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リユ・クロッカスは死後の世界で仕事する

掲載日:2026/03/31

手に取って下さりありがとうございます!!

どうか最後までお付き合いください(〃ω〃)

 ――いつの頃からか。


 シワが増え、腰が曲がり、思う様に走れなくなって。それでも変わらないと思っていた。月日の移ろいは季節を変え、色を変え。忙しなく通り過ぎる風はやがて私達をも変えてしまった。


 ――いつの頃からだったのか。


 最愛は戦友に変わり、愛の巣は共同生活に変わった。それは仕方のない事で、当たり前で。皆もそうなんだと言い聞かせている内に、考える事すら止めてしまっていた。


 ――君の最期に見た顔と声が、忘れられないんだ。

 

 この想いを、許しを。

 もう一度だけ、君に伝えたい。

 


 夢を見ていた老夫は登る朝日に目を焼かれ瞳を開いた。

 ふと、周りを見ると自分の家であって知らない場所の様な不思議な違和感を覚える。それもそのはず。

 

 ここは死後の世界、クレードル。

 魂が輪廻転生するまでの休憩所。


 人の想いの数だけ国があり、季節があって、景色がある。そんな変わった場所。けれど死んだ人間は、やはり人間にしかなり得ない。住まう人々は生前と特に変わらない生活を送っていた。


 違いを挙げるなら、食事は娯楽になり、貯金をする必要がないから労働は小遣い稼ぎ程度、朝から晩まで働く者はいない。


 クレードルに長くいると、徐々に身体が若返る。そうして生前の未練や想いが無くなると自然と身体が消え、魂は輪廻の輪に還り、新たな生となって現世に誕生する。


 ここは、そんな変わった世界。

 

 クレードルの入り口にポンペリと呼ばれる街があった。

 死後の役所から最も近く、死者はポンペリから出ている夢鉄道に乗って好きな場所へと旅をする。

 入り口と言うだけあり、現世に一番近い街並みが再現されている為、住み着く死者が多く街はいつも活気に満ちていた。

 

 再現されているのは街並みだけではない。

 人々の生活や常識、職業さえも変わらない。

 街には電波塔が立ち並び、ランプライターという職が消えつつ、電灯が街の夜を照らす、そんな所まで。


 死んだことすら忘れてしまうぐらい現世と似たこの街の象徴となっているのが、駅前の広場にある大きな掲示板だ。そこには、先に死んだ者から死んで間もない者へのメッセージがぎっしりと書かれていた。

 

 目を向けると『愛しのジュリー 僕はポンペリの3番地川沿いにある赤い屋根に住んでいます。君との再会を心から願う。』なんて愛を捧ぐ文字が彼方此方に貼られていた。


 皆が誰かとの再会を願い、自身の居場所と最後の手紙を貼って行く。

 クレードルに郵便社という職がないのは住所不定の死者が多く、この掲示板がクレードル中あちこちに設置されたことで手紙の役割も果たしているからに違いない。

 

 今日もボードマンと呼ばれる掲示板管理者が太陽に似た光が雲から顔を出すと同時に新しいメッセージを掲示板へ貼っていく。


「オリビア・ブレンダーからのメッセージはあるか?」


 声の主は老人だった。

 杖を持ち、曲がる背中を支えながら辿々しい足取りでやって来た。どこか怒っている様に見えるのは、歳と一緒に重ねたシワのせいだろう。白髪に白い髭を蓄え、しゃがれた声と共にボードマンを緑青色の瞳が睨む。


