何故か元の姿に戻りました act.4
「ここが俺の家」
日向くんが指差した建物は、10階建の綺麗なマンションだった。
オートロック式で、入り口側に宅配便ボックスまで完備されている。
高校生の一人暮らしって言うから、いい部屋は想像していなかったんだけど、モデルってやっぱり儲かるんだろうか?
7階の一室の前で立ち止まり、日向くんはドアを開けた。
「何のお構いもできませんが…」
「ハイハイ」
「…飲み物くらい出してやる」
ちょっと照れたように言うのが、何だか可愛い。
玄関を入ると、大きなシューズボックスと収納スペースがあり、短い廊下の左にお風呂場とトイレがあるようだった。
リビング繋ぎのカウンターキッチンがあり、2部屋隣り合ってドアがあるってことは、2DKなんだろう。
通されたリビングは、テレビとそれを置く台、ガラステーブルに二人掛けのソファがあり、白を基調とした家具で統一され、良く言えば凄くシンプル。
悪く言えば殺風景とも言えるかもしれない。
一人暮らしにしては広すぎる気がするのと、あまり生活感が無いのがそう思わせるのかも。
「適当に座ってろ。今、コーヒーか何か淹れる」
「あっ、もしキッチン使ってもいいなら、あたしがやるよ。お邪魔している身だし…」
日向くんからコップを受け取り、お湯を沸かす。
何気なくキッチンを見回すと、ここにも生活感が余り無い。
「…なぁ、俺、風呂入って来ていいか?」
「え?お風呂?」
急な問に驚いて聞き返すと、
「…変なこと想像しているだろ」
呆れた表情が返って来た。
ぎくっ。
…スルドイ。
ちょっと意地悪したくなって、一緒に入った方が水道代の節約になるけどどうする?と言ったら、今度は冷めたような視線が返って来た。
美人の冷めた目はとても怖いと言う事を身をもって知りましたよ。
まぁ、良いよと言われたら言われたらで困るんだけど。
日向くんは何も言わずキッチンから出行こうとして……あたしは見逃さなかった。
耳が赤いでやんの。
…素直じゃないんだから。
コーヒー片手に部屋の中をウロウロしていると、ふわっと石鹸の匂いが漂った。
匂いのする方を見ると、お風呂上りの日向くんが立っていた。
…水も滴るいい男って言葉、彼のためにあるんじゃないかと思う。
少し上気した頬に、濡れた髪の毛。
お風呂上りの気だるい雰囲気をまとっている姿が…何とも色っぽい。
…はぁ……。
思わずため息が出る。
「どうした?」
「いーえ、自分が女性であることに自信を無くしそうになっただけ」
「何のことだ?」
「こっちの話。ね、あたしもお風呂に入ってもいい?それと、もしお願いができるのであれば、パジャマ、とは言わないけど、寝るときに着れるシャツか何かを貸して欲しいの」
「そう言うと思って、脱衣所に用意してある」
「ありがとーっ。このご恩は一生忘れません」
「忘れてくれていい…」
思いっきり笑顔で、心を込めて言ったのに、何故か疲れたような返事をされた。
そう簡単に忘れたりしないわよ。
失礼なっ。
お風呂に入り、用意されていたパジャマを着てみた。
うーん…やっぱり、ズボンの方はぶかぶかで大きい。
何より足の長さが違う!
足の長さの違いは、身長差と相手はモデルだからと言う事で自分を納得させる。
少し考えて、ズボンは穿かずにたたんでその場に置いておいた。
上だけでもちょっとしたワンピースくらいの長さになるし、まぁ、平気でしょ。
「蓮ー。上がったよー」
声を掛けながら部屋に戻ると、日向くんはお風呂から出てきたあたしを見て一瞬動きが止まった。
「どしたの?」
「イヤ、別に」
「変な蓮」
「それより、お前…」
「あーっ、またお前って言った。年上に向かってお前言わない。名前があるんだから、ちゃんと」
「…遥、今日はこの部屋を使え」
日向くんはそう言うと、彼の部屋の隣のドアを開けた。
客間になっているのか、その部屋にもベッドが置いてあった。
「ここで寝ていいの?」
「普段使ってないしな」
「ねぇ、聞こうと思っていたんだけど。あの…ご家族の方々は?」
「父親も母親も海外」
「仕事の関係?」
「ああ」
言って黙り込む。
両親は海外でマンションに一人暮らし。
家から余り出ないという割には、生活感の無い部屋。
少し気になったけど、聞かれたくないみたいだし、これ以上尋ねるのはやめよう。
言いたいくないことがあるのはお互い様。
「蓮?」
「ん?」
「何から何までありがとう」
「ああ。それじゃ、おやすみ」
「あっ、ちょっと待って」
部屋を出て行こうとした蓮を呼び止め、
「あたしが言うのも何だけど、普段あたしみたいな知らない人間、家に上げて面倒見たりするの?」
最後に、ずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「いや、今日が初めて」
「それじゃ、どうしてあたしのこと拾ってくれたの?」
彼は少し考え、
「どこかで会った気がしたから」
と答えた。
「え?」
「…初めて会った気がしなかったんだ」
それってもしかしなくても、十代のあたしを知っているからってことでは…?
さすがに同一人物だとは思ってないだろうけど、成長したら今のあたしになるんだから、似ているのは当たり前だし。
危ない、危ない。
ボロが出ないように気をつけないと。
「そう、ごめん、変なこと聞いて。それじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
日向くんが部屋を出て行くのを見送って、あたしはベッドに入った。
それにしても、まさか日向くんの家に泊まることになるなんて。
藍や泰美さん達、心配しているだろうな。
でも、このままでは家に帰れないし。
明日からどうしよう。
月曜からまた普通に学校だってあるのに。
入学した早々、失踪ってことになるのかな?
それにしても皮肉だ。
元の姿の自分は、この世界では完全に『異端』扱い。
社会的には存在さえ認められていない。
存在するという何の証明も無い上に、友人や知り合いさえ居ない。
そう思うと、背中がゾクリとした。
あたしはこの世界で本当に生きていけるのだろうか…。
答えの出ない問題が頭の中をグルグルと回る。
そしていつの間にか、あたしは睡魔に身を委ねていた――――。