灰色の鬼の夢
キオは物心がついた頃から傭兵として働いていた。
山賊排除や戦争に参加といった対人戦から、魔物の駆除まで幅広くやってきた。
最近は所属する傭兵団がある国で戦争が始まったため、仕事がたくさん入ってくる。
この日は兵団の通る街道の魔物駆除の仕事があった。
いわゆる露払いというやつで、スライムやゴブリンといった魔物を駆除する簡単な仕事だ。
その仕事をあっさりと済ませたキオは、所属する傭兵団が持つボロボロな宿舎の食堂で、昼食をとっていた。
皿の上にはゆでたトウモロコシとふかした芋が脇に乗せられ、真ん中にはガチガチに硬い何かの肉が置かれている。そして、肉の隣には煮ただけの葉菜が置かれ、水がきちんと切られていないせいか、べちゃべちゃしていた。
味付けはテーブルに置かれた塩で各自調整することになっている。到底美味とは言えないが、キオは表情一つ変えずに食事を口の中へと放り込んでいった。
相変わらず不味い。そう思っていたキオの肩がポンと叩かれた。
「やぁ、キオ。早いね。今日のノルマのゴブリン百匹退治はもう終わったんだ」
「サムド、おかえり」
サムド=コニー、キオの所属する傭兵団の少年兵部隊、灰鬼隊の最年長で部隊長を務めている。
キオと同じ灰色の髪をオールバックでガッチリ固めている。灰色の目は垂れ目気味で傭兵というよりかは優しいお兄さんという感じだ。そして、頬に十字の切り傷が刻まれているのが特徴的な少年だった。
サムドは食事の乗った皿を机に起き、キオの隣に座ると、傭兵に似合わない人懐こい笑顔を見せながら、食事についての感想を口にし始めた。
「今日は食事が豪華だな。ふかし芋だけじゃくて、トウモロコシまでついてくるんだ。味は相変わらず塩だけだけど」
「お腹は膨れる」
「まぁね。戦争のおかげで飯が食える。複雑だけどね。そう言えば、午後に仕事は入ってるかい?」
「いや、午前中に片付けたから大丈夫。何かあったの?」
「さっき第一部隊へ報告に出かけたら、僕達灰鬼隊を指名しての護衛任務が出来たんだ」
「へぇ……。もぐもぐ」
「興味無しって感じだね」
キオ達が所属する傭兵団は大人達で構成される第一部隊と、キオを始めとする十七歳以下の少年で組織された灰鬼隊の二部隊に分かれている。
表向きには第一部隊の大人達が活動していることになっており、子供達だけで構成される灰鬼隊を指名することはない。
事実、灰鬼隊の指名は結成以来初の珍事だった。
それにも関わらず、キオは興味が無さそうにトウモロコシをかじり続けていた。
「やることは一緒だから。指名があってもなくても、襲ってくる魔物か人を殺すことは一緒でしょ」
「ま、その通りだね」
キオが一切興味を見せないせいで、サムドは苦笑いを浮かべながらジャガイモをフォークに突き刺した。
「なら、興味が出る話を一つするよ。戦争は僕達のいるキュルト王国が負ける。近い内に僕達の仕事は激変するはずだ。多分一度増えた後、減る」
「ん……なんで? こんなに仕事が来るのに」
「王様が死んだ。そのせいで東の戦線が押し込まれている。僕達のいる西まで敵が攻めてくるのは時間の問題だろうね。で、それまでは仕事増えるけど、そのまま国が負けたら、僕達にお金を払う人がいなくなって仕事が減るって訳さ」
「王様が倒れただけで? あぁ、そっか。王様は有名な魔導士だったね。それは負けるかもしれない。戦争だと俺らみたいな歩兵の数じゃなくて、魔導士の数で勝敗決まるもんね」
戦争の趨勢を決めるのは兵士の数だけではなく、魔導士の質と量も大事だった。