「アダマンさん、ですか。」


 はぁ、とため息を一つ吐くボードマンは手に持った大量のメッセージの山に一瞥する。そして残念そうに首を横に振った。


「残念ですが、アダマン・ブレンダーさん宛てのメッセージはありません。」

「……そうか。」


 声と表情から期待が消え、深い悲しみを感じる。

 挨拶も礼もしない無愛想な老人はボードマンにゆっくりと背を向けた。


 ――このやり取りは今日で何度目だろうか。


 アダマン・ブレンダーという男は少し前にクレードルへやって来たばかりの住人なのだが、ポンペリのボードマンの中ではちょっとした有名人であった。


 前世の詮索をしないのが暗黙の了解であるクレードルでポンペリに脚を踏み入れてすぐ、掲示板の前で大暴れしたのだ。


 『なぜ自分宛てのメッセージが一通もないのだ』と。


 何度もボードマンに詰め寄り、怒鳴り、捲し立てた。流石になぜそんなに暴れるのかと説明を求めると、彼は自身の妻の存在を語り始めたのだった。


 田舎で育ったアダマンとその町に引っ越して来たオリビアはすぐに恋に落ちて、結婚した。平凡な毎日を二人で歳を重ね、オリビアが先に死んだ。


 老衰だった。

 アダマン自身、彼女の死を受け入れていたしすぐに自分もそちら側へ行く。一時の別れだと、そう思っていた。


 ――しかし、そうではなかった。


「オリビアさん宛てにメッセージを書かれてはいかがですか?」


 妻であったオリビアはアダマンに対して、メッセージを一通も残さなかったのだ。


「どこに出したらいいのかも分からない手紙をわしに書けというのか?」


 ボードマンが手分けしてクレードル中の掲示板を確認したが、オリビアの書いたメッセージはどこにもなかった。


「そうですが、毎日ここで待つより――」

「放っておいてくれ。」


 ボードマンが言い終わるより先に、アダマンは強い口調で言葉を制した。そして杖を持ち、立ち上がると辿々しい足取りでポンペリの町へと姿を消して行く。こんなやりとりがポンペリの朝の日常となっていた。


 花達の宴である春も、生命が活気づく夏も、実が熟す秋も。アダマンは変わらぬ姿で毎朝、掲示板の前に現れる。そして言う。


「オリビア・ブレンダーからメッセージはあるか?」と。


 無口で無愛想、ピクリと笑いもしないこの老夫をボードマン達は当初毛嫌いしていた。

 礼も挨拶もしない、声を掛けても「うるさい」の一言。これでは嫌われるのも当然だ。しかし、季節を重ねるに連れてそれは同情へと変わっていった。


 ――妻に捨てられた残念な老人だ、と。


 それでも妻からのメッセージは必ず来ると、健気に毎朝顔を見せるこの老夫に心を寄せずにはいられなかった。いつの頃からか、ボードマンは毎朝届くメッセージの中にアダマン宛てがある事を祈るようになっていた。


 ――しかし、祈りは届かない。

 

 オリビア・ブレンダーという女性は既にクレードルにはおらず、現世に転生してしまったのかもしれない。


 ――では、この悲しい老人の願いはどうなる?


 白銀で覆われたポンペリの朝、ボードマンは首を横に振り、アダマンは背を向けた。いつもと同じ様に杖を持ち、ゆっくりと踵を返して歩き出す。


 変わらない日常。毎日の光景だ。

 放っておけばいい。だけど……


「あの、差し出がましいのは分かっています。でもこのままじゃ駄目だ。アダマンさんも分かっているのでしょ?」


 一人のボードマンが叫び声に近い想いを吐露した。どうか変わってくれ、そんな気持ちを込めて。

 当の本人は一瞬だけ脚を止め、また何事もなかった様に歩き出してしまった。

 

 哀愁漂う背中は徐々に遠くなる。

 握りしめる拳に力を入れたボードマンが更に叫んだ。


「〝天使の輪〟に頼みませんか?」


 今まで何を言っても聞く耳を持たなかった男が脚を止めたのは好奇心なのか、それとも縋るような想いからだったのか。


「天使の輪?」


 それは一つの職業を指す言葉。

 生前で耳にする事はまず無いだろう。けれど死後の世界ではよく知られている職業の一つ。彼らはネイビーブルーの制服に身を包み、颯爽と何処からともなく現れる。そうして言うんだ。


