ギルド入会試験
「たっだいまー。新しい子連れてきたよ!」
小さな入口をくぐると、中は古い映画の酒場のような装いだった。
西部劇に出てきそうな店内は窓から射し込む朝日によって照らされていて、壁際に設置してあるテーブルで食事を摂っている者達はその誰もが会話を止めてこちらを眺めている。
少しだけ身を寄せてきたクーの手を握り、カウンターに向けて歩き出したエリスについていく。
「やっほーバーボン、入会希望者連れてきたよ。」
「そうか。それでお前達、朝飯は食ったか?」
奇妙な会話だ、なんで突然朝食の話になったのだろう?
普通は名前とか理由を聞くものだと思っていたのだが。
「ウチは実力主義だから、名前とかいろいろ聞く前にまず実力テストするんだけど。やっぱりご飯食べなきゃ動けないでしょ?」
「成程。クーはどうする?この後すぐに入団試験があるからその前にご飯にしようかって話になってるけど、食べる?」
個人的には嵯峨宮さんの所での食事は量的にやや物足りない感じがしたので食べるつもりだったが、クーはお腹いっぱいかもしれないと思い訊いてみる。
「いただきたいです。」
「そっか、じゃあ戴いてもいいですか?」
「わかった。」
「じゃあご飯作ってる間に説明しておくね。試験の方法は簡単。今料理作ってるバーボンが試験開始って言ったら始まり。ここにいる人間1人でも倒せたら入団決定!どんどんぱちぱち。分かった?」
どこが簡単なのか分からないでーす。
とは言わない方がいいだろうな……
ここにいる全員ということは先程からこちらに熱烈な視線を送ってくるテーブル席の人たちも相手だし、目の前で料理をするバーボンも相手だし、エリスも相手になるのだろう。
それぞれの手元にはそれらしいものが見えないものの、得意とする武器が何か分からないというのは不安しかない。
人によってはアルバートのように魔法で攻撃してくる可能性もある。
そんなことを考えながら見回していると、カウンターの上に皿が置かれた。野菜炒めに肉野菜炒め、焼き魚に焼肉と野菜炒め……炒め物オンリーか?
カウンターの奥から次々に料理を置きながら、バーボンが口を開いた。
「さあ、待たせたな。試験開始だ。」
「はい?」
聞き間違いだろうか?
と思ったのも束の間、背後から飛んできたナイフがカウンターに突き刺さる。
「チッしくじっちまった……」
直後に誰かの呟きも届く。
ああ、このカウンターについた大量の傷はこうして付いたのかぁ……
などとしみじみ感じる暇もない。
振り向けば大量の揺らぎが目前に迫り、飛び込むようにしてカウンターから壁際に向けて移動する。
幸いにもクーは既に移動済みで、エリスの方を注視していた。
「あ、忘れてた、ここでは持ち込んだ武器は使用禁止だから、みんなも料理に使われてる道具しか使わないから安心してね。」
悠長に説明しながら【風撃ち】を連射してくるエリス。
手加減してくれているのか、急所からは外して避けやすい速度に展開されている。
「おい!エリスそれは無えだろ!相手は新人だぞ!?」
テーブル席から怒号が飛んできた。
何故かと思えば、四方八方に放たれる【風撃ち】の放射速度が下がっている。
ただし発射間隔が下がっていないため、密度だけは上がっていく。
水彩画の画用紙に水を垂らしたようなぐにゃぐにゃとした輪郭のエリスから声が響いた。
「死んだら死んだでそこまでって事だから、シンジ君は周りの先輩たちから学ぶなりして頑張ってね。」
見ればカウンターの奥は板が嵌められてバーボンの姿もなく、テーブルの方の人間はステーキ皿の金属部分を使って迫り来る揺らぎを耐えている。
