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心優しき王妃様はざまぁ展開を望まない

作者: 小乃マル
掲載日:2026/05/20

「心優しき王妃様」

 人々はみな私をそう呼び、尊敬の眼差しを向けてきます。


「王妃としての気高さがありながらも、常に謙虚でいらっしゃる。王族でありながら、王宮で働く全ての使用人の名前を把握なさっているそうだ」

「王太子殿下と王女殿下もご立派であられるが、お二人を育てあげたのも王妃様らしい。国王から虐げられながら、血の繋がりのないお二人に愛情を注いでこられた王妃様は、なんと慈愛に満ちた御方だろうか」


 ひとたび城下に出れば、私を褒めそやす言葉があちらこちらから聞こえてくるほどで、私は少し恥ずかしい気持ちになります。

 私は自身のことをそんなふうに思ったことはありませんし、自分ができること、すべきことを行ってきただけなのですから。


 しかし、今ではこの大国の王妃として盤石な地位と人気を確立している私も、かつてはとある小国の第二王女にすぎませんでした。

〝小国〟というのは謙遜でもなんでもなく、本当に小さく貧しい国だったのです。


 そんな国でしたから、王女と言えども私は、みなさんの想像からはかけ離れた生活をしておりました。

 典型的な農業国だったこともあり、繁忙期には王である父も含めて、国民と共に泥に塗れて畑仕事をしましたし、異常気象により食糧の収穫量が激減した年には、具のほとんど入っていないスープで飢えを凌いだこともあります。


 それを不満に思ったことはありません。

「快適な環境が最初から整っていることなどほとんどない。人間は暮らしやすい土地を手に入れるために、自らに与えられた場所を、時間をかけてじっくり作り変えていく必要があるんだよ」

