入団テスト!?
城の中は随分広く、入ってきた時よりも2倍近く長いこと歩いていたような気さえする程に歩き、漸く入口へと戻ってきた。
「んじゃ、アタシがボルザットを懲らしめておくから、アンタ達も変な奴に絡まれないように注意するんだよ?」
スミカがここまで案内する間、数え切れない程にボルザットと接触しかけ、その度に遠回りをさせられたが何事もなくここまでやって来ることができた。
「ここまでありがとうございました、スミカさん。」
「いいっていいって、アンタは被害者なんだからさ、まあ、ここで知り合ったのも何かの縁だ。次に会うことがあったら、どっかご飯でも食べに行こう。」
外はまだ明るくなってきた程度で、市場や商店が開いたりする時間ではなさそうだ。
それではとその場を離れようとした時、後方から声が聞こえてきた。
「おーい、スミカー。こんな時間に何してるんですかー?」
「お、クリスティーナだ。おはよう!」
声をかけてきた主に対して大きな声で挨拶をしたスミカの見る方向を確認すると、
エリスと同じか少し低い程度の背丈で、アルバートが着ていたものによく似た制服を着た綺麗な女性が歩いてきていた。
「綺麗な方ですね……」
クーも同じ感想を抱いたようだ。
「おはようスミカ、こちらの方々はどうされたんですか?」
「ああ、アタシらに興味があるって言うんで知り合いに頼まれて色々案内してたんだ。凄いぞ、気絶しなかった!」
見せてやろうか?などともう1回やられたのではたまらないのでおでこを隠す。
「スミカったら、あれは危ないから入団テストの一環としてって……ああ、テスト中だったのね?なーんだ、それでこんな所で待ってたの。貴女達、名前は?」
あれ、なーんか変な方向に話が進んでないか?
「私はレラ、この子はクーと言います。」
答えてみてからまさかと思うのも馬鹿な話だが……
「そう、レラさんとクーさんね、それじゃあ闘技場に行きましょうか。」
ヤバい、仮入団扱いじゃなくて本格的に入団させられる流れだ!
慌てて隣のスミカを見れば、困ったように申し訳なさそうな表情をしている。
その上で何も言わないということはスミカの力ではこの流れが止められないということだ。
「あ、あの!私実は入団はそんなに考えてなくて!」
「あら?そうなの?でも1回くらい経験して行ったらどう?私がテストしてあげられる子って珍しいから話の種にしてもらってもいいし、大丈夫よ、傷が残るようなレベルではやらないわ、スミカのデコピンで気絶した私よりも強いんだから平気よ!」
マジかよ、あのデコピンで気絶したのに団長やってるってどういう事だよ。
「ちょっと特殊な事情があってね……ごめん、もしかしたら今日は家に返してやれないかもしれないけど、頑張って。」
スミカから小声で応援される。
いやいやいや頑張ってなんとかなるレベルじゃないでしょ!?王城兵士って命を刈り取る専門家なんでしょ!?
「さ、いきましょ!鎧は貸してあげるから大丈夫!」
何も大丈夫ではないが、結局クリスティーナに促されるまま、出てきた王城に引き返すしかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
王城の屋外訓練場。四方を城壁に囲まれた野球場程の広さの、中庭とも言えるような訓練場で女4人が立っていた……俺は元々男だけど。
借りた防具を装着し、クーと並んでクリスティーナと相対する。
「入団テストは簡単、私からの攻撃に耐えるか、私を戦闘不能に追い込むこと。魔法、武器の使用は無制限、時間はスミカが持ってる砂時計が全て落ちるまで。準備はいい?」
準備も何も。
「心の準備が……」
「ふふっ、戦場は待ってくれないわ、スミカ、始めて。」
待った無しかよ!
「では双方武器を構え……」
諦めも肝心だとばかりにこちらに同情の顔をしたスミカに恨みの篭った視線をぶつけ、俺とクーはそれぞれの得物を構える。
クリスティーナが構えているのは護身用とも思える程に小型の十字架型の剣だ。
見た目が小さいから弱いのかといえばそんなことは無いが、テストということでかなり手加減してくれているのだろうか?
「始め!」
スミカの合図でクリスティーナが動いた。
速い!
