エリスとクーのお買い物
所持金、おそらく1万4千。
貨幣が十進法と二進法を採用して、銅貨銀貨金貨の順番に価値が上がっている……と考えればおそらくその金額が手元にある。
とはいえ日本なら高級な服を買おうとすればジャケット一着だけでも吹き飛んでしまう金額だ。
「ふっふっふ、やって来ました私行きつけの洋服店!その名も」
「あ、そういうのいいんでさっさと入りましょう?」
「ええ!?お店の名前は大事じゃない?どこにあるかとかわかんなくなっちゃうじゃん!」
確かに円形に広がったこの国の構造では分からなくなってしまいそうなのは理解できないでもないが、建物も違えば小路も違う。そもそもそこまで広くない二段目の街なら迷うことはあまり無いだろう。
というか、この季節感ゼロのファッションセンスをしているエリスが御用達ってどんな店だよ……
そんな俺の心の嘆息には気付かないのか、エリスが店の扉を開ける。
「いらっしゃいませ。おや!エリス様。お久しぶりでございます。本日はどのようなご要件で御座いますか?」
エリスが中を覗くと、店内にいた派手な服装の小太りなオジサンがやたら高い声で定型文を放った。
「やほーケンさん。今日はねぇ、この子の服を買おうと思ってきたんだけど、大丈夫かな?」
何が大丈夫なのかと考える。
扉を開けてからエリスは店内に入らずに店員と話をしていて。もちろん、クーのことを紹介するために抱き寄せた時も敷居は越えさせていない。
となれば、つまりはそういうことだろう。
「……ええ!もちろんですとも!他ならぬエリス様のお頼みとあらば喜んでお受け致します!」
少し間が空いたが、商人らしい言葉が出てきた。
「ありがとケンさん、少し話すことあるから、準備お願いね。」
畏まりましたと店内に戻っていったケンさんなる人物は中にいる他の店員を集め、指示を出し始めた。
「シンジ君も、こういう普通のお店ってなかなか入れないよね。」
分かっている。悪魔憑きの話だろう。
宿屋もそうだし他のお店も似たようなものだったからよく理解出来た。
この国の人間にかなり根深く浸透しているこの迷信は、例え客だったとしてもその利用を断る程だ。
しかし今回の店主の対応は今までのそれとは違う。
「エリスさん、一体ここでどれだけ金落としたんですか?」
「あはは、覚えてるわけないじゃん!けどまあ、一段目に住む人が一生かけて服に使う金額で三人分くらい使ったかなー?」
一般人三人の一生分の服って……
「エリスさんて何者?」
「うーん……お金持ち?」
マジか、それなのに冒険者なんかやってるのかよ。
いや、逆か?冒険者だから金持ちになったってことも考えられる。
「そういうわけで、今回はなんでも好きな服選んでいいよ。私が買ってあげる。二人の就職祝いって事で。ね?」
なんとも気前の良い先輩だ。
「冒険者ってそんなに儲かるものなのか……?」
思いがつい口をついて出てくる
「まあ、儲かる人は儲かるかなあ……でも私含めてみーんな刹那主義だから貯蓄とかはないと思うよ。」
「ってことは今日は何か大きな収入があったって事ですね?」
「あはは、まあね。私の見立てならシンジ君もそのうちお金たくさん貰えるようになるよ。」
具体的にどんな仕事が有るのだろうかと聞こうとした所で店内からおっさんが顔を出す。
「エリス様、お待たせ致しました。どうぞ中へ。」
おっさんは恭しく頭を下げ、エリスを中に招いた。
入っていくエリスの後にクーと俺が続く。
入口からずらりと並んだ店員さんはそれぞれの手に可愛らしい服を提げて花道を作り、おっさんがエリスに何事かを説明しながらその前を歩いていく。
エリスは時折クーを呼び寄せては、服とクーを見比べ、首を縦に振ったり横に振ったり傾げたり。
見た限りだと女性物の服の専門店らしく、あまり中に入るのも気が引けるので入口の近くで待っていると、近くにいた一人の店員が声をかけてきた。
「荷物持ちも大変ですよね。」
声を掛けてきたのはひょろりとした癖毛で猫耳のついた人物だ。
エリスのお眼鏡に叶わなかった真っ白でフリフリなドレスをマネキン人形に戻している所だった。
「ああいや、これ自分のなんですよ。」
答えると同時に店員の表情が笑顔から驚きに変わる。
「ええっ!?じゃあもしかしてあなたも冒険者なんですか?」
「はい、あ、正式には明日からの新人ですけど。」
と伝えつつ昼に貰ったエンブレムを見せる。
「うわあ、本当に冒険者さんだ。凄いですね!この国の冒険者ギルドって入るの物凄く大変で有名なのに。」
へえ……ってそりゃそうか。あんな手も足も出せないような魔法を使うのエリスに狂戦士じみたユナ、それと対抗できるような他のメンツを相手にして生き残れじゃなく気絶させろと言うのだから無理な話だ。
今回ばかりはクーのおかげで……そうだ、クーの妙な戦闘能力の高さは何なのだろうか。
農村出身の筈だというのに、ありとあらゆる武器の扱いに長けていたのは、彼女が失った記憶の中にヒントが有るのだろうか?