打撃系の痛みを作る風撃ちは生半可な硬さでは防げないという事だろうが、残念なことに手元に金属と言えば先程投げられたのを引き抜いたステーキ用のナイフくらいしかない。
「そうだ、クー、ちょっとこれ持ってて。」
「……。」
クーは無言で俺からナイフを受け取ると、床に置いていたはずのリュックサックを差し出してきた。
動揺して完全に忘れていたが、クーが確保してくれていて良かった。
俺が必要としているのは中に入っている学ランだ。
打撃系のダメージを触れた箇所に与える魔法、それが大量展開されている状況だ。
生身の人間はおろか鎧を着込んでいたとしてもかなりのダメージを負うだろう結界に突っ込むような真似はできない。
となると盾を用意するしかないわけだが、盾にできるほど硬いものが手元にない。
であれば、限界まで柔らかいものを盾にすればいいだろう。
これが実際にハンマーを投げつけられていたのであれば既に死んでいた可能性もあるが、それが反則で本当に良かったと思う。
上着を一振りすると、当たった揺らぎが消えていった。
「へえ、凄いね、何で防いでるのか知らないけど、いい対応力してるじゃん!でも、これなら防げないよね!」
風が飛んできた。
いやこの表現は不適切か。
正確には透明な刃が飛んできた。
三日月のような形の揺らぎが飛んできたのは右足の脛の辺り。
低速な点の揺らぎに慣れていた目では、その幅広な風を捉えるのに失敗してしまった。
辛うじてずらした足の揺らぎが当たった部分にはつねって引きちぎるような痛みが走り、ぱっくりと裂けた皮膚に声も出せず手を当てる。
5秒か10秒ほどの本当に短い時間が経過すると、アルバートにやられた時と同じように痛みが急速に引いていくのが分かった。
手を離して傷口だった場所の血を拭えば、既に傷は塞がっていた。
「へえ、やっぱり回復魔法が使えるみたいだね。それならもっと行くよ!」
鎌鼬のような見た目とは裏腹に実際のダメージの受け方はローラーで挟むようなそれ。
【風撃ち】同様に切断する系統の魔法ではないため布を当てれば問題なく処理できた。
「あれ?何か振り回してると思ってたけどもしかして服かなにか?なーんだつまんない、それじゃあ……」
何かが来た。
何かは分からないが、エリスを中心にひらべったい壁(?)が環状に広がっている。
エリスを中心にバウムクーヘンのように広がる透明なそれに当たったらどんな力が作用するのかはすぐに分かった。
足元に転がる壊れたテーブルや椅子の破片が当たると魔法の壁は外側から徐々に消えていたが、その時触れた破片が恐ろしいスピードで外側に吹き飛ばされている。
そして、無差別に飛ぶ破片のうちの極めて大きな一つがクーの方へ飛んでいくのが見えた。
クーの名前を呼ぶのも危ないと声をかけるのも間に合わない。
投げ槍の如く一直線に飛ぶ破片は元々机の足だったのだろう。
かなりの原型を留めたそれは、全てが計算されていたかのようにクーの胸へと飛び込んでいった。
何かを諦めたような、逆に一心に何かを考えているような表情のクーは、避けることもせずに虚空を見つめていた。
大人の男の腕と同じくらいの太さの木片に心臓を一突きにされ、その勢いのままに壁に磔にされるクーが走馬灯のようにゆっくりと目に映る。
そしてクーが安物の映画のように壁に留められると同時に暴風吹き荒れる室内に鈍い音が響いた。
「あれ?もしかしてクーちゃん死にそう?大丈夫?おーい、クーちゃーん。」
昨日エリスの言っていたことが理解出来た。
命が軽いから酔狂な奴が多い、というのはエリス本人も含まれている。
なんだ今の態度は?およそ道徳的な人間の言う言葉では無い。
エリスの軽薄な態度に苛立ちが募るが、現状を省みればどうだ。
圧倒的な力量差で迫る風魔法の前に、俺の打つ手建ては無い。
