アイリスの提案
キオはガタガタと揺れる木箱の中で大人しく体育座りをしながら外の音に気を配っていた。
人通りが増えてきたのかガヤガヤと色々な人の話す言葉が聞こえる。
どうやら検問がおこなわれているようで、その不満を口にしていた。
「前の王様の頃はこんなことなかったのになぁ。そのうち有料で通行証を売り出すとか言い出さないか心配だぜ」
「税も上がるわ、商売もやりにくくするわ、ウィンストン王はダメだよなぁ」
とはいえ、通行証がないと通れないほど厳しいものではなく、適当に門番の質問に答えるだけで入れるようだ。
もし、中身全てを確認されてしまったら強行突破するしかなくなっていた。
とはいえ安心は出来ない。キオ達潜入組の木箱は出来るだけ下に積まれているが、万が一という場合もある。
そしてついにキオ達の番が回ってきた。
「荷物の中身は?」
「宝石と貴金属でございますわ」
女性の行商人は割と珍しい。魔物や盗賊にいつ襲われるか分からないからだ。
そこまでのリスクを背負って売りたい物が農産物であっては簡単に怪しまれる。
そこでセリザが貯め込んでいた金目の物を箱に詰め込んだのだ。
「ふむ。中を確認させてもらうぞ」
「確認するだけですよ?」
「わかっている」
ガタッと木のフタが開く音がする。
続けて金属が擦れる音がした。門番はかなり中身をまさぐっているようだ。
「ふむ。確かに。では次の箱を。む? 小僧何をする!?」
次の箱を開けようとする門番の声が突然荒れた。
誰かがトラブルを起こしたらしいが箱の中からは何が起きているか見えない。
キオは剣の柄を握りしめると、いつでも飛び出せるよう体勢を整えた。
「えぇい! その気色の悪い手を離せと言っている! おい女! お前の護衛だろ!」
「主、発言の許可を願う」
聞こえたのはサムドの声だった。
どうやらサムドが門番の手を掴んだらしい。
「えぇ、よろしくてよ? その小汚い口をきく許可を与えるわ」
「門番の手袋の中に指輪が入っています」
「この小僧!? 何を根拠に!」
どうやら門番が指輪をくすねたらしい。それをサムドがとがめたようだ。
もちろん門番はでたらめだと騒いでいる。
普通ならここで門番を疑うところだが、聞こえてきたのはアイリスの怒鳴り声だった。
「無礼者! 灰人のくせに何を言っているの! 王都を守る騎士様がそんなことをする訳ないでしょ!」
アイリスは門番の肩を持ったのだ。
その上でパシッ! パシッ! とサムドがビンタされる音が連続した。
「地に這いつくばり謝罪致しなさい! この無礼者!」
「申し訳……ありませんでした」
アイリスの怒声に比べ、サムドの方はかなり疲弊したような声を出している。
普段の二人からは信じられない調子の声に、キオは目を白黒させていた。
演技をするとは聞いていたが、聞いていなかったら木箱から飛び出していたかもしれない。
だが、そのおかげか、門番の気勢は一気に削れたらしい。
「ちっ、分かれば良いんだよ。行って良し」
かなり投げやりな口調だったが、通過の許可が出た。
その瞬間、張り詰めていた空気が軽くなったような錯覚まで覚え、キオは剣から手を離した。
そして、無事に王都内に潜入した一行は人通りの少ない路地裏で箱から顔を出した。
「サムドさん、ごめんなさいっ!」
その瞬間にアイリスはサムドに思いっきり頭を下げた。
だが、サムドは身体についた汚れをはたき落としながら笑っていた。怒っている様子は全くない。
「いや、良い演技だったよ。殴って良いとは言ったけど、ビンタされた後に地面に押しつけられて、頭まで踏まれるとは思わなかったけど」
「あう……。ごめんなさい……。あんな展開になるなんて思っていなくて、出来るだけ相手の気を反らすことだけを考えていたら……あぁするしかなくて。でも、本当に指輪を盗まれたんですか?」
「うん。盗まれてたよ。だから、アイリスさんのおかげで逃げる口実が出来たと思ったから、逃げるように離れたんだ。とても良い判断だったよ」
そんなサムドとアイリスの機転と演技によって怪しまれることなく部隊は送り込めた。
とはいえ、本番はここからとも言える。
王城に居座るウィンストンのもとまでアイリスを送り届けないといけないのだから。
王都内への潜入はあくまでスタート地点に立っただけでしかない。