 これは、父の口癖です。

 そして私は、今でもそんな父の考えを支持しております。


 そうやって国民に寄り添って生活をしておりましたが、時には怒りの感情をぶつけられる場面もありました。

「おい、無能な王族ども! おまえ達のせいで、我々は苦しい生活を強いられているんだ!」

 衆人環視の元、国民からそんな言葉を投げ掛けられたこともあります。


 その年は、記録的な豪雨が続いた年でした。

 丹精込めて育てていた作物が駄目になって、彼もむしゃくしゃしていたのでしょう。

 今後の見通しが立たないことへの不安ぶつける先が、我々以外に見つからなかったのだと思います。


 当然ながら豪雨は私達のせいではないし、その時の父は治世者としてできることはやっていました。

 しかし父は、彼の言葉に反論することはありませんでした。

「苦しい思いをさせてしまって申し訳ない。だが、来月には友好国から穀物が届くことになっている。もうしばらくだけ耐えてほしい」

 父はそう言って、深々と頭を下げただけでした。


 そんな父の姿を見て私が学んだのは、「多くを語るべきではない場面もあるのだ」ということです。

 事実、その人は頭を下げる父を前に冷静さを取り戻したようで、すぐに顔を青くして自らの発言を撤回していました。

 だって、生活が苦しいのが私達のせいでないことなど、誰の目から見ても明らかでしたから。


 あの時涙を流しながら謝罪の言葉を繰り返していたその人は、特に罰を受けることなく許されました。

「誰にでも過ちはある」と笑って不敬を許した父の寛大さに心打たれた彼は、「国のために」とより一層精力的に働くようになったと聞いております。


 そんな後日談も相まって、この時の話は今でも祖国で語り継がれているそうです。

 人々は黙って頭を下げる父の潔さを語るついでに、自らの考え付け加えるのです。

「言いたいことはいろいろとおありだっただろうに」だとか、「国王があの場で言い負かさなかったのは、ひとえに王の慈悲深さによるものだ」とか。


 あの時の父が何を考えていたかなど、本当のところは誰も知りません。

 誰も知らないからこそ、父が語らなかった空白の隙間は、人々の憶測によって埋められます。

 人間は見ようとするものしか見えない存在ですから、結果として『寛大な王』である父が残した余白は、全て「寛大な王の御心」だと捉えられているようです。


 ……少し話が脱線してしまいましたね。

 私の話に戻りましょう。


 そのような小国にこの国の使者が訪れたのは、私が十六歳になったばかりの頃でした。

『我が国の国王が貴国の第二王女を娶りたいとおっしゃっている。王はいかなる手段を用いても、自らの目的を達成なさる御方だ』

 もう少し丁寧に回りくどくお話しされていましたが、使者から告げられたのは、端的に言えばそういう内容だったと記憶しております。


 この国は、当時から私の祖国とは比べものにならないくらいに、広い領土と強い軍事力を有しています。

 そんな国から「いかなる手段を用いても」などと言われて、要求を跳ね除けることなどできましょうか。

 武力を行使されてしまえば、こちらに勝算などありもしないのに。


 なすすべもなく打診を受け入れざるを得ない私に対して、父は何度も謝罪を繰り返しました。

「なんとかしておまえを守り切りたかったのだが……。すまない、マリアンヌ」

 目に涙を浮かべ、唇を噛み締める父の苦しげな表情は、今でも忘れることができません。


 男尊女卑的思想の国だというだけでも、娘を嫁がせる地として不安だったはずです。

 それに加えて、夫となる国王が私よりも二十近く年上なのです。

 さらに、国王には数年前に病死した前妃との間にもうけた子が二人いるとのことでしたから、当時の父のやるせなさを思うと胸が痛くなります。


 ですが、私はさほど悲観はしておりませんでした。

 それが私に与えられる場所であるというならば、受け入れるしかありません。


 ほとんど連れ去られるようにして嫁入りを果たした私に、周囲の視線は冷ややかなものでした。

 今では信じられないかもしれませんが、王宮内の侍女どころか使用人までもが、時には私をいないものとして振る舞い、そして時には過度に熱心に教育をしてくるのです。

 その中でも特に、侍女頭からの風当たりは随分と強いものでした。


「一人でドレスが着られない? 王妃様がいくらお若いとはいえ、このくらいのことはご自身でやっていただかないと」

 その日、夜会のためにと用意されたドレスは、今思い出してみても複雑な作りのものでした。


「王妃様、今なんと? ……ああ、こちらの国では聞き慣れない発音なので、聞き取れませんでした」

 地域によって多少の発音の違いはあれど、「聞き取れない」というほどではないでしょうに、ほんの僅かなイントネーションの違いすらも聞き逃さない彼女は、私に何度も〝この国での正しい発音〟を教えてくださいました。


