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公爵の罠

 魂灯組が発足してから二日目の朝、魂灯組はアイリスとともに町を離れていた。

 目的地は王都クルスマ、今回の一件を仕組んだウィンストン公爵のいる城までアイリスを連れて行くのが、今回の任務だ。

 行程は普通に歩いて大体3日くらいかかる。

 間にはいくつか町や集落があるため、補給も十分に出来るし、サムドが手に入れた神具で土から城を作れるため、野宿も快適な旅路となる予定だ。

 そんな旅路で、キオは偵察部隊として本隊から離れ、少年兵三人を連れて先を歩いていた。

 今回の偵察目的は休憩を予定している村に敵がいるかいないかの確認だ。

 ハナン村、牧草地が広がって、牛がのどかに草を食む牧歌的な光景な村だ。

 キオにとっては護衛任務で何度か訪れている馴染みの村だった。

 だからこそ、異変はすぐに気がついた。


「みんな止まれ」

「どうしたんですかキオさん? 敵は見当たりませんけど」


「人が外にいない。普通、この時間帯なら仕事をしている」

「何かあったんでしょうか?」


「それを確認するのが仕事」


 キオはそう言うと周りを見渡し、高台に生えていた一番高い木を指さした。高い所から村を見下ろし、何が起きているか確認するにはちょうど良い高さだ。


 その木にキオ達三人はよじ登り、村を見下ろした。

 鐙のつけられた馬が十頭、荷物を運ぶ馬車一台が村の酒場の前に止めてある。明らかに村の物では無いし、武装した男が荷物の番をしている。

 どこかの傭兵団か、騎士団か、どちらかは分からないが、武力を持つ集団だ。

 キオは木から飛び降りると、少年達に偵察を命じた。


「ライ、セント、レフ、村にいる傭兵団の目的を探ってきてくれ」

「「はい」」


 キオの命令で少年兵達が散って、村の中へと走っていった。

 ただの杞憂かもしれないが、傭兵としての経験がキオに危険を告げている。


「この村からの討伐依頼を数日見てない。少し前まで近くの森に出る魔物討伐依頼がかなり来てたはずだ。セリザとの契約で傭兵団を変えるはずもないしな」


 だから、キオは魔物討伐依頼で集めた傭兵だけはあり得ないと思った。

 ハナン村は魔物討伐でブローシュ団と特別な契約を交わしていた。地方領主だったセリザの領地だったこともあり、魔物討伐はブローシュ団の独占だったはずだ。

 その独占契約があったのに、無断で傭兵団を村で雇うのはありえない。

 となると、考えられるのは魔物討伐以外の目的で傭兵団を雇ったか、傭兵団がどこかへ向かう途中に補給で立ち寄ったかだ。

 キオは村の見取り図を書いて万が一に備えると、十分ほどで少年兵達が戻ってきた。

 そして、見事にキオの悪い予感は見事に的中した。


「あいつらはラリアック傭兵団、目的は分からなかったけど、この村には補給と休憩だけですぐ立ち去るみたい。雑貨屋の人がそう言ってた」

「すぐ立ち去るだぁ? すげー勢いで酒飲んでべらべら余計なこと喋ってたぜ。俺達は盗人から金を取り戻す正義の傭兵団だって。ウィンストン新王の騎士団とともに動いてるんだって自慢してたよ」

