試験結果
森の中にぽつんと開けた白い花が沢山咲いた場所
その花畑の中に一人、白いワンピースを着て大きな麦わら帽子を被ったクーが笑顔でこちらに手を振っていた。
小さく手を振り返しつつ歩いて近寄る途中で、彼女の姿に違和感を覚えた。
何かが足りない。
歩みを進めながら考えていると、不意に答えが閃いた。
それと同時にどす黒い独占欲が思考を塗りつぶしていくのを感じた。
彼女の柔らかな頬に手を添えると、小さな手を重ねて少しくすぐったたそうに目を閉じる。
そんなクーがたまらなく愛おしいくて、誰にも取られたくない。
クーは俺のものだ。
だからその白くて可憐な首に、鎖付きの首輪を嵌める。
クーが驚いた顔をした。
少し悲しげな顔も可愛い、でも笑顔の方がいい。
何も心配することは無いさ。クーの事は俺が守る。
だから笑ってくれ。
困ったように笑うクーの頬を走る一筋の涙を拭った瞬間。
俺の胸から赤い棒が突き出た。
痛みは感じないが、見覚えのある光景と共に頭の中にかかった霧が晴れていくのを認識する。
俺の服と同じように、クーの白いワンピースが胸元から赤く染まっていく。
胸の痛みに顔を歪めるクーが咳き込むように吐血し倒れる。
貼り付けにされたように身体が動かない俺はその姿を眺める事しかできない。
違う、違う違う。こんな事は望んでいない。
忘れていた。
奴隷の首輪は主人の死と共に奴隷を殺す忌むべき物だ。
なぜそんなものを俺は付けた?
彼女を守りたかったからだ。
本当か?
本当に守りたかったと言えるのか?
否。
俺は奪われることを恐れた。
クーを束縛した。
その結果がこれだ。
俺がクーを殺した。
◇◆◇◆◇◆◇
「っ……!」
目が覚めた。
「シンジさん、大丈夫ですか?」
突然身を起こした俺に、横からクーが声を掛けてくる。
相変わらずの健康そうな白い肌に今はサイズの大きな緑のシャツとくすんだ茶色のスカートを履いている。
「俺は……大丈夫。嫌な夢を……」
「突然魘されて、呼吸も荒くなったので心配しました。」
クーの言う通りぜえぜえとしていた呼吸を落ち着かせると、右手をクーが握ってくれていたのに気付いた。
「……ありがとな、その、もう大丈夫。」
「えっと……あっ、すみません……」
恥ずかしさというより気遣いといった感じで手を離されてしまった。
「それにしても、ここは?」
見渡せば見知らぬ部屋の中だ、
俺が寝かされたベッドの他、クーの座る椅子と小さなベッドサイドデスク。
開いた窓からは青い空が見え、活気ある声と雑踏の音が入ってくる。
「冒険者ギルドの建物の二階にある部屋です。」
その言葉を聞いて記憶が蘇る。
吹き荒れる暴風と狂気の含まれた笑い声、恐ろしい笑みを浮かべたクーの顔。
「あれ?俺よく生きてるな。」
「良かったです!」
直後、クーが泣きそうな表情で抱きついてきた。
俺の事を細腕で捕まえて腹に顔を埋めるクーだが、正直なところ何が起きて今の俺がここに居るのか分からない。
「おーい、起きた?お、調子はどう?」
その時突然ドアを開けてエリスが入ってきた。
その音に驚いたのかクーが飛び退く。
「あー、身体は問題ないと思います。」
体の節々を回してみたり捻ってみたりするが痛みや違和感はない。
「そっか。それは良かった。それにしても、あんな致命傷が治るなんてとんだ化け物だねシンジ君。」
「えっと、当時の記憶が曖昧なので説明が欲しいんですけど。」
素直な疑問をぶつけてみると、エリスさんは事の次第を教えてくれた。
俺がクーの前でユナと呼ばれた女性の投げた刀を背中に受けると、上半身と下半身が腰の所で分断され、転倒。
それによりクーが戦意喪失した為に攻撃を止めて、俺の手当に入った。
とはいえ状態は酷く、治癒魔法をもってしても絶対に助からないはずだったという。
だが何の因果か俺の体は元の身体の形に再生。男の身体に戻ると共にヘアピンが外れたという。
「いやあ、あれは正直気持ち悪いの一言だね。なんかこう、ぐにょぐにょーって、君完全に死んでたし。瞳孔も開いてたのになんで生き返ってるの?まあ、どうでもいいか!とりあえず生きてておめでとう。はいコレ、冒険者ギルドのバッジね。」
今の話では不合格なんじゃないのか?
