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9戦目、誤魔化していた距離は遠のきました。

 世の中には、俗に言うクリスマスソングが溢れ出す。

 クリスマスソングって楽しい気分にしてくれるけど、今のわたしにはそんな余裕はなかった。


 あの再会の後、動揺して固まってしまったわたしに助け船を出してくれた委員長。なにも聞かずになにも言わないでいてくれた。

 美月ちゃんが渡してくれた連絡先はまだわたしの手のなかに収まっている。

 連絡をして欲しいのって真っ直ぐに見つめられてつい受け取ってしまったのを深く後悔していても、どうすることもできずにいた。

 玲奈にも相談できないし、ましてや聡理になんて言いたくない。

 こうやって、わたしはずっと逃げて見ないふりをしている。いつか、終わりが来るのに。



「怖い顔して、どうしたんだ?ハニー」

 あっ、と顔を上げると珍しくまじめな顔をした聡里だった。

 な、なんで?と思ったけど、結構な時間が経ってたみたいで外は真っ暗だ。

 変に思われないように、日直を口実に玲奈の下校の誘いを断ったのに……聡里に見つかるなんて最悪。

「……なんでもない。それより近い!」

 なんでいっつもこんなに近いんだ!顔を上げたら鼻先がふれそうなぐらいに近いって、普通はないでしょ!

 さすがにちょっとびっくりしたのは、ここだけの話で……。

「ひどいな、俺はもっと愛しのハニーに触れあいたいのに!」

「触れ合いたいって変態か!って、そういや変態だった」

 はあ、とため息ついて帰る準備を始める。

 日直の仕事なんてずっと前に終わっているし、聡里に見つかってしまった以上は考えることもできない。

 ちらりと聡里を見てみると聡里も帰る支度はできているようで、というかコートを着ているところから帰る途中という感じだ。

 聡里はこのところ、生徒会の仕事に関わって何かしているみたいだ。うちの学校には、それはもうお祭り好きで完璧超人かつ変人の生徒会長がいるおかげで、いろいろなイベントごとが催される。

 学祭あたりから聡里はその生徒会長に目を付けられていろいろ引っ張られているようだ。聡里はそういうの好きではないから最初は本気で嫌そうだったけど、最近は満更でもなさそうで忙しくしている。

 そのおかげで最近聡里が構ってくることが少なくなってこちらは大助かり……ただその生徒会長が男だということだけが唯一残念に思うところなんだ。

「聡里は……どうして教室に?」

「ん?瑞希が日直で残るって聞いてたし、帰ろうと思ったら教室の明かりがついていたからまさかと思ってたら案の定。やっぱり俺たちは決してきれぬ運命の赤い糸に!」

「繋がってないから」

 残るという話は玲奈にしたのであって、聡里にしたはずないのに……ってあれ、そういえば話した時にはこいつはもういなかったはずじゃ……。

 す、ストーカー!?今更ながらにこの変態の行動が怖すぎる!本気で盗聴機や発信器でも仕掛けらているんじゃないかと思えてきた。

 そそそっと忍び足で聡里から離れるけど、さすがこの変態は直ぐ気付いて軽い足取りで近寄ってくる。わたしの五歩が、こいつにとって三歩だったのはかなりムカつく。

「ちょっと、ついてこないでよ」

「愛しのハニーを送るのはダーリンの役目だろ!それに帰るところは一緒だし」

「同じマンションと言え!」

 誤解されるような言い回しをするな!って一体何時からダーリンなんてふざけた役目になった!

 はあ、疲れる。もうこんな勘違い変態はおいていけば良いんだ。着いてきているのは気のせい気のせい。

 気を取り直してここから出るために教室のスライド式の扉を開こうとして力を込めるけど、びくともしない。

 それもその筈で、聡里が扉を押さえていた。

「ちょっと聡里?」

「瑞希」

 睨み付けるために聡里を見ると珍しくにやにやした笑みを消して、じっとわたしを見ていた。

 少しだけ驚いてしまって咄嗟に後ろに下がるけど、背中に扉が当たって逃げ場はない。

「俺に言いたいこと、ない?」

「……え?」

「最近、あからさまに俺のことを避けているだろ?」

 ……何か言わなきゃ。

 すぐにそう思うけど何も言葉が出てこなかった。

 どうして、最近はずっといなかったくせに気付いてほしくないことばかりコイツは気付くの。それとも、もう既に全てを知っている上での質問なのかも。

 今だってわたしの考えを読んでいるように、眼を細めてこちらの動作を監視している。

 間が続けば続くほど、何て言えばいいのか分からない……でも絶対に言いたくない。

「……瑞希、俺は分かっているんだ」

 意外にも沈黙を破ったのは聡里だった。

 聡里の言葉に、わたしにはどうしようもない焦りが生じる。

 分かっているって、なに?

