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幸運な俺と悪魔憑きの乙女  作者: 双さん
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竜車の中で

クーとシャルロットの速いこと速いこと……

「急ぐぞ」

などとちょっと格好つけて言った俺自身が2人に追いつけない事態に赤面するばかりだ。


「シンジ!速く速く!」


走ってる途中に話しかけられても呼吸をするので精一杯な俺はまともに返事もできない。


「皆さんまだいらっしゃると良いのですが。」


石畳で舗装されているとはいえ、全速力で山登りをしている状態なのに涼しい顔をしている2人を追いかけながら、ようやく二段目の街の門までやって来た。


ポケットから取り出したギルドの会員証を守衛に見せながら、馬車通行用の大きな門を通過する。


「おーいシンジ君、こっちこっち!飛び乗って!」


すれ違うように走ってきた複数の馬車や竜車の一つからエリスの声がしたので見てみれば、御者台で手綱を握る女性の肩に手をかけて、身を乗り出して手を振るエリスの姿が確認できた。


十数メートル先にいるクーとシャルロットがエリスの竜車の後ろから難なく乗り込んでいく。


嫌な予感がしたが、御者台から飛び込むという発想が浮かんだ時には既に遅く、全力で反転してエリスの竜車の後ろにつく。


思っていたより竜車が速い。


というか、俺が追いつけそうで追いつけないギリギリの速度にわざと設定してるんじゃないか?


クーとシャルロットが伸ばした手まであと数センチ。

だけどもう、無理……


最後の力を振り絞り、俺は目の前に伸ばされた手を掴もうと全力でダイブした。


結果、俺の手は空を掴み、石畳に顔面を強打。


それだけに留まるわけもなく、後ろを走っていた竜車を引くドラゴンの頭突きで体がふわりと宙に浮く。


薄らと見えた御者台で手綱を握る鎧姿の女性が大きく目を見開き、身を屈めて俺の体を避ける。


俺の体は吸い込まれるように幌の中に入り、その勢いのまま荷台の後方までバウンドしていく。


上下左右から襲う痛みの中、俺の体を何かが捕まえた。


しかし、俺を止めてくれたものを確認する間もなく俺の意識の糸はプツリと切れた。


◇◆◇◆◇◆◇


ガタゴトと揺れる竜車の振動を心地よく感じるふわふわとした感覚に包まれながら、俺の意識がぼんやりと浮上してくる。


「それにしても起きないね。」


「団長の魔法で傷は治ってるし、息もあるんだからそのうち起きるでしょ。」


「実はもう既に起きてたりして……?」


「えーやだー!もしそうなら本当にキモいから試してみてよ!団長可哀想。」


「スミカさん、例のアレ、お願いしやす!」


「ええ……これやったら誰でも起きるんじゃないかい?」


メゴッ


額が爆発するかのような衝撃で意識が完全に覚醒した。


「っ()え!?」

文字通り跳ね起きる。

頭からいろいろ飛び出るかと思った!


激痛の残滓を揉み消すように頭に手を当てて周りを確認すると、鎧姿の女性達が5人集まって俺を取り囲んでいた。その中にスミカの姿もある。


何が起きた?なんだ?どうして囲まれている?


「おはよう、レラさん。」


状況が上手く飲み込めていない俺に対して後ろから聞いたことのある声が届く。

バッと振り向くと真後ろでクリスティーナがこちらを向いて正座していた。


「お、おはよう……ございます。」


ん?この構図はもしかして膝枕なのでは!?


くそう、膝枕をしてもらっているのが分かっていればもっとなんかこう……楽しんだのに!


