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ひのえうま

作者: 竹宮 潤
掲載日:2026/01/24

 2026年は丙午の年なんだってね。お正月のつけっぱなしのテレビで知ったよ。あんたも還暦なんだね。


 ひのえうま、とはどういうことなのか尋ねたのはあんたが小学校に入った年だった。

 あのころは子どもが多くて、市街地の歴史の古い小学校だったから、どの学年も5クラスずつあったんだよ。それがあんたが入学した年は4クラスしかなかった。それもぎりぎり4クラスになったものらしく、教室は人数が少なくて「なんだかスカスカだった」と母さんは言ってた。

「今時まだそんなこというなんて、それこそ迷信ってものでしょう。くだらない。そんなことのためにわざわざ子供を産むのを避けるなんて。」

 母さんはちょっと怒っていた。図ったように女の子が少ないのも腹が立ったようだ。理由を聞く私に

「昔っからねえ、丙午の年に生まれた女は、結婚した相手を食い殺すというらしい。要は気が強いってことだよ。だから女の子が生まれないよう、子どもを産まないようにしたんだと。」

と母さんは吐き捨てるように言った。そういう母さんは寅年生まれで、気が強いから結婚はやめとけと(父方の)おじいちゃんに反対されたことがあったのだそうだ。なるほど怒るわけだよね。

 あんたの気性は丙午のせいじゃない、母さんに似たんだよ。


 大人になっても本の虫だったわたしは、ひのえうまとは「火の縁魔」につながるというこじつけのような説を読んで、ちょっと感心した。「梅の花 どれが『むめ』やら 『んめ』じゃやら」という川柳があったくらいだ。昔は「う」も「む」も「ん」も大差なかったんだろう。だからひのえうま生まれは放火犯になるとも言われたらしい。干支が60もある中で、ひのえうまだけさんざんな言われようだ。

 でもあんたは幸いにも真面目に高校を卒業し、小さな会社に就職して、やはり小さな町工場に勤める人といっしょになった。女の子も授かってしばらくは幸せそうに見えたね。

 バブルがはじけて、旦那さんの仕事先が倒産し、主婦だったあんたはねずみ講まがいの健康食品販売に手を出して、警察のおせわになった。離婚して子どもは旦那さんの実家が引き取ったらしいと聞いたのが、父さんの葬式の時だ。教えてくれたのは例の健康食品詐欺にひっかかった、あんたの友達だったよ。

「もう怒ってないから、連絡先がわかったら教えてください。」

と言ったその人に、わたしはひたすら頭を下げることしかできなかった。

 一度、とんでもなく遠くの県にある市役所から連絡が来たね。生活保護の申請をしに来たのだが、お姉さん、援助してあげられないですか、と。あの頃のわたしは自分のとつれあいのと双方の親が相次いで亡くなったのと、子どもの学費できりきり舞いしてる時分だったから、

「そんな余裕、ありません。だいたい自分の親の葬式にも来ないような人に、出すお金ないです。」

って、怒鳴りつけた。

 あれ以来、あんたの音沙汰はなくなってしまった。


 生きていたら、あんたも還暦なんだね。どこかで、生きていてほしい。

 貴重な、ひのえうま生まれの女として。

 


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