 『貴方の最期の願いを叶えます』と。


 一人では叶えられない最期の願いを一緒に叶えてくれる。そんな優しい者達はいつしか〝天使の輪〟と呼ばれるようになったらしい。


「これが申請書です。オリビアさんを想うなら彼らの力を借りるのが一番です。ぜひ、検討して下さい。」


 ボードマンは希望を込めた強い瞳でアダマンを射抜くと、用紙を受け取ったアダマンは静かに帰っていった。

 

 一晩明けて、アダマンは変わらず現れた。そんな彼にボードマンは首を横に振る。いつもならこれで会話は終わり。そして背を向けて歩いていくのだが、今日は違っていた。

 

「これを頼む。」


 小さく折り畳まれた用紙をボードマンに手渡したのだ。


「もちろんですとも。」


 返ってきた申請書にボードマン一同がガッツポーズをしたのはアダマンには内緒だ。それから数日後、夢鉄道からポンペリに降り立った一人の青年がいた。服はネイビーブルーで統一されている。

 

 差し色の白で描かれた独特の模様のお陰で少し柔らかい雰囲気に纏まってるが、周囲がこの青年に対して近寄りがたく感じているのはその容姿のせい。


 濃い色の制服のせいで際立つ白い肌。

 長いまつ毛の奥に大きく輝く深緑の瞳。

 白銀の長い髪は一つに束ねて。

 右眼の下のホクロがなんとも色っぽい。


 大人へ成長途中の青年は、あどけなさと色気が混じり合い儚さまでも感じられた。その容姿は他を惹きつけてやまない。しかし、美しいものは時に凛とした冷たさを醸し出すもので、彼もまたどこか近寄り難いオーラを身に纏っていた。


 人々が青年を二度見したり凝視するが、当の本人は全く気にしていない。大きな旅行鞄を一つ持った青年は近くにいた駅員の前で脚を止めた。


「すみません。この住所に行きたいのですが、」

「それなら駅前の広場に大きな掲示板を背に真っ直ぐだよ。」


 青年は駅員に綺麗なお辞儀をするとその場を後にした。

 

 さまざまな色の屋根が立ち並ぶポンペリの町。

 電波塔を中心に住居や店が点在する都心部から更に歩いて橋を渡った先、郊外にポツンと立つ家があった。

 

 コテージと呼んだ方がしっくりくるその家は、降り注ぐ雪が音を奪ってしまったかと思うほどに静か。人の気配がしない家こそ、青年が手にしている住所で間違いない様だった。


 ――コンコン。

 

 扉を叩くも応答はない。

 青年は首を傾げ立ち尽くす。

 そしてしばらく待ってまた扉を叩いた。


「うるさい。誰だ?」


 やっと開かれた扉から出て来た家主は、あからさまに嫌な顔をした老夫だった。ギロリと睨み青年を捕らえたが一瞬にしてたじろいだ。


 青年はコートをひるがし、老人の視界から消えたからだ。正確に言えば、雪が積もるコテージの玄関先に片膝をついて頭を垂れたのだ。その光景は忠誠を誓う騎士が如く。


「貴方様の最期の願いを叶える天使の輪、リユ・クロッカスと申します。」

 

 天使はゆっくりと立ち上がり、微笑んだ。

 魅入られるとはまさにこの事を言うのだろう。


「貴方様の最期の願いはなんですか?」


 この出会いは必然で、なんの奇跡でもない。彼は仕事をしに来ただけ。こちらは依頼しただけ。会うべくして出会った二人だ。それなのに、どうしてこうも泣きたくなってしまうのだろう。


「俺が貴方の白い翼となりましょう。」


 それは多分、死んでも出会えなかった天使にようやく出会えた、そんな気がしてしまったからだ。


⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎


 ――解せない。


 よく見れば見るほど、こんな優男が死者の想いを叶えてくれる〝天使〟だなんて。目の前に立つ青年はただの人間にしか見えないし、想いを叶える力なんて有るようには全く見えない。


「アダマン様、最期の願いを聴かせてください。」


 不信に思いながらも家に招き入れてしまったのは、彼が放つ独特の空気感と藁をも掴む最後の希望から。


「……いのか?」

「なんとおっしゃいましたか?」

「お前は、座らないのか。」


 アダマンの怒った瞳がリユを射抜き、リユの肩がピクリと反応した。

 