辛うじて目で追えたクリスティーナの姿は、およそ5メートルは開いていた筈の距離を瞬時に詰めて、腰の高さに構えた剣を振りぬいた。
先ほどと構えていた剣が違う。
剣だと思っていたものは持ち手だったようで、白い十字架から薄らと青い刃が生えて、美しい色ガラスのような刀身はその形をぐにゃりと歪ませる。
走馬灯を見ているような状態で、盾を回り込むように変形した刃が、盾を支える俺の手首を深く切りつける様子がしっかりと見えた。
異物が侵入し不気味な熱感を残して出ていく。
痛みに絶叫するが、手が盾を握ったまま手放せないため、治るまでひたすら耐える。
蒼い軌跡を残して俺の前を通過したクリスティーナは、更にクーへとその刃を向けて踏み込む。
何が起きたのか理解出来ていない様子のクーは、絶叫を聞いて俺の方を見るが、その時既にクリスティーナはクーの懐を斬り抜けて背後に立っていた。
ぐちゅりと繋がった手首の痛みが引き、クーの近くに寄ろうと盾を持ち上げる。
「あれ?確かに切った筈だけど、レラさん凄いね。」
既に試合終了の雰囲気を醸していたクリスティーナが再度剣を構え直した。
再びの急接近、再びの曲斬。
浅い斬撃、切断こそされないが確実に傷を付けられる。しかも今度は1度だけではない。
手首、ふくらはぎ、二の腕、脇腹、顔以外の鎧で覆われていない部分をひたすらに切り込まれる。
斬撃の嵐にひたすら耐えていると、不意に痛みの追加が無くなった。
力が抜けて倒れそうになる所を盾に掴まって必死に留まる。
痛みが無くなってきた所で、霞む視界と頭を使って何が起きたのか探る。
原因は直ぐにわかった。
クーだ。
ギルドの試験の時と同じように金色に輝く瞳と、あの時とは違う黒い瞳で、鬼の形相と表現するべき恐ろしい表情をしながら俺と俺のすぐ隣にいるクリスティーナを見ている。
またあの時と同じ、焦燥に似た感情が湧き上がる。
止めなきゃ……
しかし血液を大量に失い、まだ回復していない体にはうまく力が入らず、足をもつれさせて転んでしまう。
ひどい睡魔と倦怠感がたちまちのうちに身体を包み、闇へと意識を引きずり込もうとするが、こんな所で寝るわけにはいかないという気持ちが必死で抵抗している。
動かせない体に変わって、声だけでもとクーの方を見るが、荒く息をするのが精一杯でクーの名前すら満足に呼べない。
そんな時に、クリスティーナが動いた。
彼女の瞳は通った場所に軌跡を残すかのように輝く金色に変わり表情に先程までの余裕はなく、その一太刀はクーの首すじを見事に捉えた。
と思われたその瞬間、クーの持つ剣が閃き、蒼い曲刃を粉砕する。
「速い!?」
クリスティーナの驚く声が聞こえた。
無感情な顔でクリスティーナを見つめるクーの側からぴょんぴょんと後退してきたクリスティーナが更に声を発した。
「スミカ、レラちゃんを後退させて。」
その言葉の後すぐに、俺の体が誰かに持ち上げられたが、俺が無意識に盾を固く握りしめているせいで引きはがす事に失敗したようだ。
「レラ、盾を離して。」
逼迫したスミカの声に応じるように俺の手から力が抜ける。
クーとクリスティーナの戦闘範囲からそれなりの距離をとったが、その間2人に動きは無かった。
不気味な静寂が続く中、動いたのはクリスティーナだった。
残像すら見えそうな程の高速でクーの周りを跳ね回り、神速の太刀を連続して放っている。
だがその悉くをクーは的確に破砕していった。
クーが1人でダンスを踊るかのようにクルクルと回りながらその白い剣を振ると、蒼い刃が破壊されキラキラと光を反射する粉塵へと変化するので、その姿はまるで湖面を背景に舞うバレリーナのようだ。
クリスティーナの動きを目で追っている訳ではないクーがなぜ背後からの攻撃にも対応しているのか疑問だが、とにかくクリスティーナの攻撃は全て無効化されている。
そして突然、クリスティーナが動きを止めて姿を見せた。
「っ痛。」
見れば、頬に一筋の紅が走っている。
「あら、結構本気だったのに、クーさんはなかなか強いですね。では私も怪我させるつもりでいきます!」
あれ?俺のは怪我じゃないの?
