表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

脱衣雀

 自分の積んだ山であれば、どこにどの牌があるかはほとんど分かる。

 あと2巡で、当たり牌がつかめるはずだ。しかし。

「ツモ! 上がりだ!」

 ユカリの対面に座っていたアツシが、牌を倒した。三色同順、ドラ1。トップの彼は、これでさらに点棒を稼いだ。

「嘘だろ~」

 左のリョウが、大げさに声を上げ、右のヤスハルも「たまんねえなー」とくさい芝居で同調する。まったくもって嫌らしい。

 ぐっと唇をかんで、ユカリは手元のメンタンピン・ドラ2の手配を崩した。

「じゃあ、一枚脱いでもらおうか」

 にやりと笑って、アツシが言う。

 リョウがTシャツを脱いで、上半身裸になった。ヤスハルは靴下を片っぽ放り投げた。

そして。

 男3人の目線がユカリに集まる。

 容姿端麗な24歳の乙女は一瞬躊躇したが、えい、と勢いよくキャミソールを脱ぎ捨てた。薄いピンクのブラジャーに包まれたはじけそうな乳房があらわになる。

 ごくり。

 誰かがつばを飲み込む音がする。

 ユカリは気にしないふりで、牌を混ぜ始めた。

「さあ、次やるわよ。誰かの点棒が無くなるまででしょ」

   ※   ※

 大学のゼミで一緒のアツシのことを、ユカリは好意的に見ていなかった。

だが遅れていった飲み会で、隣に座ったのが運の尽き。アツシは他のメンバーを無視してユカリにだけ話しかけてきた。どうやらユカリに興味があるようだ。というよりも、ゆかりのEカップに(すごく)興味があるようだ。

 だけど本当に、つまらない話ばかり!

 親が大企業の重役だ、友達がモデルをやってる、兄がアメリカの大学に行った、俺はケンカが強い、昔はワルかった、50人以上に告白された、でもフられたことはない、3人と同時に付き合った……マジでウザい。挙げ句の果てに、

「俺、麻雀強いんだぜ。いままで誰にも負けたことない。半荘やれば確実に勝てる」

 そんなことをユカリの髪をなでながら言ったものだから、さすがにイラッときてしまった。

 何を隠そう、ユカリは10代のころから年齢を偽って雀荘に入り浸っていた。アルバイトをしていたこともある。腕前はかなりのもので、普通にやっても強いしイカサマも自由自在。

 大学の学費も麻雀で稼いだのだ!

 そんなあたしに向かって、金持ちの息子に産まれただけのボケガキが……。

 ヘコましてやろうと思った。

「じゃあ、ちょっと一局打ってみる?」

   ※   ※

 そうして、麻雀のできるメンバーで飲み会を抜け出した。

 アツシと仲のいいリョウ、麻雀好きなヤスハルと4人。場所は近くにあるリョウのアパートに決まった。

 部屋について卓を囲む。ユカリは入り口に近い席を取り、コートを脱いだ。

 そのときアツシが言いだした。 

「ユカリちゃん、麻雀に自信あるんだよね。じゃ、金じゃなくて……他の物でも賭けてみようか」

 あくまで「シャレで」と脱衣麻雀を提案する。

気は乗らない。が、ここで帰るのは逃げるみたいで悔しすぎる。いざとなればイカサマで凌ぐつもりで、ユカリは受諾した。

「いいわよ」

 そして2時間後。

 ユカリはブラジャーとスカート、そして最後の1枚だけになってしまっていた。

(こんな事になるなんて……)

 負けている理由は簡単だ。

 アツシたち3人が、イカサマを仕掛けてきたからである。

 完全に3人で組んでおり、お互いを助け合いながら、時には露骨なサインや牌の受け渡しでユカリだけを沈めに来たのだ。

(よってたかって……)

 ユカリも抵抗はするが、さすがに自分以外の全員がグルでは、まともにやっていては勝てない。イカサマも警戒されているので、派手な技は使えなかった。

 結果としてアツシが4万4千点のトップ。ヤスハルが2万7千点、リョウが2万1千点。離されてユカリが8千点で最下位だ。

 上がりのとき点棒を払う者が、一緒に服を1枚脱ぐというルール。ニットのブルゾンもストールもニーソックスも、ネックレスもイヤリングもはずされて、男たちの思惑通りになってしまっていた。

 このままではいけない。

(ちっちゃい男達め!)

