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正しさ

 キオ達はアイリスを連れて旧道となった山道を歩いていた。

 平野部に街道があるため、わざわざ山道を通る人間はいない。

 そのため、山道の手入れはほとんどされていなくて、地面はでこぼこしている上に、草や木で視界も悪い。


 キオを始めとする少年兵は荒れ地に慣れているのもあって、特に疲れは見せていなかった。

だが、荒れ地にも山道にも慣れていないアイリスは息が上がるほど疲弊していた。

 肩を激しく上下させながら歩く様子に、見かねたサムドが予定より早い休憩を挟む。

 そして、手頃な丸太を見つけ、アイリスを座らせると、キオとサムドが彼女を両側から守るように立った。


「姫様、大丈夫ですか?」


 サムドが声をかけると、アイリスは少し疲れた様子を見せながらも、笑顔を見せた。


「すみません……。まさかこんな疲れるなんて思っていませんでした……。それと、姫様は止めて下さい。アイリスでお願いします……」

「なら、アイリスさん、辛いならその荷物を持ちますけど」


 サムドはアイリスの抱える細長いケースを指さした。

 長さは一メートルちょっと、長方形の箱は楽器でも入れるケースのようだった。


「すみません。これは他人に預けてはならない大切な物なので」

「そうですか」


「みんなすごいですね……」

「何がです?」


「私よりも歳下なのに、全然疲れた様子を見せてない。あの子とか、まだ十歳くらいでしょ?」

「そうですね」


 アイリスの問いにサムドは曖昧な笑みを見せた。

 キオはそんなサムドの表情を見て、視線をアイリスから反らした。

 アッシュの存在を知らないのであれば、知らないまま任務を終えた方が良い。

 友好的に接していた客が、態度が急変して横暴になることが何度かあった。

 そういう時は大概面倒なことが起きると、キオは経験で知っている。

 でも、黙ってアイリスとサムドの会話を聞いていると、今回は少しだけいつもと違っていた。


「灰色の血。サムドさんもそうでしたけど、みなさん魔物の血をとりこんだのですよね?」

「……知っていたんですね」


「えぇ、本で得た知識だけですけど。魔物の血を注射して、肉体を強化する秘術ですよね。やっぱり目の当たりすると驚きます」

「幻滅されました?」


「いえ、凄いと思います。……それと同時に少し悲しくなりました」

「僕達みたいな半魔物に頼らないといけないことをですか?」


「違います。あなた方のような立場の人達を生んでしまったこの国の力の無さと、こうやって生きるしか無いみなさんのこれまでの事を思ったら悲しくなりました。こんなこと間違っています」


 アイリスは他者を思って悲しむことも、自分の不甲斐なさを反省することも出来る。

なんと心の優しいお姫様だ。

 なんてことを、キオは一切思わなかった。

 むしろ、逆にキオの心はざわついた。


「俺の人生は憐れんでしまうくらいに間違っているって言うの?」


 キオはぶっきらぼうに質問をぶつけた。

 言葉尻を捉えただけであることをキオも知っている。

 それでも口から出てしまっていた。

 突然のキオの言葉にアイリスは若干慌てながら首を横に振る。


「いえ、そんなつもりじゃないです」

「なら、教えてよ。正しい生き方って何?」


「暖かな家庭で餓えることなく、戦いや魔物に怯えず安心して暮らせる生き方です。奴隷も奴隷以下にされている灰奴隷もあって良いはずがありません」

「なら、ここにいる俺達全員正しくない生き方をしてる」


「だからこそ、国を変える必要がある。もっとみんなが幸せに暮らせる国にしないといけないのです。正しくない物があるとすれば、あなた達ではなく国です」

「その国を捨てて逃げるのに? 今が正しくないと知っていて、正しさを知っているのに、放っておくなんて無責任だね」


「それは……」


 ヒートアップしていたアイリスの口調が一気にしぼんだ。

 どれだけ口では立派なことを言おうが、彼女は今生きるために逃げる道を選んでいる。

 生きるため、という枕詞がキオにとっては大事だった。

 強くならないとこの世界では生きていけない。

 だから、生きるためにキオは魔物の血を受け入れて強くなった。それが間違っているとは思いたくなかったのだ。


「キオ、落ち着いて」

「サムド……」


「珍しいな。キオがここまで熱くなるなんて」

「……かもしれない。ごめん。先ほどの言葉は全て撤回する。雇い主の言葉は絶対だ」


 キオはサムドに指摘されて、少しだけ気分が落ち込んだ。

 クライアントを怒らせても良いことなんて一つもない。報酬金の減額や契約解消なんかされたら目も当てられない。

 そう考えれば、傭兵としては失格の行動を取ってしまった。

 だが、アイリスは気にしていなかった。むしろ闘志に火が点いたような感じになっている。


「私は強くなるために隣国ヒューゴーへ向かいます。ヒューゴーでは神具の修行が盛んです。私はそこで、神具に宿る伝説を従え、国を変える力を身につけます」

「へぇ、そう。それ、神具なんだ」


「はい……。お父様の形見です」


 神具、神話時代に作られた武具のことで、神や魔王の力のように人智を越えた現象を呼び起こす武器である。その現象を人は魔法と呼び、神具使いを魔導士と呼んだ。

 だが、神具を使えるようになるには修行が必要で、一朝一夕で身につく物ではなかった。


「一年です。一年で私は必ずこの神具に眠る力を手に入れます」

「一年? 神具を使えるようになるには、三年はかかるって聞くけど?」


「はい。ですが、私ももう八ヶ月修行を積んできました。後少しなんです」


 思い詰めた様子でアイリスはそう言った。

 キオもサムドも神具は単純に年数だけで扱えるようになる物ではない、と知っている。なら当事者であるアイリスも自分の言葉に保証が微塵も無いことを知っているだろう。

 もし、三年経っても神具が扱えなかったら、どうするのか? 

 キオがそう聞こうとした瞬間、からんからんと鈴の音が鳴った。

 敵の襲来を告げるトラップが作動したのだ。


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