この現象を検証してみる act.3
鏡の前に立って、あたしはため息を吐いた。
「元に戻ってる…」
しばらくは何事もなく過ごしていたのに、土曜日の朝、またもや二十代の姿に戻っていた。
二回目とあって、それほど驚きや動揺はなかった。
この異常事態に適用している自分自身を褒めてあげたい。
仕方がないので、あたしは例のごとく急いで出かける準備をし、皆に見つからないよう家を出た。
さて、どうやって時間を潰そう。
朝早くからすることもないので、どうしようと思っていると、日向くんの顔が頭に浮かんだ。
起きているかな?
朝早くから家に押し掛けるのは…と迷ったけど、はっきり言って頼れる存在が日向くんしかいないので、彼の家に向かうことにした。
せっかくだから朝食でも作ってあげようかな。
マンション一階にあるインターホンを押してしばし待つ。
…応答無し。
やっぱりまだ寝ているのかな?
応えがないので帰ろうかなと思ったとき、返事が来た。
「…はい」
「遥です」
一言言うと、すぐに自動ドアが開いた。
玄関前に立ったあたしの姿を見て、日向くんは少し驚いた表情をしたけど、何も言わず部屋に入れてくれた。
「朝ご飯食べた?」
「いや、まだ」
「それじゃ、何か作るよ。キッチン借りてもいい?」
「ああ、かまわない」
キッチンで忙しく動き回っていると、
「…また戻ったのか?」
日向くんが尋ねる。
「うん。今朝起きたらこの姿だった」
「二度目?」
「うん」
彼は少し考え込んで、思い立ったように口を開いた。
「前回も土曜日だったよな」
「そう…だね」
「まだ二度目だから何とも言えないが、もしかして土曜日になると元の姿に戻るんじゃないか?」
「それなら、明日の朝には十代に戻って、更に土曜日が来るとまた元の姿になるってことだよね?」
「そうだな。その姿に気づいたのは今朝何時頃だ?」
「んーっと、起きてすぐだから、6時くらいかな」
「昨日は何時に寝た?」
「いつもと変わらなかったから、多分23時過ぎくらい。その時はまだ変わってなかったよ」
「…なぁ、遥。ちょっと試してみないか?」
「試す?」
「自分でいつ姿が変わるのか把握しておいた方がいいだろ?」
「うん」
「だから、もし明日また元に戻るのであれば、何時に変化するのか、明日まで起きて調べた方がいいと思う」
「それって…徹夜、だよね?もちろん」
「当然だろ」
「寝不足ってお肌の大敵なんだよね…」
「…俺も手伝ってやるから」
日向くんが一日付き合ってくれるって言うから、外出してデートでもしようと思ったんだけど、いつまた姿が変わるか判らなかったので、仕方なく日向くんの家で過ごすことになった。
DVDでもレンタルして映画でも観ようかと言ったんだけど、リビングにあるテレビはネットには繋げてないし、借りるために外に出るとなると本末転倒。
映画ならいくつか持ってるって言うから見せてもらったら、クラシックなものから、80年代、90年代の恋愛映画ばかり。
まさかね、と思いながら、日向くんの趣味なのかと聞いてみたら、母親の友人の趣味らしい。
お母様のお友達のDVDが何故ここにあるのかは突っ込まないことにして、二人で今日は映画三昧決定!
映画って良いよね。
二人っきりでも会話しなくて良いし。
気まずい思いも心配なし!
いや、会話しようよ、会話。
せっかく一緒に居るんだからさ。
「ねぇ、蓮。中学の頃ってどんな子だったの?」
画面を見つめたまま口を開くと、
「…変わらない、今と」
意外にも答えが返って来た。
今と変わらない?
それじゃ、中学の頃から昼寝好きでマイペースだったわけ?
「じゃあ、友達は?蓮は中学も『飛鷹』でしょ?」
「クラスメイトならいる」
変な回答に首を傾げる。
「クラスメイトって括りなら、あたしもかなりいるけど…」
聞くと、日向くんの表情が曇った。
「…話すの、苦手なんだ」
それは何となく感じる。
先週の土曜日も、女の子に囲まれながら困っているふうなのに、嫌がるとか、離して欲しいとか、何かを自分で主張しているようではなかったし…。
「あのさ、あたしにとって、蓮は友達第一号だったんだけど、もしかして蓮にとってもあたしがそうだったりする?」
「……」
返事がないってことは、図星かな。
最近よく話をするようになって判ったんだけど、日向くんは自分から独りになるクセがあるみたい。
教室でも独特の存在感醸し出しているせいか、人気があるのに彼に話し掛ける女の子は実際のところ少ない。
よく話すタイプではないだろうけど、あたしは彼と話をしていると楽しいし、何より彼の雰囲気が好きだ。
傍にいると落ち着くと言うか。
時々生意気なツッコミも入ったり、意外に照れ屋でそこが結構可愛かったりもするんだけど、彼とそんなふうに学校で話している人を見たことがない。
リツが「何を考えているのか判らない」って言っていたけど、話せば真面目に応えてくれるし、意思疎通もしっかりしている。
学校では、皆との間に見えない壁があるように思えて仕方がないのは、何故なんだろう……。
「あのさ、あたしは蓮と友達になれて嬉しいよ」
「え?」
「あたしが本当に困っているこの瞬間、一緒に居てくれるのが凄く嬉しい」
自分でも何となく照れ臭くて、テレビの画面を見つめたままそう伝える。
「友達、だからな…」
日向くんがそう小さく言った言葉も、何だか嬉しそうだったのは、決してあたしの思い込みではないと思う。