 生前から酪農仕事ばかりで人付き合いなんてろくにしてこなかったアダマン。そう言うことは全て妻であるオリビアに任せっきりにしてきた。明るくて社交的な彼女にピッタリだったし、彼女も嫌いではなさそうだった。


 だから余計に分からなかった。

 妻以外の他人とテーブルを囲む方法なんて。


「目障りだ。見下されてるようで気分も悪い。」

「失礼しました。ならば……」


 リユがアダマンの視界から外れた。


「これでどうでしょう。」


 満足気なリユに対してアダマンは絶句していた。


「……なぜ、そうなる。」

 

 彼は床に座り始めたのだ。それも正座で。

 これではいじめているようじゃないか。


「違う。」

「どう違うのでしょう?」


 座り方ですか、と真顔で聞いてくる青年が体育座りをし始める始末。

 

「椅子に、座れ。」

「承知しました。」


 独特な空気感は天然物か作り物か、それすら分からない。本当に不思議な青年だ。彼は椅子に座ると人形のようにじっとこちらを見つめて黙り込んだ。


「……妻だったオリビアに会いたいんだ。」


 先に沈黙に耐えかねたのはアダマンの方。


「死ぬ前の晩。何かを言おうとしていた。」


 今も鮮明に覚えている。

 いつも同じ笑顔と声で、「おやすみなさい」と口にしたオリビアがいつもと違って立ち止まった。「どうした」と問うと、口篭ってから「なんでもない」と悲しそうな顔をして、寝室で眠りについた。


 明日聴けばいい。そう思って軽んじた。

 次の朝、彼女が死んでしまうとは思ってなかったんだ。


「どうしてもあの時の顔が忘れられない。だから、会いたい。」


 注がれた紅茶が冷めてしまうほどゆっくりと、言葉を探して喋った。


「アダマン様の願いは奥様のオリビア様に会いたいでお間違いないですか?」

「……ああ。」


 こんな青年になにが出来る?

 アダマンはそう思いながらも期待なく返事をした。


 ボードマンが全ての掲示板を探しても見つからなかった妻の行方を、若造が一人来たからと言って意味はないだろうとため息を吐く。そんなアダマンの前でリユはパンっと音を立てて両手を叩いた。


「最期の願いを一緒に叶えましょう。」

「一緒に?」

「はい。俺一人ではオリビア様の人相も分かりませんから。」

「でもどうやって探すと言うんだ?」

「ご心配には及びません。」


 そう言うとリユは旅行かばんの中から大きく分厚い本を取り出した。


「リユ・クロッカスの名において、アダマン様と関係がある者達を見つけ出せ。」


 彼の言葉に呼応するように開かれた本は光を放ち、自らページを捲り始めた。ペラペラと音を立てながら動く本を唖然としながら見入っていると、五枚のページがまるでここを読めと言っているように、ピンと立ち上がり止まった。


「五名居るようですね。ほつれた糸を結び直します。」


 リユが再度パンッと手を叩くと立ち上がっていた本のページが赤い糸に変わった。


「アダマン様、手をお借りします。」

「何をする気だ?」


 驚くアダマンを他所に、リユが触れたアダマンの小指から赤い糸が現れた。たじろぐアダマンを無視して、リユは五本の糸の内の一つをアダマンの小指の赤い糸と丁寧にリボン結びにした。


「これはなんだ!?」


 小指にから出る赤い糸は引き抜こうにもびくともしない。慌てるアダマンの腕をリユがそっと抑えた。


「糸の先に貴方様と関係する者が居ます。」

「オリビアがいるのか?」

「それは分かりません。五本の糸のどれかがオリビア様だと願うしかありません。早速ですが、行ってみましょう。」


 飄々とするリユに連れられて家を出た。

 アダマンは平然を装っているが、家を出る時に愛用していた杖を忘れてくるぐらいには舞い上がっていた。だって今さっき現実とは思えない光景を目の当たりにしたばかりだから。死んでも変わらない世界で魔法のような不思議な出来事を見れば、誰でも期待してしまうもの。