戦争の行方を左右する魔導の力は、剣を大地に突き立てれば大規模な地震が起きて、地割れが出来るとか、剣を掲げれば無数の雷を敵陣に落とすといった天災規模の事象を引き起こす。
もちろん、そこまで出来るのはごく一部の人間だけではあるが、キュルト王はこの国で最強の魔導士だった。
文字通り戦況をひっくり返せる魔導士が倒れたことで、キュルト王国は敵国の魔導使いに対処出来ず、敗走を続けているらしい。
「大事な話はここからだよ。肝心の王位継承者になる一人娘のお姫様は魔導士としての活動が無い。しかも、国外逃亡を謀っているみたいだ」
「戦えないのなら、逃げるのは正しい選択だよ。弱い者が死んで、強い者が生き残る。なら弱い者が生き残るには逃げて隠れるしか無い」
キオはそう言うと、相変わらず興味が無さそうに肉にかじりついた。
王様が死のうが、国が戦争で負けようが、キオ個人には何の関係も無い。
キオは幼い頃から傭兵を続けていたせいか、仕事を貰う国が変わることは何度か起きた。
そんなキオにとって、国は生きる糧を手に入れられる仕事をくれる程度の認識でしかなかった。
「その通りだね。弱いヤツは死にたくなければ、隠れて逃げるしかない。今回の依頼、その国を捨てて国外逃亡しようとしているお姫様からだって言ったら、興味出てくるかな?」
サムドの表情から優しさや親しみが消え、真剣な面持ちでキオに尋ねてきた。
こういう時のサムドは何か爆弾を抱えている時だ。それも割と危険な案件であることが多い。
キオはかじりついていた肉から口を離すと、小さく頷いてサムドの話を促した。
そして、サムドの口から今回も例に漏れず危険な雰囲気のする話しが語られた。
「前金はドラム金貨百枚が一括で第一部隊に持ち込まれた」
「多いね。こっちの分け前は?」
「残念だけど、前金に関してはいつも通りゼロだね」
「やっぱりそうなんだ。期待はしてなかったよ」
傭兵団の経営や経理は第一部隊の人間が握っており、キオ達の部隊が稼いだお金は一度第一部隊の手に渡った後、六割をさっ引かれた残り四割の金額がキオ達の部隊運営費に入ってくる。
これはあくまで成功報酬の話しで、依頼を受ける際に貰う前金はキオ達灰鬼隊が受けようが、全て第一部隊のモノになっている。
ドラム金貨百枚はキオ達少年兵が一年かけて手に入れる総額報酬くらいの金額だ。
灰鬼隊に指名が入っても、それをあっさりと着服されてしまうのだから、理不尽さは微塵も軽減されていなかった。
「問題は成功報酬の方だね」
「いくら?」
「ドラム金貨三千枚」
「は? サムドも冗談を言えるの?」
さすがのキオもこれには目を丸くした。
ドラム金貨三千枚は人が一生かけて稼ぐと言われている金額だ。
それをあっさりと支払うと言われたら、誰でも嘘だと思ってしまうだろう。
「僕を何だと思ってるのさ。冗談じゃないよ。僕達の分け前は四割の千二百枚。僕達の計画を実行するには十分な金額だ」
サムドとキオの計画には金が必要なのだ。
自分達の稼ぎを天引きされることのない新たな傭兵団を作る。それがキオとサムドの夢だった。これにはどうしても金がいる。
だが、その夢を抱いたおかげで、二人は今日まで生き残った。
「傭兵の格言に高い報酬金が支払われる仕事には手を出すな。と言われるくらいだ。罠の可能性もある。でも、燻った火がもう一度灯るために必要なモノがこれで揃う。キオ、今回の任務必ず成功させよう」
「うん、サムドの言う自由を手に入れる」
そう言ったサムドは拳を突き出し、キオも無言で手の甲を合わせて、無言の契約を結んだ。