弔い
「キオ、どこに行くのですか?」
「気付いていないの? 襲ってきた連中、俺達と同じ傭兵団の大人達と、あんたの国の兵士と、あんたが亡命しようとしている国の兵士だよ。また神具を使われたら面倒だから、回収してくる」
「そんな!? まさか私達は謀られたのですか!?」
「うん。あんたの国と、隣の国と、俺達の傭兵団の大人達がグルになったみたい。しかも、神具を使っていたのは俺達の傭兵団の第一部隊のやつ」
「そんな……一体どうすれば……」
「どうするかはあんたが決めて。あんたが出した依頼だ」
キオはゆっくり歩きながら、アイリスの返事を待った。
どれだけ時間がかかろうが、どんな返事を出そうが、この後に待ち受けるキオ達の結末は大差ない。
雇い主である傭兵団に裏切られたと言うことは、もう帰る場所がないということだ。
ならば、独立するか、またどこかの傭兵団に身を買って貰うかの二択しか残されていない。
独立するにせよ、金は宿舎に置いてあるせいで、取りに帰るのも容易ではないだろう。
その場合は恐らく戦闘になる。
どうやって、他の少年兵達を守りながら戦うか考える時間はいくらあっても足りない。
だから、アイリスの何故戦わないといけないのかという質問は全く想定外だった。
「何故……私が狙われないといけないのでしょうか?」
「殺されかけたのに悠長だね? まぁ、いいや。あんたが死んで喜ぶ人間はいるの?」
「え?」
「俺は生きるために戦うし、殺すこともある。でも、あんたの場合、あんたが死ぬから生きられる人がいるとは思えない。なら、あんたが死んで喜ぶヤツがいるって考えるのはおかしい?」
「いえ……。そういう考え方もあるんですね」
アイリスはショックを受けたように俯いてしまった。
だが、キオにとっては裏切りも日常の出来事でしかなかった。
傭兵をやっていれば、昨日の仲間が今日の敵、昨日の敵が今日の仲間なんてことはしょっちゅう起きる。
誰がどこに金を出すか。結局はそれで敵味方が頻繁に入れ替わる世界だ。
もちろん、金以外にも敵味方が変わる理由はある。名誉とか地位とか、それとも個人的な恨みとか。
「ダメだ。俺はこういうのサムドにまかせっぱなしで、考えるの苦手だった」
「キオ! 大丈夫か!?」
キオが頭を抱えていると、サムドが慌てた様子で駆け寄ってきた。
サムドの声が聞こえたキオは、ハッと顔をあげると、真顔で思った疑問を口にした。
「あ、サムドちょうど良いところにきた。アイリスって何で命を狙われてんの?」
「え? それは、王位継承者だし、神具も受け継いでるし、王様の座を狙っているヤツがいたとしたら、邪魔だよね」
「へぇ、俺達にとってのセリザみたいなもんか」
「ちょっと違うような気がするけど、大体あってる。って、そんなことよりも身体の具合は大丈夫なの? 神具を憑依させたんだよ? 伝承では確か憑依の際に代償があるはず」
サムドの心配そうな声を出すが、キオは至って平気だった。
身体を焦がすような熱は無いし、痛みもない。
「最初は全身焼き尽くされるぐらいの熱さがあったけど、今は全然問題無い」
「ははは……さすがキオ。昔からいっつもあっさりとんでもないことするよね」
「それよりも気付いた? 第一部隊がいた」
「あぁ、僕も最後に奴の顔を見て気付いた。あいつ第一部隊の副隊長だ。神具まで持ち出したってことは、完全に僕達を消すつもりだったんだろう」
「これからどうするの?」
「とりあえず、姫様を安全な所に置いて仕事を終わらせてから、宿舎に戻って金と仲間を奪う。ちょっと段取りは狂ったけど、そこで独立だ」
「ん、分かった」
とりあえず、サムドと目的が共有出来たキオはもう一度アイリスの言葉を待った。
だが、アイリスの出した結論はキオも予想していない言葉だった。
「キオさん、サムドさん、私は戦いに関して何の力もありません」
「うん、知ってる。戦闘では足を引っ張る役立たずだった」
「お、おい、キオ、止めろって」
「大丈夫です。事実ですから」
キオの指摘にアイリスは笑って頷いた。
目は真っ直ぐ前を向いていて、言葉にも自信が満ちあふれているため、腐っている訳ではない。
一体何を考えているのか、そうキオが問おうとした時だった。
「私とともにセリザと戦ってください。報酬は領主の椅子です。また、勝利する時まで神具をお貸しします」
「「は?」」
思わずキオとサムドの声が重なった。
自分の雇った傭兵団の団長を、ついさっきまで部下だった人に倒せとお願いするなど前代未聞だった。