「ところで団長、この人と知り合いなの?」


取り囲む女性のうちの一人が疑問を口に出した。


「あれ?言ってなかったかしら?今朝、特殊勤務員として我が団に加入する事が決まったレラさんよ。」


突然の紹介行事に「あ、どうも」というどうしようもない挨拶をしてしまったが、周りの視線がおかしい。


怪訝そうな顔の女性達に囲まれながら、理由を考えているとクリスティーナから正答が出された。


「あの、レラさん、もとの姿に戻って貰ってもいい?」


なるほど、男の姿だから皆汚物を見るような目で俺を眺めているのか。

それにしても本当に凄い顔で見てくるなこいつら。


仕方なく、クリスティーナの要求通りに姿を変えるためにヘアピンを付ける。


慣れそうで慣れない例のむずむずとした感覚を我慢して目を開くと、周りの女性達の顔が一変していた。


「うわー、こりゃびっくりだ……」「え、すごーい!ちっちゃくて可愛い〜!」「でも出るとこ出てるな。」「カーディラってやつじゃない?」「それ本当(マジ)?めっちゃ珍しい種族じゃん!」「ねえねえ、貴女カーディラなの?」


周りの女性が口々にバラバラの内容で声を出すので、聖徳太子じゃない俺は反応できなくなる。


「男は背が高く筋骨隆々で、女は背が低くて胸と尻が大きい。加えて男女問わず顔が良い。そんな種族だよ。」


へえ……ああ……それでこの体がそのカーディラとかいう種族だと思われたんだな。


それ褒められてるんじゃね?


「でもなんで珍しい種族なんですか?」


「そりゃアンタ、肉体労働向きの身体した種族に首輪引っ掛けて死ぬまでこき使うなんてのは誰でも思いつくだろう?実際、過去にカーディラ狩りなんてのがあったらしいからね。今じゃ廃人か骨しか見つからないよ。」


ああ確かに、人権とかの概念無さそうだもんなこの世界。


奴隷がいて当たり前。第一、俺のもといた世界でも奴隷まがいのシステムは俺の目につかなかっただけでどこにでもあったのかもしれないが……


「奴隷契約……なんでそんなものがあるんですかね……」


「ずっと昔の人も、他人を支配したいと思って居たんでしょうね。現代に残る希少な魔術式の一つだと言われてるわ、未解明な部分が多くて、解読の最中にうっかり危険な魔術を発動させると危険だからって研究が進まないのよ。」


確かに。主人の死亡と共に奴隷も死亡するなんていうふざけた呪いが掛かってるから俺もドラゴン討伐作戦の参加を志願した訳だが……


あれ?


「解読が進んでないのになんでドラゴンの爪で解呪出来るんですか?」


「正確には解呪している訳では無いの。レラさんは鬱病の薬がドラゴンの爪の粉末だって事は知ってる?」


この前エリスから聞いたが、もしかして初耳のフリをした方が良いだろうか?


俺の沈黙をどう捉えたのか知らないが、クリスティーナが話を続ける。


「ドラゴンの爪には、生きる気力を引き上げる力があるの。通常なら気持ちが昂りすぎて死に至る量の躁化薬を首輪を外す時に服用することで、首輪のマイナスと爪のプラスがちょうど良く打ち消し合って、安全になるらしいわ。」


え、なにその荒療治……一か八かの賭けじゃね?


「ん?それならドラゴンの爪を集めて解読作業を続ければ良いんじゃないですか?」


「必ずしも気力死するとは限らないのよね、魔力死、精神死、体力死。少なくともこれらを避けるための策を練らきゃいけないし、そんな奴隷解放の主要アイテムをほいほい買えるほど大きな富を持つ国なんて世界のどこを探してもないわ。」


体力死?魔力死?えっ、ドラゴンの爪は気力死とやらの対抗策なの?


「無知なので教えて頂きたいんですが、その、奴隷解放のアイテムって、何が必要なんですか?」


この世界の最低額貨幣で計算するとして、マリアさんの話では奴隷解放の術式に使う素材を購入するために1回分6億枚。10万枚に相当する最高額貨幣でも6000枚。


ドラゴンの爪単品で6億なんて金額に到達するとは思えなかったが、他にも超高額アイテムが必要なら理解できる。


「ドラゴンの爪、大魔術師の魔力結晶、上級ゴーレムの未支配核、巨大生物のせっ……せいえき……袋。その他諸々……です。」


「へ、へぇ〜……」

今、素面の女性が口にするのが大変に問題な単語が出たよな?聞き間違いじゃないよな!?精液袋っていったな!?胃液袋じゃなくて精液袋って言ったよなクリスティーナ!?なんだ?胸が高鳴る、この感情はなんだ!わかった羞恥だ!やばい!自分で考えるだけで恥ずかしいぞ、いやまて俺は男だ。なんでそんな、恥ずかしがる必要なんてない!無いぞ!?