 女1人に3人ががりで組んでくるような、こんな惰弱な男たちの前で裸になるのは絶対に嫌だ。かといって、誰かの点棒がなくなるまでは続けると、事前に決めた約束を反故にするのはプライドが許さない。

 勝つしかないのだ。

 問題は、どうやって勝つか。

 まずは3人の連携を崩さなければ、話にならない。ユカリは3人をよく観察した。

 アツシは牌を混ぜながら、指先で牌の種類を確認している。自慢するだけあってなかなかの腕の持ち主だ。後の2人はそこまでの技術はないが、なかなか堅実に打つ。

 特にリョウは、気の効いたアツシへのアシストを何度も決めていた。二人の関係はどうやら、友達というよりかは親分子分のような感じらしい。高圧的なアツシに、気弱なリョウが常にしたがっている。

 そのリョウが。

 牌を混ぜながら、なぜかソワソワしている。

 チラリ。

 視線がユカリの方へ。

 またチラリ。

 ……どうやら、88センチの、ユカリの胸が気になるらしい。

 酒も飲んでいないのに真っ赤なリョウの顔を見て、ユカリは微かに笑った。

「いやぁ、みんな強いよね」

 何気ない感じで、誰にともなく口に出した。

「このままじゃあ、裸になっちゃうわ。困るなあ。だって……」

 じっとリョウの方を見る。視線が合った。

「なんだかその気になってきてるんだもの」

空気が変わった。

 気にしていない風を装ってはいるが、3人とも動揺している。特にリョウが。

「こうしない? もう、逆転なんて無理だし。3人の中でトップとった人は、あたしとホテルに行けるっていう」

そう言って、間髪入れずサイコロを振った。

「あたしの親だよね、じゃ、スタート」

逆襲の一局が始まった。

   ※   ※

 序盤は、何事もなく展開した。

 全員が無言になり、だが、確実にお互いを気にしながら、手を進めていく。

 場が揺れたのは、7巡目だった。

「チー!」

 アツシの捨て牌を、リョウが鳴いたのだ。

 ぎろり、とアツシが視線で刺した。リョウはそっぽを向いて、目線を合わせない。

 2人の捨て牌には、マンズが少ない。ということは、2人ともマンズを中心とした役を作るつもりなのだろう。これは、共闘しているときは好都合である。2人で1つの役を作ればいいだけだからだ。だが協力していないなら、牌を奪い合ってしまう。

 いままでずっとアシスト役だったリョウがアツシの牌を鳴いたのは、「協力しない。俺が上がる」との意思表示であった。

 睨み続けるアツシを無視するリョウ。ヤスハルはおどおどしながら2人を見比べた。3人とも、ユカリから注意をそらしていた。その瞬間、彼女の捨て牌が入れ替わったことには、誰も気づかない。

 そして、さらに3巡後。

「リーチ!」

 今度はヤスハル。リーチということは、上がりまであと一手だ。

 アツシの顔が歪む。リョウも唇を噛んだ。ヤスハルは得意気。3人の視線が空中でぶつかったとき、すでにユカリは自分のいらない牌1枚を山に戻し、新しい牌2枚を手に入れていた。

 リョウはユカリが戻した牌を引き、そして叫んだ。

「カン!」。

 同じ牌が四枚揃ったのだ。それはドラ、つまりボーナス牌だった。

 ということは、このままリョウが上がると8千点以上は確実。その上の1万2千点も十分あり得る。仮にそれをアツシからロンすると、逆転してリョウがトップだ。

 ギリリ……。

 アツシの口から歯ぎしりが漏れた。先ほどから全く手が進んでいない。子分に逆らわれたことで、彼は完全に冷静さを失っていた。

 アツシは牌を引いた。

 駄目だ。

 捨てた。

「ロン!」

 そう言ったのは、リョウだった。

 混一色、ドラ4。跳ね満。1万2千点! 

逆転だ!

「お前っ!」

 アツシがキレて立ち上がった。

 リョウは必死でにらみ返す。

 ヤスハルが慌てて割って入る。

 ユカリは、そこで一気に手を奔らせた。両手を駆使して4牌同時にすり替える! そして何事もなかったかのように、殴り合い寸前の男どもに声をかけた。

「ねえ、悪いんだけど」

 はっとして彼女の方を見る3人。

「頭ハネだわ。親と子が同時にロンしたら、親のロンが優先でしょ」

 ユカリが牌を倒した。

 役満・字一色。4万8千点。     

 逆転である。それどころか、アツシの点棒は4万4千点しかない。

 ふらふらと、アツシはへたり込んだ。

「残念ね。これで終わり」

 男達はあっけにとられている。ユカリはそれに一瞥さえくれず、さっさと服を着て、すぐさま部屋を出た。

「じゃあね」

 最後にウインクだけ投げかけて、彼女は軽やかに駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