そんな時に、あらぬ方向から声が響いた。
「ウヒヒヒヒ!なになに!たーのしそーなことやってんじゃーン!?」
声の出処はこの店の小さな出入口からちょうど入ってきた金髪の女性からだ。
輝くほどの笑顔を浮かべているその女性は、背負った大きな刀に手を掛けて言葉を続ける。
「あ!エリスの本気だ!きゃーカッコイイ。てかエグくね?それに知らない子二人増えてる!増えてるってか一人死んでるし!ウヒヒヒ!私も殺りたい!くらえ一閃!」
女性はやたらとハイテンションにまくし立てると、その体の半分ほどもある大きな刀を引き抜いた。
まさに一閃、彼女の近くに迫っていた多くの風魔法の揺らぎが破裂音を残して一気に消え去る。
「ユナ!ダメだよズルしちゃ!」
「ウヒヒ、エリスだって主武器出してるじゃないか!だったら私も主武器出すサ!」
ユナと呼ばれた女性の攻撃の余波でこちらに迫る魔法の一部が消された為、回避に余裕が出る。
見れば、クーが自らの胸に突き刺さった木片を引き抜く所だった。
「クー!大丈夫か!?」
返事はない。
ゆらりと立ち、髪の毛に隠れた表情は見えない。
突如、クーが手に持った木片を投げた。
いや、投げたのか?あまりにも速すぎる上に予備動作も無かったのでただ木片が発射されたという事実だけしか認識できない。
投げられた木片はエリスの弾をかき消し、刃を砕き、壁を突き抜けて彼女に迫る。
「嘘っ!?」
予想外であろう投擲物を間一髪で躱したエリスがクーを見る。
驚くべきは今の一撃で先程のユナの一閃よりも多くの魔法がかき消されている事だろうか。
「ウヒヒヒヒ!凄い凄い!エリス!すっごい新人だ!殺していい!?アイツの眼ェ大変だよ!ヤらないとヤられる!全力で行こう!ウヒヒ!楽しくなってきた!」
素人の俺でも見ればわかる、クーの目は両方共にギラギラと光を放ち、緑と金の瞳は獰猛な獣のようにエリスを凝視している。
見ている者が不安になる笑みを浮かべたクーがナイフを持った右手と空の左手をオーケストラの指揮者のようにふわりと構える。
クーを止めなければいけないと第六感のような本能が叫ぶ。
しかし近寄ってはいけないと理性と恐怖が喚く。
あんなクーは見たくないと感情が強く身体を動かす。
「ウヒヒ!死ねェ!!」
走り出した俺の背後から声が響いた。
ちょうどクーの前に立ちふさがった所で、挟まれるように前後から二つの痛みが身体を通り抜けた。
腰の真ん中、臍をぴったりと通るように真一文字。まるで紙で指先を切った時のような微妙だが確かな違和感。痛覚だ。
そして俺の胸からクーに向けて赤い棒が生えている。抜けない。抜こうとして握ったら右手の指が全て簡単に独立して床に落ちた。
バランスを崩して前のめりに倒れる。
確かに前に倒れたはずなのに長座をしたときのように自分の膝が近付いてくる。
そういえば今は女になっているんだったと床に胸がぶつかって思い出した。
痛みは感じない。つい数瞬前に指が落ちたというのにそれもまるで夢でも見ているようだ。
世界が暗転して現状を思い出した。
そうだ、クーはどこに?
見えない、目を開けなきゃ見えないよな、目が開かない。
痛覚は無いが瞼がつっかえたような感じを訴えている。
「シンジさん!……ジさん……」
よかった、クーの声は聞こえる。
ああ、分かった……これは夢か。
最後の最後で明晰夢になるなんて、もしわかってればもう少しあんな事とかしたのにな。
なんてな。
早く起きないとクーが拗ねちゃうな。
今起きるよ。クー。
主人公は数回死ぬような目に合わせないとダメだって僕の無意識が土下座してきたのでつい……
主人公は変わらないので大丈夫です。
閲覧ありがとうございました。




