えみだらけの風邪ライフ?
「来てくれてありがとう、めぐ」
「うん。調子はどう?えみ」
「まだ、だるい」
パジャマ姿で玄関に出て、親友を家に入れる。
えみりは昨日から風邪をひいていた。昨日は咳がひどかったので見舞いは断っていたが、家のことも満足に出来なかったので、親友のめぐみに来てもらった。
二人は高校生ながら一人暮らしをしている。だから、一人暮らしならではの苦労や楽しい話をたくさんしている内に仲良くなり、それぞれえみ、めぐ、と呼び合い、互いの家に行き来したり、こうして何かあったときに助け合う親友になった。
「えみは寝てて。家事はやるから」
「ありがと~」
えみりは普段ポニーテールにしている茶髪をストレートに下ろし、顔を赤くして、フラフラと布団に入る。
めぐみは台所の食器類を見てあることに気付いた。
「えみ、ご飯は?」
「お粥をちょっとだけ~」
布団から間延びした声が聞こえてくる。
普段は元気な、男勝りな性格でたくさん食べるえみりがお粥を茶碗一杯。
「お腹すいてない?食べやすいもの作ろうか?」
めぐみは心配になってそう言うが、えみりは赤い顔を布団から覗かせ、小さく首をふる。どうやらお腹はすいていないようだ。
風邪をひいたときは、あまり多く食べない方が良い。栄養があるからと消化の悪いものを食べると体が食べ物の消化にエネルギーを使い、返って治りを悪くしてしまう。
めぐみは分かったと相槌を打ち、食器洗いや、たまった洗濯物を片付けていく。
そんなめぐみの姿を、布団から頭だけ出して眺めていた。
「めぐ・・・」
えみりはそう小さく呟いた。当然、めぐみには聞こえていない。
めぐみには感謝している。でも、あんまり申し訳ないとは思っていない。礼儀知らずと言うわけではない。ただ、
「嬉しい・・・」
その気持ちが大きかった。
めぐみが一通り家事を終えると、えみりの布団の近くまで静かに歩いて近づく。えみりは静かに寝息をたてていた。
めぐみは、えみりの熱くなった頭に手を当てて優しく撫でる。
その表情は、子を愛でる母親のような、暖かいものだった。
「・・・」
声には出さず、心の中で。
元気で、明るくて、負けず嫌いで、弱いものいじめを許さない。そんなえみが眩しくて、羨ましくて。私、まだ、近くにいていいの?このままじゃあ・・・。
でも、めぐみは耐えきれず声を漏らす。
「えみから、離れられないよ・・・」
窓から射し込む光が赤色に変わり始めた頃。
えみりが目を覚ますと、側にめぐみの姿はなかった。体をゆっくりと起こし、周りを見ても見つけられない。
えみりは夢にまで見た親友の名を呼ぶ。
「めぐ~」
風邪をひき、かすれたその声に応える者は無かった。
「めぐ~!」
それでも、声を大きくして呼びかける。
きっと、私をおいてどこかにはいかないと。そう信じているかのように。
部屋に一瞬の静寂が訪れる。その一瞬がとても長く思えた。
「ごめん、えみ。イヤホンしてて聞こえなかったの」
洗面所から、桶とタオルを持ち、イヤホンを首にかけためぐみが出てきた。
「めぐ!」
怒りと安堵で叫ぶ。
「ごめん、ごめんっ。怒らないで」
めぐみは楽しそうに笑いながら、えみりの隣に来る。
「もう!びっくりしたんだから!」
先ほどよりも顔を赤くしたえみりを制して布団の横に桶を置く。そこからタオルを一枚手に取り、水をしっかりとしぼる。
めぐみはニヤリと笑う。
「さぁ、えみ。お待ちかねの体拭きの時間だよ」
「待ってない!」
「まぁまぁ。これは私からのお詫びだから。他意なんかないから」
めぐみはいやらしい笑みを浮かべ、両手を柔らかい物を揉みしだくように動かしながら言う。
「絶対あるし!」
さらに顔を赤くしてえみりは叫ぶ。
「そんな叫ぶと風邪悪化するよ」
「誰のせい・・・」
諦めたように、えみりはパジャマのボタンに手をかける。
二人は、ほんとうに時々、一緒にお風呂に入る。
そして毎回、体を弄られる。
でもある時から、私は嫌だと思わなくなった。
それは確か。
「ほら、全部脱いで」
「うぅ。汗が」
「拭くよ。・・・タオル暖かいでしょ?」
「うん」
「ほら、ここ濡れてる」
「ありがと・・・」
「ここも濡れてる?」
「そこは自分でやるからいい!」
「ふふ。恥ずかしがらなくていいのに。女の子同士でしょ?」
それを意識させたのは、めぐみの方だ。
えみりはジトッとめぐみを睨み付ける。
そう。二人でお風呂に入っていたとき。私は体を弄るめぐみに、冗談半分「レズなの?」と聞いた。それにめぐみははっきりと答えた。
それからだろう。私がめぐみを、そう、意識するようになったのは。
ただの弄りを、愛情のように感じるようになったのは。
めぐみは、タンスからえみりのジャージを取り出し、えみりに渡す。その後、汗で濡れたパジャマを洗濯して、今度はえみりと話しながら残りの家事を行う。
全てを終えると辺りはすでに暗くなっていた。
「ふう。ご飯も出来たし、これで大丈夫かな」
家事と帰りの支度を終えためぐみは、布団の上に座るえみりにそう言った。
「ありがとね、めぐ」
本当に助かった。ちょっとやり過ぎもあったけど。
それでも、助けてくれたことには変わらない。親しき仲にも礼儀あり。お礼はしっかりとする。
「えみのためなら、なんでもするよ」
めぐみは両手を腰に当てて言った。
そういっためぐみに、えみりは「本当?」と笑いながら言う。
めぐみが来てから、えみりの体調は圧倒的に良くなっていた。だから、このわがままは間違ってない。
「じゃあ、明日まで。明日まで家に居て?泊まって?」
「明日まで?」
新しいおもちゃを見つけた子供のように、ニヤリと笑っためくみ。
「本当に、明日まででいいの?」
だめ押しするようにもう一度。彼女のほうから言ったのだ。我慢する必要はない。
「治るまで。風邪が治るまで・・・、居てほしい」
「うん。よく言えました」
めぐみはいつもの、姉のような、見守ってくれてる顔に戻りそう言った。
「あれ?えみ。また熱あがった?」
「え?そうかな?調子はいいけど」
「でも、顔。赤いよ?」
「いやっ、これは、その・・・」
「なになに?」
「何でもない!」
布団に潜ったえみり。その顔には、羞恥と満足からの笑みが。
そして。
「う~ん!元気いっぱい!風邪は完全に治った!」
布団から元気良く立ち上がり、体を伸ばす。
そして、隣で眠る彼女を起こす。
「起きて!めぐ!」
体を揺らすと、ゆっくりと目を開ける。
「おはよう!めぐ」
「うん。おはよう、えみ・・・。ゲホッ!」
「めぐ?」
「ごめん、えみ。私、風邪ひいた」
ゲホッ、ゲホッ。とめぐみは咳をする。
「もう!仕方ないなぁ!」
えみりは満面の笑みで言う。
「私が治るまで看病してあげる!」