 祖国からの私へ宛てた贈り物を「田舎くさい」と勝手に処分されたりだとか、あるいはお茶会での細かなマナーを間違えて伝えられたりだとか、そういったこともありました。

 ……そのような細々とした出来事を一つ一つ挙げていくとなると、時間がいくらあっても足りませんから、このくらいにしておきますね。


 現侯爵に夜会で見初められ、侯爵からの猛アタックの末に夫人の座に就いたという侍女頭は、自分にはそれだけの価値があると自負していたのでしょう。

 確かに同性の目から見ても、彼女は華やかな美女でした。

 流行を押さえたファッションや、都会の洗練された雰囲気を好む彼女からすると、当時の私は野暮ったく見えたのかもしれません。

 小国から嫁いできた年の若い新しい王妃に対する侍女頭の言動を、止めようとする人間は誰一人としていませんでした。


 そんなことが続きましたから、もちろん当時の私も、侍女頭に嫌われているのだということはわかっておりました。

 そして彼女がそのような態度をとるものだから、他の侍女や使用人もそれに倣うしかないということも。


 ですが、だからなんだというのでしょう。

 彼らにも税金から給金が支払われている以上、職務はきちんと果たしてもらわねばなりません。


 どれほど嫌な顔をされようとも、私は彼らに手助けを求め続けました。

 そして逆に、どれほど細かく意地悪な内容であろうとも、自分にとってプラスになると思った指摘は受け入れるようにしました。

 もちろん、相手のミスは毎回責任の所在を明らかにした上で、再発防止のために策を講じたりもしました。


 おそらく、それは侍女頭が望んでいた反応ではなかったのでしょう。

 いくら冷たくあしらおうとも顔色一つ変えない私を前に、侍女頭はいつも忌々しげな表情を浮かべていました。


 しかしそれを目にしたところで、私の中に特別な感情が芽生えることはありませんでした。

 私は、私を邪険に扱う侍女頭やその他の使用人に意趣返しをするつもりはなかったのですから。

 何度も言うようですが、私は彼らにきちんと仕事をしてほしかっただけです。


 ですから、物事を円滑にすすめるために、いつでも笑顔で「ありがとう、助かったわ」と言うことだけは、忘れずに続けるようにしていました。

 この国に来てから三ヵ月が経ち、周囲の人間の顔と名前を徐々に覚えてきた頃には、その言葉と共に個人名を呼んでみたりもしました。


 初めて専属侍女の名前を口にした時のことは、今でも鮮明に覚えております。

「着替えを手伝ってくれてありがとう。いつも助かっているわ、メアリ」

 メアリというのは私よりも二つ年上の王妃専属侍女で、当時王宮に仕えだして間もない女性でした。


 私と歳が近いこともあってか、それまでにも彼女は周囲から冷たく接し続けられる私に対して、同情的な視線を寄越すことがありました。

 だから「いつも助かっている」というのはあながち嘘ではありませんでしたし、「新入りのあなたも大変ね」という気持ちも込めた発言でした。


 ですがメアリは、私の言葉を聞いて目を大きく見開くと、わあっと泣き出してその場に蹲ってしまったのです。

「お、王妃様っ! お助けできず申し訳ございません! 私にもっと力があればっ!!」


 さすがにそれは私にとっても予想外の展開で、私はその後メアリを宥めるのに相当の時間を費やしました。

 随分昔の話ですから、具体的にどう慰めたのかは覚えていませんが、「あなたを責めるつもりはまるでないのよ」「あなたは本当によくやってくれているわ」というようなことを言ったような気がします。

 そしてそれは、私の本心でした。


 ようやくメアリが泣き止んだ時、すでに辺りは薄暗くなっていました。

 メアリは「王妃様の時間を無駄にしてしまった」と青ざめていましたが、むしろ自由時間を持て余していた私は「気にしないで」とだけ返しました。


 私の返事を聞いて息を呑んだメアリが、その時何を考えていたのかはわかりません。

 ですが、落ち着いた声色で「もう少しだけ猶予をください」と呟くように発したメアリの瞳の奥には、決意の光が灯っているように感じられたのでした。


 これほどまでに強く印象に残る反応をしてくれたのは、さすがにメアリだけですが、他の使用人も初めて名前を呼んだ際にはみな大なり小なり驚愕の表情を浮かべておりました。

 その後に続くのが歓喜の表情なのか、はたまた恐怖の表情なのかは、人によって様々でしたが、一応付け加えておくならば、侍女頭なんかは真っ青な顔をして小刻みに震えているようでした。


 おそらく、王妃の前に立つ自分が〝侍女頭〟ではなく〝個〟として認識されていることに怖気付いたのでしょう。

 そして私に〝個〟として認識されることに恐怖を感じた人々は、どこか後ろ暗いところがある方々だったのだと思います。

 その証拠に、私が王宮内で働く使用人達の名前を覚えるにつれて、王宮に流れる空気が少しずつ変化していくのを、私はひしひしと感じることになりました。


 流れが大きく変わったのは、私がこの国に嫁いできてから一年ほどが経った頃でしょうか。

 毎朝一番に私の部屋へと姿を見せる侍女頭が、その日は来なかったのです。


 そんなことは私が嫁いできて以来初めてのことでしたが、私は特に気にしておりませんでした。

 彼女も人間である以上体調を崩すだとか、あるいはそれ以外でも、何かしらの致し方ない事情で仕事を休まねばならないことだってあるでしょうから。


 しかし朝食を終えて自室に戻った私の元を訪れたのは、いつになく真剣な顔つきをした家令でした。

「専属侍女であるメアリから報告を受け、調査を進めてまいりましたところ、()侍女頭が王妃様に対して不適切な言動を度々繰り返していたことを確認いたしました。対応が遅くなり、大変申し訳ありませんでした」