「瑞希が俺に愛の告白するかを悩んでいることを!」

「……は?」

「恥ずかしくて俺の顔を見れなかったんだろっ?」

「…………は?」

「そんなこと改めて言わなくとも分かっているさ!俺たちは運命という赤い意図が繋がっているからな!」

「んなわけないでしょ!」

 その時、自分でも誉めてあげたいぐらいに綺麗な正拳突きが、妄想変態野郎のみぞおちにヒットした。

 これで力さえあれば一発KOだっただろうに、普段から鍛えてなかったことが本当に悔やまれる。

 それでも痛いだろうこの攻撃により、聡里は膝をついて痛みに悶えた。

「……い、痛みさえもハニーのために……乗り越えて見せる……!」

 何か呟きが聞こえたけど、空耳にしておこう。あまりの気色悪い台詞に鳥肌たったままだけどね!

 聡里をシカトしつつ、扉を開けて歩き出す。その後ろを聡里がついてきて隣に並ぶ。お腹はまだ押さえているところから、意外にも効果はあったようだ。

 まあ、正当防衛だよね?

「……聡里こそ、最近忙しいみたいだけど」

「ん?」

 沈黙に耐えかねて、今度はわたしの方から質問する。だって嫌でも同じマンションで帰り道はずっと一緒だし……。

 ちらりと横目で窺うと、聡里は一瞬だけ驚いたような意外そうな表情をしたけど、また笑みを作った。

 それで少しだけ考える素振りをする。

「そうだなーほら、うちの会長って知っているだろ?」

「うん。でも集会で見かけるぐらいで、あとはいろんなイベントを企画しているスゴい人ってぐらいしか」

 色んな意味でスゴい人という、本当に噂だけでは終わらないからスゴい。

 全国模試一位は言い過ぎかもしれないけど、常に上位にいるとかいう秀才だし。

 何より眉目秀麗と言うだけあって、遠目から見てもその顔の整い方が半端なく、やや男性寄りだけど中性的なその雰囲気が更に美しさを引き立たせている。

 一度は見とれるよね……と、表情に出ていたのか、聡里がうろん気にこちらをジト目。

 な、何よ……わたしだってたまには見とれたりもするし!と反論しようとしたけど、あまりにも聡里の表情がアレなので視線を誤魔化すようにそらした。

 渋々という感じで聡里は続ける。

「……その祭り好きな会長が企画したクリスマスイベントの手伝いを頼まれてるんだ」

「へぇ……でも意外。聡里はそういうの苦手そうにしてたと思ったけど」

 中学のときも成績優秀だったくせに、推薦されても断ってたよね。目立つのは好きじゃないって言ってたけど。

 心当たりがあるのか、聡里は珍しく苦笑ぎみだ。

 こういったときの聡里は本音ということだ。本当なら不本意ではあるけど……恐らく、それよりも会長のことを気に入っているんだろうな。

「こちらにもメリットがなきゃ、こんなにもこきつかわれたりしないさ」

「まあ、良い機会なんだから少しは学校生活を謳歌したら?」

 その分だけ、わたしと一緒にいる時間が減るし、言うことない。ひいてはわたしの学校生活の謳歌に繋がる。

「俺は十分謳歌しているぜ?何より愛しのハニーとこうやって一緒いることができるんだし」

「はいはい。そんなことよりクリスマスイベントってなにやるの?」

 いつものようにスルーをして、話題を戻す。

 やや聡里は不本意そうだけと、話を始めた。

 クリスマスイベントは要するにパーティーのようなものだ。

 うちの学校にはお約束のように大きな木があって、それに飾りつけをすれば立派なクリスマスツリー。

 だけどそれだけで、人が集まるの?っていう質問には、街のクリスマスイベントが関係した。

 うちの街はクリスマスに花火の打ち上げを行う。その花火を見る絶景のポイントがクリスマスデートの定番なんだけど、やっぱりどこも混むのは必然。

 だけど本来なら休校中の学校からは特別綺麗に見れるらしい。

