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深淵の龍ティアマト

「サムド!」

「分かってる!」


 ガキンと金属同士がぶつかり、火花が散った。

 騎士達の剣をキオとサムドが前に飛び出して止めたのだ。

 歓喜に沸いていた少年兵達の中で、キオとサムドだけは気を抜いていなかった。

 必ずこの時が来ると信じていたからだ。

 ウィンストンが必ず裏をかいてくると。


「やっぱりこうなったね。サムド」

「だな。でも、これでウィンストンは言い逃れ出来ない。お姫様の度胸が勝ったってところかな」


「後は俺達の仕事だ。アイリス、みんなの後ろに下がれ!」


 キオとサムドは騎士達をはじき返し、アイリスの前に出た。


「キオ、託します! ウィンストンを捕らえて下さい! 他の騎士も証人として出来る限り殺さないでください」

「ん、任された。力を寄こせバハムート」


 アイリスが神具バハムートを投げ、キオが剣を鞘から引き抜きながらキャッチした。

 振り抜いた切っ先から蒼い炎が零れ、机に火を灯す。

 キオの無表情な顔が足下から照らされ、地獄からやってきた使者のような様相を呈している。

 だが、ウィンストンの部下も伊達に騎士をやっている訳ではないようで、全くひるむ様子を見せず、剣を構えて呪文を発した。


「心を閉ざす絶界の氷宮、雪の女王!」


 ウィンストンを守るように騎士達の目の前に分厚い氷の壁が生み出された。

 まさに空間を断絶するような壁だったが、キオは構わず剣を振り抜いた。


「邪魔」


 キオが剣を振るうと剣にまとわりついていた青い炎が氷に襲いかかった。

 白い煙が激しく噴き上がり、氷の壁がバキバキと音を立てながらヒビ割れていく。

 そして、ヒビが入った次の瞬間には氷の壁が砕けてバラバラに吹き飛んだ。


「バ、バカな!? 魔導士五人による共鳴魔法だぞ!? これでバハムートの炎は止められるんじゃないのか!?」

「同じ神具で共鳴させれば魔法の効果が上がるんじゃなかったのか!?」


「一体何の魔法を使われたんだ!? 爆発系か!?」


 絶対安全だと信頼していた氷の壁が打ち破られ、騎士達が激しく動揺した。

 だが、キオは特別な魔法は使っていない。

 そのことに敵も気がついた。


「違う! さっきのは魔法じゃない!」

「だったら、なんだ!?」


「神具から魔力が漏れ出してる! ただ溢れて漏れた魔力を払っただけだ!」


 敵の騎士の言う通り、キオは自然と漏れ出る魔力で生じた炎をそのままぶつけただけだった。

 魔法でも何でも無い。ただの呼吸でしかないような行為だ。だが、ただの呼吸でもそれが神話に現れる始祖龍バハムートであれば話しは別だった。


「アイリスからは捕らえてって言われたけど、手加減って難しいな」


 圧倒的な力の差を見せつけられた上で、先ほどの攻撃は手加減だったと告げられた兵士達は戦慄した。

 ただの神話の力を借りた魔導士ではない。神話を体現する化け物が現れたと直感したのだ。

 そして、その直感は正しかった。


「一人ずつやるか」


 キオはウィンストンに向けて真っ直ぐ飛び出すと、間にいた騎士に斬りかかった。


「ひっ!?」

「邪魔だ」


 騎士が反射的に剣を振り上げ、キオのバハムートとぶつかる。

 だが、剣のぶつかる音はしなかった。

 かわりにカランカランと何かが床に落ちる音がした。

 騎士の手元にあった剣は熱で溶断されていた。

 自分の武器が溶かされて切られるとは夢にも思っていなかっただろう。ましてや教会が作った神具だ。今まで数多くの敵を氷付けにし、葬ったはずの武器が玩具のようにあしらわれた。