「俺はナンパしてる傭兵を見つけて後をつけてみた。そしたら、ここから西の方である仕事が終わったら俺は大金持ちだ。明日君を財宝とともに迎えにくるとか言ってたよ」


 三人の報告をまとめたキオは小さく息を吐いた。

 ここから西にはキオ達の拠点であるアマダテしかない。

 しかも、高額報酬が与えられる依頼をつい最近受けたばかりだ。

 アイリス姫護衛という名の暗殺依頼だ。


「キオさん……まさか……」

「狙いは事情を知っているセリザを消しに来たってところか。サムドの言う通り運び出して正解だった」


「速く戻ってサムド組長に知らせましょう」

「そうだな。一旦戻ろう。どうするか聞かないと」


 狙いはセリザなら余計な戦闘をせずにすり抜けられる。

 そんな楽観的な考えが少年兵達の表情から見て取れた。

 だが、キオは思った以上に厄介なことになりそうな予感を抱きながら、急いで来た道を駆け抜けた。



 キオ達が本隊に戻ると、サムドが困惑気味に出迎えた。


「キオ、その様子だと何かあったんだね?」

「あぁ、ラリアック傭兵団とウィンストンの騎士団がこっちに向かって来てる。とりあえず、これが今の村の状況」


 キオは手短に状況を伝え見取り図を手渡すと、サムドはすぐに事情を察した。


「なるほど。傭兵団はセリザを殺すためのコマ、ウィンストンの直属騎士団はお姫様が生きていた場合に傭兵団ごと始末するコマだね」


 セリザですらウィンストンの手の内で踊っていたに過ぎない。

 適当に罪をでっち上げて、汚名を着せて死なせる。そうすることで、セリザが真実を語ろうと、彼の言葉は誰の耳にも届かなくなる。

 そんな計画だろう。そうサムドはため息をつきながら言った。


「ただ、良い情報でもある。ウィンストンは計画が成功して、アイリスが死んだと思ってるってこと。それと捕まえて石に閉じ込めてあるセリザがウィンストンにとっての弱点になることだ」

「なら、どうする? このまま村を避けて通り抜ける?」


「その方が良いだろうね」

「分かった」


「街道は避けよう。死んだことになってる俺達の頭は目立ちすぎる。ここからなら、少し遠回りになるけどムレランの森を通って王都北側に回り込もう」


 灰色の髪の毛をした少年はただでさえ目立つ。

 それも魔物の血を宿しているせいで、余計に人目についてしまう。

 普段なら別に構わないことだが、ウィンストンの策略が続いている中、目立った動きをするのは得策ではない。そう判断したのだ。

 そして、その判断が功を奏したのか。上手く騎士団とは遭遇せずに村を通り抜け、先へ進むことが出来た。

 敵の規模の割にあまりにもあっさりとした結末に、拍子抜けしながら野営の準備を進める。

 サムドは神具の力で寝るための城を森の木であっさり作り上げると、焚き火の準備をしていたキオに話しかけた。


「キオ、どう思う?」

「あっけなさすぎる」


「実は僕もそう思っていた。今までの出来事を考えるとウィンストンは狡猾で慎重かつ大胆な手を打つし、二重、三重に手を打つ男だ。それがこんな簡単な手で巻けるとは思えない」

「サムドならどうする?」


「森に魔物を放つ。それも群れを作る夜行性のやつ。そうすれば、誰の手も汚さず、人を殺せる」

「まさか、最近ハンナ村の討伐依頼が増えた理由って?」


 ウィンストン公爵が森に魔物を放っていたせいか?

 そうキオが問おうとした瞬間、狼の遠吠えにしては太い雄叫びが聞こえた。


「どうやら、そのまさかみたいだな。キオ、頼めるか?」

「任された」


 当然のようにキオは神具の剣を携えて立ち上がる。

 すると、その場に雄叫びを聞きつけたアイリスがやってきた。

 魔物と遭遇した経験が少ないのか、酷く慌てている。


「キオ、サムド、今のは一体?」

「声が二重に聞こえたから、おそらく双頭の犬型魔物、オルトス」


 キオは何でも無いかのように答えるが、アイリスは魔物の名前を聞いてさらに驚いてしまった。


「オルトス!? 深淵の獣と呼ばれるオルトスですか!?」

「うん。その通り。サムド、指揮とアイリスを頼む」


「分かった。全員作業止め! 迎撃態勢に入れ! キオを先頭に四人一組で陣形を組むんだ!」


 サムドの命令で少年兵達が一斉に剣を抜き、四人一組で固まる。

 サムドは木の城の上に飛び乗り、高い位置から魂灯組を見下ろして状況を把握につとめていた。

 キオはそんなサムドを横目でチラッと見ると、グルルと低いうめき声のする方に剣を構えた。

 キオが一人で先頭に置かれた意味、その意味を理解していたキオは迷わず神具を解放する。


「力を貸せ。バハムート。森を焼き払うぞ」


 森の夜戦で一番恐ろしいのは視界が効かないことだ。

 敵であるオルトスは視界だけではなく、嗅覚でもこちらの位置を把握して動くことが出来る。常に奇襲を受け続けるような状況だ。だからこそ、キオは森を焼き払い、炎で周りを照らすのと、オルトスの隠れる場所を減らす手段に出た。