 そう言って深々と頭を下げる家令は、まさに「顔面蒼白」という言葉がぴったりなくらいに、酷い顔色をしていました。


 その日まで家令と直接やりとりをする機会はほとんどなかったものの、彼が悪い人物でないということは聞かされていましたし、言い訳もせずに頭を下げ続ける彼は実際に誠実な人間のように思われました。

 おそらく家令は、侍女頭の私に対する冷酷な対応を長らく放置してしまっていたことを、使用人の監督責任者として悔いているのでしょう。


 しかし家令が気づけなかったのも、無理はありません。

 元侍女頭はこの国の有力な侯爵家の奥様である上に、前王妃には甲斐甲斐しく尽くしてきた人物だそうです。

 きっと家令にとっては、元侍女頭は〝信頼できる職場仲間〟であったのだろうと思われます。


 それを思うと、この件に関しては、私よりも家令の方が辛い思いをしたのではないでしょうか。

 はじめから元侍女頭になんの期待もしてこなかった私は無傷ですが、家令は信頼していた相手に裏切られたことになるのですから。

 

 ですから、沈痛な面持ちで「この件に関しては家令である私にも責任があります」と静かに告げる家令に向かって、私はできるだけ穏やかに「気になさらないで」と返しました。

 それでも家令は何か言いたげな顔をしたので、「私は気にしていないので」とも付け加えました。


 だって本当に、元侍女頭がいてもいなくても、私は全く気になりませんから。

 元侍女頭のこれまでの言動に関しても、ただ「ああ、嫌われているんだな」と思っていただけで、それ以上でも以下でもありません。

 ……もちろん、家令に対してそこまでの本音を語ることはしませんでしたが。


 なので、家令に対して告げた「この件についてはもうおしまいにしましょう? 私はもう、これ以上騒ぎを大きくすることを望んでおりません」との言葉は、私の本音でした。

 これ以上、元侍女頭というどうでもいい相手に対して時間や労力を割くのは、無駄なことだと思われましたから。


「元侍女頭はすでに王宮からの退去を命じ、今朝早くに城を出て行かせました。王妃様がお望みとあらば、罰を与えることも可能ですが?」

「いいえ、必要ありません」

 だって、元侍女頭に与える罰を考える時間すらも惜しいので。


 あまりにも私がきっぱりと言い切ったからでしょうか。

 家令は驚いたように僅かに目を見開いたものの、それ以上食い下がることはせず、「仰せのままに」と返事をしました。

 そして彼は退出に際して私に向かって一礼をすると、最後に呟くように「本当に王妃様はお優しい方なのですね」と言いました。


 家令の言葉に、私は思わず笑ってしまいそうになりました。

 私が元侍女頭に罰を望まないことが、優しさからくるものだと思われているだなんて、勘違いも甚だしい。

 ですが、その時の彼はとても真剣な様子でしたから、私は「そんなことないわよ」と軽く否定するに留めておきました。


 元侍女頭のその後については、メアリから聞いた話でしか知りません。

 私の意見が尊重された結果、元侍女頭は解雇されたものの、それ以上の処罰を受けることはなかったそうです。

 しかし、どこからか漏れた「王妃様に対する不敬によって王宮を追い出された」という噂が広まり、彼女の社交界での地位は大きく損なわれてしまったとのことです。


「家名にも傷をつけることになり、結果として彼女は王都から遠く離れた侯爵領に下がらせられたそうです。侯爵とお子様がかなり怒っていらっしゃるそうで、おそらく彼女は二度と王都の地を踏むことなく生涯を終えることになるでしょうね」