 そんな信じがたい事実に騎士は呆けた声をあげた。


「……へ?」

「寝てろ」


 キオはためらいなく騎士の首を腕で叩き、騎士を気絶させる。

 絶対に勝てない。そう思わせるには十分過ぎる戦い方だった。

 だが、一人だけ怯えていない敵がいる。


「ワシの命に従え。深淵の龍、ティアマト!」


 長い呪文を唱え終え、剣に黒い闘気を帯びるウィンストンだ。


「まさか灰人に神具を扱える者がいたとはな」

「あんた達上の連中が使わせようとしないからだろ」


「教会との盟約だ。死んで貰うぞ」


 ウィンストンが剣を掲げると、空間が歪み始めた。

 光すらも吸い込みそうな漆黒の穴が空いていく。


「抉り千切れ。深淵招きの龍爪」


 その穴から黒い龍の爪が飛び出して振るわれた。

 キオが咄嗟に後ろへ飛び退くと、爪に抉られた机がぐにゃぐにゃと曲がり、漆黒の穴へと吸い込まれた。

 いや、机だけではない。床にも大穴が空いている。


「なるほど。触れた物を破壊して吸い取る魔法か」

「すばしっこい。さすがはゴブリンだな。だが、いつまで逃げ切れるかな? 腕は二本ある上に足場は限られているぞ」


 ウィンストンの両脇にはもう一つ新たな穴が埋まれ、二つの黒い腕が見えている。

 あの黒い腕が暴れるだけで部屋どころか城が簡単に崩壊するだろう。

 さすが新王として認められたウィンストンに与えられた神具というところだった。

 深淵の龍ティアマト、始祖龍バハムートとともに太古に封じられた災害の一つだ。

 だが、キオはその神話の強大さなど意にも介していない。


「好都合だ。ちゃんと吸い取れよ。焼き尽くせ。原初の焔!」


 今度はハッキリと魔法という形で、キオは炎の渦を解き放った。


「ふん、その程度の炎、かきけしてくれよう」


 全てを焼き尽くす炎を目の前にして、ウィンストンは全く焦っていなかった。

 言葉通り、落ち着いた様子で黒い腕を自分の前に回し、襲い来る炎を掌で受け止めている。

 当たれば消し炭すらも残さない炎が闇に溶けるよう吸い込まれていった。


「ハハハ! バハムート恐るるに足らぬ! 兄上もこの程度の神具で教会に反旗を翻そうなど蛮勇も良い所だ!」


 ウィンストンの勝ち誇る高笑いが闇と炎の中から聞こえる。

 だが、その背後には灰色の影が迫っていた。


「だから、言ったんだ。好都合だったって」

「なっ!?」


 炎の魔法は目くらましで、ウィンストンが炎に気を取られているうちに、キオは彼の背後に回り込んでいたのだ。

 神具を使うものは神具の力に溺れる。己の肉体の力と技術を忘れ、道具の力で圧倒することしか考えていない。そうキオの思った通りにウィンストンは動いた。


「黙って寝とけ」


 ウィンストンの首に剣の鞘が振り下ろされ、ウィンストンは白目を剥いて気絶する。

 それと同時に魔法が解けたのか黒い腕も消えた。

 舌戦でも実力行使でもウィンストンはアイリスとキオ達に完全敗北を喫し、ついにウィンストンの部下達も敗北を認めざるをえなかったようで、武器を捨てて投降の意を示した。


「……私達の勝利ですね」


 アイリスの声は勝利を喜ぶ声ではなかった。

 あまりにも多くの物に振り回され、様々な物を失った。

 父を失い、叔父を失い、信仰と教会の庇護も失った。

 喜ぶというよりかは、緊張が解けて疲れが溢れ出たような声だった。


「アイリスにはまだ仕事があるだろ?」


 だが、キオは容赦無く彼女に次を求めた。

 苦労を労ったり、同情する気配は微塵も感じさせない物言いに、アイリスは苦笑いを浮かべて頷いた。


「そうですね。報酬の件もありますし」

「違うよ。玉座を取り戻したんだ。国を変える宣言をみんなの前でしなくていいの? 窓の向こう、まだ人が沢山いるけど」


「あ……。そうですね。そうでした。私には伝えないといけないことがありました」


 そう言ってアイリスが気を引き締めた瞬間だった。


「やれやれ、ウィンストンは役立たずだったなぁ……」


 会議室で給仕係をしていたメイドが不穏な言葉を漏らしながら、ウィンストンの口に何かを流し込んでいたのだ。

 流し込んでいたのは灰色の液体。


「まずい! みんな伏せろ! 僕が盾を作る! 血に宿れ! 律動する聖城!」

その液体が何なのか気付いた瞬間にサムドは全員に伏せるよう叫んだ。

「ぐあっ!? があああああ!?」


 ウィンストンは黒いモヤの漏れる首を押さえながら暴れ回っていたが、暴れて触れた物がグニャグニャに曲がり、潰され始めた。

 その様子はまるでキオと先ほど戦ったときにみせた能力だ。

 まさかと思ったキオが炎を放ってみるが、キオの放った炎はあっけなく吸収された。


「ちっ、そうか。さっきの液体は――」

「キオもこっちに下がれ! 来るぞ!」


「キオ、サムド、一体なにが起きているのですか!?」


 一人おいて行かれているアイリスが酷く慌てた様子で二人に尋ねると、下がったキオは珍しく興奮気味に何が起きたかを説明し始めた。


「飲まされていたのは魔物の血だ。俺達アッシュは魔物の血を取り込んで肉体を強化しているけど、失敗すると魔物化するんだ。身体ができあがった大人ではほぼ全員が魔物化する。何の魔物になるかは血の由来に関係するんだけど、あいつはティアマトっていう神具を持っていた」

「まさか、ウィンストンの身体は!?」


「ほぼ間違い無く、ティアマトの魂が乗り移っている。実体化する前に倒したいけど、さすがにこれじゃあ近づけない」

「そんな!? ティアマトと言えば古代にいくつもの国家を絶滅させた伝説の龍ですよ!? それが蘇ったらキュルトは!?」


「あの黒いのに飲み込まれて消えるだろうね」


 ウィンストンが正気だったころはあくまで力の一端を再現しただけだった。

 そして、ティアマトの剣に宿っていた魂が本物でも、贋作の魂でも、伝説に近いことは再現出来る。


「キオ! あいつの床だけは消えていない! 下からあいつを炎で打ち上げれば攻撃は効くはずだ!」

「なるほど。やるよサムド。俺を下に送ってくれ」


「分かってる。穴開けるぞ!」


 サムドは既に城を自分の物にしていて、構造を自由に変化させることが出来た。

 その力を使い、床に穴を開けてキオだけ下の階に落とした。


「吼えろ! 原初の炎!」


 そして、下の階に落とされたキオはバハムートの炎をウィンストンのいる天井一点に向けて解き放った。

 龍の形をした炎の渦が天井を突き抜け、壁に穴を開け、天に昇っていく。

 その軌跡にウィンストンの姿はなかった。


「さすがキオです!」


 アイリスの歓声が聞こえてキオが上の階へ飛び移る。


「どうしたのですか? 浮かない顔をして」

「いや、ティアマトの神具が見当たらないんだけど」


「言われて見れば……まさか!?」


 そのまさかだった。

 空が陰り、龍の咆哮が轟いたのだ。

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