村を滅ぼした商人の事も気になるし、クーの話からすればおそらくその商人が与奪の悪魔だろうが……
考えられるのは、クーは農村の中でも特殊な役職をさせられていて、その時に身につけた技能だが記憶を失ったパターン。
そして、与奪の悪魔との契約により、何かと交換で武器の扱いに長けたパターン。
クーが悪魔に何を語ったのか、それが分からないために二つ目のパターンも考えたが、クーの今の性格から考えると武闘家になりたいと自分から言うようには思えない……と思う。
「あの、この服が気になりますか?」
会話の途中だったというのに突然黙り込み、店員の片付けている白いドレスを凝視していた俺に対して、おずおずといった様子で店員が声をかけてきた。
「あ、ああ、さっきの白い子がこれと似たような服を着てて可愛かったんだけど、胸元に青くて太いリボンとか結んでワンポイントにして貰ったり出来ないかな?」
咄嗟に考えたそれっぽい言葉をまくし立てた俺に対して、店員は少し考えた後に口を開く。
「確かリボンの在庫はあったと思うので、多分できますよ。それにしても、どうしてですか?」
普通はそうだよな、既に持っている服を何故、といった表情でこちらを見る店員に、先程のギルド入会試験で服が破損して修復できない旨を伝える。
「なるほど、そうだったんですね。そういうことであればお任せ下さい。直ぐに準備してきますね。」
お、対応が早い。やはりエリスに服を買わせると言うのは店員として欲しい成績なのかもしれない。
と思ったところで思い出した。
女体化俺の服も用意しておいた方が良いだろう。
「すいません、ちょっと待ってください」
マネキンから服を脱がし、早速作業にと離れゆく猫耳店員を呼び止める。
「黒いパーティドレスが欲しいんですけど、サイズはあの白い娘より背が低くて、胸が大きくて……」
「何の用途で使うおつもりなんですか……?」
じとー
という目で見られた。
どうしよう、適当にでっち上げるか。
「姪が身長以外で結構な爆弾ボディをしてまして、この前どっかの貴族様に道端で声を掛けられた時にお屋敷に招待されたらしいんで、あんまり裕福な家でもないし、俺からのお祝いって事で渡そうかなーなんて……」
「へえ……姪さんが……なるほど……?」
あー、疑ってるよこの人、そりゃまあそうか、俺としてもなんで女体化すると俺と正反対な体型になるのか疑問でしかない。
「分かりました、これと似たようなもので良ければこのドレスに装飾した後に一緒に持ってきますね。」
とはいえ、買ってもらえる商品が増える可能性が出たことによって天秤が傾いたのか、それ以上の追求はなく、店員は確認を取るとそそくさと店の奥に行ってしまった。
クーたちはといえば……あれ、まだ全然進んでない……
女性の買い物は長いと言うが、吟味長すぎではないだろうか?
……なるほどたまに後退してるのか。そりゃ時間かかるわ。
それにしても……。
暇だ。
神治君は彼女居た経験とかないと思います。
彼女だと思ってた人から良いように利用された経験は有るでしょうが……
閲覧ありがとうございました。




