言おうか言うまいかそれが問題です act.1
何事もなく更に一週間が経ち4月下旬。
日向くんに言われた通り、姿が変わる時間を調べるために金曜日はまた徹夜だと覚悟していたけど、二十代の姿に戻ったのは土曜日の午前0時だった。
新聞で日の出の時間を調べ、日が昇る前に目覚ましをセットし起きてみれば…十代の姿へと戻るのはやっぱり日の出と共にだった。
…あたしはシンデレラか?
この変な習慣を除けば毎日は順調そのもの。
大半のクラスメイトとも仲良くなり、だんだんとこの生活にも慣れてきた。
一緒に暮らす泰美さんと恵一さんは優しいし、『姪』のあたしに愛情を注いでくれているのが判る。
藍と空くんは、感覚的には妹と弟が出来た感じで、何より二人とも可愛い。
『家族』が居る生活なんて何年ぶりだろうか…。
元の世界では家族も他界しているし、付き合っている特定の人もいなかった。
更に父親と母親は駆け落ち同然で結婚したため、お互いの親戚付き合いもない。
仕事は楽しかったけど、生活するための手段としてか捉えていなかったので、それほど執着するものでもなかったし、未練という未練が無い。
決して孤独ではなかったけど、傍から見れば寂しいと思われても仕方ない生活だったのかもしれない。
唯一気になるとしたら、それなりに仲が良かった友達と同僚達。
あたしがいきなり消えてしまったということなら、心配しているだろう。
彼らに会えないのは寂しいけど、それ以上に今のこの生活が心地良い。
そのせいかこの頃、いつか突然、元の世界に戻ってしまうのではという考えが恐怖に変わりつつある。
こっちの皆と過ごす時間ももちろんだけど、何より勉強が面白い。
どうしてこの面白いという気持ちを、本来の学生時代に感じることができなかったのか…。
今更後悔しても遅いんだけど。
昔から英語や世界史、国語なんかは得意だったけど、ありえないことに今は大っキライだった数学を勉強するのが楽しい。
反対に得意だったせいか、英語や国語の授業を聞いてもあまり面白くない。
授業を受けて気付いたことがあるのだけど、驚いたことにこの世界の歴史は元の世界と殆ど変わらない。
『ほぼ一緒』と言っても良い。
何が違うかというと、日本史、特に近代になるとあたしの記憶と全然違う人が登場する。
大きな戦争があったり、その後の経済発展など、ベース部分はほぼ同じだけど、歴代総理とか名前も聞いたことが無い人が出てくる。
そうなると全くもってお話にならない。
現役から離れて結構経つけど、学生時代に教わったことを全く忘れているわけじゃない。
英語に関しては留学していたから困らないし、学生生活以外のことでも知識はある。
知識は偏っているけど、現在現役の学生よりできている感じ。
これって、明らかに皆とスタートラインが違うような…そう、ズルをしている感じ。
全くの素人ってことなら、体力勝負の体育と、全然勉強してなかった数学、それから近代史になるとサッパリな日本史くらい。
一生懸命勉強している生徒達を見ると、自分がすごく卑怯者になった気がする。
あたしのせいじゃないんだけどさ…。
藍もリツも勉強頑張ってるもんね、毎日。
別にチートをしている訳ではないけど、かと言って知らないフリをするのもツライし…。
今では開き直って勉学に邁進している最中。
しかし…このあたしの特異体質、どうするかね。
毎週土曜日に姿が変わるって言うのが…。
そのたんびに日向くんの家にお世話になっているわけだけど、小野寺家の皆も絶対に不審に思っているだろうし、特に藍なんて…。
やっぱり家を出るのが一番だろうなぁ。
だけど、そのためにはまた泰美さん達を説得しなきゃならないし…。
そう簡単には、OKとは言ってくれないだろう。
あー、もうっ。
やめやめ!
悩んでも仕方ないっ!
ウジウジするのはあたしの性分じゃないし!
「どうすることもできなんだってば!」
思わず声に出すと、周りの生徒が一斉にあたしの方を向いた。
げっ、やば…。
「あのー、藤本さん?その問題なら、先ほどの公式をあてはめれば解けますよ」
「解らないからってそんな大声出しちゃダメだよ、遥ちゃん。ここ、図書室だから」
向かいに座っていたクラス委員長の長谷部健太が優しく、博美が苦笑しながら言う。
「あはは…ごめん」
普段はリツや藍と一緒に居るんだけど、二人は部活をやっているので、放課後何もすることがない時は図書室で勉強するようにしている。
と言うより、寒河江先生が出す数学の宿題が解らなくて一人唸っていただけっていう話もあるんだけど。
そんな時声を掛けてくれたのがこの二人。
委員長は見目も良いだけでなく、勉強の教え方も上手。
一緒に居て知識がつくだけでなく、目の保養にもなるなんて素晴らしすぎる!
もちろんこの二人は頭も良く、現役だった頃のあたしを思えば尊敬するね。
でもって、スタートラインが違うというあたしの罪悪感を湧かせる二人でもあるんだけど、こればっかりはなぁ…。
今は勉強を教えてもらっている身だけど、二人に解らないことがあったら、全力で助けよう、うん。
あたしにしかできないこと、きっとあるはず!
――――多分。