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小学校生活

学校というところは、常に大勢の人間との関わりあいがあり

そのため差別やいじめが絶えない空間です。

そんな、いつ自分が堕ちるのかも分からない戦場で、よく世間の人々は戦っていられるなー

なんて思っていたりしましたが、結局出した結論は、皆様は高度に良く出来た人間であり、

逆に自分はそこまで器用になれない愚人という、またも悲しい事実でした。


そもそもいじめが起こる原因とはなんでしょう?

その疑問の答は実に簡単なものでした。

要は権力の競い合いです。

動物は本能的にも競争欲というものがあり、相手よりも勝ろうとします。

じゃないと生き残れませんから。そしてそれは人間にもあてはまるでしょう。

自分よりも弱い者を蹴落としているのですよ。

そして、蹴落とした方(いじめるがわ)は弱者よりも強い、弱者に勝った、という

錯覚に陥るのです。

それをみたほかの偽強者の「仲間」は、“こいつに逆らうと危ない”と感じるわけです。

まあ、簡単に言えば猿山のボス猿集団と同じ原理ですね。

(こんな比喩を使って、わたしは馬鹿にしてるわけじゃありませんよ。嘲ってはいますが。)

集団とは数がものをいう世界ですから、すぐに悪循環になりますな。

でも、上で書いたとおりいじめのボスは偽強者であって本物の強者にはなれません。

何故なら数がものをいう世界では、一人たりとも敵を作ってはいけないのです。

一人でもほころびがあればそこから布は崩れていきます。

ほかにも、次々ターゲットを変えたりしていたならば危ういです。

弱者連合ができますから。



こんな油断ならない状態がいやで、わたしは戦争を放棄しました。

薄っぺらい友情なんて要らないという考えです。

あえて集団から離れていき、一人の世界の住人になったのです。

元々性格の良くないわたしは、すぐにいじめられ?はじめました。

(正確にいうと、いじめられてはいませんね。自分でいじめられているという実感がなかったです。先生にいわれて気づきました。)

・・・そういえばこの話を親友にしたときに、

「それって、いじめじゃなくて疎外でしょ?」なんて言われたりして、たしかに、とか思ったり

しました。


とにかくいじめ改め疎外されていたわたしが興味を持ったことは、人間観察でした。



最低な人間は、立派な人間に憧れを抱き、どうしたら近づくことが出来るのか考えはじめるのでした。


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