赤黒い液体に穢されている。
胸元で呼吸に合わせて揺れるのは重力に引かれて形を崩した二つの……
強力な視線吸引力に逆らって視線を外し、身の周りを確認する。寝ているからといってジロジロ見るのはダメだ、何が起きるかわからないからな。
さて俺の記憶はドラゴンに喰われた後に盾から伝わってきた新たな呪文を唱えた所で途切れているが、あの直後にドラゴンから救出されたにしてはどう考えても場所がおかしい。
ということはあの呪文を唱えてしばらく時間が経ってから救出されたのだろうが。
まあ、この赤い池から察するにドラゴンの腹を捌いて出してもらったと考えるのが良いのだろう、周りにドラゴンはいないし、周りに溜まっている血液量がどう考えても少ない上に移動させた様子もない。
あるとすれば赤いドラゴンよろしく何かの理由で消滅した事だが……
そもそも俺を助けてくれたのは誰だ?
可能性としてはまず隣で眠る女性がその身一つで救出してくれた説。とんだハレンチレディということになる。
次に、助けてくれた人物がドラゴンと共にどこかに消えた説。血痕が残らない運搬が出来る奴が俺達を運ばないということは考えにくいが、可能性はある。
あとはドラゴンが俺と女性を腹から吐き出した直後に消え去った説。そもそも吐き出す必要がどこにあるのかわからない。
とはいえ、考えても分からんものは考えても仕方ない。
今は俺と隣の女性が全裸でこんな所にいる事が問題だろう。
ここが[道]でも[縄張]でも危険な敵性生物が襲いかかってくる可能性はゼロではないのだ。
クーとシャルロットが俺の救出のために向かってきてくれていると信じて、今は待つしかない。
覚悟を決めた所で、近くの茂みがガサガサと揺れた。
血溜まりから飛び起きて武器屋を掴む。
ドラゴンの肉食ってるなら武器出してくれ……
そんな祈りが届いたのか、靄の中に手を入れると直ぐに武器の柄が手に当たった。
引き抜いてみれば、出てきたのは俺がギルド地下でこの盾と出会った時に作った大きな剣。
両手でようやく取り回せる大きさの盾に片手では上手く操れない絶妙な重さの剣。装備する俺は全裸。
なんだよこの珍妙な戦士は。
と考えた所で、わさわさと聞こえてきていた方向から影が飛び出してきた。
影かと思ったのは黒い小さな猪で、ちょうど俺が女性を守りやすい位置で立ち止まる。
前足で地面を蹴りながらこちらの様子を伺っている猪から目を離さないように盾を地面に突き立てる。
夢で見た盾の前の持ち主のように背負う時間がないのだから仕方ない。
剣を両手で握りしめて正面に構える。
体育でやった剣道がどこまで使えるのか知らないし、そもそも対人戦闘以外で使えるんだろうか?
悩む間も無く猪が突進してきた。
「チェストッ!」
冴え渡る俺の反射神経は全体重が乗った渾身の上段振りを繰り出した。
地面に。
あまりにも大振りな俺の攻撃をひょいと横に避けて回避した後、後ろに回った猪からの頭突きが俺の尻に炸裂する。
ボキリという音がしたようなしないような。
だが少し宙に浮いた俺の足は地面に着くなり数歩よろめくように動いたので問題はない。
背後からの二度目の衝撃で地面におでこを強打した俺が猪の位置を確認しようと顔を上げた所で顎の下を掬うような頭突きのアッパーがもろに入る。
地面にうつ伏せで倒れていた俺が反動でつま先以外浮き上がるほどの衝撃に意識が薄れ、再びうつ伏せに倒れ始めた所で今度は腹に猪が飛び込んできた。
身体中が痛む
擦り傷や骨折はおそらく治っているはずなので新しい痛みが生まれているわけではないのだが、残滓のようなものがじわじわと体の中で存在を主張しているのだ。
猪の突進で完全に体が浮き、よたよたと後ろによろめきながら倒れそうになった所で左手に先ほど地面へと突きたてた剣の柄が触れる。
追いつかない思考の中で手すりのように掴んだそれも、体重をかけた角度が悪く地面を掬うように抜けてしまったため俺はあえなく地面に尻と背中を強打する。
涙で霞む視界の中、さらなる追撃のために向かってくる猪の姿が目に入る。
慌てて剣を前に構えようとするが、上手く取り回せずに柄だけが俺の前に出てきた。
「シンジさん!」
痛みに耐えようと目を瞑った俺の耳に聞き覚えのある声が入った。
そして襲ってくるはずだった衝撃はいつまでも来ない。
恐る恐る目を開くと、目の前には四肢と胴体、頭がサヨナラしている猪の姿があった。
ビクビクと気味悪く震える猪だったものはやがてその振動を止め、大人しくなる。
「大丈夫でしたか?」
呆けていた俺に声をかけてきたのはクーだ。
「なんでここが……?」
俺の問いかけに少しだけ考えて発した答えは
「……シンジさんは私の特別ですから。」
珍しく揃った金色の瞳を閉じて微笑んだクーは、きっと神が生んだ奇跡だ。
そんな事を思いながら、俺の意識は身体中にまとわりつく痛みの残滓から解放されていった。
次の話で一段落がつくといいかなと思っています。
閲覧ありがとうございます。




