つかの間の談笑
王都中に散っていった魂灯組のメンバーが戻ってくるころには町中がアイリスの噂で一色となった。
王の崩御と戦線拡大と同時に亡命した所死亡という告知があったせいで、色々な情報が錯綜していたらしい。
腰抜けだと怒る者、ウィンストン公爵の策略だと考える者、どちらにせよ戦争はウィンストンが治めたため彼で良かったと言う者、今の圧政を嫌ってアイリスの復帰を望む者と様々な人がいる。
それでも等しく野次馬根性を発揮しているらしく、広場にはかなりの人が集まり始めていた。
もう後戻りは出来ない。ここから先は何があろうと前に進むしかなくなった。
キオ達が最後の準備を整えていると、アイリスがキオの横に座り話しかけてきた。
「キオ、先ほどは私の提案に賛同してくれてありがとうございます」
「礼を言われることじゃない。あんたの言っていることが効率的だっただけだ」
「それでもお礼を言わせて下さい。以前の私なら絶対に思っても口に出来なかった提案でしたから」
「余計意味がわからないんだけど。俺何かした?」
キオは装備の点検を止めて、小首を傾げながらアイリスに視線を向けた。
すると、アイリスは少し嬉しそうに微笑むと、胸に手を当てながら言葉を発した。
「自分の手が汚れても成し遂げようとする。あなたの言った言葉です。この作戦は正直に言えばかなり卑劣な手ですし、危険な手です。ですが、命の一つも賭けなければウィンストンをこちらが有利な状況で引っ張り出せません。聞き出さないといけないことは沢山あるのですから」
「へぇ。そっか。やっぱり俺より考えてるんだな。交渉なんて考えてもなかった」
「いえ、そんなことないですよ。ただ、誰も傷付かずに済ませたいという私の理想を果たすには、これくらいの覚悟がいるのだと教えてくれたのは、キオ、あなたです。私は二度とチャックのような悲しみを生ませません。何も考えず、何も出来ずに皆を死なせません」
「そっか。きっとチャックも喜ぶよ」
キオはそう言うと穏やかに微笑んだ。いつもの無表情とは違い、年相応の子供らしい笑顔だ。
その笑顔にアイリスは少し驚いて声を漏らしたがすぐに笑顔になった。
「フフ、こうやって見ると意外と可愛らしい顔をしているのですね」
「ん? そうなのか? 初めて言われたかも」
「えぇ、とても素敵です。やはり私は綺麗事だと言われても、私の理想を果たします。あなたも笑顔になれるような国を作ります。だから、力を貸して下さい」
アイリスはそう言うと手を伸ばした。一度断わられた握手をもう一度改めてして欲しい。そんな手だった。
だが、キオは手を伸ばさなかった。
「それは対等の証の握手なの?」
「いえ、あなたの力を借りるための握手です」
「俺の手は汚れているよ? 血だって灰色だ」
「構いません。私の手も既に汚れています。それにキオならば受け入れられますから」
アイリスの言葉にキオも手を差し出すと、アイリスの方からキオの手を握りしめてきた。
まるで長く会っていなかった友の手でも握るかのように、アイリスはギュッとキオの手を握っている。
「ありがとうキオ。力を貸してくれて」
「アイリスって意外と手冷たいんだな」
「あはは……実はちょっと冷え性なんですよね」
「でも、ひんやりしていて柔らかくて気持ち良い。ずっと握っていても良いと思えるくらい。アイリスの手はすごいな」
「んなっ!?」
キオが珍しい物でも見るかのように握っていた手を凝視しながら呟くと、アイリスは今までに聞いたことのないような声を出して小さく飛び跳ねた。
驚かれたキオが咄嗟に手を離すと、アイリスは真っ赤な顔で両手をもじもじさせていた。
「ごめん、嫌だった?」
「い、嫌とかそうじゃなくて……。今自分が何をおっしゃったか、わ、分かってますか?」
「アイリスの手が気持ち良いってこと?」
「……キオ、良いですか? 女性の手を握って冗談でもそういうことを言うと勘違いされますよ?」
「冗談なんて言ってないんだけど、何を勘違いするんだ?」
「そ、その人のことが好きなんだと勘違いされますよ……」
「ん? 勘違いじゃないけど、アイリスのことは好きになったから」
「へっ!?」
キオの堂々とした告白にアイリスはもう一度飛び跳ねながら驚いた。
真っ赤だった顔がさらに赤くなり、目が色々な方向へ泳ぎまくっている。
今までに見たことの無い動揺っぷりだった。
「ちょっとはあんたの言うことを信じられるようになった」
「あ、あぁ、なるほど……。そういうことでしたか」
「それ以外に何があるの?」
「あはは……やはり早い内に何とかしないといけませんね」
呆れて笑うアイリスに対して、キオは首を傾げることしか出来なかった。
一体何をどうするのか、その答えを知らないキオが答えを聞こうとする前にアイリスは話題を無理矢理変えてしまったからだ。
「キオ、もし、自由になったら、あなたは何がしたいですか?」
「んー、まぁ、今のアイリスなら言ってもいいか。漁師にでもなろうかと思ってる」
「漁師ですか?」
「俺、野菜とか家畜とか育てるの苦手だから。でも、釣りとか漁なら俺でも出来る。俺が魚を捕ってくればみんなで食べられるから」
「ふふ、やっぱりキオは優しいですね」
「そう? 普通でしょ。大切な仲間なんだから。あぁ、あんたも含めてね」
キオはそう言うと荷物をまとめて立ち上がった。
楽しいお喋りの時間は終わった。
ゴーンゴーンと鐘をつく音がする。時を告げる鐘がなったのだ。
それが始まりの合図だった。
「行くぞ。この大仕事を成し遂げる!」
「「おぉっ!」」
鐘の音に負けないサムドの雄叫びで、魂灯組の少年兵達が武器を掲げた。