 メアリはそう言うと、どこか嬉々とした口調で「彼女の自業自得ですが」と付け加えました。


 メアリの言葉を聞いて、その時の私がなんと返したのかについては、はっきりと覚えておりません。

 おそらく、困ったような表情を浮かべつつも「そうなのね」とでも言ったのではないかと思います。

 今の私でも、そのように反応するでしょうから。

 だって、どうでもいい人間の近況を聞かされて、他にどうすればいいのでしょう?


 しかしメアリは私の返事を聞いて、どういうわけだかはっと息を呑むと、「申し訳ありません」と謝罪の言葉を口にしました。

「お優しい王妃様にお聞かせするような内容ではありませんでしたよね。……ですが、王妃様が気に病まれる必要はないのですよ? 彼女が苦しい状況に追い込まれているのは、彼女自身の行いの結果なのですから」

 その時のメアリの表情は、気遣わしげでありながらも、どこか私に対する敬意のようなものを含んでいるように感じられました。


 その後メアリが私の前で、元侍女頭の話題を出したことはありません。

 ですから、あれから十数年たった今、私は元侍女頭がどこで何をしているのか、一切把握しておりません。

 私には一切関係のないことですから、知りたいとも思いませんしね。


 ……さて、次に家族の話をしましょうか。

 みなさんの中には前述の一連の騒動において、夫である国王の名前が一切出てきていないことを疑問に思った方がいらっしゃることでしょう。

 ひょっとすると「侍女頭の解雇について、裏では国王の尽力があったのではないか」と想像力を働かせている方も、いらっしゃるのかもしれません。


 しかし、断言いたします。それはあり得ません。


 こちらの意思とは無関係に、半ば強制的に娶ったにもかかわらず、国王が私に対して夫としての役目を果たしたことなど、ただの一度もありません。

 後から聞いた話にはなりますが、二歳年上の聡明な前妃に劣等感を抱き続けていた国王は、夫婦間において自分が優位に立ちたい一心で〝二十歳近く年の離れた小国の王女〟を新しい妻として望んだそうです。


 国王との間で交わされた会話も、人前で「彼女は貧しい小国の出身だから」と侮辱されたことくらいしか思い出せません。

 結婚以来、一度も寝所を共にしたこともありませんが、それについても国王は「あのような貧相な女を抱くことなぞできぬ」と自慢げに公言していたようです。


 国王のその言葉は、何度思い返してもその度に笑い出しそうになります。

〝国王に抱いてもらえぬ不憫な妻〟? 〝二十も年上の老人を相手にせずとも良い幸福な妻〟の間違いでは?


