シャルロットと身辺整理
辿りついたのはシャルロットと老人の住む家だった。
中に入ると、老人の部屋の扉から鎖がすり抜けて延びている様子からシャルロットが中にいるのが確認できる。
恐る恐る扉を開けると、昨日と変わらずベッドに横たわったままの老人と、その横でへたり込み項垂れている人物の姿があった。
鎖がその人物に伸びている事から相手がシャルロットであることは分かるのだが。
「シャルロット?」
俺の声に反応し、ゆっくりとこちらにシャルロットが振り返る。
その姿に昨日までの覇気はなく、"何か"が起きたことは容易に想像できた。
「……。」
返事はない。
静寂の中で気がついたことが一つ。
彼の垂れた犬耳の先の方が白く変色している事だ。
「シャルロット、何があったんだ?」
ぺたんと座り込んだシャルロットは、呆然とこちらを見つめたまま、一筋の涙を流した。
なんだ、何が起きた。なんで俺を見て泣く!?
内心で焦る俺に対して、シャルロットは震える声で訊ねた。
「ボクは、シャルロットって名前なの?」
◇◆◇◆◇◆◇
シャルロットは、生まれてからここまでの記憶の殆どを失っていた。
逆に覚えていることといえば、自分が生きる中でこのボロ家を生活の拠点にしていたことくらいのもの。
ふと気が付けばここにいたと言うシャルロットは、目の前で息を引き取っている見知らぬ老人の姿を見て沸き起こった感情に打ちのめされ動けなくなっていたという。
ひとまず俺の知りうる限りの2人の情報をシャルロットに教えた。
「この人を見て胸が苦しくなった理由が分かって良かった。お爺さん、ここまで育ててくれてありがとう。忘れてしまってごめんなさい。」
老人の手をシャルロットが労るように掴む。
「……?」
手を覆った直後、シャルロットは小さく声を漏らすと老人の手の内からくしゃくしゃになった封筒を抜き取り俺に渡してきた。
封筒の表には何かの文字が記されていて、中には指輪と思われる硬いものが入っている。
「シャルロットはこれ読めるか?」
ふるふると首を横に振る。
シャルロットに無理ならこの場に読める人間は居ないことになる、ならまずはこの遺書の解読が優先だ。
老人の弔いよりも優先して手紙が読める人間の元に行くことをシャルロットに伝え、俺達はバーボンの元へと急いだ。
◇◆◇◆◇◆◇
手紙の内容としては、この手紙を見つけたシャルロットが最初に頼った人間にシャルロットの世話を頼みたいという事、同封した指輪と、戸棚の中のマントを然るべき場所で売り払えば金になるからそれを依頼金代わりにして欲しいということ。加えて月の杯に関する情報が書かれていた。
「お前がシャルロットって娘だな?」
娘……?
「あ、あの、ボクはこれからどうなるの?」
娘でいいのか!?
驚愕が表に出てしまったのか、バーボンがシャルロットの返事を聞くと顔を顰めてこちらをチラリと見た。
しかし少し訝しむような表情をすると、間を開けずに続きを話す。
「この手紙によれば、お前の今後については隣のシンジって男に一任される。あとはそっちで勝手にやれ。」
バーボンはそう言うとすぐに俺達の前を離れ、他の誰かのための料理を作り始めてしまった。
「シャルロット、一つ確認していいか?」
「何かな?」
「女の子だったの?」
「う、うん……ボクの認識が合ってれば……」
マジか、それはやば……くないな。大丈夫、男だと思ってたけどそこまで変なことはしてないぞ。一緒に寝たけどそれはクーも一緒だし、襲いかかったわけでもなし。やましいことは何も無い。だから別にこの原因不明の罪悪感に惑わされる必要は無……でも始めて遭遇した時に思いっきり腕を握ったよな、あれはアウトじゃないよな、だって窃盗の現行犯だもんな、大丈夫、問題ない。
「……よし。」
「何がよしなんですかシンジさん?」
振り向けばクーが笑みを浮かべていた、なんか怖い……
「あ、いや、これはあれだ、爺さんの遺言を呑む覚悟を決めたというか、爺さんの弔いをするための気合い入れというか。」
「むう……嘘はいけませんよ?」
ぷうと頬を膨らませてはいるが、俺が誤魔化しているという確証は無いらしく、やや困り顔だ。
とはいえ、奴隷契約用の首輪になってしまった以上はシャルロットの世話をしなければならないのは確実だし、身寄りの無さそうな老人の弔いをやらなければならないと思っているのも嘘ではない。
「バーボンさん、この国では遺体をどう処理するんですか?埋葬場所もそうなんすけど土葬か火葬かも分からないんで教えて欲しいんですけど。」
「燃える物が周りにない場所に遺体を置いて、葬儀屋で買える"燃し粉"をかけて火をつければどっかの骨が残る。それを好きなところに埋めればいい。葬儀屋は二段目の街の娯楽区画のはずれにあったはずだ。」
調理の手は止めずに淡々と返事をしたバーボンに礼を告げて席を離れた。
◇◆◇◆◇◆◇
休み少なく歩き回って時は既に夕暮れ、娼館や賭博場の集まる娯楽区画にやってきた俺達は、葬儀屋が見つからずに迷っている中、小さな古びた店の窓口で誰かと会話をしているマリアさんを発見した。
声を掛けるかどうか迷いながらマリアさんに近づいていくと、俺達に気がついた彼女の方から手招きされる。
「おやおや、これはまた禍々しいお兄さんですねぇ。」
店に接近した俺に対して、マリアさんと話していた糸目で金毛のケモノ耳が頭についた男性店員がそんな事を言ってくる。
一体なにが禍々しいというのか、こんなにピュアな男子高校生らしい……シモの話だろうか?