という俺の心を読むようにエリスが言葉を続ける。
「いやあ、クーちゃんの一撃でウチの罠屋が気絶しちゃってねぇ……あいつビビりだから仕方ないんだけどさ。あー……ステーキ皿で魔法受け止めてたあの男ね。お陰で試験合格。キミは運いいね、アイツ滅多に来ないんだよ?」
まずクーの一撃がエリスやユナよりも遠くにいた人間に有効に届いたのかという疑問はあるが、貰えるというなら貰っておこう。
エリスに渡されたバッジは貴族の次男坊がくれたエンブレムに似ていて、緑地にハテナマークと逆さの十字架が交差している。
「杖は知恵を、剣は力を、緑は勇気と仲間を示す。なんて言われてるんだ、ソレ。」
「へえ、良いですねそういうの。」
「あ、動けるなら登録用にいろいろ聞きたいこと有るんだけど、大丈夫?」
これで話を聞いて腰を捻ったら切れちゃいました。
なんて事は勿論無く。
まるで全てが嘘のように何も残っていない。
「快調過ぎて怖いくらい……というかいつの間に着替えたんですかね俺……?」
「ああ、シンジ君が治った後にバーボンが着替えさせてくれたよ。なんか凄いブツを持ってるらしいね?」
「え?見たんすか?」
「にゃはは、そんな訳ないじゃん、私は下の階のお掃除でてんてこ舞いだったんだよ?でもまあ、クーちゃんは見てたかもねえ?」
ニヤニヤとクーを見るエリスと、股間を押さえる俺の姿から察したのか、クーが顔を赤くして慌てる。
「みみみ、見てません!あれは事故です!私は別にこれっぽっっっちも見てないですよ!?!?!?」
察しがいいというのも大変なものだ。
そのうえ慌てるとボロが出やすいのもクーの可愛いところだろう。
「『大丈夫です!例えお相手が居なくても私は精一杯ご奉仕しますから!』といった所と見た。どうよ?合ってる?」
「いや、全然違うんでエリスさんは黙ってて下さい。」
「しょんぼり……」
エリスさんのこの男みたいな下ネタのノリは一体何なんだろうかと気になりはするが、今はそんなことはどうでもいいのだ。
「それはさておき、さっさと書くもん書きに行きますか。善は急げってね。」
下ネタの後の微妙な空気が流れる前にさっさと次の行動に移る。
特にネタが不発だったり笑う要員が少なかったりした時は特にこれが有効だ。
「いろいろ書き終わったら買い物行こうね二人共。」
買い物……?
「なーに不思議そうな顔してるのさ、決まってるじゃん、武器と防具だよ。」
「なるほど、そういや得意武器とかもこの後調べるんですかね?」
「まあね、色々と試してみて、使いやすい武器の傾向を掴んでおくのが良いと思うよ。あと得意な魔法かな。」
まあ、調べるものなんてその程度だろう。
階下の部屋、つまるところ酒場風の場所だが、そこの受付まで来ると、バーボンが二枚の紙を用意して待っていた。
しまった、文字が分からないんだった。
「この国の文字分かんないんですけど……」
「記入はここだけでいい、自分の名前を適当な文字にして書いてくれ。」
バーボンが示した所に漢字で名前を記入する。
クーを見ればそちらはそちらで何かの文字を記入していた。
「クーも文字書けるんだな。」
「はい、書けるみたいです。」
村育ちということだが、きちんとした教育機関はあったようだ。
名前の書かれた紙を受け取ったバーボンが声を挙げた。
「ほう、クーと言ったか。お前さん、魔性文字が書けるとはなかなかどうして、凄いじゃないか。」
「ましょう……もじ?ってなんだ?」
聞き慣れない単語につい聞き返してしまった。
「ん?ああ、よく見ておけ、ほれ。」
バーボンがクーの書いた名前を指先で叩くと、名前が青く発光し、紙の上に白い球体が現れた。
「これは?」
「白い月だな。」
ほほう、確かにクーの名前の由来は月だ。
「現在となっては学習が極めて難しい魔術用の文字だ。魔術ってのはまだ魔法が上手く使えなかった過去の人々が代わりに使っていた図だ。発動する効果が弱かったせいで魔法の出現と共に衰退していった。今残っているのはそうして消えた魔術の中でも一部の強力な術式だけだ。」
なんでそんな文字をクーが知っているんだろうかと疑問に思うが、この国では学習出来ないだけでクーはすごく遠くの出身だからまだその文化が残っているという可能性もある。あまり気にする必要は無いかもしれない。
「よし、ではついてこい。やることはまだ有るぞ。」
そう言ってバーボンが示したのは、カウンターの奥の戸棚をずらして現れた隠し階段だった。
すげえ、男心をくすぐられるというか。
なんかドキドキしてきた。
バーボンに続いてひんやりとした空気が漂う暗い石の階段を降りると、やがて錆びた金属の扉が現れた。
中に入り、バーボンが照明として持っていた淡く光る石を入口近くの台座に置いた直後、空間全体がパッと明るくなった。
そこは、たくさんの種類の武器が置かれた大きな修練場だった。
そろそろ獣人とか龍人出したいですよね。
呪い装束については作中のエキスパートから説明してもらおうと思っています。
閲覧ありがとうございました