 このように、私と国王ははじめから夫婦とは呼べないような関係でしたので、私がこれから話をする家族とは、もっぱら息子と娘のことを指します。


 私が十六歳でこの国に嫁いだ当時、息子のレジナルドは十一歳、娘のアデレードは八歳でした。

 国王の前妃が産んだ子達ですから、私と二人の間に血の繋がりはありませんが、私は二人のことを本当の子のように思っています。

 二人と出会えたこの一点においてだけは、私は国王に感謝すらしているのです。


 しかし現在では私のことを実の母のように慕ってくれている彼らですが、最初からそうだったわけではありません。

 当然でしょう。姉弟姉妹であってもおかしくない年齢の女性を、いきなり「母だと思いなさい」と言われて、困惑しないはずがありません。

 それでなくとも、国王から抑圧された生活を送ってきた彼らは、他者に本心を見せようとはせず、相当に扱いづらい子どもでした。


 当時のレジナルドとアデレードにとっては、二人が実の母親である前妃に似て聡明だったことが、不幸な境遇を招いてしまっていました。

 国王はそんな二人の才能に嫉妬し、自身と比較されることを恐れて、彼らに様々な制限を設けていたのですから。


 そんな子ども達と私とのぎこちない空気を変化させるきっかけとなったのは、レジナルドのとある一言でした。

「マリアンヌ様のお力で、僕を騎士団の訓練に参加させてもらうことはできませんか?」


 元侍女頭が王宮から去り、私と使用人達との関係が良好なものになってしばらく経った頃のことだったと記憶しております。

 それは数日前に私が言った「レジナルドは来月十三歳になるでしょう? 誕生日プレゼントの希望を考えておいてもらえるかしら?」という言葉に対する答えでした。

 聞けば彼は、騎士団の訓練への参加を、父親である国王から禁じられていると言うのです。


「どうして? 軍部が力を有するこの国において、王太子であるあなたが騎士団の訓練に参加することは、大いにメリットのある行動だと思うのだけれど?」

「……父は、あらゆる分野において、僕が父よりも優秀な成績をおさめることを恐れているのです。父の身体能力は、お世辞にも高いとは言えませんから」

 その後家令に確認したところ、レジナルドの言っていた通りのようで、私は国王の器の小ささに唖然としたものです。


 私は、とりわけ子ども好きな人間というわけではありません。

 それでも、誰にも心を開くことのなかった少年が、ようやく望みを口にしてくれたのです。

「なんとしてでも彼の願いを叶えてあげたい」と思うのは、大人としては当たり前の感情でしょう。


 国王が子ども達に劣等感を募らせるあまり、日常的に彼らを遠ざけていることが、この件に関しては良い結果をもたらしました。

 その頃には既に、侍女どころか家令までもが私に協力的でしたから、一言「レジナルドを騎士団の訓練に参加させてやりたい」と相談を持ち掛けただけで、すぐさまその場が用意されることとなりました。

 その迅速な対応は、正直に申し上げると少し驚いてしまったほどです。


 どうやらその決定の背後では、レジナルドの伯父……つまりは前妃の実兄である騎士団長の思惑も働いていたようです。

「私も、レジナルド殿下には騎士としての素質があると思っておりました。将来国王として軍部を従える立場になられるのですから、殿下にとっても意義のあるご経験になるのではないかと」


 みなさんの協力の元、国王には内緒でレジナルドは週に二度ほど騎士団の訓練に交ざることになりました。

 騎士団長の見立て通り、彼はぐんぐんと頭角を現し、訓練を始めて三年が経つ頃には、同年代の騎士訓練生達の中にいても一二を争う実力者へと成長を遂げたのです。

 その頃にはもう、レジナルドは出会ったばかりの〝抑圧され口を閉ざし続ける子ども〟ではなくなっていました。


 騎士団の訓練は、そのままレジナルドの自信に繋がったようです。

 それまでは、王太子教育も言われるがままに義務的にこなしているような節が見受けられましたが、騎士団訓練によって〝できる喜び〟を知ったレジナルドは、明確な目的をもって授業に臨むようになりました。


