5戦目、曖昧な駆け引きは謎を呼び込みました。
文化祭当日。
わたしは自分の格好を見下ろしてため息をついた。
ひらひらレースが重なったピンクドレス。
文化祭では色々な格好をしている人が多いけど、それでもやっぱりこれは目立つ。
「瑞希、ため息ばかりつかないで」
そういう玲奈だってため息をつきたい表情をしている。
玲奈はわたしのちょっと豪華なドレスとは違い、メイド服に近い。
わたしと玲奈の服は劇のもので、つまりわたしたちは宣伝をかねて練り歩かなければいけない。
「……まさか自分が着ることになるなんて」
選ばれた理由は、要するにヒロイン役の成川さんと背格好が似ているから。
わたしの前に、同じ背格好の似たクラスメートが宣伝を行っているので断ることも出来ない。
「ていうかこんな格好見せられない!」
幸運なことに一番見られたくない相手であるアイツは、出演者同士でぎりぎりまで練習するそうだ。
だから写真を断固拒否さえすれば見られることはないはず。
「旗本君可哀想だよね、『旗本君は』完璧なんだけどね」
同じクラスメートの子は苦笑混じり。
聡里は頭が良いだけあって台詞は完璧だし、器用なのか才能なのか演技も文句なし。
問題は誰の目からも見てもヒロインにあるらしい。
でも何となくヒロイン役の成川さんの気持ちが分かるような気がする。
……だって常にアイツの隣に立つには、いつも求められるものが大きすぎるから……。
「……瑞希?」
気付かない内にヒドい顔をしていたのか、心配そうに玲奈が見ている。
「何でもない。さあ早く行こっ!」
これが終われば本番までは自由だし、榊君には悪いけど玲奈と色々校内を周りたい。
榊君も出演者であるから本番まで解放されることは無いだろうし。
最初のシーンで使う目元を隠す仮面を付けて、にこやかに送り出すクラスメートに手を振りながら意気揚々と出発した。
仮面を付けて廊下を歩くと誰か分からないみたいでみんな視線を向けている。
それに対して笑顔を向けながらチラシを配ったり、看板を見せるのが仕事。
うん、中々に難しい!
救いなのは仮面を付けているので誰だけ解らない分、いろいろとふっきれる。
「……玲奈、大丈夫?」
こっそりと玲奈を伺うと、玲奈は強張ってはいるけど何とか口許は笑っている。
玲奈は人見知りが激しい分笑うのは苦手らしい。
それでも、この役をかって出てくれたのはわたしのせい。
それももうすぐ終わる……筈だったのに。
「うわ、すげぇ服!」
ついうっかり忘れていたけど、玲奈はクール系美女だ。
しかも今仮面を付けて素顔を隠している分、ミステリアスが増してますます美人。
絡まれることなんて予想がついたのに!
声がしたのと同時に咄嗟に背を向けて、玲奈を先に行かせる。
それが気にくわないのか、絡んできた他校の男子は近い方に居たわたしの腕を掴む。
「おいおい、無視するなよ」
ていうか痛い!
仮面の下から睨んでも、ニヤニヤ顔を崩さない。
向こうは4人だからあっと言う間に囲まれてしまう。
「……退いてください」
凛とした玲奈の声は迫力はあるけど、今は通用しない。
周りの生徒はざわついているのに、遠巻きで見つめているだけで口が挟めないみたいだ。
「いいじゃん、劇見に行くからちょっと付き合ってくれない?」
「別に来なくていいから離してください」
逃がさない為か、加減のない力は痛い。
やはり男女の差か、ふりほどけそうにもない。
「離してっ!」
「その手を離してもらおうか」
突然被った言葉にわたしの声は掻き消える。
その誰よりも聞き心地の良い声を聞いた瞬間に……ほっとしてしまった。大変不覚だけど。
「さぁ愛しの君、私の手をお取りください」
突然現れた人物に呆気にとられたのか、いつの間にかに腕から手は離されている。
……無理もないよね、ふりふり貴公子風の服装に蝶のモチーフの仮面を付けている姿の男が現れたのだから。
堂々としていて、しかし場にミスマッチ。
わたしもこんな蝶のモチーフの気持ち悪い仮面を付けた男の手を取るなんて……いやだっ!!
「な、何だよ」
気を取り直したのか無謀にも仮面の男に向かう。いくら及び腰だとしても。
それに対して仮面の奥で楽しそうに目が細められているのを、バッチリ見ちゃった……。
「さて、どうしようか?」
あっと言う間に似たようなヨーロッパ系の服装を着た集団が周りを囲む。間違いなく劇の出演者だ。
……アンタ、クラスメートを巻き込むなんて……ていうかいつの間に居たの……。
同じく呆れて何も言えなくなっていると、ちゃっかり隣にきて手を取る。
しかもさり気なく腰にも手を回すなっ!と叫びたいのを流石に頑張って我慢する。
「それでは14時からの『ロミオとジュリエット』をお楽しみに」
中心の蝶の仮面の男、聡里は笑顔を振りまきながらそのまま場を立ち去る。勿論絡んできた他校男子は言葉もなく、その場に立ち竦んでいた。
ぞろぞろと囲まれたままの移動なので、周囲も自然と道を空ける。視界の端で、玲奈も榊君の隣にいるのを確認すると安心した。
「……ちょっと、いい加減離れなさいよ!」
「嫌に決まってるだろ。10日ぶりの瑞希だぞ!」
がっちりと腰を掴まれ、どうやら逃げ出せそうにない。
どこを触ってる!捕まれ、セクハラめっ!!
睨み付けるけど、どうやら聡里も今回は引く気はないみたいだ。 ていうか10日ぶりって数えてるの……どん引きだわ……。
「……そういえば練習はどうしたの?」
本番ぎりぎりまで練習するという話はどうしたんだろう?
わたしの言葉で周りを囲むクラスメートが何故か表情を引きつらせる中、聡里だけが笑顔だ。
……謎だ。なんか引っかかるけど。
「大丈夫。何とかなる」
「何とかって……」
「それより今は瑞希不足を補う方が大切だ!!」
がばっとついに抱きついてくる。もう離さないばかりの勢いだ。
このセクハラ変態!はーなーれーろーっ!!
……しかし悲しいかな、助けてくれるクラスメートは居なかった。
結果で言えば、うちのクラスは金賞だった。
それも当然の結果だろう。劇を見た女子も男子さえも感動の渦だったらしい。
らしい、というのは見ていないから。何だか見る気が起きなくて教室で待っていた。
謎のまま、結局一部の出演者達は聡里を戦々恐々と言わんばかりに遠慮している。
「みーずき?」
でも聡里はいつも通り何を考えているのか解らないへらへらした笑顔だから、何も気にすることもないんだろう。
だってコイツは見た目も頭脳も良いくせに……変なことを言ったりし抱きついてきたりする変態なんだから。
「なんでもない」
そう?と首を傾げて笑っている。悔しいぐらいにいつもどおりだ。
だからなんだとも言えるけど。悔しいから聞こえないように囁く。
「……今日は助けてくれてありがと」
ん?と聡里はまた笑う。
聞こえているくせに、聞こえないふりはやっぱりズルイ。