「せ、精液袋……?」

うっわあ、口に出すとすっげえ恥ずかしい……いやまあ恥ずかしくない単語でもないが、それにしても男の体の時となんかこう、違う気がする。って言い訳をすると女体化してるのが原因ってことになるが、そうだな、心が体に影響されてる可能性だって無くはないよな……仕方ない、仕方ないんだ。


「魔物と違って子供を作る生物の肉体はそれはそれは身体に良いと聞くわ。その中でもその、えと、それが一番効果が高いから素材として選ばれてるのね。」


ん……?


「魔物って子供作らないんですか?え、どうやって増えて……?」


俺が喋っている最中に周りの皆の視線が「何言ってんだコイツ」とか「そんなことも知らないの?」みたいなものに変わっていくような気がして言葉尻が弱くなってしまった。


「えっと……その、アタシでよければいろいろ教えるよ……?」


ポリポリと頬を掻きながら助け舟を出してくれたスミカによる、ドラゴン討伐前の常識講座が始まった。


◇◆◇◆◇◆◇


「休み無しで移動ってどういう事だよ……」


はじめて握った手綱を握り直し、前を走る竜車を眺める。俺の乗る竜車を引く四足歩行のドラゴンは、特に指示をするまでもなく黙々と前の竜車を追いかけていた。


昼から夕方にかけて諸事情によりひたすら寝ていた俺はバーボン考案元気ジュースのおかげもあるのか目が冴えていたため、騎士団の皆が交代でやる予定だったという夜間の御者を代わったのだった。


「それにしても、大変だったな……」


白い月と紅い月が浮かぶ白み始めた空を眺めながら、再度、自分が異世界に来たのだと思いを馳せる。


占い師に会って死んだあの日からおよそ1週間。


たったの1週間か。


いろんな事があった、そりゃもう濃密に。


初めて奴隷を持って、女の体になって、日本人に会って感動した、魔法撃たれて、武器握って、牢屋で一晩過ごした、この手で人を弔った。


そして今日、初めての狩りを経験する。


そうそう、短い時間ではあったが、スミカに教えてもらった内容をおさらいしなければ。


この世界では4つの"場所"が分けられている。

一つ、知的生物が経済活動による交流や社会集団を形成する"国家"。

一つ、強い生物か魔物が支配する弱肉強食の"縄張"。

一つ、魔物が蔓延る発生原因不明の"異空間(ダンジョン)"。

一つ、生物が無意識に放出した魔力によって魔物が自然発生する"道"。


ドラゴンが住む山は異空間ではないため、これから向かうのは縄張ということになる。


こういった地域は強い生物の縄張り意識によって、一定以上の強さを持つ生物が駆逐されるため、草食動物などの基本的に無害な生物や魔物がたくさん存在する場合が多い。


とはいえ、トップの強い生き物が駆逐する相手の強さは個体差があるので、人間の手に余るような魔物がたくさんいる可能性もある。


特にドラゴンなどは、それ自身が相当な強さであるため、弱小はもちろん中級や上級モンスターも放置している可能性があるという。


そうなると逆に気になるのが、力によってある程度の生態系を維持している縄張のトップを倒して良いのかという疑問だが、弱肉強食の縄張においては、トップの生物もいつか老いてその地位と命を失うのでいつ倒しても問題ないらしい。


今回は、何日か前の二段目の街における火災を引き起こしたドラゴンの討伐が目的だ。


あの時門番をしていた誰かさんはただの火災だと誤魔化したが、今度会ったら問い詰めてやろう。


「ふあっ……あぁ〜……」

流石に一晩中起きていればバーボンのドリンクも効果切れのようで、思い出したように強い眠気が襲ってきた。


「おはようレラ。あ、今はシンジか。」


御者が交代も無しに寝るわけにはいかない、としょぼつく瞳を擦った所で後ろからスミカに声を掛けられた。


「おはようございます、スミカさん。」


「あんたは」


あ、アカン、スミカの顔見たら眠気で何が何だか分からなくなってきた……


「まだ……く着きそうに……アタシが……から寝る……」


…………。

次はドラゴンの巣ですかね。


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