合流
キオが炎から解き放たれると、剣に宿っていたバハムートの声がよりはっきり聞こえるようになった。
「我が炎に耐えたか。我の負けだ。契約通り我が力をお前の身体に宿したぞ」
「へぇ、魂を血だけじゃなくて身体にまで宿すとこうなるんだ」
剣を握る手の甲にはガントレットに見える白銀の鱗が生えている。
背中には炎を帯びた六枚の翼と、長い尻尾。
龍の姿と人の姿が入り交じったかのような造形だ。
「これでより我の姿に近づいたという訳だ。さぁ、真なる炎を放つと良い」
「あぁ、どこにいるか分からないのなら、山ごと消し飛ばす! 蒼光の太陽!」
キオは剣を振りかぶり、勢いよく振り下ろした。
剣が空を切る音はまるで龍の咆哮のように鳴り響き、青い炎の塊が山に向かって放たれた。
青い炎は口をあけた龍の形となり、そのまま山に噛みつくと、まるで噛み千切るかのように山を吹き飛ばした。
「トールの雷は消えてない。次」
キオは淡々と次の山に目をつけた。
何万年と時をかけて作り上げた山を、子供が作った砂山を崩すかのような気楽な感覚でキオは山を焼き払い、崩していく。
「次」
「我が主よ。少しは感慨や感動という物は無いのか?」
「無い。次。あ、消えた。今のが当たりだったか」
「神話級の力より結果を重視するか。面白い」
神話に現れる獣が呆れるぐらいに、キオは自分のやった出来事に興味がなかった。
わずか数分の間にキオは何万年と時をかけて作った地形を大きく変えたというのに、その表情は落ち着いていた。
まさに神とも悪魔とも言える所行なのだが、当のキオの興味は仲間のことだけだった。
「これで安全にサムド達が動ける。俺達も行くぞ」
「己の目的だけに特化しているようだな我が主」
「そういうお前は随分お喋りになったな? 少し前まで身体を寄こせしか言わなかっただろ」
「服従の証だ。我が魂は主の血に負けた。今や我が魂は主の一部。主が死ねば我の今の意思も消える。一心同体になったからには、主のことを知る必要もあるだろう?」
「好きにすれば? それよりもさすがにこのままだとサムド達を焼き殺すから、解除してもらっていい?」
「ふむ。そうだな。灰は灰に、塵は塵に」
バハムートの憑依が解けると、キオの身体に生えていた鱗や翼は灰になって崩れ落ちた。
自分の身体が崩れ落ちるというかなり珍しい体験に、さすがのキオも目を丸くした。
怪我をした所から血が流れ出るのとは訳が違う。自分が一瞬朽ちたのかと思ったのだ。
「ほぉ、主でも驚くことがあるか」
バハムートの声は本当に驚いているようで、キオは小さくため息をついた。
ため息をついた理由はとても簡単で、酷く単純だった。
面倒臭い武器になった。
「俺はお前が驚く方に驚いたよ」
「ふむ、なかなか愉快な主だ。気に入った」
こうして、キオはバハムートをより使いこなすことで窮地を脱し、サムド達を追いかけるのであった。
○
キオは雷神騎士団を言葉通りかき消した後、サムド達の通った足跡を見つけ、足跡を沿いながら走った。
数は減っていない。誰も雷に打たれることなく生き延びているようだ。
途中で人型のくぼみがあったけど、アイリスが転けたのだろう。とりあえず、足跡は復活しているので問題無い。
そして、その人型のくぼみがあった近くに、サムドの聖城が建っていた。
そのてっぺんでサムドが周りを見渡して警戒していたが、キオに気がつくと城から飛び降りて駆け寄ってきた。
「無事で良かった。何かすごい爆発音がしたが、あれはキオがやったのか?」
「あぁ、うん、俺、頭悪いからさ。敵がどこにいるか分からなかったから、山ごとぶっ飛ばしてきた」
「は?」
「山を走り回るのはさすがに大変だからね。山ごとバハムートの炎で焼き払えば、敵も一緒に焼けるかなって」
「そんなさらっと言われても……。相変わらずすごいよキオは……」
「そんなことよりサムド、神具って意外とうるさいから気をつけた方がいいよ」
「そんなことってお前……。って、え? 確かに色々な魂の混ざり物だから身体を寄こせって最初はうるさいけど、普通の憑依では身体を乗っ取れないと分からせた以降は割と静かだぞ?」
「あぁ、うん、染血憑依をするとすごいうるさくなる。現に今も結構頭の中に喋りかけてくるし」
「はぁっ!?」
サムドが素っ頓狂な声をあげると、アイリスが聖城の中から外に出てきた。
「サムド、どうしました!? キオに何かあったのですか!?」
よっぽどサムドの声が大きかったのだろう。アイリスは戻ってきたキオに気がついていなかった。
「あ、アイリスだ。怪我してないの?」
「え? あれ? キオ無事だったのですね? というか、怪我の心配なら私ではなく、囮になったあなたでしょう?」
「いや、近くにアイリスの転んだ跡があったから」
「あっ……あれは……。うぅ、私に怪我はありません……」
「そっか。ならいいや」
特に興味がないと言った様子でキオはサムドにむき直すと、改めて染血憑依について何が起きたかを説明した。
バハムートと一体化し、神話級の力を手に入れたこと、山を三つほど吹き飛ばしたことを報告する。
「これが嘘じゃないなんて……。キオはすごいよ……」
「サムドさん、話しが見えないのですが、染血憑依とは何ですか?」
「魔導士が神具から力を引き出すのは、神具に宿る神や獣を屈服させて、力を引き出す訳だけど、無理矢理引き出しているようなものなんだ。僕達アッシュも神獣の持つ力に耐えて従わせるけど、原理は同じ。でも、僕達アッシュには第二段階の憑依がある。力だけじゃなく、神獣の存在そのものを自分の身体に宿して、同化する憑依術。灰色の血と灰色の身体を神に捧げて同化する方法を染血憑依と呼ぶんだよ」
「そんな力があるなんて……。でも、一体何をそこまで驚いたんですか?」
「普通の憑依はあくまで耐えられる肉体があるかどうか。僕達アッシュなら痛みの代償はあるけど、大体なんとかなるんだ。でも、染血憑依は違う。自分の肉体に荒ぶる魂を取り入れて、自分の身体に魂を定着させる必要があるんだ。神話になるような強い魂を取り込んでも壊れない身体と、屈しない強靱な精神がないと出来ない術だよ」
「良く分からないですが、その屈したり、失敗するとどうなるんですか?」
「荒ぶる魂に身体を奪われて、もともとの魂が消える。すると器である身体が人の形を維持出来なくて、見境無く暴れ回る魔物になってしまうんだ。そうなったら二度と元の人には戻れない」
簡単に言えば、自分の命を投げ出すくらいの覚悟がなければ出来ない術だ。
それをキオは何の疑問もなくやってのけた。
「キオ、あなた失敗したらどうするつもりだったのですか!?」
「んー、その時は、雷を打つやつを探して山の方に飛んで行くから、サムド達の逃げる時間を稼げる。どっちにしても助けられるのなら、やるしかないと思うけど」
「す……すごいですね……キオ」
アイリスはもちろんサムドも若干引いていた。
だが、これがキオの強さだった。
ただ目的を遂行するために全てを投げ出し、実行する覚悟の出来る意思の強さ。
「そう? 普通でしょ。それよりもお腹が空いた」
その一言にサムドとアイリスはもう呆れて笑うしかできなかった。
「やっぱりすごいよキオは」




