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幸運な俺と悪魔憑きの乙女  作者: 双さん
19/36

はじめてのクエスト

「やめろ!爺ちゃんを連れていくなら……ボクが代わりに行く!」


昼下がりのスラム街のとあるボロ家の中で犬耳少年が吠えた。


俺の手元には月の杯。

見る角度によって金属光沢のある赤色と黄色がゆらゆらと杯の柄を変えていく様は、まるで月の満ち欠けの如く美しい。


15年前に王城から盗まれ、それからずっとこのスラム街のボロ家で雑に捨て置かれていた品物だったが、その輝きには未だ一片の曇りもない。


「シャルロットだっけ?キミがいいなら代わりになってもらうのは構わないけど……」


沈黙した犬耳少年シャルロットに対して、ギルドから借りてきた捕縛用の首輪を装着する。


「ま、待つれくえ(まってくれ)……」


首輪を嵌めた直後、粗末な寝床に横になった老人が声を発した。


「爺ちゃん、ボクなら平気だよ、すぐに帰ってくるから待ってて。御飯の準備は出来てるからちゃんと食べてね?」


それに対して、優しい声色でシャルロットが話しかける。

この線の細い少年は、昼間に俺とぶつかり、写真を撮っておいた彼だ。どうやらこの老人の前ではボクという一人称らしい


ケホケホと軽い咳が続く老人を捨て置くのは気が引けるものの、話によれば、この老人こそが噂の大泥棒らしい。

決して捕まらない幸運は、この老人にこんな所で代償を求めてきたということだろう。


だからといって、ここで情けをかける必要は無い。依頼主には情状酌量の余地がある旨を伝えるつもりだが、罪の清算はしなければならないのだ。

クーに頼んで持ってきてもらった料理の乗ったお盆を老人の枕元に起き、シャルロットと共に家を出る。


◇◆◇◆◇◆◇


ギルドでの遅めの朝食の後に魔力テストを行ったが、俺の魔力は再び測定不能という結果に終わった。

もちろん例の石が今回も粉々に砕け散ったからだ。

これには流石のバーボンも唖然とした様子で、別の試験方法を用意しておくと伝えられた。


試験石が砕ける原因は不明で、初回は石の耐久性が無くなったからだと考えられたが、それにしても不自然な壊れ方だったはずだ。

という訳で検査は再びの延期。


その後マリア武具店で購入したものを着込み、白い剣を振り回すクーを横目に、回復魔法の使い方についてバーボンから教えて貰った。


切り傷擦り傷を初めとして、打撲や骨折なども治せる回復魔法は、魔法適正の高い人間が使えば、身体鈍化魔法や麻痺毒、ひいては致死毒なども力業で解毒可能だという。


つまりデバフ解除系は回復系とは別の魔法系統だという事だ。


この世界では7系統の魔法に禁忌系統を加えた8魔法が体系化された魔法で、その際に重要となる魔法適正と呼ばれるものは3種類の個人差がある能力の総称だという。


どれだけ難しい魔法が使えるか、どれだけ強く魔法を使えるか、どれだけ長く魔法を使えるか。

パワー、スタミナ、テクニック、と分類される3種だが、魔力という言葉が指すのは主にスタミナで、場合によってパワーの方も指すというからなんとも広義的だ。


一通りの説明を聞いた後は大泥棒捜索のために使う予定の道具を借りて、クーと2人で捜索に出発した。

昼前に出発して、スラム街に到着するまでには陽が傾きかけていた。

さて、聞き込みをしようかなどと考えていた所で、朝のスリ少年を発見、追跡し、ボロ家の中に入っていった所で家に突入した。


廊下の片隅に転がっていた杯に異様なものを感じ、拾い上げて見れば、それが埃を被った月の杯で、奥に進むと、一つだけ扉の閉まった部屋の中に、少年は佇んでいた。

逃げられるかもという心配も無くはなかったが、少年は粗末な寝床に横になっている老人の側で、こちらに敵意を向けて動かなかった。


月の杯の盗まれた時期はおよそ15年前、獣人ということで、少年が外見以上に年齢を重ねている可能性も考えていたが、様子を見る限りどちらかと言えば寝込んでいる老人の方が大泥棒なのだろうなと予想するのは簡単だった。


風邪なのかと問えば、発熱と咳に加えて、全身の痛み、味覚の変化などの症状があるらしく、どうやらインフルエンザか何かの様なのだが、期間は1年近くと長い。

医学の知識はないが、小さい頃に骨折で入院した際に対面のベッドにいた、肺癌の末期だという老人の姿が思い浮かんだ。


転移に転移を重ね、もはや動くこともままならない状態なのにひどく頑固なお爺さんだったため、景色の綺麗な俺の部屋の窓際のベッドに居たらしいが、心電計が長い音を立てた夜にどこかに搬送されてから居なくなった。

