傭兵団の差別
第一部隊は灰鬼隊のボロ宿舎と違って、町の中央の丘の上にある砦で寝泊まりしていた。
傭兵団の団長はこの町の領主でもあり、住民から多額の税金を巻き上げて作った城塞はキュルト国内でも有数の堅牢さだと謳われる。
高い壁に分厚く大きい門。強行突破はもちろんのこと、壁を登って侵入するのも難しい城だ。
それと凄いのは外装だけではない。内装も豪華絢爛そのものだ。
団長は傭兵の商売は見栄とハッタリが必要だと言って、派手な壺や聖人の石像から宗教絵画が部屋や廊下に飾ってある。
外装、内装、どこをとっても隙が無い完璧な城だった。
一方で、キオ達の住む宿舎は床の板が腐って抜けることもある。
同じ傭兵団に所属していても、両者にはそれほどの格差があった。
そして、人としての扱いの格差もまた大きかった。
「来やがったか。グレイゴブリンども」
砦についた途端、キオを始めとする灰鬼隊十名は門番にゴブリン扱いされた。
灰色のゴブリン、キオを始めとする魔物の血を取り込んだ灰奴隷の蔑称で、特に少年兵に対して使われる。
蔑称をつけられた理由は一言で言ってしまえば見た目だ。身長が低く、ちょこまかと動き回る上に、集団戦法を得意とするあたりが、ゴブリンとそっくりだと言われるためだ。
「……」
いきなり襲ってきた大人からの嫌味をキオ達は無視し、無言で砦の中に入っていく。
後ろで舌打ちが聞こえるけど、いつものことなので完全に無視だ。
そして、赤い絨毯を敷いた廊下を直進して、二階の会議室の前に立つと、リーダーであるサムドが扉をノックした。
「灰鬼隊のサムド=コニー、以下十名。到着しました」
「入れ」
「失礼しま――。ぐぁっ!?」
「このクソゴブリンども! 何で十分前にここに来た!? そのくそったれな顔を俺に見せ続けて嫌がらせをするつもりか! てめぇらみたいな魔物の顔を見ているとな! 気分が悪くなるんだよ!」
サムドが扉を開けた瞬間に、彼の顔面に向かって拳が飛んできた。
まさに出鼻を挫かれたサムドが尻餅をつき、灰色の鼻血が出ている鼻を押さえる。
キオを含め、全員の身体がピクッと反応するが、サムドはすぐに立ち上がり頭を下げた。
「も、申し訳ありません……。ニューシー=ニッキー第一部隊長。次は時間ちょうどに参ります!」
「当たり前だこのクソガキ!」
第一部隊の大男ニューシーがサムドの胸ぐらを掴む。
ニューシーは熊みたいな大男で、顔や腕に剣による傷跡がいくつも刻まれている。
筋肉は力、傷は勲章と言われる傭兵の世界で、ニューシーの身体はまさに歴戦の戦士という見た目だ。
そんな大男がもう一度拳を振り上げ、サムドを殴ろうとすると、部屋の奥から女性と男性の声で待ったがかかった。
「お止めなさい!」
「ニューシー=ニッキー、そこまでだ。大切な依頼主はこの見世物に興が乗らないらしい」
ニューシーは女性の声では止めなかった拳を、男の方の声で止めた。
それもそのはず。声の主は傭兵団の団長セリザ=モカワで、ニューシーよりも立場が上なのだ。
だが、団長に助けられた、とはサムド含めて誰一人思っていない。
何故なら、実は同じようなことが三日前にもあった。
その時は約束の時間ちょうどに来たのだが、ニューシーに十分前行動が基本だ、と怒鳴られ殴られた。
セリザもその場に居合わせて、その命令を聞いたはずなのに、ニューシーをとがめる気配が無い。
つまるところ、セリザはニューシーがキオ達、少年兵を殴るのを見るのが好きなのだ。
特にサムドが殴られると、険しい顔を崩してにこやかになる。
そんなセリザは今日もサムドの吹っ飛ばされた姿を見て、スッキリしたのだろう。
人の良さそうな笑顔を浮かべて、部屋の中にいた小綺麗な服を着ている少女に話しかけた。
「やれやれ、ニューシー君の熱心な訓練は困りますね。すみませんね。アイリス姫。お見苦しい所を見せました」