体が漸く本調子に戻ってきたためか、不要な事まで考えられるようになってきた。
スミカに支えて貰った事の感謝を伝えて1人で立つ。
特に問題は無さそうだ。切られた場所も何事も無かったかのように動く。
剣を構える2人の方で、次に動いたのはクーだった。
クリスティーナのそれに匹敵するのではないかという速度で駆け寄ると、正面から連続で打ち込み始めた。
強度が足りないためか、クリスティーナの剣は一撃を受ける度に破砕と修復を繰り返しているが、クーの剣の勢いを殺しきれないのか修復が間に合わないのか、後退を余儀なくされていた。
よく見ればクリスティーナの体に小さな傷が増えている。
その様子を俺が確認した直後、クリスティーナが後方に跳んだ。
「【魔女の磔刑】!」
日本語が出てきたこともそうだが、クーの体を貫くように蒼い棘が大量に発生し、身体を固定しながら大きくなっていく様子に驚く。
その様子を見つめ、ほっと一息ついたクリスティーナはへにゃりと腰を抜かしたように座り込み、自らの傷の手当をしながら口を開く。
「クーさんって結構魔力があるんですね、今回は有難い事ですが……何です?」
クリスティーナの言葉でクーの方を見れば、俯いた彼女の口がぱくぱくと動いていた。
何を言っているのか聞こえないが、ぞわぞわとした悪寒が背筋を駆け抜ける。
クーの持つ剣が青白く輝き始めた。
まずい、理由は特にないが、絶対にヤバい事が起きると確信できる。
へたりこんだクリスティーナは動かない。というか、動けなくなっているのだろうか?自らの傷に対して、掌の表面に集まった柔らかな光をかざしている。
俺に何か出来ることは……
地に突き刺さったままの盾が目に入り、行動を起こす。
盾を取るために駆け出して気がついた。
鎧が重い。胸も重い。その上歩幅が短い。
マリアさんの店で買った防具のお陰で走りは軽快だが、邪魔なものを無くせばもっと速くなれる。
鎧の結び紐を外し、脱ぎ捨てる。
鎧さえ無ければ、男に戻っても大丈夫だろう。
後頭部についた髪留めを髪ごと引き抜くように取り外す。
直後、全身を虫が這うような感触が襲うが、そんなことに構っていられない、クーの持つ剣の輝きは明らかに臨界へ達している。
盾を掴み、より近くにいるクリスティーナの所に向けて駆ける。
ガラスが割れるような大きな音をたててクーの体を固定していた青い棘が砕け散った。
支えを失いよろめいたものの、すぐにゆらりと姿勢を戻したクーが剣をクリスティーナの方に伸ばし、剣がその刀身全体に纏った輝きはその切っ先へと集まっていく。
「そんな……」
呟きを漏らし、驚きと絶望の表情でクーの方を見つめていたクリスティーナの前に到着し、クーに向けて盾を構える。
直後、クーの剣から高速で光球が射出されると同時に頭の中に一つの呪文が浮かび、迷わずそれを口にする。
「【なんで俺がこんな目に】!」
唱えると同時に盾は、サングラスのような半透明の黒い物質でその面積を急激に広げ、半径5メートル程の四半球形の壁へと変貌する。
黒壁に蜘蛛の巣のように赤い閃光が走った直後、クーの放った光球が直撃した。
バキバキという木の折れるような音を立てて、黒壁の半透明な部分に何かが張り付き、広がっていく。
それが何なのかはすぐに分かった。
壁の端まで届いた後、その先に氷の結晶がまるで水晶の原石のように伸びていく。
バキバキという音はこの氷晶が形成される時に発されていたらしく、その成長が止まると同時に音もやんだ。
後ろを振り返る。
驚きと、恐怖と安心と……他にも色々なものがごちゃ混ぜになって、結局慌てたような表情をしているクリスティーナの姿がそこにあった。
「怪我はないか?」
声を掛けると、クリスティーナの瞳が金色から緑がかった青色に戻り……
「はひ……」
と小さく声を漏らして、ぱたりと倒れた。
「お、おい、しっかりしろ。」
盾を手放し、クリスティーナのもとに駆け寄ると、スミカも寄ってきた。
「レラ、アンタは連れの所に行きな。あの子も倒れてる。」
言葉を聞き、クーのもとに急ぐと、普段から色白のクーが更に白い顔をして倒れている。
「クー、しっかりしろ、大丈夫か?」
声を掛けると薄らと目を開け、微笑む。
しかしすぐに寝入るように目を閉じてしまった。
脈と呼吸から一応の無事は確認出来るが、体についた傷が多い。
「レラ!その子を連れて付いてきて!」
クリスティーナを担いだスミカがこちらに叫んだ。
傍らの白い剣を回収し、クーをどうにか背中に乗せる。
クーの体は軽く、柔らかで、それでいてやはり女の子だった。
女の子だったじゃねえよ何を考えてるんだ俺は。
やめろ、煩悩退散、カムバック真心……
ふにふにと背中に当たる感触に心乱されながら、俺は急いでスミカの後を追うのだった。
暫く間が開きそうですが、なるべく早く投稿できるように頑張ります。
閲覧ありがとうございました。
次回もどうぞよろしくお願いします。




