囮
キオが聖城から出て行って数分後、雷は違う場所で落ち始めた。
サムドが念のため、雷の落ちた先を何度か確認を取ってみたが、王都方面へ落ちる気配はない。
「キオが上手くやっている間に、僕達も急ごう」
「キオは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ。キオは誰よりも強い。強いっていうのは力の強さもそうだけど、誰よりも生き残ろうとする感覚が強いんだ。魔物の血を取り入れると、そういった第六感的な感覚が出来るんだけど、キオはそれが特別強い」
「そんな力があるのですか」
「だから、僕達もキオが時間を稼いでいる間に出来るだけ進みましょう」
サムドはアイリスに嘘をついた。
魔物の血を取り込んでも第六感は強くならない。
でも、そうでも言わなければ、アイリスは前に進まないと思ったのだ。今は一秒でも惜しい。
十分とはキオに言ったが、サムド達に残された移動時間はもう五分ちょっとしか残されていない。
「魔物には十分警戒するように。陣形を維持しながら行くよ」
サムドは号令をかけると、皆の先頭を走り、暗い森を駆け抜けた。
(キオ、頼むから無事でいてくれよ)
○
キオは雷が降り注ぐ中、山に続く森の木を焼き払い続けていた。
自分の身に注意を向けるためにしては、あまりに過剰な火力を撒き散らしている。
あまりにも目立ちすぎたせいか、雷の降り注ぐ範囲はどんどん狭まっている。
「そろそろか」
キオはそう呟くと剣を山に向けて構えを取った。
「サムド達は離れた頃、目の前に障害物は無し、これなら全力を出せる。そうなんだな? バハムート」
そして、静かに剣に語りかけると、バハムートの宿る剣先に炎が灯り、まるで頷いているかのように揺らめいた。
その切っ先にキオは自分の指を触れさせて、ワザと傷をつける。
灰色の血が剣に垂れた刹那、キオは神具に囁かれるまま、その呪文を口にした。
「染血憑依、器に宿れバハムート!」
バハムートの名を呼ぶやいなや、キオの身体は炎に包まれた。
まるで卵のような長細い炎の塊。その炎に雷神の雷が降り注ぐ。
闇夜の中で一際輝く炎の卵は、雷を受けて赤色から白色へと色を変化させていく。
そして、止むこと無く降り注いだ百発目の雷で、炎の卵は割れた。
○
「隊長、目標を撃破しました!」
「うむ。神具持ちがいると報告を受けた時は信じられなかったが本当だったな。一週間は待機しろと言われた時は耳を疑ったが、さすがウィンストン王だ。どんな事態にも備えていらっしゃる」
トールの雷を操っていた騎士団は、攻撃していた炎の卵が割れて沸いていた。
トールの大槌と呼ばれる神具を団員の全てが装備していて、敵を徹底的に打ちのめす悪魔のような部隊だ。その名も雷神騎士団。野戦最強の騎士団としてあげられるほどの実力者の集まりだ。
「だが、やはり我々は対大軍向きな部隊だな。遠距離攻撃が出来るとは言え、少人数を相手にすると精度が足りない。念のため隠れているであろう雑兵も片付けるぞ。総員構え!」
「はいっ!」
騎士団長が気を引き締め直し、再度大槌を掲げる。
そして、王都へと続く森を雷で焼こうとした瞬間だった。
目の前が青い炎に包まれたのだ。
一瞬昼の空でも目にしたのかと思うほどの光に、騎士団長は言葉を失った。
そして、次に目にした光景に目を疑った。
隣の山が消えていたのだ。
そして、その山をかき消した主は――。
「団長! 先ほどの炎があった所に人!? いえ、龍!?」
六枚の翼を生やした白銀の人だった。
「なんだあれは!? 退却! 総員退却!」
「隊長! 二発目が!? あああああ!?」
「バカなっ!? 我々雷神騎士団が敗北するなんてありえ――」
青い龍の炎が目の前に迫り、雷神騎士団は最後の言葉を言い終わる暇もなく、飲み込まれ、跡形もなく蒸発した。