「ああ、失礼しました、私ここで"器換え"をさせて頂いているガナッシュと申します。以後お見知りおきを。」
わざわざ自己紹介をしてきたので敢えて質問してみよう。
「器換えってなんですか?」
「私は人それぞれが持つ本来目には見えない、人の限界を決める様々な容器を別のものと取り換える事を生業としているため、器換えと名乗っております。マリアさんが物にかかった呪いを他の物に移すのと同じように、私はその人が持っている制限を替えることができるのです。ご理解頂けましたか?」
「随分インチキ臭いですけど……それじゃあ俺の器を、例えば悪運の溜まる器を替えたりとかも出来るんですか?」
禍々しいなどと言った仕返しをしつつ訊いてみると、男は何とも不快なクククという笑い方をして俺を手招きした。
「それでは、体験という事で、貴方には特別に一組交換して差し上げましょう。両手を掌を上にして出してください。はいどうも、それでは……貴方の右手に呼び出した精力の器と、左手に呼び出した不運の器を入れ替えます。」
そう説明してから男が俺の両手に手を翳すと、突如として左右で異なる容器が透明な液体入りで現れた。
まて、性欲の器って言ったかコイツ?なんでそんなもんを入れ替え……ああなるほど、女の子を引き連れて娯楽区画を歩いてりゃナンパ男に見えなくもないだろう、なるほど?
いやいや、何納得してるんだよ俺、どう見ても左右の容器のサイズ差おかしいだろ!
左手は8割ほど水が入った熱帯魚を入れる水槽並みに大きなもの、右手はなみなみと液体が溜まったシャーレだった。
現れた器に手を潰すほどの重みが無いことが救いだが、左手に現れた器を見て表情に一瞬だけ戸惑いの色を見せたガナッシュという男は、掛け声と共に器を抱え込み歯を食いしばって移動させた。
不運がシャーレ級になって欲しいという思いと、もう片方への不安が拮抗していたため止めずに見守ってしまった。
「さて、これで完了です。何か変わった感じ、あるんじゃないですか?」
ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべるガナッシュ。
「何も感じないです。」
正直に答えると途端にガナッシュが焦り始めた。
「そんな筈は……何でもいいのです、感じないですか?小さなことで、体が軽いとか気分が明るくなったとか良い事ありそうな気がするとか。」
「いや全く。」
「がーん」なんて実際に口にする人間がいるとは思わなかったが、こっちの世界でもその表現するんだな……冗談っぽいけど。
まあ実際に効果があったらあったで、俺の幸運がただ俺に幸せを運ぶものになってくれるのならこれ程嬉しいこともない。
一応の感謝と後日変化があれば感想を言いに来る旨を伝えて、葬儀屋の位置を聞きその場を離れた。
◇◆◇◆◇◆◇
両手で燃し粉を抱えながら、俺の服の裾を掴みながらシャルロットと手を繋いで歩くクーと他愛もない会話を続ける。
燃し粉は米の直接販売みたいな量り売りで
必要量によって入れる袋の大きさと値段が異なり、子供用、大人用、太った大人用の3種類。
その大人用の袋を抱えながら、日沈後で一段目の街と違って漏れてくる明かりがないスラムの道に差し掛かる。
「それにしても、この辺りになると夜は暗くて殆ど何も見えないな。」
「そうですか?」
「けっこう明るいと思うけど……」
悲しいかな、これが出身の差という奴か……
確かに月も2つ出ているし、星も空で煌めいているから見る者が見ればこの程度の闇は見えるのかもしれない。
「ごめん、今日はやめとこう。」
「どうしてですか?」
そりゃあこんな夜中にお爺さんの死体とか見たくないじゃないか怖いよクーさん……
と言うのは簡単だが、自分より年下の少女相手にそう易々と口にしていい言葉でも無いよなあ……
そもそも俺は見えないからいいとしても、今の時間だと室内の死体を外に運び出すのはおそらくクーとシャルロットに頼むことになる。