 敵の姿を視認出来れば、アッシュである少年兵は遅れを取らないという自信もあった。


「吹き荒れろ。原始の炎!」


 青い衝撃波が森を切り裂き、赤い炎が一面に上がった。

 幾重もの獣の鳴き声が鳴り響き、巨体が暴れ回る音がこだまする。

 その音の主は黒い双頭の犬、オルトスだった。


「狩り尽くせ!」


 サムドの号令で少年兵達が剣を片手に飛び出し、オルトスに襲いかかる。

 引っかかってみれば、どうってことのない罠だった。

 そのはずだったのに、キオはずっと感じている嫌な予感が晴れなかった。


「なんだ……このべったりと張り付くような嫌な予感……サムド――」


 サムドに声をかけようとしたその刹那、キオの目の前に紫電が走った。

 光に遅れて、耳を貫くような轟音が鳴り響き、さすがのキオも思わず飛び退いた。

 夢でも幻ではない、紛れもなく何かが目の前に落ちて、地面を抉り取ったのだ。


「サムド!」

「キオ! 上だ!」


「上? あぁ、道理で」


 サムドの言う通りキオが上を見上げると、紫色に光る巨大な輪っかが空に浮いていた。

 理屈も原理も分からない。ただ、それが先ほどの光を生んだ魔法だと理解した。

 この中で分かる人間がいるとすれば、アイリスぐらいだろう。


「アイリスはあれが何か分かる?」

「あれは雷神トールの雷です」


「それは強いの?」

「強いです。雷を操り、遠く離れた所から一方的に攻撃出来るんですから。防ぐ手段がなければひとたまりもありません。恐らく、この森が燃えている場所に目処をつけて、雷を落としてきたのだと思います」


「あぁ、なるほどね。この武器の特性を知ってたから、この罠か」


 キオは妙に納得がいったように頷いた。

 バハムートの炎は強いが故に目立つ。

 森を見下ろせるような場所に陣取れば、近づく必要はない。

 そして、そんな都合の良い場所ある。森の東側にコマイ山脈と呼ばれる山が連なっていて、山道に陣取れば常に森は見下ろせるのだ。


「くそっ、コマイ山から僕達を見つけたのか! ちっ、全員聖城の中に戻れ! 雷に打たれれば即死だぞ!」


 サムドの判断もどうやらキオと同じだったらしい。

 とはいえ、分かったところで手が出せない。

 敵はキオ達の居場所を大まかに把握しているのに、キオ達は敵の居場所を掴むヒントが全く無かった。

 そのせいで、一方的に雷を落とされて、全く身動きが取れなかった。

 サムドの持つ聖城は防御に優れているが、移動することは出来ない。

 移動するために聖城を解除しようものなら、恐らく数分もしないうちに誰かが雷に打たれるだろう。


「ウィンストン公爵……一筋縄じゃいかない人だな。まぁ、そりゃそうか。お姫様から玉座を奪った人間だもんな。さて……どうしようかな」


 ウィンストンはアイリスが生きていた上に、神具も使える状態を想定して、この罠を用意していたのだ。この用意周到さはサムドの考えていた以上のものだった。

 完全に敵の罠にはまったと言える状況で、キオは何事もないかのように口を開いた。


「サムド、俺が囮になる」

「どうするつもりだ?」


「敵が炎を目印に雷を落とすのなら、俺が離れた場所で炎を出せば、そっちに雷が落ちるはずだ」

「その間に僕達が森を抜けるか」


「そういうこと。敵は俺達を目で捉えている訳じゃないから、一度炎を放って、すぐに離れることを繰り返せば、サムド達はもちろん、俺の逃げる時間も稼げる」

「分かった。あまり無理するなよ。大事なのは生きて森を抜けて、アイリスを王都に届けることだからな? 制限時間は十分だ。それ以上かかったら逃げろ」


「分かってる。それじゃ、いってくる」


 雷がひっきりなしに落ちる外に、キオは食事の材料でも買いにいくかのような感じで城を出た。

 そして、思いっきり跳躍してその場を一気に離れると、もう一度バハムートの炎を解き放った。


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