 レジナルドの成長は目を見張るものがあり、代々王太子教育に携わっているというベテランの教師が「私が今まで教えてきた中で最も優秀な御方です」と絶賛するほどでした。

 その言葉の裏には、「これほど恵まれた国の長であるにもかかわらず、いまいちぱっとした功績を残せずにいる現国王とは大違いだ」という本音が潜んでいたことでしょう。


 そしてそんなレジナルドの変化は、彼の妹であるアデレードにも良い影響を及ぼしました。

 いまだに男尊女卑的思想の残るこの国において、アデレードは王女であるにもかかわらず、ほとんど教育が施されておりませんでした。

 彼女の容姿は前妃に瓜二つだとのことですから、おそらく国王の〝前妃に対する劣等感〟が、アデレードが教育から遠ざけられた最大の要因なのだと思います。


「ねえ。マリアンヌ様も『女に知識は必要ない』って思ってる?」

 アデレードがそんな質問を口にした時、彼女の年齢はすでに二桁になっていました。

 年齢の割に幼いその物言いには危機感を抱いたものの、彼女は自身の言葉を否定してもらいたがっているように感じられました。


「いいえ。私はそうは思わないわ」

「……でも、お父様は『女が物知り顔をしたところで滑稽なだけだ』と言ってたわ。『無知で素直な女ほど可愛い』んだって」

 アデレードの言葉を聞いて、私は生まれて初めて舌打ちというものをしたい気持ちになりました。


 国王が馬鹿馬鹿しい考えを有していることに関しては、少しの興味もありません。

 ですがそれを娘に押し付けるとは、一体何を考えているのでしょうか。

 ……きっと、何も考えていないのでしょうね。


「なら、私と国王陛下の異なる考えを聞いたあなたは、どう思うの?」

 アデレードを介して聞かされた国王の主張を否定することは簡単でしたが、私はわざと質問に対して質問で返しました。

 思考する機会を奪われ続けた彼女には、自分なりの答えを出してほしいと、その時の私は考えたのです。


「……近頃のお兄様は、すごくかっこいいと思う。私は女だけど、お兄様を見ると羨ましい気持ちになっちゃうの」

 アデレードはそこで一旦言葉を区切ると、消え入りそうな声で「おかしいかしら?」と付け加えました。


 彼女の言葉は、私の質問に対する直接的な答えにはなっていませんでした。

 それでも、王太子として正しい努力を続けるレジナルドを見てアデレードが「羨ましい」と感じたことは、そしてそれを私に打ち明けられたことは、彼女にとって大きな意味を有しているように思われました。


「おかしいことなんかじゃないわ。それに、二十年近く女性として生きてきた私の経験から言うと、能力や知識以上に貴重な財産はないのよ。だって、ドレスや宝石などとは違って、誰にも奪われることがないものだから」


 もちろんそんな私の考えに、アデレードが共感したかはわかりません。

 しかし私とそんな会話を交わした直後から、彼女が貪欲に勉学に励むようになったのは、紛れもない事実なのです。

 アデレードが「国内屈指の才女」としてその名を轟かせるようになるまでに、それほど時間はかかりませんでした。


 レジナルドとアデレードの才能の開花を国王が知ったのは、それから随分と後になってからです。

 自分が取り上げていたはずのものが、いつの間にか子ども達の手に渡っていると国王が気づいた時にはすでに、二人は世間からも認められている状態でしたから、国王にはもはやなすすべがなかったようです。


 哀れな国王は、やりきれない感情を私にぶつける以外に方法がなかったのでしょう。

 国王は腹立たしげな様子を隠すこともなく、「我に対する復讐のつもりか」と繰り返し私を怒鳴りつけましたが、まさかそんな。

 私が国王に対して復讐するだけの価値を見出していると、本気でそう思っているのでしょうか?


 かつては自分達を苦しい立場に追いやる原因となった〝実母から受け継いだ聡明さ〟は、今ではレジナルドとアデレードの強みです。

 国王は優秀な彼らと比較されるのみならず、「比較されることを恐れて子ども達の学びの機会を奪っていた」ことまでが知られ、史上最低の国王としてのレッテルが貼られることとなりました。