であればこんな暗い中で恐怖体験をするのは2人だ。
2人とも死体を見るのが怖いっていう概念が存在しない可能性はあるが、俺の精神衛生上問題がある。
「どうせ爺さんの身辺整理をする時間も必要になるから、明日の朝に早く起きて作業しにこよう。今から始めたら飯食う時間も無くなる。」
俺のビビりがバレていないか反応を窺う。
「私はシンジさんの仰せのままに動きますよ!」
ふんすふんす。といった様子のクー。
「ボクも大丈夫。というか、シンジ何か怖がってる?」
看破するシャルロット。
「はあ!?いや、別に何も怖いとか無いから、あったとしても明日のドラゴン討伐依頼に間に合うかなとかそういうのだから!」
「じーっ」
彼女のジト目は判断中の意味か、はたまたそんな嘘では誤魔化されないぞという脅しか。
「うーん、そういう怖さなのかなあ……」
前者だったようだ。
◇◆◇◆◇◆
スラムの入口辺りで踵を返し、マリアさんの家の部屋を借りて一泊。
アルバイトについてはクーに頑張ってもらうことにして、俺とシャルロットで老人宅へと向かった。
「あとはこれをかけるだけだな。」
弔いの為に燃し粉を使うので、老人を寝床ごとボロ家の裏庭に運び出して粉を掛けていく。
痩けた頬、ポッカリと空いた口、骨ばった腕と足。
灰色の粉に覆われた老人の亡骸に、魔法で火を点ける。
小さな火種で点いた青い焔が燃し粉の上を走り全身を一瞬で包み込むと、老人の体はボロボロと崩れるように消えていき、ものの数分でその寝床ごと姿を消した。
あとに残ったのは右足の踵の部分と思われる骨で、これを埋葬地に埋めれば葬儀は終わりだ。
それは後でやればいいかとその場を離れようとした時、シャルロットが俺の服の裾を引っ張った。
「あの、それ貰ってもいいかな?」
特に断る理由もないので言われた通りに手渡すと、シャルロットは祈るようにそれを胸元で握ってから自身のポケットに仕舞う。
「いつか思い出した時に改めてお墓を作りたいんだ。もしかしたらボクとお爺さんの秘密の場所とかもあるかもしれないし。」
伏し目がちにそう言ってからこちらを見て微笑むシャルロットの中に、記憶を失っても存在する老人への思いを垣間見たような気がした。
◇◆◇◆◇◆◇
「めぼしいものはこれだけか。」
老人の家の中を物色して見つけたものは、老人の手紙にあったマントとシャルロットのものと思われる衣服だけだった。
「見て見て!大きさピッタリだよ!」
自分の服なので当たり前ではあるが、着替えをして入ってきたシャルロットは何か珍しい物を見つけたように感動した声を出している。
色褪せたズボンとシャツばかりが入っていたタンスの中で、たった1着だけ異質な存在感を放っていた緑を基調とした色鮮やかなフリル付きのドレスを纏ったシャルロットがクルリと一回転する。
「よく似合ってると思うぞ。」
と素直な気持ちを伝えると、シャルロットは少し恥ずかしそうに笑った。
「ありがと、でもこれ着るのちょっと勿体無いね。あと暑い。」
「さっき見つけたトランクケースに入れておこう。そのうち着る機会もあるだろうし。」
はーいと快活な返事をしてシャルロットがその場で服を脱ぎ始めたので慌てて背を向ける。
「ん?どしたの?何かあった?」
わざわざ片付ける荷物を眺めるふりをして目を逸らしたというのにシャルロットが俺の腋の下から顔を出してきた。
「お前、服着ろ!」
「着てるよお!」
ちゃんと見てよ、などと言うが着ているのは裾丈の短いタンクトップ……キャミソールって名前だったか?とトランクス型のパンツ。
「下着じゃねーか!」
「いいじゃん!暑いんだからさ!」
「暑いからってその格好はやめなさい!」
なんだかんだ言いながらも、結局着替えるために脇の下から頭を引っ込めたシャルロットに安堵し、衣擦れの音に耳を澄ませる。
いや別に下心がある訳じゃない、下手すると着替えずに振り返らせようとするかも知れないし。とにかく、最悪の場合「着替えたよー。」