少年兵達のリーダーであり参謀役のサムドも意味が分からず聞き返してしまったくらいだ。
「どういうことですか?」
「私をヒューゴーに亡命させようとしたのは叔父のウィンストン公爵です。そして、叔父が紹介した傭兵団が、セリザの傭兵団とあなた達灰鬼隊です。この全てが裏で繋がっていたとしたら、セリザを捕らえることで裏が取れます」
「それで、本当にその叔父も含めてグルだったら?」
「そのことを教会に打ち明け、叔父を処罰します。教会は全ての国に対して中立に裁判を開いて、悪を裁いてくれますから」
「なるほど。でも、僕達にメリットが無い。それに僕は教会を信じていない――いえ、これは個人的なものか」
「あなた達は独立を考えているのでしょう? でも、このまま独立しても、貴族の地位も後ろ盾もないから、仕事は来ない。ですが、私がパトロンとなり、あなた達を領主に指名すれば、あなた達はキュルト王室という権威を盾に、仕事が取れるようになります」
「なるほど。それが領主の椅子って意味ですね。お互いに利害は一致していますね」
サムドは少し悩んだ振りをすると、小さく頷いてからアイリスの申し出を受け入れた。
傭兵団に捨てられた少年兵と、国から追い出された姫が手を組み、革命を起こす。
そこまではこの時誰も考えていなかったが、大きな賭に出ている実感で、キオもサムドもアイリスも身体が震えを起こしていた。
「では、決行は今夜、闇夜に紛れて奇襲するということで。姫様には汚いところで待機することになりますが――」
「はい。私は宿舎で待機しています」
「即断即決ありがとうございます。護衛は居残り組にお願いするので、ご安心を。さぁ、急いで戻りましょう」
「待って下さい」
サムドの指示でキオを含めて少年兵達が来た道を帰ろうとするが、アイリスは少し悲しそうな表情で待ったをかけた。
「あの子を弔わせて下さい」
アイリスはそう言うと、インドラの矢で焼かれて死んでしまった少年兵の前にしゃがみ、手を合わせて祈りを捧げ始めた。
その姿を見て、残りの少年兵達がアイリスの元に集まって、彼女を真似て祈りを捧げだした。
「この子……水汲みの出来ない私を笑って許してくれ、私と話せて嬉しかったって言ってくれたんです。ちゃんとお礼を言えなかったのが……こんなに辛いなんて知らなかった……」
アイリスの声が震え、少し鼻声になる。必死に感情を押し殺しているのがキオの見つめる背中越しからでも伝わってきた。
その背中を見て、キオはアイリスの横に立つと、独り言を言うように小声で呟いた。
「チャック。チャック=ラック。この子なんて名前じゃない」
「……そっか。ありがとうチャック。生まれ変わったら、この国をもっと良い国にするから、それまでゆっくり休んでて」
アイリスはそう言うとゆっくり立ち上がり、チャックの遺体を見つめて、キオに話しかけた。
「ねぇ、キオ。私は私の戦いをする」
「あんたの戦い?」
「私にはお父様やキオみたいな戦う力は無い。でも、私には王家として生まれた立場っていう力がある。これは私の武器。その力を使って、私はこの悲しみと戦うよ」
「その戦いに勝てたら、誰も死ななくて済むの?」
「うん、誰かの自分勝手な思惑で関係無い人が死ぬ世界なんて、私は嫌だから。私はみんなが理不尽で死ぬことなく、笑って生きられる世界を作りたい」
そう言い切ったアイリスは気付けばキオの目を真っ直ぐ見つめていた。
強い芯が身体に一本入ったようなそんな力強さを感じる。先ほどまでとはまるで別人だ。
だからこそ、キオは彼女を試すことにした。
「それは綺麗事だよ」
「綺麗事だと思えるのなら、その理想が綺麗だと思える心があるという証拠でしょう。現実が汚れているからと言って、綺麗にする必要がないと言うのは、諦め過ぎではないですか?」
「あんたの手は汚れるよ。どんなに白い布だって、汚れたテーブルを拭けば布は汚れる」
「構いません。その汚れを受け入れなければ、それこそ綺麗事で終わってしまいますから」
「はぁ……仕方無いな」
キオは短くため息を吐くと、降参したように肩をすくめた。
「俺の力を貸すよ。まぁ、サムドが依頼を受けた時点で貸す契約なんだけどさ」
「キオ、ありがとう。あなたと出会えて本当に良かった」
キオにとって依頼契約で感謝されたのは初めてだった。
ペースをずらされるような妙な感覚に、キオはその場から離れるとポツリと呟いた。
「……変なヤツ」
そして、他の人の準備が終わるまで、借りることになった神具の剣を見つめ続けた。