 そこに目をつけた会長は、休校中の学校の使用許諾を取り付けたところから、企画は始まった。

「言い出しっぺが一番動いているからなんも言えねぇけど、俺って関係なくないかと何度思ったことか……」

「……聡里を振り回す人が存在するなんて知らなかった」

 でも楽しみだ。

 まあ、玲奈は無理にしても委員長は付き合ってくれそうだし。実は内緒の恋人がいたら別だけど……。

 でも他の人もクリスマスは友達と過ごす!って言ってたし誰かは付き合ってくれるよね。

 何だかんだと話し込んでいたら、家に到着してエントランスでエレベーターを待つ。

「なあ瑞希」

「なによ」

 油断していたためか、とられた手を聡里はぎゅっと力を込める。

「ちょ、ちょっと!」

「クリスマスの夜は空けていてくれ」

「いや」

 はあっ?っていう疑問より早く、拒否の言葉が出た。条件反射でもなく、わたしは心の底から拒否した。

 一瞬だけ傷付いた表情を見せたけど、わたしの気持ちは変わらない。

「何で私なの。他にもいるでしょ」

 取られたままの手を取り返すため、するりと聡里の手から抜け出そうとしたけど、再度力を込めてできなった。

 それどころか、ぐいっと引っ張るからお互いが一歩近づいて密着するように近い。

 唖然と聡里を見ると、いつもの笑いを引っ込めてやや悔しそうな真剣な表情。

「俺が好きなのは瑞希だけだ」

 ……何をいっているの、こいつは。

 散々繰り返してきたその言葉は、へらへら笑う聡里だから流せてきたのに。そんな真剣な表情をすればするほど、わたしは。

「うそつき……」

 フラッシュバックするのは、二人が寄り添って楽しそうに笑っている光景。

 聡里とその隣の女の子はわたしじゃない、あの子。ああ、なんてお似合いな二人なんだろう。

 そう思っていたのにその光景を壊したのは、わたし。

 ……何て惨めなんだろう。

「止めてよ!」

「違う、俺は……」

 繋がったままの手を無理やりほどく。

 今さきまでの楽しかった気持ちも、どこか遠くなる。

 そうだ、忘れちゃいけない。

「もう嫌!そうやって聡里が言う度に、わたしがなんとも思わないとでも思った!?わたしだって、わたしだって……」

「瑞希……」

 そっと聡里が触れてくる気配に、わたしは距離をとって明確に拒絶する。降りてくるエレベーターを放棄して、階段を目指す。

 当然数段登ったところで、追いかけてきた聡里に再度捕まる。

「瑞希、俺は」

「手を離して。そうじゃなきゃ、もう聡里とは絶対に口を利かない」

 振り返りもせず言った言葉に、聡里は一瞬だけ迷うような素振りをして、結局は手を離した。

 わたしは本気だ。馬鹿げているかもしれないけど、聡里とはもう話したくもなくなる。

「瑞希、クリスマスの夜に時間がほしい」

 再度足を動かし階段を昇る。

 聡里は追いかけてこなかったけど、言葉は続く。

「六時に中庭で待ってる!」

 わたしは返事もせずにかけ上がって、聡里から逃げ出した。

 聡里はもう追いかけては来なかった。


 思いの外、わたしは聡里との距離に安心をしていたのだろう。

 でももう誤魔化すことはできないまま、わたしは出せなかったメールをようやく打つことができた。

 もう、終わりにしよう。

 わたしは、自分の気持ちに向き合うことも、受け入れることも、素直になることもできないままだけど。

 これはわたしの罰なんだから。



遅いうえに、季節外れネタで大変申し訳ございません。

一応作中は年末ぐらいです。

無理やり気味に終わりへと近付いていますが、最後まで見ていていただければ幸いです。

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