自分に言い訳をしていたせいで衣擦れの音がしていた時間が長いのか短いのか分からなかったが、きっと着ているだろう。うん、俺はシャルロットを信じているぞ。
恐る恐る振り返る。
「何をそんなに怖がってるのさ。」
腰に手を当てて呆れ顔でこちらを見るシャルロットは色褪せたTシャツと半ズボン姿になっていた。
「べ、別に怖がってないさ……」
「ふーん?そうは見えなかったケド?」
嘘をつきました、実は少し怖いです。
昔からラッキースケベと呼ばれるイベントの経験はあった、もちろんその後の暴力制裁も込みのアレだ。
ビンタや石鹸などが飛んできてクリーンヒットするとかならまだ良いのだが、風に煽られて階段から落下して骨折した時もあれば、口に活きのいい蜂が入ってきて刺された時もあったため、どちらかといえば怖い。
しかもこれの恐ろしい所は完全に運任せ故に、どんなに対策を講じたとしてもどこかで必ず発生するイベントだということだ。
幸いにも、今回は薄着のシャルロットを見てしまったが即座に悪いことは起きていない。床板が抜けて怪我をする、といったことに気をつけておこう。
「逆に考えてみろ?俺みたいな青少年がシャルロットみたいな女の子の薄着姿を見て喜びこそしても怖がるなんて有り得ないさ。」
「じゃあ脱いでもいいよね!」
驚く速度ですっぽんぽん。
膨らみのない胸はまだいい、男のそれだと思えば我慢できる。
しかし股間に男のそれはなく……じゃねえ!何見てんだ俺は!?
ムクムクと膨らんでくるアレを押さえつつ気を散らす。
「ほらやっぱり!怖いんだろ!ほらほら!青少年の大好きな女の子の体だぞお!」
「お、おい!暑いんじゃねえのか!なんでくっついてくる!」
面白がって後ろから抱きついてくるシャルロットの体を意識しないようにひたすらこの後に襲い来るであろう不運が何かを考える。
きっと何か恐ろしい事が待っているはずだ。そういえば昨日の夜に取り替えた不運の器には何かの液体がなみなみと入っていた。あの器が一杯になった時に不運が発動するとしたら……
考えるだけで萎える。
何がとは言わないが。
可能ならあの不運の器で起こる不運が小さいことを祈るばかりだ。
ゴトッと何かが落ちる音と共に、聞き慣れた声がした。
「シンジさん、いったい何を……?」
あ、終わったな……
動きを止めたシャルロットの肩越しに振り向けばいままで何かを持っていて、それを思わず手放してしまったという姿勢で固まるクーが立っていた。
「こ、これは……違うぞクー、勘違いするな、シャルロットが……」
「シンジって女の子の裸が怖いんだって!クーもやってみなよ!面白いよ!」
ほら!などと再び視界を遮った肌色から思わず顔を背けてしまう。
「シャルロットさん!」
おっ、やっぱりクーは察しがいい、もといた世界では問答無用で警察沙汰だが、どうやらクーはシャルロットが俺を嵌めようとしていることを看破したらしい。
「いくら大人しいシンジさんとはいえ誘惑したら襲われちゃいますよ!」
ドタドタと俺の方に近寄って俺をシャルロットから遠ざけてくれたのは嬉しいんですけど、頭をそこまで抱きしめられると俺もそのなんというか男として反応しない訳にはいかなくてですね……
そっと股間を押さえる俺。
クーの体温を直に感じながら、どこかふわっとした感覚が頭を包む。
「えー!?シンジ本気で怖がってるみたいだし大丈夫だよ!ほら!」
背中に衝撃と重さが乗った
「人の嫌がることはしちゃダメなんです!」
「でもシンジみたいな"セーショーネン"はボクみたいな女の子の裸が大好きだってシンジが言ってたもん。」
「それにはシンジさんは含まれないんです!だからシャルロットさんの言ったように怖がって……」
あ……あつい……
部屋に篭った熱気に加えて面前に広がるクーの体温、のしかかるシャルロットの体温、怠った水分補給も相まって、俺の意識はふわりと蒸発した。
閲覧ありがとうございました。