「さて、後は王城への侵入だけど、作戦通り屋根伝いに進軍する偵察部隊とアイリスを守る護衛部隊に分かれよう。護衛部隊は石化したセリザを運ぶのも忘れずに」
「サムドさん待って下さい。提案があります」
「提案?」
「はい。ここに来る途中聞こえた声にはウィンストン公爵を暗に非難する声が多くありました。民はまだお父様を望んでいるのです」
「でも、王様は亡くなられていますよ?」
「はい。だからこそ、私がお父様の意思を継ぐと城前広場で宣言致します。お父様に代わり私が統治すると」
その提案にキオも含めた全員が目を丸くした。
傭兵団では絶対に思いつかない発想だ。なにせ敵本拠地のど真ん中で敵に宣戦布告するようなものだ。普通なら自殺行為でしかない。
隠密潜入による優位も奇襲のメリットも全て投げ捨てるような提案だったが、アイリスは構わず続けた。
「そのために人を集める必要があります。広場が埋まるぐらい大勢の人が必要です」
「ん? アイリス、あんた市民を盾にするつもりなの?」
キオの疑問に他の団員はサムド含めてありえないだろ? という顔をしていた。
この心優しいお姫様がそんなえげつないことをする訳がない、そんな声が聞こえてきそうだ。
「このお姫様に限って、さすがにそれは――」
「はい。さすがのウィンストン公爵も自国民を焼き払うような神具は使えません。それに市民の前で公爵が私を殺そうとすれば、己の犯行を自供しているようなものです。その時は私の名においてあなた方に逆賊討伐の依頼を出します。必要とあらば血判を押した遺言状を渡します」
「……マジですか?」
さすがのサムドも驚き過ぎて驚けていない反応をしている。
だが、アイリスは力強く頷いた。
「はい。私は戦う武器は持っていません明が、人を集めることが出来る名前という武器を持っています。その武器を使い、戦いを有利に進めるのは当然のことです」
「万が一、市民に怪我人が出たらどうするの?」
「大丈夫です。私の名前と存在は敵の目を引きつけられます。神具さえ封じることが出来れば、騎士団の持つ弓矢ぐらいしか怪我人を出す武器はありません。そのため、私は市民から離れた場所に立ち、あえて目立ちます。そうすれば、全ての攻撃は私に向けられるはずです。魂灯隊の皆様には人が近づけないように、私を守って欲しいのです」
アイリスの提案は彼女を中心に円陣を組み、飛んでくる矢を打ち払って欲しいというものだった。自らを囮にして、敵の行動を封じる大胆な手だ。
一見するとかなり無理のある内容だが、キオ達は傭兵として何度も人の護衛は個人でやったことがある。それに矢を打ち払うくらいのことは灰血の流れる彼らにとってみれば、朝飯前のことだ。
「サムドどうする? 矢払いくらいなら誰でも出来るけど」
「僕達の神具使いは四人だけ。相手は百人くらいいそうだし、確かに神具使い同士の大規模戦闘が避けられるだけ安全か」
そうなれば、神具を持たない少年兵達の負担はかなり減る。
とはいえ危険な賭には変わりない。
これにはサムドも即断出来ずに悩む様子を見せた。
この作戦はウィンストン公爵が暴挙に出ないことを前提にしている。逆に言えばウィンストン公爵が暴挙に出て、市民や王都ごと攻撃すれば、絶体絶命の窮地に陥ってしまうからだ。
「サムド、俺はアイリスの提案が良いと思う」
「なんでそう思う?」
「神具は威力の加減が効かないから。地図を見る限り広場から城の後ろにかけては湖が広がっている。城に向けてなら魔法をぶっ放しても町に被害は無さそう。敵が神具による魔法で俺達を狙っても、何とか弾ける」
「逆に隠密作戦ならどう考える?」
「隠密自体が難しい。俺達だけならまだしも、今回はセリザとアイリスをウィンストンの所まで運ばないといけない。見つかるなという方が無理で、見つかったら城内で乱戦になる」
「なるほど。だったら、最初から戦闘状態に持って行って正面から力押しした方がお姫様を守りやすいってことか」
「そういうこと」
「分かった。一番戦いに長けているキオがそう言うのなら、そうしよう。みんな作戦変更だ。二人一組で散開。アイリス暗殺計画と帰還の流言をばらまいてこい。一時間後に再度ここで集合。散開!」
こうしてキオ達は大きな賭に出た。
戦わずして道を切り開けるか、傭兵団には不相応な大勢の命を背負って戦うか、
だが、この時はまだキオもサムドですらも気付いていないことがあった。
それが後に大きな波となってやってくるとも知らずに。