その時の姿とよく似ている。


目の前の老人は呂律が回らず、目も見えていないようだ。

想像通りならば、老人は癌の末期患者だ。

この世界ではどう足掻いても助かることはない。


クーと少年を部屋から出し、老人に事情聴取をすると、老人は咳き込みながらも、自らの過去を語った。


泥棒生活をしていた若き日の彼は15年前のある日、認識阻害の魔法が使われたマントとともに捨て置かれた赤ん坊のシャルロットを発見したという。

認識阻害のマントの力を試すため、そして新たな命を繋ぐための資金を得るために、彼は王城に忍び込み多額の財を盗んだ。

しかし財宝を売ろうにも、盗品としては余りに稀有で買い取られないものも多く、足が付くことを恐れた彼は貨幣以外の宝物の殆どを破棄した。


盗みの傍らにシャルロットを育てていると、いつの間にかシャルロットもスリや空き巣を始めてしまい。良くない事だというのは理解していたが、そうでもしないと生きていけないことは自らの人生が語っているため止めることも出来なかった。


そうして半年前、どうしようもなく動けなくなってしまった老人を看病しながら、盗みの成果を報告してくるシャルロットに、逞しく育ってくれた喜びと、道を踏み外させてしまった後悔を感じているという。

そこまで聞いて、シャルロットとクーが部屋に帰ってきた。


「ひとまず、お爺さんはこの杯を盗んだこと、他にも色々な場所から金品を盗った事を認めているから。こんな状態ではあるけど連行させてもらう。」


「やめろ!爺ちゃんを連れていくなら……ボクが代わりに行く!」


◇◆◇◆◇◆◇


夕暮れ時、城周りの砦前。


「月の杯とその盗人を捕まえてきました。」

「何だって?」

「冒険者ギルドの者です。月の杯とその盗人を捕まえてきました。」


砦前に佇む守衛は「なんだこいつら……」って表情(カオ)だけじゃなくて言うのかよ。

冒険者ギルドの人間だということは理解してもらえたようだが、訝しむ顔は変わらない。


「確認するので暫し待て。」

そう言って守衛の2人のうちの片割れが砦の中に入っていった。


クエストの有効期限でもあったのだろうか?エリスの話では特にそれらしいことは言っていなかったと思うが……


鎖に繋がれたシャルロットを見れば、老人の前での威勢はどこへやら、俯いて一言も口を開かない。

クーも手持ち無沙汰に地面を蹴っているが、こちらの視線に気がつくと何かを誤魔化すように微笑んだ。


兵士が入って行ったあと、少しして先ほどとは別の兵士が出てきた。

「待たせたな。冒険者の御方、中へ案内するので付いてきて頂きたい。」


中年男性というとイメージ的な語弊があるかもしれないが、若いと言うには老けて見えるし、かといって壮年と言うには活力溢れるヒゲのおっさんだ。

見たことあるぞ?この男……どこで見たんだったかなー。少なくともこっちの世界ではまだ会ってないが……


「ここで暫く待たれよ。」

案内されたのは鉄格子の奥の個室。

それにしてもこのおっさん鉄格子が似合うなあ……


はっ!そうだ!某潜入系アクションゲームの主人公と同じ顔だこのおっさん!

あーすっきり。


大きな音を立てて、扉が閉まった。


「は?」


鉄格子が似合うとか見てたけどおっさんis外、俺達are中。


どういう事だこれ……いや収容されただけか。

「いやいやいや!待ておっさん!なんで俺まで牢屋に入らなきゃならないんだ!」


おっさんは俺の叫びを鼻で笑うとこう言った。

「お前もどうせ冒険者の名を汚す詐欺師の1人だろう?依頼をした直後は貴様のような輩が大量に湧いたもんだ。まだ力のない若いやつに限って楽をしようとする。ここ10年はギルドの会員選考を改訂したとかで見なかったが、まさかまた湧いて出てくるとは。まあ、月の杯が本物だったら出してやる、渡せ。」


「渡せって言われて渡す馬鹿がどこにいる。てめえみたいなやつには沢山会ってきたんだ、どうせ杯が本物だと分かれば手のひら返して俺達が盗っ人だとか言うつもりなんだろ?相手が悪かったな、分かったらさっさとここから出して確認場所へ連れていけ。」


「ほう?ただの小僧だと思っていたが少しは知恵が回るようだ。だが、口の聞き方には気をつけた方がいい。この檻は戦時でも無ければ使わない上に防音も完璧だ。せいぜい死ぬ前に杯を渡した方が身のためだぞ?」