 その結果、近頃巷ではレジナルドへの譲位を求めるデモが度々起こっているようです。

 国王は怒り狂い、軍部に取り締まりを命じていましたが、抗議の声は一向に鎮まる気配が見えません。

 我が国の優秀な軍部が「取り締まれない」なんてことはありえませんので、おそらく軍部も本気で対処する気がないのでしょう。

 それこそ軍部は、数年前からレジナルドの戴冠を待ち望んでいるのですから。


 生まれた時から暮らしやすい土地を与えられていたはずの国王ですが、彼の愚かさは自身を取り巻く快適な環境を少しずつ破壊していたようです。

 国王を支持する声は、もはや国内外のどこに行っても耳にすることができないでしょう。


 かつてはあれほど威張り散らかしていた国王も、今では勢いを失ってぼんやりとしている姿をよく目にします。

 しかし仮にも夫である国王のそんな姿を見ても、私はなんとも思いません。

 あと半日ほどで彼が「国王」という称号すら失うことになるのを知っていてもなお、私の胸には憐れみも、それどころか「ほら見たことか」と思う気持ちすら浮かびません。

 だって、どうでもいいですから。


 昨夜、騎士団長と家令を引き連れて私の自室を訪ねてきたレジナルドの話によれば、彼は今日のうちに軍部と手を組んで国王に譲位を迫ることになるそうです。

「マリアンヌ母様に相談もなく、決めてしまって申し訳ありません。ですが心優しい母様に、心労をお掛けしたくなかったのです」

 レジナルドはそう言っていましたが、たとえ計画について聞かされていようとも、私は「あらそうなの」程度の感想しか抱いていなかったことでしょう。


 もちろん、口にはしていません。

 真剣な表情で私を気遣うレジナルドを前にして、本音を言うのは憚られましたから、私は「怪我だけはしないでね」と返事をしておきました。

 あんな無価値な人間のために、レジナルドが痛みを感じる必要などないのです。


「母様が父に辛く当たられてきたことは知っております。今後の父の処遇について、母様に望みがおありでしたらお聞かせください」

 続くレジナルドの言葉には、黙って首を振りました。

 だって、どうでもいい相手に対して、望むことなど何もありませんから。


「国王の処遇については、あなた方にお任せします。私への気遣いは不要です。私は、国王のことを憎んではおりませんので」

 本心からそう答えると、目の前の三人が息を呑むのがわかりました。

 家令などは手で目頭を押さえて、涙声で「王妃様は昔からそういう御方でしたね」と呟いていましたから、おそらく彼らの目からは私が〝自らを虐げてきた国王に対しても罰を望まない心優しき王妃様〟に見えたのでしょう。


 彼らだけではありません。

「心優しき王妃様」

 人々はみな私をそう呼び、尊敬の眼差しを向けてきます。


 ですが私は、他者を憎まないことが優しさだとは思いません。

 むしろその逆で、こういった場合には憎しみを抱いてあげられる人の方が、よっぽど心優しい人間なのではないかとすら思っています。


 だって、自身の地位を脅かしてまで嫌がらせをしたり、あるいは優越感を抱くために娶ったりした相手から、全くなんとも思われていないことの方が、絶望的な気持ちになるでしょう?

「愛情の反対は、憎悪ではなく無関心だ」という言葉があるくらいですからね。


 大衆小説においては、理不尽に虐げられた主人公が加害者側に復讐を果たすような展開を、「ざまぁ展開」などと呼び表すことがあるようです。

 しかし私は、ざまぁ展開を望みません。

 なぜなら国王がどうなろうとも、私にはなんの関係もありませんし、「不幸になってほしい」と願う程に国王の未来に興味もありませんので。


 私の今後の人生は、明るいものになるでしょう。

 時間をかけて整えてきたこの環境がありますから、これからもきっと快適に暮らしていけることと思います。


 繰り返しにはなりますが、私は国王に復讐をしてあげるだけの、優しさを有した人間ではございません。

 ですので、国王陛下におかれましては、私の目に入らない場所で、どうぞ勝手になさってくださいませ。

初の文芸ジャンルでの投稿です。

最後までお読みくださり、本当にありがとうございます。

今後の参考のためにも、評価や感想いただければ嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
実は主人公の父親も主人公と同じで国や国民に同じ感覚を抱いていた可能性もある・・・のでは?
面白かったですー。こういう周りが勘違い?して主人公像が勝手に聖人にされたりハイスペックにされるお話好きです。 この王妃様が優しいと評価されたのは、王妃自身が一番の被害者だったのと罰を与えられる人間が他…
面白い王妃様だった。 惜しむべくは >全くなんとも思われていないことの方が、絶望的な気持ちになるでしょう? ここかなぁ。 だってそれは、言わなくて、相手に伝わってないなら、絶望的な気持ちにはならないか…
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