 

「ここに居られるみたいですね。」

「この、中にオリビアがいるのか?」


 連れられて来られたのは一軒の牛舎。酪農家の妻ならここに居たっておかしくない。小指からでる赤い糸が緩やかに振動しているのが伝わる。この振動がオリビアだと信じて、アダマンは深呼吸をすると牛舎の扉を手を掛けた。


「オリビア!」


 声に反応してくれる女性を期待した。

 しかし――、

 

「マイロ、か?」

 

 返ってきた返事は聞き馴染みある鳴き声だけ。そこにいたのは生前飼育していた雌牛のマイロだった。


「わしと関係した者がいるんじゃなかったのか!?」

「そうですよ。」

「これは牛じゃないか。」


 それがどうした、とでも言いたげにこちらを覗き込むリユに苛立ちを覚えながらも、久方ぶりに再会したマイロの額を撫でるとある事を思い出した。


「オリビアはマイロをかなり好いていたな。」


 子供の出来ない体質だったオリビア。そんな彼女が嫁いで来て初めて牛の出産に立ち会い、産まれたのがマイロだった。彼女はまるで自分の子のようにマイロを大切にしていた。

 

 『子供を産めない不良品でごめんなさい』と。

 あの頃のオリビアは謝罪ばかりしていたな。

 

 わしは子供が居なくても、オリビアが居ればそれで良いと心から思っていた。でも彼女は初夜の日からずっと泣いていた。


「そうだった……彼女は、」


 ずっと苦しんでいた。だから言ったんだ。

 『子供は来世の楽しみにとっておこう』と。


「なんでこんな大切な事を忘れていたんだ……」


 胸がざわめきの悲鳴を上げている。

 まだ重要な事を忘れてしまっているような感覚が押し寄せた。


「次の糸へ向かいましょうか。」


 リユの言葉になんとか頷いて脚を動かす。前を歩くリユは軽快で、老人の歩幅なんて関係なしに進む。こちらはオリビアへの罪悪感と不安で押し潰されそうだと言うのに。


「おい、もっと老人を労わって歩けないのか?」

「老人……?」


 振り返るリユはどこに老人がいるのか分からないと言った表情で辺りを見渡す。その姿に流石のアダマンも怒りが湧いた。


「老人のわしに杖ぐらい持って来れんのか!」

「アダマン様が老人? ああ、まだ気づいて居られないのか。」


 リユは旅行鞄から手鏡を取り出すとアダマンの顔に近づけた。


「顔が、わしの顔が若返っておる。」


 鏡の中には驚く事に四、五十代のアダマンの顔が写っていた。思わず体も確認すると肌も少しハリが戻っていた。


「クレードルは死後の世界。若い記憶を思い出せばその分体だって若返ります。」

 

 そう言えば脚の関節が痛くない。

 杖がなくても簡単に歩けている。


「それと失礼しました。アダマン様の要望はしかと聞き入れます。ゆっくり歩く、老人として扱う、ですね?」


 これを悪意なく純粋に言っているのだからリユ・クロッカスは掴めない。


「……今のままで結構だ。」


 天使の輪はみんながこうなのか?

 よく分からないまま、彼の後を駆け足で追った。


「二本目の糸のお相手はこの先のようです。」


 次に連れて来られた高原を見てため息が出た。


「犬、しかいないぞ。」

「ですね。」

「と言う事は……、」


 アダマンは手で笛を作り息を吹きかけた。すると美しい音色を聴いた犬が一匹、勢いよくこちらへ駆けてくる。


「ハリー。」


 小指から伸びる赤い糸の先には、生前飼っていた牧羊犬のハリーがいた。ハリーは道端に捨てられていた所をオリビアが保護して来たんだ。


 『この子は絶対に有能は牧羊犬になるわ』と。

 