どうせ渡しても死ぬまで放置するつもりだろう……

カツカツと離れていくおっさんの足音も、ドアを開閉する音と共に消えた。


「おい、どうなってるんだよ!なんでアンタまで牢屋に入ってるんだ!?」

それまで沈黙して状況を見守っていたシャルロットが吠える。

「昔の冒険者の愚かさのせい、かな?」

「意味分かんないよ!アンタが悪魔憑きなんかを従えてるからこんなことになったんじゃないのかよ!?」


かっちーん


「シャルロット、って言ったな?」

雰囲気を変えようとしたのは成功したようだ。


シャルロットが小さく身構えたように見える。

「ああ、何だよ。」

「君は、犬の獣人だな?」

「ああそうだよ、爺ちゃんには拾われたんだ、それがどうした?」

「もし、犬耳は疫病を運ぶ害悪だ、なんて噂があったらどうする?」


「はあ?そんなわけないだろ馬鹿じゃないのか?」

言葉の意図が掴めないのか、シャルロットが語気を強めた。


「仮の話だ。もしもだよ。よく聞け?もしそんな噂が巷にあって、シャルロットと爺さんが街を歩いていた時に、爺さんが疫病運びだなんだと罵倒されたらどう思う?」

「だからそんなわけないって、疫病は川とか風が運ぶもんだ。」


「まあ、怒るよな?」

「当たり前だろ……そんなのが本当なら隣にいる爺ちゃんが……」

こちらの言わんとすることが予想できたらしい。


「昔からある言い伝えってのは人々を守る役割があるかもしれない。でもそれに振り回されちゃダメだ。何事にも例外はある。覚えておくようにな。」

「……わかった。」


賢い子だ。居心地悪そうに黙ってしまったシャルロットのフォローは後でやるとして、今はまず脱獄をしなければならない。

「クー、この鉄格子、その剣で切断とか出来たりしないか?」

戦時にしか使われないという牢屋だ、素手や並みの武器では無理でも曰く付きのクーの剣なら壊せるかもしれない。


と思ったのだが、派手な衝突音を響かせるだけで切れそうな気配は微塵もない。

確認すれば、剣に刃こぼれらしきものはないが、格子にも傷が増えた様子はない。

ならばと《武器屋》を突き立ててみるが、石の床にも刺さる気配はなかった


「シャルロット、鍵開けとか出来ないか?」

「一応、爺ちゃんに教えてもらったことはあるけど、専用の金具が必要になるから今は無理だよ。」


リュックの中に入れておいたものを全て並べてみるが、使えそうな道具はない。手詰まりのようだ。

格子窓から入ってきていた太陽の赤い光ももはや無くなりつつあり、明かりのない牢屋の中はこのままだと真っ暗になる。


「今のうちに寝床を決めないといけないな。」

「え……寝るの?」

シャルロットが問いかけてくる。


「当たり前だろ、ここまで暗くちゃ何も出来ない。今日は体力を温存して、明日考える。」

「俺がアンタを殺すかもしれないって考えないの?」


なるほど、そんなことか。

「シャルロットが俺を殺すメリットが無いだろう?」


言われて気がついたのか、シャルロットがそういえばという顔をするが……

「アンタを食べてなるべく生き残る。」


マジか、その発想は無かったなあ。

「俺みたいなの食っても不味いだけだし、生きるのに必要なのは肉じゃなくて水だ。飲まなきゃ3日で死ぬだろうな……」


言うのは憚られたが、死ぬという言葉に触発されてシャルロットが何かに気が付いた表情でこちらを見る。

「そんな……爺ちゃんが!」

おそらくシャルロットのお爺さんは、もう長くは持たないだろう。

あの老人は今日の晩飯も恐らく食べられない程には弱っていた。


手早く終わればシャルロットには老人を看取るくらいの時間があると思っていたが。まさかこんなことになるとは……

「一刻も争うのは分かるけど、明日の朝あの男がやって来た時にでも交渉しなきゃ始まらない。だから今はやっぱり寝たほうがいい。」


暗くて表情はよく見えないが、シャルロットは何かの言葉をぐっと飲みこむとこちらに背を向けて石の床にぱたりと寝転んだ。


一応納得してくれたようだ。

「クーも巻き込んでごめんな。今日はもう休んでくれ。」

「私のことは気にしないでください。それでは、おやすみなさいシンジさん。」


クーが剣を抱えて横になったのを確認し、俺も盾を枕にして仰向けになる。

慣れない時間だが、目を閉じて暫くすると、意識は段々と闇に落ちていった。

続きますが、連投はできません。


閲覧ありがとうございました。

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