「訓練だったのですか? どう見ても訓練ではありません。ただの虐待です」
アイリスと呼ばれた少女は明らかに不満のこもった声で聞き返した。
優しい炎のような美しいウェーブのかかった赤い髪、緑色の瞳、雪のように白い肌、一国の姫にふさわしい見た目だ。
そんなお姫様がお付きの人もいないのに、名の売れている傭兵団の団長に対して真正面から意見したのだ。
その様子にキオとサムドを除く少年兵達は、戸惑うようにお互いの顔を見ていた。
一方で、キオとサムドはアイリスに視線をくれず、セリザとニューシーに注意を向けていた。
少年兵達のリアクションは違ったが、一つだけ共通している想いがあった。
アイリスの意思の強さに驚いたのでは無く、セリザ達の動きに注意していたのだ。
だが、その心配は杞憂に終わった。
「アイリス姫、常駐戦場という言葉をご存知でしょうか?」
「常に戦場にいる心構えですね」
「えぇ、戦場というのは理不尽の極地です。いつ何が起きてもおかしくはない。だからこそ、いつ何が起きても良いように訓練をしているのです。ですよね? ニューシー君」
突然話を振られたニューシーは慌てて頷いている。
もちろん、慌てた理由はセリザの話が全くのでたらめだからだ。少年兵を殴るのは訓練でも何でも無いただの気晴らしでしかないのだ。
万が一、少年兵が拳を避けたり防いだりしようモノなら、当たるまで殴り続けられ、傭兵の仕事が増えるのに報酬の割合は減らされる罰が待っている。
報酬が減らされれば、食い扶持を確保出来ずに、少年兵達はまとめて餓えてしまう。
アイリスの反抗は少年兵達の不利益を生み出すのでは無いかと思われたが、そんなことを露とも知らないアイリスは気丈に振る舞っている。
「客人との商談ですら戦場ですか? 戦場がお好きなら東部戦線へと出て行けばいくらでも楽しめますよ?」
「おっと、これは手厳しい。ですが、我々がいるから、アイリス姫が落ち延びられることをお忘れ無く。こんな任務、遂行可能なのは我々、ブローシュ団以外におりませんよ?」
「……その点については感謝しています」
脅しとも言える確認にアイリスが引き下がり、言葉による斬り合いが終わる。
会議は始まってすらいないのに、場の空気はこれ以上ないくらい酷いものとなっていた。
まるで、檻に入れられた狼と羊だ。もちろんセリザが狼だ。いつでも羊は殺せる。
そんな空気を打ち消すように、セリザが努めて明るい表情で大きく手を叩いた。
「では、話を始めようか。アイリス姫の護衛任務だ」
そうして、アイリス護衛任務の説明が始まった。
作戦内容は至ってシンプルだ。
西側に隣接する国、ヒューゴーに山を超えて送り届けるだけだ。
そこから先はヒューゴーの領主がアイリスを受け取る。
合流地点までは平野の街道を使えば一日くらいだが、国境移動がばれないように山道を使うせいで、歩いて大体二日と言った所だった。
「以上だ。報酬はいつもの割合で出す。出発の準備をしてきたまえ」
セリザの説明が終わると、一方的に話を打ち切られ、キオ達はアイリスと一緒に部屋を追い出されることになった。
「隠密任務だから特に危険も無いし、急がないと間に合わないから、今日中に出発してくれ。頼んだよ灰鬼隊。無事に姫を送り届けてくれ」
セリザはうさんくさい笑顔を浮かべているが、内心は煮えくりかえっているのだろう。
質問なんてしようものなら、どんな嫌がらせをされるか分からない。下手したら今回の任務の成功報酬を丸々取り上げられるかもしれない。
そう思うと、キオ達は何も言い返さず、黙ってセリザの命令に従った。
だが、みんなの胸の内に燻っていた火は強くなっている。
この任務を終えて金が手に入れば、この肥だめみたいな傭兵団から抜け出せる。
その希望の火が少年兵達を支えていた。