 オリビアの物事を見抜く目は鋭かった。ハリーは彼女の言った通り、牧羊犬としてこれ以上ない有能な犬に育った。その噂は隣町まで響き、ハリーを買いたいと言い出した者がいたぐらいだ。

 

 『ほら、私の言った通りでしょ?』と笑うオリビアの得意げな表情ときたら。


 ――そうだ、彼女は本当に美しく笑うんだ。


「次の糸を繋いでくれ。」


 残る三本の糸の中に彼女がいると信じて歩みを速める。しかし、次もその次も、待っていたのは生前飼っていた羊にヤギ。オリビアというか、人間ですらない。そのくせ思い出すのはオリビアの事ばかり。体はもうすっかりオリビアと出会った十代の若々しさを取り戻しているというのに。


「次が最後の糸です。この糸の先にオリビア様がいなければ、彼女はもう転生してしまっていると言う事になります。」

「……分かったが、この糸なんだかほつれそうじゃないか?」


 最後の糸は今までのどの糸より古く、今にも千切れてしまいそうだった。


「これはまずい。この方、転生の時が近づいておられます。」

「なんだって!?」

「急いでアダマン様の糸と繋ぎます。ええーと、糸の伸びる先は……、ダリア畑?」


 リユの言葉にドクンと胸が鳴った。

 脈が、血液が、早鐘を打つように心臓に流れては戻っていく。


「ダリアはオリビアが一番好きだった花だ!」


 全身の肌が粟立つ。


「お急ぎ下さい!」


 次の瞬間、弦から放たれた弓矢の如くスピードで、アダマンは駆け出した。小指から伸びる赤い糸に視線を落とすと、わずかに伝わる振動が、この糸の先にまだ「ここにいる」と教えてくれているようだった。


「オリビア、そこに居るんだな……。」


 雪積もる地面を蹴って、何度も転びながら。

 赤い糸の先へ。間に合ってくれと心が急く。


 

 その頃、ポンペリの広場では、ボードマンが多く集まり彷徨いていた。理由は夢鉄道から降りて来る天使を見掛けたからだ。


 天使が駅員に聞いた住所、それはアダマンのもの。それを聴いたボードマン達が一斉に広場に集まっていたのだ。


 アダマンはお世辞にもいい性格ではない。

 天使はアダマンを見捨ててしまわないだろうか?

 もしそうなら我らが天使を説得しなくては。


 そんな焦りと緊張感漂う広場に、一人の青年が走り込んできた。


 風変わりな青年だ。

 着ている服は老いぼれて、丈も合っていない。

 こんな寒空の下、コートも着ずに顔を真っ赤にして駆けてくる。不思議に見つめていると一人のボードマンの前で青年が立ち止まった。


「君、ありがとう。」

「……僕が何かしましたか?」

「ああ、君のおかげだ。わしは、僕はっ!」


 ボードマンはこんな風変わりな青年に会うのは初めてだった。多分人違いしているだろうと思いながら、息切れて咳き込むする青年の背を撫でると、彼から古びた香りがした。


「オリビアに会いに行ってくる!」

「アダマンさん!?」

「君が背中を押してくれたから、ありがとう。君が勇気をくれたんだ!」


 ギュッと握られた右手から伝わる熱と想い。

 ボードマンは涙を浮かべ握り返し、声を張り上げた。


「いってらっしゃい!」


 その声に、他のボードマン達も歓喜を上げた。

 皆の想いが今、繋がったんだ。


「いってきます!」


 青年はまた駆けて行く。

 その脚は軽く背には美しい翼があるよう。


「まだ行かないでくれ、オリビア。」


 小指から伸びる糸の先を追い、その一点を見据えて。


「なんで、忘れていたんだ。」


 わしは、僕はっ!


「オリビアと約束したじゃないか。」


 永遠を誓ったあの素晴らしい日に。

 

「来世でも必ず君を迎えに行く。死後の世界があるなら、君を探し出し一緒に転生しよう。だから待っていてくれ。僕が必ず、君を見つけ出すから。そう言ったのは僕じゃないかっ!」


 どうか間に合ってくれ。

 息が切れ、何度も人とぶつかりながら走る彼の表情に諦めの色はない。小指の先から伸びる赤い糸はどんどん振動が強くなっていく。この角を曲がれば――、


 焦るアダマンを待ち受けていたのは、一面に広がる花畑だった。美しく優雅に咲き乱れる、白いダリア。


「……アダマン?」


 遠くの方から懐かしい声がした。

 思わず涙を溢れてしまうほど優しくて、ずっと聴きたかった女性の声だ。


「オリビア!」


 両手に抱えるダリアごと、出会った時と変わらず美しい娘を抱きしめた。


「すまない……」


 自然と溢れる涙。

 安堵と嬉しさと後悔と、色んな感情が一気に押し寄せてく。それでも彼女に伝えたい事だけははっきりと分かっていた。

 

「許してくれ。」

「見つけてくれて、ありがとう。愛しているわ。」


 オリビアの穏やかな笑みに、アダマンの頬を大粒の涙が零れ落ちた。

 

「ねぇ、愛してるって言って?」

「愛してるよ。君を見た瞬間からずっと!」


 二人は熱いキスを交わす。

 吹く風はダリアを撫で、愛する二人を結んだ。


「私ね、天使の輪にお願いしたのよ。」

「どんなお願いだ?」

「ここに居られる最期まで貴方との思い出と、この姿を保てるようにしてくださいって。」


 オリビアから優しい光が上がりゆっくりと包み始めた。


 どうやら別れの時が近いらしい。まだなにも上手く伝えられていないのに、時間は待ってくれない。


「オリビア、どうしても聞きたい事があるんだ。」

「なに?」

「君が死ぬ前日、僕に何を言い掛けたんだ?」


 その答えを聞きたかった。

 あの日の答え合わせを。怒られる覚悟で歯を噛み締めるアダマンにオリビアは小さく笑った。


「死んでもまた私を迎えに来てくれますか? そう聴きたかったの。」


 オリビアの脚が徐々に透明になっていくのを見て思わず願った。オリビエが消えるのなら、僕も一緒に連れて行ってくれ、と。


「君はずっと約束を覚えていてくれたんだな。それなのに僕は……」

「私達は多分、言葉が足りなかったのよ。」


 アダマンは言葉を返す代わりにオリビアを抱きしめると不思議な事に、アダマンの脚もオリビアと同じ速度で透明になり始めた。


「ねぇ……」

「その先は僕から言わせてくれ。」


 二人の腰が、身体が透明に変わる。

 それでも心は穏やかで、どこか晴れ渡っていた。


「来世でも僕と結婚してくれる……?」

「ふふ。」


 冬の冷たさなんて感じない。

 心は雪解けの春に近い。

 その時、思ったんだ。


 ――僕の心はようやく冬を越したんだ、って。

 

「笑ってるだけじゃ分からないよ。」

「貴方が見つけてくれるなら、何度だって結婚するわ。」


 二人は額を合わせ笑い合った。

 愛を誓う素晴らしい日の様に。


「幸運が訪れますように。これは天使の輪からの祝福です。」


 二人の後ろにはいつの間にか白い天使、リユが立っていた。彼が片手を掲げると、ダリアの花弁がフラワーシャワーのように舞い上がった。


「僕達の願いを叶えに来てくれてありがとう。」


 手を取り合う二人をリユは深く綺麗なお辞儀で送り出した。


「君のところにも祝福が訪れますように。」


 その言葉を最後に、アダマンとオリビアは消えた。


「俺の罪が許されるのは、まだ先か……。」


 リユは舞い踊るダリアの花弁を見つめて呟く。

 そうして歩き出した。

 彼はまた違う想いを結びに旅に出る。

 

 これはそんな物語――。


最後まで読んで頂きありがとうございました!!

リユの続きを書くかは検討中ですが、この話を読んで少しでも「読んで良かった!」と思って頂けましたら⭐︎を押して応援して貰えると嬉しいです(*´꒳`*)

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